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その執事、真率3
十四郎さまは静かに扉を閉めた。
先ほど横に連れていた女性はいない。
「元気…だったか?」
「…はい…、」
十四郎さまはゆっくりと私の傍まで歩いてきた。
「…、」
「…。」
手を伸ばせば届くほどの距離まで来たのに。
私も、
十四郎さまも、
何も言葉が思い浮かばなかった。
「…、綺麗…だな。」
口火を切ったのは、十四郎さまだった。
私はその声に驚いた。
それはあまりにも十四郎さまが言いそうにない言葉だったから。
「…綺麗だ、紅涙。」
だから私は、驚いた。
それと同時に、
「っ…、」
胸が、苦しくなった。
俯きそうになったその顔は、十四郎さまに抱き寄せられたことで防がれた。
「とっ十四郎さまっ…、」
私が胸を押そうにも離れない。
十四郎さまは「本当は…、」と呟いた。
「本当は…すぐにでも探したかった…。」
「…十四郎さま…、」
こんなところ、誰かに見られたら。
私はもちろん、
十四郎さまはおろか、土方家はまた潰れてしまう。
「すぐに探せるのに…、俺は探せなかった…。」
"お前の連絡が来るまで"
離れなきゃ。
「俺は…、恐かったんだ…。」
離れなきゃ…いけないのに。
「初めは…、お前の考えもあるだろうからと思って探さなかった…。だが時間が経つにつれ、お前が本当にここから出たとすればと思うと…、」
「…、」
「本当に…、もうここに戻ってこないつもりだったのならと思うと…。」
十四郎さまを押していた手を、
「恐くて…、探せなかった…。」
私は彼の背中に回した。
「お前の前で強がるのは…、もう止めだ…。」
私は、キツく抱きしめた。
「逢いたかった…、紅涙…。」
…私。
私、十四郎さまが好き。
「っ…、十四郎さま…、」
「…あぁ、」
「私もっ…、私も逢いたかったですっ…、」
ギュッと握りしめた彼の服。
「ごめんなさい」と服に埋もれた声で言った。
十四郎さまは自嘲気味に笑って、
「これほど…、誰かのことを考えたのは生まれて初めてだった。」
そう言って、
「紅涙、」
私は彼の腕の中で顔を上げた。
十四郎さまは私の目を見て、小さく笑った。
「痛かったか…?」
「え…?」
私の左目に優しく触れて、
「赤ェな…。」
瞼を撫でた時、ジュッと一瞬だけ目が焼けるように感じた。
痛みに目を閉じて、また開いた時、「刻印が濃くなった」と十四郎さまは言った。
すぐに十四郎さまは自分の手袋を外して、手の甲を私に見せた。
「俺のもだ。」
手の甲にあるその刻印が、私の知っている時のように濃い。
十四郎さまは「俺も痛かったんだ」と言って手袋をした。
「お前と離れてから、ずっと痛かった。」
「私も…です…。」
一緒のこと、
一緒にいること、
あれほどまで近かった私たちなのに、どこかこの空気がくすぐったくて。
「俺たちは、離れられねェんだ。」
それは十四郎さまがいつかに言った言葉と似ているのに、
「はい…そうですね…、」
今は、互いを求める愛しい言葉。
「…紅涙、俺は確かに土方家の当主に戻った。」
「…はい、」
「だがお前との契約は切れちゃいねェ。」
私はそれに曖昧な返事をした。
すると十四郎さまはくすりと笑って、
「紅涙様、」
膝をついた。
私は慌てて十四郎さまに屈んだ。
「なっ何をしてるんですか?!」
「契約は、切れておりません。」
「え…?」
「私どもの交わした契約は、死をもって解約される。」
"それはつまり、"
十四郎さまは屈んだ私の手を取って、
「貴女への忠誠は変わりないということです。」
綺麗に微笑むその姿は、トシそのもので。
「さぁ紅涙様、貴女が望むままに。」
トシは妖艶に微笑み、
「何なりと、ご命令を。」
私に忠誠のキスをした。
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