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その執事、偽君子1


テーブルを挟んで向かいに座る彼は、
近藤財閥の一人息子、近藤 勲。

明るくて、お人好しで。
いろんな意味で大きな存在。

そして唯一の、

「まだ追っ掛けてんのかよ、近藤さん。」
"あの怪力女"

執事であるトシから話しかける存在。

「"まだ"じゃないぞトシ!"まだまだ"だ!!」
「ンだよ、それ。」

それはつまり、

「トシも順調そうだな、執事生活。」
「まァな。」

トシが執事でない時からの知り合いであり、友人。

「それにしても、いつまで経っても慣れないな。そのカッチリした姿を見るのは。」
「そうか?別に違和感ねェだろ?」
"なァ?紅涙。"

横に座るトシが、片肘を付きながら私を隣見る。
近藤さんの前でのトシはネクタイを緩め、煙草も吸う。

キッチリした姿なのに悪態つくその姿は、普段との印象が恐ろしく違う。

何と言うか、
心臓に悪い。

「おい、紅涙。聞いてんのか?」
「っは、はい!…聞いてます。」

ハッと意識を戻して、
トシの指に挟まれた、今にも灰を落としそうな煙草に灰皿を寄せた。
煙草を数回叩いて、灰を落とす。

「…なぁ、紅涙ちゃん。」
「どうしました?近藤さん。」

近藤さんが向かいの席から、
どこか私を窺うような目で声を掛けてきた。

「あのさ、その…、」
「?」

近藤さんは言葉を濁した。
私は小首を傾げた。

「ちょっと…聞きにくいんだけどさ、」
「はい…、何でしょう?」

少しモジモジとする近藤さんに、ますます首が曲がる。

トシはふぅぅと細い煙を吐きだした。

「トシとは…何もないの?」
「…え…?」

何?
"何もない"って何?

「その…、トシとはもう随分と長く一緒に居るだろう?」

近藤さんはトシの顔もチラチラと向かい見ている。

「まして、一つ屋根の下に男と女が過ごしてるわけだし…。」


ドモる近藤さんとは裏腹に、私は内心、焦っていた。

ようやく軌道に乗り出している土方家。
ここでトシとの関係をバレるわけにはいかない。

"執事とあるまじき関係"

評判が下がるに決まってる。

でも、
「何にもありません」と声に出すことを躊躇っていた。

冷静に土方家の今後を考えている自分もいるが、逆にトシの反応が気になって。

「…、」
「ど、どうなのかな〜…とか思ったりして。」

近藤さんの窺う言葉に、どう返事をすれば最適なのかが分からなかった。

すると。


「何もねェよ。」


トシは、さらりと言葉にした。
思わず私は隣を見た。

「え?そうなの?」
"何もないの?!"

近藤さんは興奮気味に声を上げる。
トシは本当に顔色ひとつ変えずに、

「ねェよ、ンな関係。」
「え〜、絶対あると俺は思ったのになぁ〜。」
"俺ならある!"

ガッツをした近藤さんが言うのを、トシは鼻で笑って煙草の灰を灰皿へ落とした。


「ありえねェだろ。」
"むしろ誰か紹介してほしいぐらいだ"

投げるようにそう言った。

それには、
さすがに私も少し傷ついた。

「そうだよな〜。少し前のトシに比べたら、全然だもんな〜!」
「だろ?今の俺なんて女の"お"の字もねェ生活だぜ?」

否定しなければいけない場面だけど、そこまで言わなくても…。

「どうだ、トシ。28日、俺の屋敷でパーティーがあるんだけど、来ないか?」
「28日?何のパーティーすんだよ。」
「ちょっと遅めのクリスマスパーティーだ!」
"今年の挨拶も兼ねてるがな"

トシは「近藤さんが?」と含み笑いをして、
近藤さんは何も気にせずに「おゥ!」と満面の笑みになった。

「結構な人数を招待したんだ。ほら、ミツバちゃんも来るぞ!」
"トシ、仲良かっただろ?"

…、誰…?
"ミツバちゃん"?

女の人…だよね…。

私はトシに小首を傾げて隣を見た。
トシは小さい声で「ミツバ…」と口に出して、


「アイツが来るのか、…大丈夫なのかよ。」


と言った。

トシの口から、
私以外の女の人の名前が出てくるなんてこと、今までなかった。

正直、
気分は良くない。

「どなた…ですか?」

今聞いておかないと、ずっと聞けない気がした。

トシは私の顔を見て、何も言わない。
近藤さんは私に向かって、「あ、そっか!」と言った。

「紅涙ちゃんは知らないのか!」
"なんだか昔からずっと一緒にいる感覚だったよ"

近藤さんは「そうかそうか」と言って、ニコニコしていた。

するとトシが口を開いた。

「昔のツレ。」

短いその言葉には、私に色んなことを考えさせた。


確かに、当時。

十四郎さまは、良いとは言えない生活態度で。
召使程度の私には想像などつかないほどの人間関係があったに違いない。

特定の女の人がいたって…、
おかしくない。

「じゃぁ紅涙ちゃん。悪いけど28日、トシを1日借りてもいいかな?」
「お、おい、近藤さん。俺はまだ行くとは言ってな」
「出会いだろ?とりあえず出とけって。」
"それに、トシは華があるからな"

近藤さんは「トシ目当てがいるんだ、頼むよ」とトシに手を合わせた。
トシは溜め息をついて煙草を灰皿へ押し消した。

「それとも何だかんだ言って目当てがいるのか?」

近藤さんがにやりと笑った。
トシは「違ェよ」とあしらった。

「…行ってきてください。」

もっと普通に言うつもりだったのに、思っていたよりも小声になった。

いつの間にか、視線も落ちていた。

「良い出会い、見つけて来てください。」

トシに微笑むつもりだったのに、自嘲気味な笑いになった。

私たちは、主と執事。

それ以上でも、
それ以下でもない絆だ。

気持ちも、
心も、

主が言えば絶対で。
その間には、何もない。

「ほんとか?!悪いな、紅涙ちゃん。」
「いえ…、トシをよろしくお願いいたします。」

近藤さんは嬉しそうにした。
私は微笑めた。

「どうすんだよ、28日。」

トシが私に言う。
声は少し低めで。

「どうするって…、どういう意味ですか?」
「執事がいねェんだぞ?」
「大丈夫です、1日ぐらい。」
"トシがいなくたって"

言った瞬間に、"しまった"と思った。

そんな言い方、
するつもりじゃなかったのに。

「お前、何も出来ねェだろ。」
「…出来ます。ほんと、大丈夫ですから。」
"行ってきてください"

私の押し付けるような言葉に、トシが舌打ちをした。
近藤さんは「あ、あれ?」と頬を掻いて、

「都合…、つかないようなら…いいけど…。」

"無理なら仕方ないしね"と苦笑した。

「いえ、お願いします。」

私は近藤さんに言った。

「だとよ、近藤さん。俺、行くから。」
「ほんとにいいのか?」
「いいんだよ、別に。」
"俺なんかいなくても大丈夫なんだろ"

トシの言葉に何か言いたかったのに、何も言えなかった。


「それじゃ28日、迎えを寄こすから。」
"タキシードで頼むわ"

近藤さんがそう言ってニコやかに帰った。


私とトシで見送った後、
振り返ったトシが私を睨んだ。

「…何ですか…?」

機嫌が悪いのは容易に分かる。
それでも私はあえて問うた。

「…別に。」

トシはそう言って、緩めていたネクタイを締めなおす。

私に手を差し出して、

「お身体が冷えますよ、さぁ屋敷に帰りましょう。」

従順な執事の顔をした。


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