15
ふたつの二人
「どういう…ことで…ござるか…?」
十四郎さんは襖を掴んだまま、
私たちに目を丸くしていた。
「十四郎…さん…、」
私は未だ状態を起こそうとしない銀ちゃんを手で押して、
ダルい身体を起こし、唖然とする十四郎さんを見上げた。
こんな衝撃的な状況になっても、
不思議と私の気持ちに焦りはなかった。
それはさっきから続く、この倦怠感のせい。
身体が熱く、
頭がボーっとする。
「紅涙氏…、君は…君は…、」
十四郎さんが動揺した様子で頭を押さえて少し俯き、首を小さく横に振った。
「君は…てっきり…、僕たちのこれからのために…、お金を作っているのだとばかり…、」
「そっそれは、」
十四郎さんは自分の髪をグシャリと掴み、
「なのに!」と声を大きくして私の言葉を遮り顔を上げた。
「他の男と…っ、こんなことをするためだったなんて!!」
顔を上げた十四郎さんは私をキッと睨んだ。
でもそれは、
いつもの十四郎さんの氷つくような殺気だった目とは違い、
「十四郎さん…、」
彼の目は傷つき、涙を溜めていて。
何と言えば、
十四郎さんは分かってくれるのだろう。
ボヤける脳裏で色んなことを考えていた。
「十…四郎、さ…、」
「僕の名前を呼ばないでくれ!」
「っ…、」
十四郎さんの目は、私を軽蔑していた。
違うのに。
十四郎さん、
私は…、
私はただこれまでの恩を…、
これからもずっと傍にいたいから…、
ただ…、
「ゎ…私…、」
「僕は何も聞かない!!」
そう言うと、十四郎さんは駆け出して行った。
廊下をドタドタと走る音が聞こえる。
「っ、十四郎さん…っ、」
私は眩暈の酷くなる自分を感じながら立ち上がった。
心なしか息も上がっている。
それでも、
今追いかけなければ。
「紅涙、」
足を踏み出そうとした私の右手首が掴まれた。
振り返れば銀ちゃんが座ったまま私を見上げていた。
「止めとけ。今のお前じゃ追いかけられねェ。」
「でもっ…、行かなきゃ…、」
「無理だって。あと2時間は抜けねェから。」
「…え…?」
それは…どういう意味…?
でも私の頭はすぐに考えることを諦めてしまった。
だって。
今、優先すべきことは、
「ごめ…なさい…、」
私は銀ちゃんの手を振り払った。
途端に足がフラつく。
「紅涙!」
銀ちゃんはすぐに私を抱えてくれた。
「だから無理だって!」
「たとえ…無理でも…、行くのっ…、」
私は銀ちゃんの胸を押した。
でも、
「…紅涙…、」
銀ちゃんの顔を見る勇気はなかった。
「ごめん…ね…、銀ちゃん…。」
肩で息をして、
私はその部屋を去った。
十四郎さんのように駆け出すことは出来なかった。
足が縺れて、
壁を伝わなければ歩くことも出来ない。
「十四郎…、さんっ…、」
きっともうここから走り出してしまっている。
屯所かな、
屯所に行けば会える?
「っ…、はぁ…、はぁ…っ…、」
私に、
会ってくれる?
そんなことを考えていた私の不安は、
「ギャッ!」
角を曲がった時に消えた。
「十…四郎さん…?」
そこには、膝を抱えて座る十四郎がいた。
気まずそうな様子で私を見上げる。
「どう…して…?もう…帰っちゃったんじゃ…、」
「ち、違うでござる!べべべ別に紅涙氏を待っていたとかそんなわけじゃ」
十四郎さんは顔を赤くして立ち上がった。
「…ふふ、」
「なっ?!何が可笑しいんでござるか!」
嬉しかった。
あんな状況を目にした十四郎さんは、
きっともう私を受け入れてくれないのだと思っていたから。
「十四郎さん…、」
「あわばば!紅涙氏!!こっこんなところで!!」
私は十四郎さんを抱き締めた。
「もう…一緒に居てくれないのかと思った…、」
心の底から、
そう思った。
はぁと息を吐いて十四郎さんの胸に顔を埋めれば、
ドクンとまた身体の中で音が鳴った。
熱が、
戻ってくる。
「本当に…、…ごめん…なさ…ぃ…、」
身体が、重い。
足が、震える。
「紅涙氏?!」
私はそのままズリ落ちるように腰を付いた。
十四郎さんは慌てて私を抱えてくれた。
「どうしたでござるか?!」
「身体…熱くて…、」
はぁと熱のある溜め息を零せば、十四郎さんは顔を赤くした。
「とっとりあえず屯所に戻るでござるよ!!」
十四郎さんは慌てて携帯を取り出した。
少し手が震えていたようで、胸ポケットから取り出した携帯を一度落とした。
私がそれに手を伸ばせば、十四郎さんの手と重なる。
「ァっ…、」
熱のせいか、余韻のある声を漏らせば、
十四郎さんからブッと何か音が聞こえた。
「十四郎さん?」
「だ、大丈夫でござるよ!」
十四郎さんは鼻元に手を当てて、私に背を向ける。
「で、電話を掛けてくるから、紅涙氏はそこで待っているでござるよ!」
それだけを言うと、
私の返事も聞かずに十四郎さんは駆け出した。
私は彼の背中に微笑み、
「はい」と一人小さく返事をした。
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