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その執事、真率5


私も、
トシも、
晋助さまも、また子さんも。

皆が、彼女を見ていた。


「十四郎さんには手を出さないって約束だったでしょう?!」

沖田さんを見て、晋助さまは「煩ェ女だ」と冷たく言った。

「"約束"なんてした覚えはねェ。」
「なっ何を言ってるの?!あなたが彼女を請け負ったから、沖田家は高杉家に支援を」
「そもそも、俺ァ頼んだ覚えはねェ。」
「っ、」
「お前らが勝手にやったことだろーが。」

今ある状況が読めなくて、私は同じようになっているであろうトシを見た。

だけど、

「ト…シ…?」

トシの顔は、徐々に怒りに満ちて。

「…おい、沖田…。」

一歩踏みしめた足は、誰にも負けない気迫を感じた。
それを感じたのは沖田さんも同じようで、渋い顔をして半歩足を下げた。


「…さっき言ったことはどういう意味だ?」
「とっ十四郎さん…、それはっ…、」
「お前が…、すべて…」
「ちっ違います、十四郎さん!」

私たちと沖田さんの間にいる晋助さまが低く笑った。

「何も違わねェだろうに。」
「っ!!あなたは黙っていてください!!」
「悪いがなァ、邪魔しに来てんのはテメェの方だぜ?」

晋助さまは沖田さんを横目に見て、鼻で小さく笑った。

「また子、始末しとけ。」
「でっですが晋助様、仮にも沖田家の者ですし」
「構わねェよ、こんな女。」
"俺には必要ねェ"

そう言われたまた子さんは、溜め息をついて沖田さんに向き合った。

私はそれを、

「まっ、待ってください!」

黙って見ていられなかった。

「…紅涙…、」

理由は単純。

「クク。お前、こいつに何をされたか分かってんのか?」

人が死ぬ図なんて見たくないから。

ただ、
それだけ。

「…もし、こうなった現状に沖田さんも絡んでいるとしても、分かった今ではどうしようもありません。」
「紅涙…、」
「随分と冷静な姫さんだこと。」

私は皆が思っているほど、
優しくも、穏やかでも、純粋でもない。

「明確なことは、渦中にあるのは私と十四郎さまということ。」
「…な、何が言いたいんですか、紅涙さん。」

沖田さんは私に怪訝な顔をして問う。
私は隣に立つトシの顔を見上げた。

「沖田さんをどうするかは、私と十四郎さまが考えることです。」

トシは大きく目を開いた。
でもすぐに目の色は変わる。

その変った色の目は、沖田さんに向けられて。


「なら俺はお前を消す。」


トシの声に、沖田さんは息を呑んだ。
そして一歩足を進めたトシに、私は「待って」と制止した。

「十四郎さまの意見は分かりました。次は私の意見です。」

沖田さんの大きな目からは、今にも零れ落ちそうな涙。

私はそれを、冷たく見つめた。

だって。
だって沖田さんは、十四郎さまが好きだったんでしょう?

「…私は、」

自分のために、
私を土方家から追い出させたのでしょう?


「私は、彼女が今後一切、土方家と関わりのないことを希望します。」


貴女のせいで、
私がこうなることになったとしても、

私がここへ来たのは、
私の意志で、私の足だから。

「どんなことがあっても、使用人を含む土方家の前には現れないでください。」

全てが貴女のせいだとは、とても言いきれないから。


「…思い出だけでも、持ち続けられること…。…感謝してください。」


私はトシの顔を見た。

「それじゃ…ダメですか?」

トシの険しい顔は、困ったように笑い、

「紅涙様の仰せのままに。」

そう言ってくれた。

晋助さまは「甘ェやつらだ」と蔑んだ。
また子さんは銃を足のホルダーに直した。

沖田さんは悔しそうに唇を噛んだ。

「…どうしてっ!」

叫ぶように、沖田さんは言った。

「どうしてあなたなのよ!!」

沖田さんの握りしめた拳は、怒りを表すように小刻みに震えていた。


「私がっ…私がずっと一緒にいるはずだったのに!あなたは昔の十四郎さんを何も知らないのに!!」

晋助さまは「醜いな」と笑い、トシはまた足を進めようとした。
私は同じようにそれを止め、
抵抗するように向けられたトシの顔に、ゆっくりと顔を横に振った。

「近藤さんだって言ったわ!私と十四郎さんはお似合いだって!!ずっと昔から、私たちは一緒だったのに!」

沖田さんは地団駄を踏むように足をドンと一度鳴らし、「なのにどうして!」と悲鳴に近い声で言った。


「たかが使用人のあなたが、どうして今 十四郎さんの隣に立ってるのよ!!!」


その言葉と一緒に、キツく沖田さんは私を睨んだ。
だけど私の傍で一瞬の風が吹いて、気がつけば沖田さんの前でトシが立っていた。
彼女の耳の横には、トシの拳がドアを割っていた。

「なかなか早ェじゃねーか」と晋助さまは楽しそうに笑んだ。

「トシ!」
「…今のは…、聞き捨てならねェ。」

沖田さんの膝が震えている。

「人を簡単に"たかが"なんて言葉で括んじゃねェよ。」
「トシ、いいから。身を引いてください。」
「沖田、お前の言う"ずっと前から"、紅涙はただの使用人じゃねェんだよ。」

彼女は堪え切れなくなったのか、手で口を覆った。
流す涙も、今のトシには見えていないようで。

「お前はずっと、ただの女だったって気づいてなかったのか?」
"いや、女でもねェか?"

そう言って沖田さんに異様な笑みを見せるトシは、噛み切ってしまいそうなほどの殺気を纏っていた。

私がトシの元へ足を進めようとした時、晋助さまがトシの背後を狙って刀を振った。

「っ、トシ!!」

一瞬のことで、私の声は事が済んでから発せられて。
トシは何てことない様子で、割れたドアの木片で刀を防いでいた。

沖田さんは腰を抜かし、その場に座り込んだ。

「高杉…、刀もそうだがお前は変わんねェな。」
"理由がどーあれ、構わず狙いに来る"

晋助さまは「当たり前だ」と喉を鳴らして笑う。

「だが、それを承知で俺に背中を見せたのは作戦か?デキる執事は違ェな。」
「フッ。お前が腐ってねェか、確認しときたかっただけだ。」
"無駄骨は嫌なんでな"

ゾッとする闘争心を感じた。

晋助さまは木片から刀を抜き、すぐにトシの脇腹を目指して切り込んだ。
それすらも見えていたかのように、トシは腰元に隠し持っていた短刀を押し付けた。

刃と刃のぶつかる音が、耳に響く。

「クク、随分と頼りねェものを隠し持ってたんだな。」
「お前みたいにデケェ刀を持ってウロチョロ出来るわけねェだろーが。」
「それで俺をやれると思ってんのか?」
「やれねェとは思ってねェな。」
「俺もナメられたもんだ。」

話している合間も、刃がギリギリと鳴る。
なのに二人の顔は冷静にも見えるほどで。

私は彼らを止める手段が見当たらず、ただ遠巻きに見ていることしか出来なかった。

すると、


「あーなったら、もう晋助さまは止められないっス。」


また子さんの声を、久しぶりに聞いた。


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