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その執事、離別6


「どうすんだよ。」
「あァ?」
「だーかーらー!どうすんだよって!紅涙の結婚式!!」

俺の机をバンバン叩いて、銀が言う。
机の上にある灰皿が、ズズッと小刻みに動く。

「出るさ、招待状が来てんだからよ。」
「はァ?!何言ってんのお前!!何納得してんのお前!!」
「うっせェな。」

銀の大きすぎる声に、俺はあからさまに鬱陶しい顔をして右耳に指を入れた。
すると銀は、ドンと俺の前に招待状を叩き付けた。

「これでいいのかよテメェは!!」
「いいなんて言ってねェだろォが。」
「なっ!…。…なら、どうするつもりなんだよ。」

銀が前にあるソファーに音を立てて座る。
偉そうなその態度は、総悟にも似ているようで。

俺が眉をしかめれば、ドアが静かにノックされた。


「十四郎さん、」


その声は、最近身の回りで動く総悟の姉だ。

「どうした。」
「入っても…よろしいでしょうか。」

その声がしたと同時に、銀の溜め息が聞こえた。
目を向ければ、相変わらずの態度で腕を組み座っている。

俺はそれから目を逸らし、「入れ」と促した。

「十四郎さん、お洋服の採寸取りをしたいと…、」
「何のだ?」
「紅涙さんの結婚式です、」

その言葉に俺が口を閉じれば、代わりのように銀が口を開いた。

「あのさ、何でそんなに普通なわけ?」

銀の声は、俺ではなく沖田に振られて。
沖田は驚いた様子で「え?」と小さく口にした。

「ここへ来た時も、あんた結構普通な顔してたよな?」
「なっ何のお話ですか?」
「紅涙さまだよ、紅涙さま。」

銀は沖田を見るわけでもなく、鼻に指を突っ込んで言う。
どこか、沖田の顔色が変わった。

「まァさ、あんたの目的は"十四郎さん"だからだろォけどよ、ちょっと不思議なんだよなァ俺にとっちゃ。」
「別に私は何も…、」
「だってよォ、紅涙さまだぜ?土方家の当主をしていた女だぜ?それが突然居なくなって、こんな紙っぺらで結婚しますだなんてよ、気になんねェわけ?」
「きっ気にはなります、ですけど新聞でもたくさん報道されてましたし、」

銀は沖田に向かって、「そー、それ。」と手を打った。

「その新聞もさ、気になんだよねェ。"沖田家が土方との交際を認める"って。」
"何?そんな仲だったわけ?"

俺に向かって銀が言う。
その目は酷く俺を見下げていて、そのことにも、その記事の内容にも笑いがでた。

「どーなんだよ、土方サマよォ。」
「どーもこーも話すまでもねェだろーが。」
「それじゃ分かんねェんだけど?」

俺は銀に溜め息をついた。

「そんな関係、微塵もねェよ。」

机の上にある煙草に手を伸ばし、呆れた様子で咥えた。

俺と沖田がデキてるだァ?
ありえねェだろ。

昔は昔。
今は今。

今の俺の中に、こいつが占める場所はない。

あるのは、

「あーらら。だってよ、沖田サン。」
「っ…、私は…、」


…あるのは。


『十四郎さま、』
『トシ!』


それだけ、なんだ。


「…お言葉ですが銀さん、あまり紅涙さんのお話はしないでいただけますか?」
「…。」

沖田が声を上げる。
銀はそれにもやはり目を向けなかった。

「彼女は確かにここで土方家になくてはならない存在になりました、だけど。」

沖田の言葉が気になる。


「だけど彼女は自分から出て行ったんです、被害者は…十四郎さんです。」


違う、


「いなくなった人の話をするのは止めてください。」


気に障る。

「おい、銀。」

それ以上は、話させたくなかった。
本当は机も投げ飛ばしたい程だった。

でも俺は出来る限りの冷静な自分を掻き集めて、銀に声を掛けた。

「沖田家のことは放っておけ。いずれ分かることだろ。」

そう言って吐き出した煙は、やけに白く感じた。
その煙の中で、銀は俺に顔だけを向けた。

「へー…、さすが当主さま。全部分かってるって言い方しやがって。」
「お前みたいに毎日甘ェもんばっか考えて生きてねェんだよ。」
「ンだとコラァ!それはれっきとした俺の仕事だろォが!!」


確信のあるものなんて、正直少ない。

どうせ沖田家のことだ、
土方家の吸収を考えての、俺に対する宣言なのかもしれない。

あの腹黒い総悟を誕生させた親の考えることなんて検討もつかねェ。

沖田自身がここへ来たのも、それも含めて俺へ近付くためか。
全て、分かった上でのことかもしれない。

何より、紅涙とどう繋がっているのか。
紅涙が居なくなって、沖田が来た。

それは偶然なのか、
計画なのか。

「…十四郎さん、」

分かってるのは、
今、紅涙の居場所は高杉家で。

「私は…彼女とは違います。」

よりによって、紅涙がそいつの傍に居て。


「私は貴方の傍にずっと居ます。…ずっと。」


何故かコイツがここに居ることだ。

俺は灰皿に煙草を押し消した。
銀は音を立てた俺を見た。

「十四郎さんさえ良ければ私、」
「おい、よく聞け。」
「…十四郎さん?」

沖田は不思議そうな顔をして俺を見る。
俺はそれを打ち消すように見据えた。


「ここにお前の居場所が出来ると思うな、沖田。」


銀が「冷てェ」と馬鹿にした笑いで言う。

確かに。
冷たい言葉だ、我ながら。

それでも、本当のことだ。

「ここは俺の城だ。」

勘違いを、されたくなかった。

「俺の城に居ていいのは、俺が許したヤツだけだ。」

お前がそういう発言をするのなら、

「お前は近藤さんの顔でここに居る。そのことを忘れんな。」

俺はお前を排除する。

「お前の場所はここじゃねェ、」

沖田に指を差した。

「その場所は、」

そう、お前の立つその場所は。


「紅涙の場所だ。」


あいつだけの、ものだ。
俺の傍にいるのは、紅涙だけでいい。

紅涙だけで、

いいんだ。


「ったく、重い腰だわ、うちの当主は。」


銀は呆れた様子で伸びをした。
俺はそれを黙って見て、机の上に置かれていた招待状を持ち、立ち上がった。

沖田は何も言わなかった。
いや、言葉を失ったというべきか。

俺はそれを横目に通り過ぎ、

「それと、」

ドアノブに手をやって、俺は振り返らずに言った。


「結婚式じゃねェ。披露式だ、間違えんな。」


それだけを言って、部屋を出た。
扉を閉める瞬間、銀の短い笑い声が聞こえた。


忘れるな、紅涙。
お前は俺から離れられねェんだ。

たとえ表面上でも。

離れることは、許さねェ。


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