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束の間の温もり
それからというもの、
"式を挙げるには時間がないから、せめて"
と、籍をすぐに入れた。
そう言ったのは十四郎さんで、
それに驚いたのは周囲の人たちだった。
「トシがそれほど急いてるとはなァ。」
"あいつなりに結婚を焦っていたのか?"
と近藤さんは腕を組み、小首を傾げた。
沖田さんは、つまらなそうに鼻で笑って、
「野郎は紅涙を繋ぎとめておきたいだけでさァ。」
と、いつものごとく悪態ついた。
山崎さんは「まさか副長がねェ〜…」と考え深そうに言った。
「皆さんそう言われるんですけど、そんなに十四郎さんの結婚は意外…ですか?」
「紅涙さんに言うのも何なんですけど、副長は結婚のケの字もないような人間でしたからね。」
山崎さんは素振りをしながら「大きい声では言えませんが」と苦笑した。
「"いつ死ぬ身かも分からねェのに、人を幸せにしてやれるわけがねェ"。」
「…山崎さん?」
「これね、副長が何かにつけ言ってたんですよ。」
「十四郎さんが?」
「えぇ、だから本当に今回のことは異例中の異例。」
ふぅと山崎さんはラケットを置いて、私の座る縁側に同じように腰を掛けた。
「と言っても、副長が変わったのはもう随分と前ですけどね。」
「前…ですか?」
山崎さんは「ハハ」と軽く笑って、
「夢路屋へコソコソと勝手に潜入してた頃から。」
「夢路…屋…、」
「副長の全ては紅涙さんで変わったんですよ。」
十四郎さん…。
私はあなたに何を返してあげられるだろう。
「まぁそれだけ紅涙さんが大きい存在だったんでしょうね、」
"副長にとって"
山崎さんが爽やかに笑った後、
私たちに静かに影が出来て。
「山崎ィィィ〜?」
低い声に、
山崎さんは目に見えるほど身体をビクリと震わせた。
私が振り返れば、
煙草を咥えて山崎さんを見下す十四郎さんが目に入って。
「テメェはここで何してたんだァ?」
「ななな何もしてませんよ、副長っ。」
「何もしてないたァどういうことだコラァァ!!仕事しろやァァァ!!!」
「ギ、ギャァァァァァァァ!!!」
十四郎さんは山崎さんの右耳を掴み上げた。
山崎さんは涙目になりながら叫び声を挙げた。
「紅涙さん助けてェェェっ!!!」
「コルァァ山崎!紅涙に助け求めてんじゃねェっ!!」
「と、十四郎さんっ、もう放してあげてください。」
「…チッ。」
十四郎さんは振り払うように山崎さんの耳を放した。
「ギャフンッ」という声とともに山崎さんは庭へ投げ出され、
十四郎さんの「とっとと仕事行け」という言葉とともに走り去って行った。
「ったく。」
十四郎さんは溜め息を吐きながら、山崎さんの座っていた場所へ座った。
長くなった煙草の灰を地面に落とし、また煙草を口に咥える。
「仕事は一段落つきましたか?」
「一段落"つかせた"。」
「ふふ、あまり無理なさらないでくださいね。」
十四郎さんは「おォ」と返事をして、後ろに両手をついて空を仰いだ。
「煙草、危ないですよ?」
咥え煙草のまま上を見上げる十四郎さんに言えば、「大丈夫だよ」と煙草を歯で噛んで揺らした。
十四郎さんはあの時以来、
倒れることも、奇声を挙げることもなく。
いつもの真選組"鬼"副長として名を轟かせていた。
「…、本当に…無理されてませんか?」
変わらない十四郎さんだからこそ、心配だった。
いっそ、
熱でも出して倒れてくれた方が分かりやすい。
「ばーか。紅涙は心配し過ぎだ。」
上を仰いだまま、
十四郎さんは視線だけをこちらに向け、フッと小さく笑った。
「お前が居るから疲れなんてねェよ。」
咥えていた煙草を手に持ち、地面へと捨てた。
足でギュッと消して、煙草は折れ曲がった。
「十四郎さん…、」
彼は本心で言ってくれている。
それは分かるのに。
十四郎さんのもっと中にある本当の部分は、
きっと疲れているようにしか窺えなくて。
「どうした?紅涙。」
私ばかりを気に掛けてくれる十四郎さんは、
苦しいほどに優しい。
「…、キス…、していいですか…?」
私を俯きながら声を出した。
ちらりと十四郎さんの顔を窺えば、
驚いたのか、目を大きく開けて私を見ていた。
「こ、ここじゃなくても…、部屋の中でいいんですけど…、」
"…いいですか?"
なんて恥ずかしいことを言ってるんだろう。
頭の中でそう言う自分も居れば、
十四郎さんへの気持ちを抑えきれない私も居た。
「…紅涙、」
「は、はい…。」
「部屋に行くと長くなっちまいそうなんだけど。」
「"長く"…ですか?」
私が十四郎さんの言葉に首を小さく傾ければ、
「あァ、ちょっとばかしな」と妖艶に笑んだ。
その顔で、
「っ!」
ハッとして。
思わず十四郎さんから目を逸らし、また俯いた。
そんな私を見て、十四郎さんが笑って。
「とりあえず部屋戻るか。」
頭をポンと叩いて立ち上がった。
立ち上がる十四郎さんを見上げれば、「ほら」と手を差し出された。
その手すらにも頬が熱くて。
私は蚊の鳴くような声で「はい」と返事をした。
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