12
ぷれぜんと
銀ちゃんが帰ってから、さほど時間が経っていない夕刻。
「紅涙、ちょっとええやろか。」
「あっ、はい!」
"どうぞ"
女将さんさんが部屋へ来た。
スーッと障子を開けた女将さんの手には、小さな細長い木箱が握られていた。
「銀時はんは帰ったん?」
「はい、少し前に…。」
「驚いてたんちゃう?紅涙がここにおって。」
女将さんはクスクスと笑って、その箱を机の上に置いた。
私は同じように笑って「すごく」と言った。
「なんやさっき銀時はんとすれ違ったんやけど、"明日からは毎日世話になる"とか言うてやったわ。」
"あれ、どういう意味やったんやろか"
女将さんが小首を傾げて言った。
「…銀ちゃん…、これから毎日来るって…言うんです。」
"私が必要なお金は自分が払ってやるって"
言っていた時の銀ちゃんが目に浮かんで、私は申し訳なさに目を伏せた。
「あらあら…、ほんま紅涙のことが心配でしゃぁないんやね。」
"あの子らしいやないの"
私とは逆に、
女将さんは母親のような顔をして微笑んだ。
「何やの、紅涙は銀時はんが心配かいな。」
「…はい。…だって銀ちゃん…、お金なんてきっと…、」
「あの子は何言うてたん?」
「え…?」
「あんたにあの子は何て言うてたん?」
「…"金の心配はするな"って…。」
女将さんは小さく頷いて。
「それで?」と続きを促した。
「"俺がどうにかする"って…、」
「…、」
「でもそんなのっ…、どうにかなんて出来るわけ」
「"出来るわけない"?」
「っ…、」
自分が無意識に言葉にしようとしていたことを、先に女将さんに言われて。
「そう言おうとしたんちゃう?」
「…、」
とても、
酷いことを口にしようとしていることに気付いた。
「紅涙は銀時はんをどういう人やと思てるの?」
「…、」
「銀時はんが一度だって、出来へんことを口にしたことあったんか?」
「…。」
いつだって…、
いつだって銀ちゃんは私のために。
それが…、
それだから。
「もう…これ以上は甘えたくないんです…、」
「そうやね、紅涙の言うてることはよぉ分かる。」
「それに…、もう…無理をさせたくないっ…。」
「せやねぇ。」
俯く私の背中を、女将さんがゆっくりと撫でてくれた。
「あんたのえぇとこはそこやね。」
"いつだって人の立場にたって考えられる"
優しい声に顔を上げれば、女将さんが小さく笑った。
「せやけどね、紅涙が思ってるように相手の人が思ってない時かてあるかもしれん。」
"相手の人がどう思ってるかやなんて、想像つくもんやないんよ?"
女将さんがにっこりと笑って、机の傍に行った。
「あんたは深ぁ考えてしまい過ぎるとこがあるさかい、」
"もっと肩の力抜いて考えてみなはれや"
女将さんは、机の上にある持ってきた細長い木箱を手にとった。
「信じてるんやったら、ただその人だけを見とったらえぇ。その人が何をしても、その人に変わりないんやから。」
そう言って、
女将さんは私に細長い木箱を手渡した。
「少なくとも、あんたを信じてくれてる人だけは、肩の力抜いて接してみぃな。」
"鬱陶しいぐらい甘えたった方が、男は愛されてるて実感するもんやよ"
女将さんは口元を袖で隠しながらクスクスと笑った。
私は木箱を手に、女将さんを見る。
「これは…何ですか?」
「それねぇ、プレゼントやて。」
「プレゼント…?誰からのですか?」
私の問いに女将さんは「まぁ開けてみなはれ」と急がせた。
私は言われたとおり、
細い木箱の蓋をゆっくりと開ける。
中から出てきたのは、
「かん…ざし…?」
綺麗な石の入った簪。
高価なものに違いない。
こんなものをくれるなんて…。
それも私に。
「どなたからですか?」
「それ渡した人が"自分のことは言わんとってくれ"言うてたから秘密よ。」
女将さんは自分の唇の前で人差し指を立てた。
「その人から伝言もろたんよ。」
「何…ですか?」
「"君を止める権利も、君を守る力もないけど、せめてこれを付けて僕を傍に置いてください"やて。」
"あ〜、良かった。長い文章やったさかい、忘れたらどうしよぉか思てたんよ"
"君を止める権利"
『拙者には無理でござる…!』
"君を守る力"
『ぼ、僕は紅涙氏を守れない…!』
「十四郎…さん…?」
「さぁねぇ、でも帰り際にモジモジして言いはったわ。」
"どうしても聞いてきたら、こう答えてくれって"
女将さんは思い出すかのように上の方を見て、クスクスと笑った。
「っ、何…ですか?」
私が少し身を乗りだして聞けば、
女将さんは楽しそうに微笑み「あのね、」と言った。
「それを聞くには条件がある言うてたよ。」
「条件?」
「その簪、働いている間はずっと付けててほしいて。」
"それが条件やて"
私はその言葉にすぐに頷いた。
「もちろんですっ、十四郎さんから頂けたものでしたら言われなくても私っ」
「その言葉を聞けて安心したわ、ほんまに十四郎さんと何かあったわけやないんやね。」
"あんたを信じてないわけやないんやけど"
女将さんは困ったように笑った。
「ちゃんと必要な分のお金が出来たら帰るんやね?」
「…、はい。」
「何やの、その間は。」
「…いえ…、」
「銀時はんかぃ?」
「…。」
「あの子は心配せんでえぇ、皆よりズバ抜けて大人な子やさかいな。」
"自分のことだけ心配しときなさい"と女将さんに言われた。
私は頷いた。
「旦那はんも首を長ぁして待ってるんやからね。」
そう言って、女将さんは私の髪に簪を差した。
「よぉ似合てるわ。さすがやね、旦那はんは紅涙の似合う色をよぉ知ってはる。」
"大切にしなさいよ"と簪を小さく叩かれ、
私は「はい」と返事をした。
女将さんは、
今日からの私の生活を一通り説明して部屋を後にした。
女将さんがいなくなってから、木箱を手に取った。
裏側を見ると、隅に小さく字が書かれていた。
「十…、四郎…より…?」
言わないでくれとか言って、
名前まで書いちゃって。
「ふふ、子どもみたい…。」
いつもと違い過ぎて困惑したけど、
これはこれで、愛おしいと思う。
どんな十四郎さんでも、
十四郎さんに変わりはないんですよね。
「大切に…、します。」
その木箱を胸に当てて抱き締めた。
呟くように口にすれば、
少しだけ胸の中にあるものが、軽く浮き上がったような気がした。
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