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向ける背中
「と、十四郎さん?」
声を掛けても振り向きもしない。
「あの…、十四郎さん…?」
少しずつ近寄って、正座をする十四郎さんの後ろに立った。
「十四郎さん、」
肩にポンと触れて名前を呼べば、
「ギョェッ?!」
正座をしたまま飛び上がったのではないかと思うほど、十四郎さんは身体をビクつかせて私を見た。
「何だ〜、紅涙氏でござるか〜。」
「…"ござる"…?」
十四郎さんは自分の胸を押さえて、「ふぅ」と言った。
「紅涙氏も見に来たでござるか?トモエちゃん。」
「"トモエちゃん"…?」
十四郎さんの指先を追えば、そこに映るのは如何にもな女の子のアニメ。
これが…、
沖田さんの言ってた『オタク』な面…?
チカチカとする画面を見ながら、
私がこの信じがたい現状を見つめていた時、
「あァァァァァァ!!!」
十四郎さんが真隣で大きな声を上げた。
今度は私がビクリと体を震わせて、
「ど、どうしたんですか?」と悲壮な顔をする十四郎さんに声を掛けた。
「紅涙氏が話し掛けるから、トモエちゃんの変身シーンを見逃したでござるよ!」
「"変身シーン"…?」
「あれは30分放映の中でわずか18秒という貴重な時間!トモエちゃんのドアップから始まり、つま先、ふくらはぎ、太ももと舐めるよなアングルで移動し、トモエちゃんの貴重な素肌が堪能できる至福の時間!!製作者が視聴者への思いで作成された、あるカットで一時停止をすると神のような図が拝めるというこのレアな時間!!あ、もちろん拙者は知ってるでござるよ?むしろそれ拙者が見つけたみたいな〜。でも紅涙氏には教えれないな〜、だって君はまだ…坊やだからさ。」
スラスラと話しながらするジェスチャー、
コロコロと表情を変える十四郎さんに、
私はただ唖然とさせられて。
「聞いてるのかな、紅涙氏。」
「は、はい。す…、すみませんでした。」
よく働かない頭で謝った。
十四郎さんは「うん」と頷いて、
「分かってくれたのならいいんだ。僕を分かってくれるのは紅涙氏だけだからね。」
私の頭を宥めるように撫でて、ニコリと微笑んだ。
それは今までには見たことがない微笑み。
確実に違う十四郎さん。
だけど、
胸はドキドキした。
いつもからすれば信じられないことをしてるけど、私の好きな十四郎さんだもの。
どんなあなたでも、
好きですよ、
「十四ろ」
「さァ、紅涙氏。分かってくれたのなら部屋を出て行ってくれるかな。」
「え…。」
同じ微笑みでニッコリと十四郎さんは言った。
「トモエちゃんの見逃した変身シーンをビデオでしっかり確認しないとね。」
"だから一人にしてくれるかな"
十四郎さんはそれを言い終えると、またテレビに向きなおした。
「十四郎、さん…?」
声を掛けても聞こえない。
「…、」
テレビに向かい合う十四郎さんの背中を見て、
私はまた開き掛けた口を、
すぐに閉じた。
部屋に光るチカチカする画面。
私に向ける背中。
「…、失礼します…。」
出て行くしかなくて。
私は十四郎さんの部屋から静かに立ち去った。
「ありゃ?紅涙じゃねェですかィ。」
「…沖田さん、」
「こんなところで何してんですかィ?」
剣道場の傍で座っていると、沖田さんに合った。
私は困ったように笑って、
「十四郎さん、ビデオ鑑賞中だから。」
"ここで待機中です"と沖田さんに言えば、「あの野郎…」と言って私の隣に座った。
「あの時からずっとこの調子ですかィ?」
私は沖田さんの言葉に小さく苦笑した。
沖田さんは溜め息をついて、
「完璧に戻りましたねィ。」
"ヘタレオタク"
腰の刀を抜いて、傍に置いた。
その音がゴトリと鳴って、私の場所にまで静かに響く。
