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その執事、真率1


「よく晴れた日ですね、紅涙様。」

私の髪を触るメイドが言った。
その言葉に窓へ目をやれば、本当に晴天という言葉の相応しい空だった。

「そうですね…、とても、良い日です。」

窓から目を逸らし、自分の映る鏡を見た。

そこには白いドレスを着せられた自分が映っていて、完璧なほどの化粧がされていた。

気持ちを残して、
着飾る私の身体が浮いているような気がした。

「きっと晋助様との披露式のために晴れてくださったんですよ。」

メイドは嬉しそうに髪飾りを差した。
私は鏡越しに微笑んで、「そうだと嬉しいですね」と言った。

「でも紅涙様の目、やっぱり赤みが引きませんね…。」

そういうのは私の左目。
そう、トシと契約をした目。

ここへ来てから、随分と薄くなった印。


それと比例して、
赤みと痛みが濃くなった。

心配そうに私を見るメイドに「平気ですよ」と声を掛ければ、メイドは安心したように頷いた。

「たくさんの方がお越しになるので、紅涙様もきっと挨拶が大変ですよ。」
"招待状を送った全ての方から出席のお返事を頂きましたので"

その言葉に、私は溜め息をついた。

あの人は、

どんな風に招待状を手に取ったのだろう、
どんな風に出席すると言ったのだろう。

私は…、

私はここから出る権利がある。
晋助さまが全て仕組んだことだったとすれば。

いや、仕組んだことだった。
晋助さまの言葉の端々にそれは出ていた。

何も聞かずに私をこの屋敷に入れてくれたことだってそうだ。
何も聞かなかったのは、私がここへ来るように仕向けられていたから。
疑問に思うことなんて、ひとつもなかったんだ。

『俺は欲しいモンのためなら、どんな手でも使って手に入れる。手にある権力の全てを使って。』

それが、全ての裏づけだ。

このまま時間を流させてはいけない。

私は…、


私は。


「完成しましたよ」というメイドの声に、私が顔を上げた時、

---コンコン、

小さな音がドアを叩いた。
そして同時に、


「終わったか?」

晋助さまの声がした。
メイドは「はい、たった今」と嬉しそうに返事をする。

するとドアが開き、着飾った晋助さまが私を捉えた。

「どうした。浮かない顔だな、紅涙。」

そう口にするのに、晋助さまは口の端を吊り上げて笑う。
晋助さまが「下がれ」と言って、メイドは部屋から出て行った。

「まァお前が望まなくても、俺ァ知ったこっちゃねェさ。」

堅い靴を鳴らして晋助さまが近付いてくる。
私は無意識に体を強張らしていた。

「いや、お前は望んだか。」

座る私の前で、晋助さまは見下げた。

「お前は言った、"この身、ひとつしかございませんが、どうぞお使いくださいませ"ってな。」
「…、」
「使うぜ?俺は。」

今思えば、なんて軽率な行動だったんだろう。
もっと現状を冷静に捉えるべきだった。

もっと、皆のことを信じて、
もっと、皆を頼るべきだった。

私一人で、
何も解決なんて出来るわけがないのに。

晋助さまは、雑に私の顎を持った。


「ここを出る時は、お前が死ぬ時だ。」
「っ…、」

笑むその表情は、私を怯ませるのには十分だった。

「馬鹿なことは考えんなよ?俺ァ"情"なんて甘ェもんは薄い方でなァ。」

晋助さまの顔が私に降りてくる。
噛み付かれそうな恐怖に私が目を瞑れば、晋助さまは耳元で言った。

「加担したヤツを、お前の目の前で消してやるよ。」
"誰であろォとな"

