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その執事、偽君子2
「それでは紅涙様。」
「…はい。」
28日の昼。
近藤財閥より迎えにきた黒いリムジンの前でトシは振り返った。
黒いタキシードは燕尾服と大差ない礼装なのに、やっぱり印象は違う。
「お言葉に甘えて、行ってまいります。」
「…行ってらっしゃいませ。」
私のいない場所で、
私の知らない女の人たち。
そんな場所にいるトシを想像するだけで、目を瞑りたくなる。
「…ゆっくり…して来てくださいね。」
「…。」
俯いてしまった時、
少し離れたところで、「お乗りください」と運転手が声を掛けた。
私は顔を上げて、その声に会釈をした。
急かすように、トシの顔を見た。
なのに。
「…行ってほしくねェんだったらそう言えば?」
トシは苛立ちながらそう言う。
私はその言葉に驚いて、顔を横に振った。
「トシにも…気を緩める時間を作っていただきたいと思っておりましたので…、」
"丁度よい機会でした"
私は笑った。
トシは眉間に皺を寄せた。
まだこの場から動こうとしないトシ。
何て言えば、早く車に乗ってくれるのか。
上手い言葉が見つからなくて。
「ミツバ…さんでしたっけ…?良いご縁に…なるといいですね…。」
言いたくなかったことが口から出た。
ずっと頭にあるって良くない。
口にすれば、感情も便乗して付いてくる。
「そうなれば…、私の役を終わりですね。」
「あァ?」
駄目だ。
「もう軌道に乗っている土方家ですから私が代役として立つ必要もないでしょうし、」
マズイ。
「ミツバさんがいらっしゃってくだされば、妻として十四郎さまの支えにもなってくださるでしょう?」
"私はもう必要ありませんね"
何でこんなことを言ってしまうの…?
何でこんな時に言ってしまうの…?
「今日でミツバさんを射止めていただかないと」
「いい加減にしろ。」
「っ…」
トシの低く太い声とともに、白い手袋をした大きな手が私の口を塞いだ。
そのまま私の耳元まで顔を近づけて、
「忘れたのか?紅涙。」
ボソリと話した。
「あの契約をした限り、お前は俺から離れられねェ。」
トシの声が、
私の身体を触る。
実際には触れられてないのに、不思議な感覚がある。
「お前が俺を必要としなくなっても、一生離れられねェんだよ。」
その言葉、
そのままトシに返したい。
私が必要としない時の話じゃなく、
今は、あなたが私を必要としない時の話なのだから。
トシは喉でクツクツと笑って顔を離した。
「いいか、忘れんじゃねェぞ。」
口の端を吊り上げて笑い、「行ってくる」とリムジンへ乗り込んだ。
「ありゃ?紅涙さま1人ですかィ?」
廊下を歩いていると総悟さんの声がした。
振り返れば、彼の服装がいつもと違う。
「トシは少し出てますが…総悟さんもどこかお出掛けですか?」
「なんか知り合いんとこでパーティーがあるそうで、俺も暇潰しに出てきまさァ。」
「パーティー…ですか。」
総悟さんもか…。
「何でも志村姉弟も今日は実家の様子を見に行くっつって、いねェそうですぜ。」
「そうなんですか…、皆さんいらっしゃらないんですね…。」
こんな日に寂しいな…。
皆で賑やかに過ごせば、何もかもを忘れられるのかと思っていたのに。
そう思って溜め息をついた時、
「ちょ〜ッと待った、紅涙さま。」
その声に振り返れば、銀が腕を組んで壁に凭れかかっている。
「俺ァいるぜ?」
「銀…、」
ニィと笑って銀がこちらへ歩いてきた。
そのまま私の手を取り、
「今日は誰もいねェんだから、二人でパーティーしようぜ。」
「パ、パーティー…?」
銀はニコニコとしながら「こっち」と私の手を引いて歩いた。
後ろでは総悟さんが「気をつけなせェよ」と言った。
どういうことなのか、
その言葉に私が振り返れば、
「何事もやり過ぎはよくありやせんぜィ。」
ニィと、銀とはまた違う笑みを見せた。
私が首を傾げると、
「紅涙さま、執事がいねェから気を抜いてちゃ危ねェですぜィ。」
"助けてくれる人はいやせんからねィ"
銀の方に向かって親指をクイクイと動かした。
私が銀の方を見れば、銀は総悟さんを払うように手を動かした。
「ガキはとっとと出て行きな。」
「まァ楽しませてくれるんなら、俺ァいつでも大歓迎ですけどねィ。」
"傍観希望しまーす"
ケラケラと笑いながら総悟さんは屋敷を出て行った。
「ったく、あのガキャァ。」
銀が頭を掻いて、溜め息をついた。
そして私に振り返り、
「今日は俺が紅涙の執事だ。」
楽しそうに笑んだ。
その表情には、
裏も表もなかったけれど、
初めから、
全てが表だったことに、
問題があったのかもしれない。
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