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その執事、虚偽4
涙を拭い、門を出た。
行くとこなんてないのに、
私はどうするつもりなのか。
『紅涙、』
お金も、
人としての存在も。
今の私には何もない。
『俺が拾ってやる。』
私に、一人で生きる術はない。
「…。」
甘い場所に縋ることしか、私の頭にはなかった。
それ以外の明日に繋がる術は、なかった。
「紅涙、よく来たな。」
「晋助様…、」
屋敷のベルを押した私に、その門は容易に開く。
火事騒ぎまで起こさせた私に、この屋敷だけは私を受け入れてくれた。
使用人の人は、にこやかに微笑んでくれる。
松平様のところのように、私を蔑んだりしなかった。
「申し訳ございません…、晋助様…。」
また訪れたことのない部屋に導かれた。
晋助様の部屋にあったベッドと同じものが一つ。
他の家具もよく似ている。
晋助様はその部屋のソファーに座って、謝る私に目線を移した。
「お断り…しておきながら、私は結局…、」
結局、来てしまった。
「構やしねェさ。」
煙管を取り出して、すぐに煙をふかす。
「甘えているのは…重々承知しております…。」
私はその場に膝をついた。
晋助様は黙って見ていた。
「それでもこうして入れてくださったこと、…本当に嬉しかった…。」
私はふかふかする絨毯に両手を揃えて指を立てた。
「この身、ひとつしかございませんが、どうぞお使いくださいませ。」
頭を下げた。
私に明日をくれたこの人に、
私が出来ることはそれしかない。
世情を考えれば私を傍に置いておきたくないはず。
なのに晋助様は入れてくれた。
「紅涙。頭、上げろ。」
"女に下げさせて気持ちがイィわけねェ"
晋助様は立ち上がり、私の指先にまで来た。
ゆっくりと顔を上げれば、
晋助様は私を見下げ、口元を歪ませて笑む。
しゃがみ込み、私の頬に手を伸ばした。
「紅涙、」
何度も私の頭で響いた晋助様の声。
「よく帰ってきた、紅涙。」
まるで私がこの場に来ることを望んでいたように、晋助様は言った。
「辛かっただろ、ここ数日。」
私を暖めてくれるように、晋助様の腕が私を捉えた。
「もう大丈夫だ、俺が守ってやるよ。」
甘い声で、耳元に囁かれて。
「頑張ったな。」
苦しくて。
耐えるように目を瞑れば、涙が流れた。
「紅涙、もう何も考るな。」
晋助様の舌が私の頬を舐めて、瞼まで届く。
「お前は俺のために生きろ。」
『お前は俺のものだ。』
言葉が、
十四郎さまの言葉と重なる。
『俺はお前で、お前は俺だ。』
あぁ…、
私は…。
私はそうまで言わせてしまうほど、
あなたの傍にいたのに。
一生を、あなたに捧げたのに。
私がそれを潰し、
私がそれから逃げてきた。
そして今、
「お前は、俺の女だ。」
私は、晋助様の前にいる。
「何も心配はいらねェ。だから、泣くな。」
涙が止まらなかった。
左目だけ、涙が止まらない。
「幸せにしてやるよ、ココに来たことを後悔しねェほど。」
晋助様は自信に満ちた顔で笑み、
私にキスをした。
目を瞑った時、
チクリと左目が痛むのを感じた。
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