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各々と想い
「やっぱり…、」
元の静けさを戻した空気が流れる。
沖田さんの声が風に乗って、
風と共に私の耳へ運ばれてくる。
「…沖田さん?」
「紅涙を…、野郎に譲るんじゃなかった。」
「…、」
耳につくのは風の音なのか、
私の胸の中の音なのか。
「野郎なんかに紅涙を幸せには出来ねェんでさァ。」
私には、
考えることすらも出来なかった。
沖田さんは自分の刀をしゃがみ持って直した。
「紅涙は苦しんでばっかじゃねェですかィ。」
「そんなこと…ありませんよ。」
「あるさ。こうやって嘘ばっかりつかせて。こうしてる今も、野郎は呑気にアニメ見て萌え萌え言いやがってる。」
「…。」
十四郎さんを語るその目は冷たいように見えるのに、
一筋の光が差して反射して。
光の差した目が、
そのまま私に向けられる。
「籍、抜きなせェ。」
「っ…、…沖田さん…、冗談は」
「冗談でこんなこと言いやせんよ。」
「…、」
私は静かにゆっくりと顔を横に振った。
沖田さんは「なぜだ」と声を荒げた。
「野郎だって言ってたじゃねェか!"守ってやってくれ"って言ってただろィ?!それがどういう意味か紅涙にだって」
「分かってます。…、だけど…、まだちゃんと十四郎さんとお話した訳ではありませんし…、」
「今言ってたので十分わかったはずだろ?!」
「…、」
沖田さんの言ってることは分かる。
そう、
十分過ぎるほど、
十四郎さんの言葉は私に刺さっている。
『僕は紅涙氏を守れない…!』
それは…、
もう…
私とは居れないということでしょうか。
『沖田氏が…守ってあげてほしいでござる!!』
もう…
私の傍に居てくれないということでしょうか。
「それでも…、」
それでも私は…、
「十四郎さんが…別れを切りだした訳ではありません…、」
「だけどあの野郎の言い方は」
私は顔を横に振る。
「恋人同士なら、きっと別れなきゃダメなんだと思います…。」
「…、」
「だけど…、私たちは…、」
そう、
私たちは。
「仮にも…、夫婦ですから…。」
そんな簡単に別れられるものじゃない関係。
「もし、…沖田さんの言うように別れるのなら…、」
「…、」
「その時…、十四郎さんが…それを望むのなら…、」
あなたがそう言うのなら。
「私は…それに従います…。」
それは気持ちがないからとかじゃなくて。
最後まで、
あなたには嫌われたくないから。
「紅涙…、」
そんな目で見ないで、沖田さん。
私は大丈夫…。
だから、
私なんかより、
「…真選組は…、大丈夫ですか?」
「え?」
私が問うた内容に沖田さんは驚いたように私を見た。
「十四郎さんは真選組の副長…、そんな方が現状あのような状態では…、」
私一人のことなんかより、
もっと大切なことを気に掛けなければ。
きっといつもの状況とは違っているはずでしょう?
「さぞ、大変な状況なんでしょう…?」
「…。」
沖田さんは私の疑問に黙って俯いた。
「なんで野郎なんですかィ…、」
「…沖田さん…?」
沖田さんに握り締められた刀がギリリと音を鳴らす。
震える拳を押さえるように、沖田さんが俯き話す言葉も震える。
「あの時から…、ずっと…ずっと思ってた…!」
「え…?」
「俺の方が先だった!」
「沖田…さん…?」
沖田さんは持っていた刀を捨てて、私の肩を強く掴んだ。
「紅涙を見つけたのだって、俺の方が先だった!」
「…、」
遠くないこの距離で、
沖田さんはまるで懇願するかのように私に言った。
「紅涙を見ていたのも俺の方が先だったんだ!」
「沖田さん…、」
握り締められた肩が痛い。
でもそれより、
沖田さんが私にこんなに悲しい顔をしているのが、何よりも痛くて。
「出逢うのだって…っ…、俺のはずだったのにっ…!」
沖田さんは耐え兼ねたように私を抱き締めた。
「どうしてっ…野郎なんでさァっ…!」
ギュッと抱き締められた身体は、
やっぱり痛くて。
私はこの痛みをどうすればいいのか分からずに、
ただ沖田さんの抱きめられるままにされていた。
すると遠くから足音が聞こえて、
「沖田隊長〜っ!!!って…あ…。」
山崎さんが気まずそうな顔をして立ち止まった。
「お、お取り込み中ですよね。すみません!」
慌てた様子で山崎さんは走り去ろうとしたけど、
「何でィ、山崎。」
沖田さんの言葉に足を止めた。
私から身体を離して、何事もなかったように山崎さんを見た。
「人のプライベートな時間を邪魔しやがって。詰まんねェこと伝えに来たんなら覚悟しろよ、山崎ィィ。」
山崎さんは「ヒッ」と声を上げて「実は」と続けた。
「ここ最近の書類整理が滞っていたのですが、その中にとっつぁんへの報告書類もあったらしくて…、」
山崎さんは「はぁ」と溜め息をついた。
「その上、今週になって経費の減りが異様だと目を付けられて…。」
「"経費"?俺ァ何も壊してやせんぜィ。」
「いや、沖田隊長じゃなくて副長が何やら経費を名目に購入しているようで…。」
「…。何やらと言うまでもねェですねィ。」
「はい…、あの部屋を埋め尽くすグッズです…。」
沖田さんは「はぁぁ」と盛大な溜め息をついた。
山崎さんは「まだあるんです…」と息苦しそうに話した。
「とっつぁんが弛んでるって言って、上納金納めろとか言ってきてて…。」
「はァ?"上納金"てなんですかィ?」
「何か、マシな仕事が出来ねェんなら金よこせって。今まで馬鹿みたいに使ってやってんだから、こんな時ぐらい返せって。」
「何でさァ、それ。」
沖田さんは呆れた様子「どうせ遊ぶ金なくなったからに決まってる」と言った。
「でも今は凌ぎの金すら、うちの屯所には貯えがない状態でして…。」
「近藤さんに立替といてもらったらいいだけの話でさァ。」
「それが昨日、40本ドンペリ入れたとかで…。」
「うちの頭は揃いも揃って…。」
山崎さんは「こんな時…、」と口にした。
「こんな時の処分は全て副長がしてたから…僕たちはどうすればいいのか分からなくて。」
この機会しか、ない。
「それなら…、」
今しか、
きっと私が恩を返せる時はない。
「それなら私に協力させてください。」
「「"協力"…?」」
私の頭はそう思っていた。
「私も…そのお金、集めます。」
「え…?でも紅涙さんは」
「紅涙?何言ってんですかィ?」
彼らの問いに、私は「大丈夫です」と言った。
「十四郎さんが出来ないのなら、私が少しでも力になりたいんです。」
「何も紅涙が野郎の借金担ぐこたァねェですぜ。」
「沖田隊長、借金って…。まァ確かに副長が使ってますけど。」
私は顔を横に振って。
「私…、」
"大丈夫"と笑った。
「微力ながら、十四郎さんの妻ですから…。」
私が唯一できる、恩返し。
真選組のためなら、
彼のためになら、
私は遊女に戻れます。
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