その言葉に私が目を見開いた時、晋助さまの唇が私の息を止めた。

また、目の痛みが強くなる。


「っ、や…、晋、助っさ、」


煙管の味がして、息を繋ぐために口を開けば深くなる。
胸を押しても、ビクともしない。

無理矢理に顔を背けて、さらに晋助さまを押した時、カシャンと髪飾りの落ちる音がした。

---コンコン、

同時にノックが聞こえて、ようやく晋助さまが離れた時、扉が開いた。

「お客様がご挨拶にお見えです、紅涙様。」

先ほどとは違う少し年配のメイドが頭を下げた。
そのメイドはさらに「晋助様、」と声を掛け、

「ぞくぞくとお集まりです、そろそろご挨拶へ。」
「…分かった。」

晋助さまは私を一度振り返り見て、「馬鹿な真似すんなよ」ともう一度言って部屋を後にした。

私が何かをすれば、
関わった人全てが犠牲になる。

その言葉で思い出したのは、また子さんだ。

彼女は大丈夫だろうか、
今日はずっと彼女の姿を見ていない。

「あら紅涙様、随分とお化粧が落ちてしまいましたね。」

その声に顔を上げれば、メイドが私に苦笑した。
私は足元に落ちていた髪飾りを拾って、「すみません」と同じような笑みで言った。

「良いことですよ、仲が宜しいのは。さ、すぐに直しますから。」
「…はい。」

崩れた口元と、髪を直していく。

「あの、…」
「どうしました、紅涙様。」
「また子さん…どこですか?」
「あー…、彼女は少し出ておりますよ。」

どこか言いにくそうに口にする。
私が「どこに?」と聞いても、「私たちは何も聞いておりませんので」と言われてしまう。

まさか、と頭の中に響くが、それはまたドアを叩く音に消えてしまう。
メイドが髪を触りながら「何用ですか」と扉の外に声を掛けた。

「ぼっ僕達、紅涙さまに挨拶がしたくて、」
「紅涙〜、中にいるアルか〜?」

その声は、懐かしく感じるほど。

「新八君に…、神楽お嬢様…。」
「あら、紅涙様のご友人の方ですか。待ってくださいね、すぐに開けます。」

メイドは私の髪を整え、声のする扉へ歩いた。
自分の映る鏡に目をやれば、元通りに直されていた。

どんな顔をして会えばいい?

私はあんな飛び出し方をした。
皆、どんな気持ちで来てくれてるの?

ガチャリと扉が開く。

私の鼓動ばかりが、早くなっていた。

「失礼します、…あ!」

一番初めに入ってきたのは新八君。
その目が私を捉えて、足を止めた。

そのせいで後ろに付いてきていた神楽お嬢様が新八君にぶつかった。

「ッぶ!!」
「あ、ごめん神楽嬢。」

新八君は頭だけを振り返り、軽く謝る。
二人は歳が近いせいか、口喧嘩をするほど仲が良かった。

「新八ィ!お前何考えてるアルか!流れを乱したらどうなるか、お前は教習所で習わなかったアルか!!」
「いや、僕まだ免許持ってないし!てか、神楽嬢も持ってないじゃん!!」

鼻を擦りながら新八君の後頭部を殴って。
もう入る前から部屋の入り口でバタバタしている状態。

変わってない。

私の大好きだった賑やかな空間。

「ふふ、」
「あ!ほら神楽嬢のせいで紅涙さまに笑われちゃっただろ?!」
「何言うアルか!お前のせいで笑われたアル!その駄眼鏡のせいアル!!」

そう言い終えると、新八君の眼鏡は神楽お嬢様に叩き落とされた。
新八君は「痛ァァ!!」と叫んだ。

「あらあら、二人が早く入らないと私たちが入れないでしょう?」
「だっだけど姉上!」
「いいからとっとと入れつってんだよ、駄眼鏡。」
「えェェェ?!姉上に駄眼鏡って言われたァァァ!!」

相変わらずなお妙さんの口調が、ようやく詰まっていた入り口を進めた。
お妙さんは私を見て「紅涙さま!」と嬉しそうに手を叩いた。


「まぁ随分見ないうちに綺麗になってぇ!やっぱり土方家に問題があるのかしら。私も最近、肌の艶がすっかり悪くて」
「おいおい、お前の話はどーでもいいんですけどォ?」

困ったように頬に手を当てるお妙さんに、銀が口を挟んで。
「ったくよォ」なんて小さく言いながら私と目があった銀はポツリと言った。

「…おいマヂかよ、すんげェ綺麗なんですけど。」
"見たことねェよ"

