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その執事、虚偽5


紅涙を止められなかった。

止めて、どうすることも出来なかったから。

「何で追いかけねェんだよ!!」

天パは紅涙の背中が小さくなるほど声を荒げた。
俺は黙ってそれを見ていた。

「テメェが追いかけねェんなら、俺が追いかける!」
「止めろ。」
「っ?!何でだよ!!」
"何で追いかけねェんだよ!!"

あんな顔させて、
あんなことを言わせて。

あいつに何を言ってやれって言うんだよ。

「あのまま行っちまうんだぞ?!」
「どこに行くっつーんだよ。」

自分でそう口にして、そうだと思った。
紅涙が出て行っても、行く場所なんてない。

それなら2、3日もすれば戻ってくるんじゃないか。
"ごめんなさい、またここに居させてください"って。

「心配いらねェよ。」

そう言ったその時は、随分と気持ちが楽になったのを覚えている。

何も確かなものなんてないのに、
俺は"戻ってくるだろう"というその考えに、自信があった。


だからこそ、
失った時の喪失感は大きかった。


それは、俺だけじゃなかった。

天パは料理を作らなくなった。
俺とは一言も口を利かなくなった。

総悟は元から大した仕事をしないから、大きな変わりはなかった。
目を凝らせば、心なしかハリがないような程度。

志村弟はドジをよく踏むようになった。
仕事と対面していない手付かずな感じがよく分かる。

志村姉は紅涙が出て行った日の夜に俺を殴ったっきり、今まで通りに仕事をこなした。
ただたまに、「紅涙ちゃん、どこに行ったのかしら」と口にする。


仕事をする気にはなれなかった。
それでもこれは俺たちだけの問題で。

紅涙がいなくなった場所は、結局俺が埋めることになった。


つまりは、


「おー!十四郎君じゃないか!!」
「ご無沙汰しております。」
「そうか、とうとう戻ってきたのだな!」
"いやぁ〜君にはその席がよく似合う"

俺が土方家の主。
いつかに俺を侮辱したヤツらが、平然と俺のご機嫌を取りに来る。

"甘い蜜は皆で吸おう"

そう言われているのが、吐き気がするほど伝わるものばかりだった。

紅涙はこんなヤツらに笑って話してたのか。

俺の影と、
土方家を背負いながら。


「おい、飯は?」
「はァ?俺に言ってんの?悪ィけど、俺ァ男に仕える気はねェよ。」
「あら、銀がそう言うなら私が作りましょうか?卵料理は得意中の得意で」
「いや、いい。食いに行って来る。」
「あ、十四郎様!僕が作りますよ!」
「新ちゃん、あなたが作るんなら姉である私が作ります。」

働かなくなったヤツらを埋めるために、新たに使用人を雇うことにした。
有り難いことに、
上昇株の土方家で働きたがるヤツらは多かったから、人探しに苦労することはなかった。

雇ったヤツらは真面目に働いた。

その分、
働かない者に厳しかった。

いや、普通か。

「十四郎様、あの者は一体何をしているのですか?」

使用人の一人が銀を指して言った。
俺は「何もしてねェな」と言った。

「何もしてないのにここに居るのですか?!」
「あァ。」
「あのような者、経費の無駄ですよ!即辞めさせるべきです!!」

そう言う使用人に、俺は鼻で笑って言った。

「アイツは辞めさせらんねェんだ。」

辞めさせられるのなら、あんなヤツすぐにでも辞めさせてる。
それでも辞めさせられない。

「それはどうしてですか?!」
"あれで給料を貰っているなど、認められません!"

それほどまでに言われるヤツを辞めさせられない理由。

そんなの、単純だ。

「…アイツ、待ってんだよ。」

そう、アイツも待ってんだ。

「だから、待たしてやってんだよ。」
「はァ?!何を仰っているのか私にはさっぱり」
「分からねェはずだ、だがそれを理解しろとは言わねェ。」

俺は使用人を見下げ、「だから、」と言った。

「黙って仕事が出来ねェ使用人は、今必要ねェんだ。」
「なっ?!そっそれはどういう意味で」
「分かんねェのか?口ばっか動かして人のこと気にしてるヤツは辞めろっつってんだよ。」

使用人は俺の言葉を聞くや否や、手に持っていたホウキを廊下に投げ飛ばして屋敷を飛び出した。

「せめて直していけよな。」

溜め息混じりにそう言って、放り投げたホウキを拾った時、

「これで4人目でさァ。」

後ろから総悟の声がした。
俺はそれに目を一瞬だけ移して、「そうだったか?」と言った。

「そんなバサバサ切ってどうするんですかィ?雇っても育つまで追いつきやしねェや。」
「自己主張の強い使用人なんていらねェだろ。」
「まァそりゃァ使いにくい話ですがねィ。」

拾い上げたホウキを総悟に投げ渡した。

「それ、直しといてくれ。」

それだけを言って、俺は総悟に背中を向けた。

「土方さん、」

総悟は俺を"様"と呼ばなかった。
それは昔からこいつとは付き合いが長いから。

それに「言え」っつっても言わねェから、言わせようとしているこっちが疲れる。

「何だ?」

俺は振り返り総悟を見た。
総悟はホウキを担ぎながら言った。

「さっき言ってた"待ってる"って。あれ、誰のことですかィ?」
「…盗み聞きか。」
「人聞きが悪ィや、通りがかったんでさァ。」

溜め息をついて、俺は目を閉じた。

「さァな。」
「何ですかィそりゃぁ。会話になってやせんぜ?」
「なってるなってる。」

俺は総悟にまた背を向けて、後ろ手に手を振った。

「土方さん、」

総悟がまた声を掛ける。
俺は足を止めて、振り向かなかった。

面倒だったから。

「何だよ、」

俺は何度目かの溜め息をついた。
総悟は少しの間を空けて、


「待ってるだけで、紅涙は帰ってきやすかィ?」


ハキのない声で言った。
俺はその言葉に目を開き、「さァな」と言ってすぐに目を伏せた。

「酷いや、土方さん。全部その返事じゃねェですかィ。」

総悟は鼻で笑った。

「あんたは何も分かんねェんですねィ。」
「悪かったな。」

今度こそ、俺は総悟の元から足を進めた。

かすかな声で、
「本当に何も分かってねェや」と総悟が言ったのを聞いた。


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