5
繋がる違い
私が部屋に入って、
十四郎さんは後ろから続く。
私が振り向いた時、
十四郎さんの後ろでピシャリと音が鳴った。
「…あ、あの…、」
「何だ?」
自分の言ってしまった言葉が、誘い文句になるなんて思ってなくて。
「お、お仕事は…いいんですか?」
後ろ手に戸を閉めた十四郎さんが逆光に映る。
「構わねェよ。」
「か、構わないって…、」
「今はこっちの方が重要。」
「っ…、」
私がドモるほど、
十四郎さんは楽しそうに返事をする。
「せっかく紅涙が誘ってくれたんだからよ。」
ニヤッと笑って、十四郎さんは私に手を伸ばした。
「紅涙…、」
掠れた声で私を呼んで、
するりと首を撫でて抱き締められた。
十四郎さんの心音が、
厚い隊服を通してでも聞こえて。
閉じ込められた腕の中から十四郎さんを見上げれば、下を向く十四郎さんとほんの一瞬だけ目が合った。
でもすぐに目を逸らした十四郎さんは、
「ヤベェ…、」
短くそう言って、
「俺、今ドキドキしてる。」
聞いたことがないようなことを言った。
「何でなんだ、俺」とか独り言を言って悩んでたけど、
十四郎さんも、
ドキドキ…するんだ。
そう思うと小さく笑えて、
「十四郎さん…、」
顔を横に向ける十四郎さんの首に手を回した。
十四郎さんは私の行動に驚いて、みるみる顔が赤くなる。
あれ…?
本当に、今日はどうしたんだろう…。
いつもなら…、
赤くなるなんて…。
私が首を傾げながら十四郎さんを見ていると、
「あわ…、」
耳まで赤くした十四郎さんが口を開いた。
「あわばば…、」
…、
あわばば?
「と、十四郎さん?」
"大丈夫ですか?"
声を掛ければ、
十四郎さんはガバッと音が鳴りそうなほど私を引き離して、
「とっ十四郎さん?!」
部屋から駆け出してしまった。
ドタドタと廊下を走っていく音がして、その先でドタッと転ぶ音がした。
と、十四郎さん…?
私はあまりの驚きに、足も頭も働かなくて。
誰もいなくなった部屋でポツンといた私に声を掛けたのは、
「あ〜やっぱりここに居やしたか、紅涙。」
「沖田さん…、」
いつもと同じ様子の、冷静沈着な沖田さんだった。
「あっあの、十四郎さんが」
「あーその件でちょっと話があるんでさァ、紅涙。」
「えっ…?」
沖田さんは「ちょっと」と言って、親指をクイッと外へ向けた。
私は「はい」と恐る恐る頷いて、沖田さんの後ろを付いていく。
「じゃぁ…、その時の状況が今に似ていると言うんですか…?」
「まァほぼ同じですねィ。」
"あのヘタレっぷり"
局長室で沖田さんはお茶菓子を突きながら言う。
「総悟が廊下でぶつかったんだろ?」
「そうですぜ、近藤さん。その時、恐ろしいほど頭から転びやがった。」
「トシが転ぶ…ねェ…、まァ普通じゃあまりないことだな。」
近藤さんはお茶を飲みながら「うーん」と言った。
「それだけじゃねェんでさァ、なァ?紅涙。」
「…はい。」
「ん?それは他に何かあったってことか?」
沖田さんは食べ終えたお茶菓子の楊枝を口に挟んだまま、片肘を付いて私を横目に見た。
「さっき部屋を出る時、土方さんは何て言ってたんでしたっけねィ?」
「さっき…、十四郎さんは…、"あわばば"と…。」
「"あわばば"?それはどういう意味なんだ?」
「ほら近藤さん、野郎が前にヘタレた時、何かにつけ言ってたじゃねェですかィ。」
近藤さんは腕を組んで目を瞑った。
暫くして「おォ!!」と言い、「あったなァ!」と頷いた。
「でもそれだけだろ?それだけでトシがまた取り憑かれたというのは」
「近藤さん、思い出してくだせェよ。」
"前に俺と稽古した時の野郎の奇声"
沖田さんは歯で遊んでいた楊枝をプッと吐き、器用にお皿の上に乗せた。
「あの時からあった疑いでさァ、こりゃもう確定ですねィ。」
「確かに状況からして濃厚だが…、だがトシは妖刀を捻じ伏せたはずだろ?今になってまた祟られたとは考えにくいだろう。」
「ま、一度勝ったからと言って、相手が死んだとは限りませんからねィ。」
沖田さんは淡々と話して、
近藤さんは「うーん」とばかり言った。
「とりあえず、その状況が前面に出てくるまでは様子を見ていくしかないな。」
「そうですねィ。」
進められていく会話。
「紅涙ちゃんも、また何かあったら報告頼むよ。」
私は必死に頷いて、
ここに居ない十四郎さんを想った。
私は十四郎さんが取り憑かれた時を知らない。
どうなって、
どう変わるのか。
私には分からない。
その時、
私は何が出来るのだろう…。
十四郎さんに…何をしてあげられる?
「紅涙ちゃん、」
私を呼ぶ声にハッと顔を上げれば、近藤さんがニコリと笑った。
「そんな心配しなくて大丈夫だから。」
「そうでさァ、紅涙。紅涙はいつも通りの生活をしててくだせェよ。」
優しい言葉に私は静かに頷き、
「…、ありがとうございます…。」
ゆっくりと頭を下げた。
だけど。
局長室から出て、
廊下を歩いていた私の耳に物音が聞こえて。
その音が鳴る副長室の前に立ち、
「…、十四郎さん…?」
"戻られてるんですか…?"
障子に手をつき、
静かに開けた先に居たのは。
「…。」
「…、と…、十四郎…さん…?」
テレビの前に正座をする十四郎さんだった。
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