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ずっとずっと
「で?何で戻って来たんだよ。」
部屋にあった飴を舐めながら、銀ちゃんは化粧机に凭れて問うた。
「身辺が落ち着いたので…、その…、報告を…。」
「"報告"?」
"十四郎さんと籍を入れた"
それが言い辛かった。
私はつくづく嫌なヤツだと思う。
今はどうか分からないけど、
昔に自分を好いてくれていた人の前で、まだ好んでもらおうとする気持ちがある。
「…、」
「何だよ。」
まだ好きだと、
私を彼の頭の中に置いておいてほしくて。
人のものになった私に、
関心がなくなることを恐れていた。
「…十四郎さんと…、」
「…、」
でもそれじゃ駄目で。
「十四郎さんと…、入籍しました…。」
言わなきゃいけない。
銀ちゃんに嘘をつくことなんて、
きっと私には出来ないから。
いつか知られるのなら、嘘なんてつかない。
「…、」
銀ちゃんは何も返事をくれなくて。
様子を窺えば、ようやく「あ〜」と言った。
「俺、知ってる。」
「え?」
「あの時は結構な街の話題だったからな、"鬼の副長が籍入れた"って。」
そんなことが…。
「なら幸せ真っ只中じゃねェの?」
「…そう…だよ。」
「…はぁ〜…、ったくよォ。」
銀ちゃんはそう言って立ち上がった。
私の隣に座って、頭をワシワシと撫でる。
「紅涙は嘘つくの、相変わらず下手だな。」
「…。」
「何があったんだよ。」
銀ちゃんにポツリポツリと話した。
幸せだった生活。
十四郎さんに愛されてることを実感できる日々。
「惚気?」
「ちっ違うよ!」
「あっそ。」
たまに銀ちゃんが詰まらなさそうな顔をしたけど、真剣に聞いてくれる。
「暫くして…、急に十四郎さんがおかしくなって…。」
「"おかしい"?」
「…うん、何だか…いつもと違うようになった…。」
「具体的に?」
「…オタク…みたいな。」
"フィギュアとか…、アニメとか…"
私が項垂れる姿とは逆に、銀ちゃんは食いつくように聞いた。
「それってよ、"拙者"とか言う?」
「…うん。」
「"ござる"とか?」
「言うよ…。」
「"紅涙氏"とか呼ばれるわけ?」
「そう…だけど…、どうしてそんな詳しいこと、銀ちゃん知ってるの?」
銀ちゃんは「トッシー復活かァ〜」と声を上げて、後ろに仰け反った。
「俺、それも知ってるわ。」
「え?!」
「前にそうなった時があったんだよ、そいつ。」
近藤さんや沖田さんが言っていた"前"だ。
それも街の話題で知ったのかな…?
それとも十四郎さんと仲が良いとか…?
それは…ありえないよね。
「でもそれが何でここにいるのと関係あんだよ。」
「…十四郎さん…、自分のお金はおろか真選組のお金にも手をつけちゃって…。」
「はぁ〜?!最低じゃん、今回。」
私は困ったように笑った。
「で、嫁である紅涙が借金を肩代わりしたってことか?」
「そっそういうんじゃないんだけど…、」
「じゃァ何?」
銀ちゃんが私を見る。
私は視線を下げ気味に話した。
「十四郎さんにも…真選組にも…、私はすごくお世話になったから…。」
「…。」
「恩返し…したいの…。」
「"恩返し"…。」
私は銀ちゃんの言葉に頷いた。
「仕事で手伝えることがないから、…せめて今必要としている最低限のお金をって…思って。」
「…ふ〜ん…、なるほどね。」
「私…ね、十四郎さんの重荷に…なりたくないの。」
ただのお荷物なら、
人形だっていいもの。
「出来ることなら…、痛みだって分けてほしい。」
「…、」
「でもあの人はそんなこと絶対にしない人だから…、」
あの人は、
どんなものが降っても、
きっと平然とした顔をして、
私に傘を差してくれる。
「一緒に…感じたいの…。」
だから、私にも苦しい思いを。
十四郎さんが抱えたものなら、
私も一緒に抱えたいの。
「それを許されるのが…、私の…、妻の特権だと思ってる…。」
だってそうでしょう?
もう私たちは同じ名前。
それはつまり、家族なのだから。
「…あ〜…、やっぱ許せねェわ。」
「?銀ちゃん…?」
黙って聞いていてくれた銀ちゃんが急に声を上げた。
苛立った様子で頭を掻いて、「ダメだわ」と言った。
「俺さ、マジで紅涙のこと好きだったんだけど。」
「え…?」
今…、
どうしてそれを…?
「今も好きだぜ?」
"たとえ、お前が人妻になっても変わんねェよ"
銀ちゃん…?
「じゃねェと、この場所を去ったヤツの部屋なんて掃除しねェって。」
「…銀…ちゃん…、」
「なのにそんな俺に長〜〜〜い惚気言ってさァ、」
「のっ惚気じゃないってば。」
「い〜や、惚気だったね。」
銀ちゃんは「やだやだ」と肩を竦めた。
「そんなの聞かされて、俺が助けなきゃ誰が助けるんだよ。」
「…銀ちゃん…。」
「要は、自分で金を作れればいいんだろ?それならこんなとこより、俺んとこ来いよ。」
"万事屋にさ"
私はその言葉に顔を横に振った。
「行きたい…、けど駄目だよ。」
「何で?」
「私は…夢路屋でしか稼げないもの…。」
今は夢路屋ですら、お金を作ることが出来るか分からない。
それに。
「銀ちゃんに…これ以上は迷惑掛けられないよ…。」
「…紅涙…、」
"だからここで頑張る"と私は銀ちゃんに笑った。
銀ちゃんは口を瞑って、黙って頭を掻いた。
「分かった。」
「…うん、ありがとう。」
「なら俺が明日から通い詰めてやる。」
「…え?!」
銀ちゃんは小さくなった飴を舌の先に乗せて言う。
「じょ、冗談だよね?」
「違ェよ。」
「でっでもお金が」
「金のことは気にすんな、俺がどうにかする。」
銀ちゃんは「よっこらしょ」と言って立ち上がった。
私はその袖を引っ張った。
「駄目!ほんとに…、もうこれ以上迷惑は」
「迷惑じゃねェよ。」
「でもっ」
「いいか、紅涙。」
銀ちゃんは袖を引っ張る私の手を取って、
「俺は紅涙が他の奴とイチャコラされんのが嫌なんだよ。」
"お前のことが好きだから"
そう言ってにこりと笑い、私の手を放した。
ドキドキする。
久しぶりで、胸が戸惑ってる。
銀ちゃんは持ってきた掃除道具を集めて、「今日は掃除できなかったな」と言った。
「そ、掃除はもういいよ。」
"私、暫くいるし…"
「ありがとう」と言えば、頭をポンと叩かれた。
「また明日、来るから。」
「うん。…待ってる。」
銀ちゃんは嬉しそうに笑って、この部屋を後にした。
見送るように窓まで行って、外の景色を眺めた時、
真選組の隊士が見えて、私は慌てて身を屈めた。
「…隠れることなんて…ないのに…。」
自分の行動が、
銀ちゃんに会ったことが。
後ろめたい。
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