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思慕の念


奇妙な空気が流れてる。
銀ちゃんも十四郎さんも、この状況に活き活きとする空気が伝わる。

「多串君、ここじゃさすがにマズイんじゃない?」

銀ちゃんは自分の腰に宛がわれていた十四郎さんの刀をトントンと触れて言った。

「チンピラ警察だっつーの、また広がっちまうぜ?」
「…、山崎!」
「はっはい!!」

銀ちゃんの言葉に舌打ちした十四郎さんは、私の隣に立つ山崎さんを呼んだ。

「ここらで"殺れる"場所、どこだ。」
「や、"殺れる"って言われましても…、」
「あァ?!」
「ヒっ…、…あっ!むっ昔、局長と旦那が対決した河原はいかがですか?!」

山崎さんの顔色がドンドン悪くなる。
それとは逆に、十四郎さんは「悪かねェな」と不敵に笑った。

「おい、万事屋。場所、分かるだろ?そこまで来い。」
"そこで殺ってやる"

十四郎さんは低い声で銀ちゃんに言い、刀を鞘に納めた。
銀ちゃんはそれに何も返事をしなかった。

それを気にする素振りもなく、
車までゆっくりと歩き、ドアに手を掛けた十四郎さんが後ろ手に「逃げんなよ」と言えば、銀ちゃんは「笑わせんな」と鼻で笑った。

ヘルメットを手に取り、
被りながら「お前こそ、」っと言葉を続けて。

「お前こそ、紅涙を連れて逃げるようなマネすんなよ。」

銀ちゃんは厭味に笑い、原付を走らせて行った。

十四郎さんは黙って車に乗り込む。

それを見て、私も山崎さんも慌てて車に乗り込んだ。
先に座っている十四郎さんは、先ほど以上に険しい顔で煙草を吸う。

「十四郎さん…、」
「…。」

険しい顔のまま。
十四郎さんは返事をする様子はなく。

「…銀ちゃんと…、戦わないでください…。」
「…。」

私の言葉に、ピリッとより空気が張り詰めた。

「私…二人の戦う姿なんて…、見たくないです…。」
「…別にお前のために戦うわけじゃねェ。」
「っ…、」

十四郎さんは、まだ点けて間もない煙草を消した。


「自分のために戦うんだよ。」
"俺も、万事屋もな"


窓を閉める十四郎さんは、
何か自分の中で割り切ることができたように強い目をしていた。

私が黙ってそれを見ていれば、「紅涙、」と呼ばれた。

「お前は先に屯所で降ろしていく。」

当然のような顔をして、十四郎さんは私を見る。
ハンドルを握る山崎さんに、「いいな、山崎」と声を掛けた。

「どっどうして?!どうしてですか、十四郎さん!」
「お前がいて、止められでもすれば困るしな。」
「っ…。」

十四郎さんは「何より気が散る」と言った。

それは冷たい言葉に聞こえるけど、
私を思っての言葉だってことぐらい、もう今の私にはすぐ分かる。

十四郎さんは細い溜め息をついて「もし、」と言った。

「もしこの機会を逃せば、俺は一生 罪悪感を背負って生きてかなきゃならねェ。」
「…え…?」
「お前は本当に俺で良かったのか、あの時…アイツに渡しておく方が紅涙は幸せだったんじゃねェかって。」
「そんなっ」

口を開いた私の声は、
十四郎さんの「分かってる」という声と小さい笑みに消えた。

その笑った表情が、あまりにも柔らかくて。

「だがたとえお前が"コレで良い"、"それを望んだ"といくら言ったって、結局…俺自身は納得できねェんだ。」

十四郎さんは「やっとそれが分かったんだ」と言った。

「紅涙の幸せが、俺の思う幸せと同じなわけねェんだからよ。」
「十四郎さん…?」

あの日、
あの剣道場で。

十四郎さんは変わった。

でも今、
十四郎さんはまた少し変わったように思えた。

私の知っている十四郎さんが、また変わっていく。

「"幸せ"っつーのはプロセスが大事だろ?結果がいくら幸せだったとしても、そんな死に際に感じるちっぽけな幸せは俺ァごめんだ。」

どんどん私の知らない十四郎さんになっていく。

それは決して悪いことじゃない。

だって、


「無縁だと思ってた幸せを掴んだんだ。欲ボケるほど、俺ァそれを望むさ。」


だってこんなに不安になるほど、

「十四郎さん…。」
「…紅涙?」

この人が愛しく感じるんだもの。
私は十四郎さんの肩に頭を寄りかからせた。

今の彼は、
また一つ私を魅了する。

「…怪我、…しないでくださいね。」
「…あァ。」
「銀ちゃんにも…、あまり怪我をさせないで…。」
「…そりゃァ知らねェな。」

その言葉に顔を上げれば、
「いちいちそんな顔をすんな」と額を叩かれた。

「お前が心配するようなヤツじゃねェんだろ?」

十四郎さんが片眉を上げて言う。
私が素直に「はい」と言えば、「腹立つな」と眉間に皺を寄せた。

それに小さく笑った頃、
車は屯所の前で止まった。


「…十四郎さん…、」

車から降りた私に、十四郎さんは窓を開けて。
「暗くなるまでには戻るから」と言った。

「帰ってくるまで、部屋で待っててくれ。」

十四郎さんはそう言って、私の左頬に触れた。
その手に自分の手を添えて、「…はい」と静かに頷いた。

すると徐に十四郎さんは低い声で「山崎、」と呼んだ。
呼ばれた本人は声を裏返しながら返事をして、運転席から振り返った。

「チラチラ見てんじゃねーよ。」
「えェェェェ?!いや、だってこんなとこで、そんなことされれば誰でも気になると」
「黙って前だけ見てりゃイイんだよコノヤロォォォ!!」

十四郎さんの大きな声が車内に響いて、運転席のシートがガコンと揺れた。
シートを蹴った十四郎さんの足は、何事もなかったように組み直される。

山崎さんは「べぶっ」と変わった声を出して、

「しゅっ出発します…、」

ハンドルを握りしめた。

私がそれに小さく笑えば、十四郎さんは「じゃぁな」と言った。

それに頷き、
私は発車された車を静かに見送った。


久しぶりにくぐる屯所の門。
玄関までの砂利道。

すぐにでも戻ってきたかった場所なのに、私の気持ちは晴れていなかった。

それはきっと、
私が断ち切れていないから。

銀ちゃんとのことに、罪悪感があるから。

「ちゃんと…話さなきゃ…。」

全てが終わった時、話そう。

十四郎さんが帰って来て、
明日から馴染んだ生活が戻ってきて。

それから、銀ちゃんに伝えよう。

次は私が、
彼との関係にケジメを。


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