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その執事、真率4


「トシ…、」

私の前に、トシがいる。
十四郎さまとしての彼ではない彼が、ここにいる。

いつでも私の傍に居て、
いつでも私を助けれてくれたトシ。

トシは微笑んで「紅涙様の望みを」と言った。

「私…は…、」

私の、望みは。

「土方家に…、…戻りたい…。」

私を、

「ここから…、連れ出して…。」

あなたの傍に。

「私…、またトシの傍にいたいっ…、」

だから。


「ここからっ…連れ出して…っ…、」


私を出して、トシ。

トシは私に静かに頷き、

「畏まりました、紅涙様。」

た易いことのように笑って見せた。

だけど、
ここは高杉家。



「言ったよなァ…?紅涙。」


全ては、袋の鼠。

「晋助…さま…、」
「馬鹿な真似はすんなよって、言ったよな?紅涙。」
「っ…、」

扉の前で、晋助さまは煙管を片手に私を見る。
トシは、その背に私を隠した。

「いいのか?土方。お前はこんなところで油売ってる場合じゃねェだろうよ。」
「高杉…、お前の裏は取れてんだよ。」
「おいおい、もう俺の前じゃ畏まった態度もねェのか?」
「お前に畏まる理由がなくなったからな。」

冷静に見える言動も、トシが居ないと息すらも詰まりそうなほど苦しい環境。

「ト…トシ…、」
「クク。紅涙、お前は黙って俺のものになっときゃいいものを…馬鹿な女だ。」

晋助さまは私を見下げるように目を向ける。
トシの背後に居ても、私の後ろに回り込まれそうな恐怖に駆られる。

「いや。馬鹿なのはお前も一緒だな、また子。」

晋助さまの言葉に私は無意識にトシの服を握り締めた。
そして晋助さまの後ろから現れたのは、

「…。」
「まっ…また子さんっ…、」
「…、」

険しい顔をして、メイド服のままのまた子さんは晋助さまの横に立っていた。

「紅涙様、落ち着いてください。」
「…っ、良かった…、」

トシは私の体を支えてくれた。

「また子さんが無事でっ…、良かった…、」

そんな私に、晋助さまが馬鹿にしたように笑う声が聞こえる。
また子さんは何も言わなかった。

一言も、話さない。

「紅涙、お前はつくづく馬鹿だ。」

晋助さまの声が、部屋に響く。

「お前はまた子が助かって良かったぐれーにしか思っていないんだろォがな、そもそもそれが間違いだ。」

私の耳に、晋助さまの声が膨らむ。

「利用されてたんだよ、お前は。」

晋助さまが楽しそうに含み笑いをした。


「こうやって、お前の目の前でコイツを消すためにな。」
"全ては俺の手の中でのことだ"


そう言って煙管を捨て、スッとこちらに付きつけたのは、

「しっ晋助さまっ…、」
「そんな意外みてェな顔をするな、俺は元からこのつもりだ。」

綺麗に研ぎ澄まされた、刀だった。
隣ではまた子さんも2丁の銃をこちらに向けている。


「そ…そんな…っ…、」
「ほら紅涙、お前がそこをどかねェと巻き込んぢまうぜ?」
"避ける自信はねェからよ"

その言葉が終わるのと同時に、パンッと乾いた音が鳴った。
私の視界は黒い服に埋もれた。
僅かな視界の端から、足もとに開く穴が見えた。

「…、トシ…、」
「紅涙様、ご判断を。」
「え…?」
「今の貴女には迷いがある。」

トシは私を庇ったまま、声を掛ける。

「甘えが許される相手じゃねェ。俺がやらなければ、やられるまで。」
「…。」

晋助さまはクツクツと笑い、私たちへと間合いをつめる。

「さァ、決着を着けようぜ。土方。」
「…。」

私はトシの背中で晋助さまの威圧に押されていた。

その時。


「待って!」


張り詰める空気に、また1つ。


「約束と違うわ!高杉さんっ!!」


その姿は、私の息を止め、
その言葉は、時間を止めた。

「…沖田…?」

トシの声は、誰もの耳に届いたに違いない。


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