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その執事、如何様2


「お前、面白ェ女だな。」

そう言われて私はどうなるのかと思っていたが、
十四郎さまは口が出すぎた私に怒るわけでもなく、

「今日は帰っていいぜ。」

むしろ楽しそうに私を部屋から出した。

何かあるのかと思っていたけど、何もなく。
十四郎さまは相変わらず早朝にはもう部屋に居なかったらしい。

生活はいつも通り。
私は土方家に仕える者として毎日を過ごした。

そんな時。


「なんて…ことなの…。」

お父様が亡くなった。
誰かの手によって殺められた。

突き止めたくても、突き止められなかった。

警察には言えないほど、
この屋敷は裏組織と関わってしまっていたから。

屋敷内で行われた密葬。

皆が喪に服し、
涙を流すこの時にすら、

十四郎さまは皆の前に姿を見せなかった。

でも次の朝。


「俺がこの屋敷の主となる。」


皆を集めてそう言った。
亡きお父様の後を継ぐのは十四郎さまだけだと誰もが分かっていた。

だけど。

「認められません。」
「土方の名を汚すおつもりか。」

皆は反対した。

「この世間知らずが。」
「いっそ滅んでしまった方が亡きお父上のためだ!」

何を言われても、
十四郎さまは「俺が継ぐ」と言った。

どんな言い方をされても、
十四郎さまは目を閉じて聞いた。

「このようなところでやってなどおれぬ!」
「朽ちてしまうのがオチだ!」

次々と人が消えた。
土方家に仕えていた者は、誰一人残らなかった。

大きなこの屋敷が、こんなにも広いと感じたのは初めてだった。

そしてこんなにも、
寂しいものだと。


「誰も、居なくなったな。」

お父様の書斎で、十四郎さまは言った。

彼は『俺がこの屋敷の主となる』と言ったその日から、まるで今までの素行が嘘のように屋敷に居た。

ただひたすら、
「出て行く」「辞める」とすら言わずに屋敷を去る世話役たちの背中を窓から見送っていた。

「…お前だけが、残るような気がしてた。」

世話役が私だけになった時、
そう言って、十四郎さまは笑った。

「十四郎さま…。」

私は笑えなかった。
十四郎さまは随分と力なく見えた。

「…嫌い、…だったんだ。」
「…え?」
「親父のこと…。」

十四郎さまの手元には1枚の3つ折りされた白い紙があった。

「遺言状…ですか?」
「…嫌いだったのに…。」
「…。」
「嫌いだったはずなのに…、」

俯いた十四郎さまは、小さく肩を震わせて。


「守りてェんだ…、この屋敷を…。」
"親父のこの城を"


その膝の上に、ポツリと染みを作った。

「十四郎さま…。」

可哀想な人だと思った。

不器用な彼が、
全てを手放した時、
気付いたその矛盾する感情で守ろうとするこの屋敷。

私が、
守りたいと思った。

「…十四郎さま、」
「ん…?」

私は片膝をついて、
十四郎さまの足元で頭を下げた。

「どうか、私を執事にしてくださいませんか?」
"十四郎さまに仕える執事に"

あなたのためならば、何でも致します。

「…。」

十四郎さまは暫く黙り込んだ。
私はずっと頭を下げていた。

「…名前は?」

私は頭を下げたまま答えた。

「…紅涙と申します。」
「紅涙、…俺の執事となること、認めよう。」
"頭を上げろ"

「ありがとうございます」とまた深く頭を下げた。
そして顔を上げると、十四郎さまが立ち上がった。

「契約をする。」

書棚に手を伸ばして、分厚い本を引っ張り出した。
ペラペラと捲りながら、

「親父は執事を持たなかった。」
"なぜだか分かるか?"

と私をチラリと見た。

「…いえ。」
「一生の契約だから。」
「一生…ですか?」

私が首を傾げれば、十四郎さまが手を止める。

「この契約は、紅涙を一生俺に縛り付けることになる契約だ。」
"俺が死ぬまで、お前は俺に仕えなければいけない"

"死ぬまで"。

それまで仕えられるのならば、本望だ。

「だが俺が死んだ暁には代償を支払う。」
「"代償"?」
「俺の心臓。」
「"心…臓"?そんなの私は」
「必要になるんだ、お前は。」

十四郎さまは開いたページを1枚を破り取り、自分の親指をガリッと噛んだ。

「お前の寿命は俺と共にある。先を生きるには俺の心臓がいるんだよ。」
"仕え終わった証拠に。"

噛んだ指から血が流れた。
十四郎さまはその血で紙の上に何かを書いた。

「今ならまだ止められる。どうする?」

書き終わった指を舐めて私に問う。

私は顔を横に振った。

ここがなくなれば、
私は何もなくなる。

「十四郎さまと共に。」

私の言葉を聞いて、十四郎さまは笑った。

「確かにその辺の女じゃねェな、お前。」
「え?」
「言っただろ?俺に。」

『私はその辺の女じゃありません!』

「あ…、あの時は申し訳ございませんでした…。」

顔を引きつらせながら謝れば、「気にすんな」と言ってくれた。

「こうやって今があるんだしな。」

十四郎さまは私の手を持って同じように指を噛んだ。

「ッ!!」

ズキッとする痛みとともに、私の親指からも血が滴る。
そのまま破られた紙に押し付けられて、十四郎さまに持たれたまま何かを書いた。

「よし。紅涙、目ェ閉じろ。」
「は、はい。」

ギュッと目を閉じると、小さな耳鳴りがした。
その耳鳴りに意識を取られていれば、「もういいぞ」と十四郎さまの声を掛かる。

「どうだ?」
「何がですか?」
「主になった気分。」
「え…?」

"主"?
私が首を傾げれば、十四郎さまは小さく笑った。

「今の契約、俺が執事になった契約だ。」
「え?!なっ何を仰っているのですか?!」

シレッとした顔で十四郎さまは言った。
私はそれが冗談かすらも分からなくなっていた。

「やり直すんだ、土方家を。」
「と、十四郎さま?!」
「土方家の過去を早く忘れさせるためにも、表面上お前がこの屋敷の主である方が何かと動きやすいんだよ。」
「でっでも!」
「何も気負うこたァねェよ。俺が全部する。」

十四郎さまが契約書を持ち上げた瞬間、どこからか立った黒い炎に契約書は燃えた。

「だからって、元の主従関係が変わったって訳じゃねェ。」
"そこんとこ忘れんなよ?"

私は「ですがっ」と声を上げた。
でも十四郎さまが「紅涙」と呼んだ。

「契約は終了した。もう何も言うな。」
"命令だ"

真っ直ぐな視線でそう言った。
私は「…はい」と返事をして俯いた。

「目、痛くねェか?」
「え…?」

十四郎さまは自分の目を指して「見てみろ」と言った。
促されるように鏡の前に立ち、自分の目を見れば、

「ッ!?」

左目に、何か印が刻まれている。
まるで私の目じゃないような。

「これが契約の証。」

鏡に十四郎さまが映った。
私の後ろに立つ十四郎さまが、左手の甲を鏡に映した。

「あっ…」
「これが執事の証。」

そこには私の瞳にある印と同じものが刻まれていた。


「これから、新しい土方家の始まりだ。」


十四郎さまは嬉しそうにそう言って、
私を後ろからギュッと抱き締めた。


「さァ、何から初めましょうか。紅涙様。」


これが私と彼の本当の関係。


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