私はそれに「ありがとう」と言った。
銀は気まずそうに頭を掻いて「おゥ」と言った。

その後ろから、「こらこら!」と大きな声がして、

「こら銀!お妙さんの前で何てこと言うんだ!!この世では確かにお妙さんは」
「煩ェんだよ、ゴリラ!何でテメェまで一緒に来てんだよ!!」
「えェェ?!俺まだ何も言ってないのにィ?!」

キッチリとした格好の近藤さんが続いて入ってきた。
近藤さんは「おォォ!!」と私を見て微笑み、

「紅涙ちゃん!久しぶりだなァ!!」
"元気そうで何よりだ"

まるで自分のことのように嬉しそうな顔をして言ってくれた。


皆は、変わってない。

「紅涙ちゃん!」

「紅涙さま、実はねこの前、」

「紅涙、今度一緒にあれ見るアルよ!」

どれも、私に向って伸びる声。

私、あんなことしたのに。
私、あんなこと言ったのに。

皆は、変わってない。

「…、みんな…、」

ううん。

「勝手なことをして…、…ごめんなさい…。」

私たちは、きっと。
何も変わってないんだ。

「私…、あんな風に土方家のことを罵って…。」

『ここに居る人は皆バカで良かったです、実に扱い易かった。』

皆に頭を下げる私のドレスが揺れた。

「もう…皆さんと合わす顔がないと…。」

こんな服を着て、私はここに立っている。

それだけでも…私は…。
ギュッとドレスを握り締めた時、

「おいお〜い、何の話ィ?」

銀の、伸びた声。

私は無意識にも顔を上げた。
銀は面倒そうに頭をガシガシと掻いて、「悪ィけど」と言った。

「紅涙さまァ、何の話してんだよ。」
「何のって…、」
「俺ァ覚えてねェぜ?そんな紅涙さまに謝られるようなこと。」
「銀…、」

銀はニィと笑んだ。
「そうですよ」と新八君が声を上げて。

「僕達、純粋に紅涙さまに会いたかったんです。」
「そうでさァ紅涙さま。俺はもう妄想して紅涙さまで扱くのは飽きましたぜィ。」
「いやちょっと待って!それ何か変だから!!こんな時にそんなこと言わないでくださいよ、総悟さん!」

「…でも、」と新八君は続けて、

「まさか高杉様のところへ嫁いでしまうとは思ってませんでしたけど…。」
「そうねぇ、新ちゃん。私も考えてなかったわ…。」
「まぁまぁいいじゃないですか、お妙さん!」

近藤さんが大きな声で笑った。

「全ては紅涙ちゃんが選んだことだ!幸せになってもらうために祝福しようじゃありませんか!」

その笑みに、私は同じような笑みを見せることは出来なかった。新八君も「そうですね」と言って、総悟さんは「癪だが仕方ねェですねィ」と溜め息をついた。
近藤さんは嬉しそうな顔をして「あ!」と声を上げた。

「お妙さん!このドレス、きっとお妙さんにも似合いますよ!俺の隣なら!」
「あら、余計な言葉がなくても似合うと思いますわよ、ゴリ様。」
「あれ?なんかゴリラの教祖みたいな呼び方をされた気が…。あれ?俺、近藤財閥の息子なのにこの扱い…?」

私…、

私…戻りたい。
皆とまた、あの時間を。

ここで式を挙げず、土方家に戻りたい。

皆に言ってしまおうか。

私、結婚したくないですって。
戻りたいんですって。
だから協力してくださいって。

でも言ったところで…、


『加担したヤツを、お前の目の前で消してやるよ。』


…そんな目に…合わすわけには。

私が賑やかな皆の傍で考えていれば、パンパンと手を叩く乾いた音が聞こえた。
その手は銀の手で。

「はい面会終わりィ〜。ちょっと俺は紅涙さまと話あるから出てってくれるゥ?」


銀がそう言った。

皆は口々に言った。
「意味分かんねェ」とか「二人っきりで話さなきゃいけねェことは何だ」とか。

私も同じような疑問はあったが、銀は早々と皆を部屋から追い出してしまった。
扉を閉められた時、神楽お嬢様の声が聞こえた。

「そう言えば、ニコチンはどこ行ったアルかー?」
「そう言えば姉上も見当たりませんねィ。…野郎殺す。」

その会話は、静かになった部屋の中で大きく響いた。

ただ銀だけが、

陰る私の顔を見ていた。


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