その時、
「紅涙氏〜!!」
遠くからドタドタという足音と共にひ弱な揺れる声がする。
「十四郎さん?」
「紅涙氏〜、ここに居たでござるか〜。」
私は立ち上がって十四郎さんを迎えた。
沖田さんは足を組んで見ている。
「紅涙氏を、探してたでござる。」
「どうかしたんですか?」
十四郎さんは苦しそうに"はぁはぁ"と胸を押さえて笑った。
「コレでござる!」
「こ…、これは…?」
「知る人ぞ知る美少女戦士トモエちゃんの温泉入浴直前バージョンでござるよ〜!!」
十四郎さんは「紅涙氏に誰よりも早く見せたくて」と握り締めたフィギュアを持って笑った。
私にはそれがどんな素敵なものなのか分からないけど、
何て言ってあげれば十四郎さんが喜んでくれるのか必死に考えて。
「ほら、紅涙氏!この浴衣の皺!トモエちゃんの身体に密着していると見せかけて、今にも動きそうなこの流れ具合!そして胸元の肌蹴た感じは、"入浴前だし、どうせすぐに脱ぐから適当に着てよっと"という女子の考えを忠実に再現した二次元の中にあるリアリティー!!これぞ」
「黙れよ、オタ方。」
嬉しそうな十四郎さんに、私の後ろに居た沖田さんが短く吐いた。
聞いたことがないほど低い声に、私はゆっくりと振り向いた。
沖田さんは足を組んだまま、
十四郎さんを睨みつけるように見て。
「テメェの頭にはそれしかねェんだな。ヘタレ土方。」
背筋がゾっとする。
ザワザワと胸騒ぎがする。
「沖田さん、」
私が声を掛けたと同時に、
「おっ沖田氏、」
十四郎さんが声を上げた。
「き、君は少し口が悪いんじゃないかな。」
十四郎さんを振り返り見れば、
ギュッと胸でフィギュアを抱いて、視点が定まらない様子で言う。
「十四郎さん…、」
その妖刀と言われている刀は持っていないのに、こんなに変わってしまっているなんて。
何がそうさせているんだろう…。
十四郎さんの何が…?
―――ガチャンッ
私を通り過ぎた何かが大きな音を立てて地面に落ちた。
それは、
「刀…?」
沖田さんの刀。
すでに刃が出ていて、鞘がない。
「取りなせェ、土方さん。」
沖田さんを見れば、
投げられた刀の鞘を握っていた。
「一本、やりましょうや。」
沖田さんが言う。
十四郎さんは目を丸くして刀を見ていた。
「な、何を言ってるのかな、沖田氏。君は鞘じゃないか。」
「テメェなんざ、コレで十分でさァ。」
「し、しかし何を理由に君と」
「"理由"?そんなの決まってまさァ。」
沖田さんは鞘を振る。
振った鞘はブンと音が鳴り、私には刀身にさえ見えた。
「"紅涙を幸せに出来るのか"。」
沖田さんは十四郎さんを見据えたまま。
十四郎さんはオドオドと目を泳がせたまま。
「俺の責任でもあるんでさァ。」
"テメェを一瞬でも認めちまった俺の"
沖田さん…、
「だから俺が、ここでテメェを止めてやりまさァ。」
沖田さん…。
そんな風に考えてくれていたなんて…。
「沖田さ」
「むっ無理でござる!!」
「…え…?」
私が沖田さんを止めに行こうとした時、十四郎さんは大きな声で叫んだ。
「拙者には無理でござる…!」
「…十四郎…さん…?」
胸にはキツく抱き締められたフィギュア。
「ぼ、僕には紅涙氏を守れない…!」
"だから刀は握らないでござる"
ギュッと瞑られた目。
「おっ、沖田氏がっ…、」
十四郎さんの言葉が、
私の身体にぶつかっては落ちる。
「…っ、沖田氏が…守ってあげてほしいでござる!!」
走り去る十四郎さんの背中は、すぐに小さくなった。
沖田さんは鞘を投げ捨てて、「くそ」と吐き捨てる。
地面に打ち付けられた鞘が音を鳴らしたように、
極自然に、
私の目から涙が落ちた。
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