18
確かな信念
十四郎さんは苛立った様子で、自分の胸ポケットを探った。
でもそこに煙草はない。
ついさっきまで、十四郎さんは十四郎さんでなかった。
あの十四郎さんは、煙草を必要としない。
そのことを思い出した十四郎さんは、
さらに苛立った様子で「山崎!」と声を上げた。
「はっはい!何でしょうか!!」
「煙草。」
「え?あっ、僕は煙草吸わないんで持って」
「早く買えっつってんだよ!!」
「えェェェ?!」
「どっか車つけろ!!!」
慌しく山崎さんはハンドルを切って、コンビニに止めた。
「買って参ります」と少し顔色を悪くして店に入っていく。
エンジン音だけの静かな空気は、すぐに十四郎さんによって切られた。
「それ、外せ。」
私は唐突過ぎるその言葉に首を傾げた。
十四郎さんは「それだ」と顎で私を指す。
「ど、どれですか…?」
何を言われているのか分からなくて。
何もせずにいれば、十四郎さんの手が伸びてきた。
頭上に伸びる手に、私は思わず目を瞑った。
するとスッと髪が揺れた。
そして目を開けると、
十四郎さんの手には、
「そ…それは…、」
「いらねェだろ、こんなもん。」
十四郎さんがくれた、簪。
ずっと、身に付けていた簪。
「やっ…、十四郎さん、返してください!」
「これでお前を括り付けてるつもりだった。俺と会わなくても、これを見てお前が思い出してくれるってよォ。」
"だから俺ァ女々しいプレゼントも許してやったんだ"
十四郎さんは独り言のように呟いて、自嘲した。
私が十四郎さんの持つ簪に手を伸ばせば、
「ガッカリだ、紅涙。」
凍りついた目で私にそう言って、
窓を開けた。
「十四郎さんっ?!」
「欲しいんなら野郎に貰え。」
そうして軽々しく腕を振り上げて。
窓の外へ、簪が消えた。
小さく地面に転がる音が聞こえる。
私はあまりの状況に、口を手で覆った。
夢路屋で会った十四郎さんはこんな人だった?
一緒に屯所で過ごしていた十四郎さんはこんな人だった?
今の十四郎さんは、
弱くなる十四郎さんよりも不器用で。
「なんだよ、恐ェのか?」
"震えてんぞ、紅涙"
十四郎さん小さく笑って、私に手を伸ばした。
私はその手にギュッと目を瞑った。
「…紅涙、」
私の頭上から降った十四郎さんの声は、落ち着いていて。
「俺ァこんなヤツだ。」
細く吐く溜め息が聞こえて、私は目を開けた。
「恐ェんなら、ずっとお前を助けてくれていた野郎のとこへ行きな。」
薄く笑って、十四郎さんは私の後ろを指差した。
その指の先を目で追う。
そこには、原付に跨る銀ちゃんがいた。
「銀…ちゃん…。」
私の声は届いていないはずなのに、銀ちゃんは私にニコリと笑った。
原付を止めて、こちらへ近付いてくる。
それと同時に、山崎さんが戻ってきた。
「あ、あれ?旦那じゃないですか。」
「おー、ジミー君。いつも大変だねェ、パシリ役は。」
「いや、別に僕パシリ役じゃないですから。」
車外で聞こえる会話に、私の胸が壊れそうなほどに鳴っていた。
この状況に、銀ちゃんと十四郎さん。
彼らが同じ空気を吸っていることに、私は倒れてしまいそうなほどだった。
「あれ?これ、紅涙がしてたやつじゃねェ?」
銀ちゃんがそう言って手に持ったのは、先ほど投げ捨てられてしまった簪。
「っ、銀ちゃん、それはっ、」
声を上げて、私が車外に出た。
十四郎さんはピクリとも動かない。
ただ反対側の窓に凭れかかって、
山崎さんに買ってきてもらった煙草に火を点けていた。
「おー紅涙、何だよ。髪解けてんじゃねェか。」
"どうした?"
そう言いながら、必死で近寄った私の髪に銀ちゃんの指が通った。
「…、これ…私のなの…。」
「あーやっぱ?だろォと思った。」
"ほら、落とすなよ?"
銀ちゃんの手から、私の手に簪が戻ってくる。
私がそれを握り締めた時、銀ちゃんが頭を撫でてくれた。
「留めてやるよ、簪。」
「え…?…うん。」
私は銀ちゃんに背中を向けた。
その時、
フワッと風が項を通り過ぎて。
何かと思って振り返れば、
「やっぱ、お前だけは…許せねェ。」
私に向かう銀ちゃんの背後に、十四郎さんが立っていた。
腰元には刀をいつでも抜けるように、銀ちゃんの腰に宛がわれている。
「あらあら、おっかねェな〜今の警察は。」
"無実の一般市民を殺しかねない雰囲気だぜ〜?"
銀ちゃんはいつもの調子でふらりと言った。
「っていうか何?多串君、戻ったんだ。」
"残念〜"
銀ちゃんは「せっかく、」と言葉を続けた。
「せっかくトッシーの内に殺っちまおーと思ったのによォ〜。」
"面倒臭くなっちまったな〜"
その言葉に十四郎さんは妖艶に笑う。
「お前が"殺る"気になるたァ、珍しィこった。」
「当たり前でしょ?もう俺は見てられないからね、」
背後に立つ十四郎さんに銀ちゃんが笑って、
「俺の好きな紅涙が苦しむ姿、もう見たかねェんだよ。」
私に優しく笑って、銀ちゃんは言った。
「多串君、言ったよなァ?"野郎のとこへ行きな"って。」
「…。」
「ならこんな面倒なことせずに渡してくんねェ?」
「…そうしてェとこだが、どーにも頭と心が一致しなくてよォ。」
「何それ。まだトッシーと住んでんのかよ、仲良いなーお前ら。」
銀ちゃんの言葉に、十四郎さんは鼻で笑った。
「だからよ、俺ァ心を貫くことにした。」
十四郎さんが、私を真っ直ぐに見据える。
銀ちゃんは「はァ?」と言った。
十四郎さんは私を見たまま、
「俺が守れねェんなら、死ぬまで守り抜くまでよ。」
とても、優美な笑顔で口にした言葉だった。
今までに見たことのない十四郎さんだった。
美しくて、気高くて。
余裕すらも見えるその表情に、私の時間が止まった。
「万事屋、テメェが紅涙とどれだけの時間を過ごしたかなんて知らねェ。」
「だがよ、」と、十四郎さんは続けた。
「あんなイイ女、そう簡単に手放すわけにはいかねェだろ?」
そう言って私に微笑めば、
銀ちゃんも「そりゃァ俺も同感だわ」と言って笑った。
そして。
始まるのは、
彼らにとって楽しい時間。
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