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呼び寄せるモノ


他言無用だという土方さんの相談。
聞いてくれるか?と初めて頼られた私は、しっかりと頷いて見せた。

「私で力になれるのなら、ぜひ。」
「そうか…助かる。」

ホッとした様子で、私にマヨネーズを差し出す。

「好きなだけ使ってくれ。」

いや、だから…

「あ、ありがとうございます。でもこれはいいので。」
「……、」

土方さんが残念そうに手を引っ込める。
…もう。そんな顔されたら、

「やっぱり…少しだけ使おうかな。」

使うしかないじゃん。

「おう、遠慮なく使え。」

はにかんで私に差し出す。
苦笑いを返し、マヨネーズを受け取った。
どう使おう…。

「それでだな。」
「はい、」

私はお皿の隙間を探しながら土方さんに頷く。
端の方に少しだけマヨネーズを絞ったところで、「その…」と今まで以上に歯切れが悪いまま話を切り出した。

「何を…やればいいと思う?」
「?」
「マヨネーズの礼。」
「!」

顔を上げる。
土方さんは気恥しそうに目をそらした。

「女にプレゼントなんてしたことねェなら、どういうもんがいいのか検討もつかなくてよ。」

それって…つまり……

「ルウさんにあげる…もの、ですか?」
「他に誰がいるんだよ。」

土方さんは小さく笑い、

「何をやれば女が喜ぶのか、お前に教えてほしいんだ。」

そう言った。

これは…思いがけない展開だ。
先にどんな相談か聞いておけばよかった。

「何がいいと思う?」
「え、えっと…」

まさかルウさんに関係することだなんて…。
頭が働かない。考えようとしても、ろくな案が浮かばない。

「そう…ですね……、…。」

適当な言葉も並べられず、部屋の静けさにさえ焦りを覚える。

「は、花はいかがですか?…無難に。」
「面白みがねェな。」
「そう…ですけど……」

厳しい…。
人に聞いておきながらバッサリ切るなんて…さすがは土方さん。
 
「え、えっとー…」
「どうせならマヨに関連する物がいいんだ。何か知らねェか?そういうもの。」

マヨネーズに関連するもの…?
雑貨…とかかな。土方さんのライターみたいな。

けど、ルウさんって煙草吸うの?
吸ってたら、きっとマヨライターは喜ぶだろうな。土方さんとお揃いになるわけ…だし……。

ダメだ、雑貨は回避。

「お煎餅はどうですか?」
「せんべい?」
「はい。大江戸駅の西側に、マヨネーズを使った手焼きの煎餅屋さんがあるそうですよ。」
“もしかしたら、このご当地マヨを使ったお煎餅も作ってくれるかも”

土方さんは興味深い様子で「それいいな」と言った。

「よし、それにする。サンキュな、紅涙。」
「いえ…」
「店はどの辺りなんだ?」
「私も詳しくは知らないんですけど、確か――」
「ああやっぱいい。」
「?」

土方さんは自分のお茶碗に恐ろしい量のマヨネーズを掛け、私を見る。

「付き合ってくれ。」
「っえ!?私も行くんですか!?」
「その方が確実だろ?」
「それは…そうですけど…、…。」

…仕方ない、
提案したのは私だし、付き合うしかないか。


とは思ったけど、


「もう行くんですか!?」

まさか昼食後すぐに行くとは思ってなかった。

「市中見回りのついでだ。こういうことは早めに済ませておきてェしな。」

真面目だな…
いや、土方さんの気持ちの問題かな。
ルウさんに『ありがとう』の気持ちを早く返したいっていう、土方さんの気持ち。

…私もマヨを勉強すれば、そこまで想ってもらえるかな。

「ここか?」

古民家の前で足を止める。
一見すると住居だが、年季の入った立て看板に『煎餅屋』と書かれていた。

「なんとなく美味しそうな予感がしますね。」
「だな。」

入り口の扉に手を掛けた。
その直後、

「ああ!ちょっとそこの真選組の人!!」

どこからか男性の声が聞こえた。

「?」
「あっちだ。」

土方さんが、道の向こうをアゴでさす。
見れば、一人の男性が手を振りながらこちらへ駆け寄ってきていた。

「はぁはぁ。よかった、ちょうど行こうと思ってたんです。」

行こうとって…

「事件ですか?」
「あーはい、そうだと思います。」
「?」
「何か目撃したのか?」
「目撃と言えば目撃…ですかね。」
「「?」」

土方さんと顔を見合わせる。
あやふやな返答ばかりする男性は、「見てもらえれば分かります」と言った。

そして自分の走ってきた道を振り返り、

「おい早く来いよ!お前の話だろ!?」

後方でゆっくりと歩く男性に声をかけた。

「あの人に何かあったんですか?」
「そうみたいなんですよ。俺もよく分かんないんすけど、なんか髪を切られたっぽくて。」
「「!?」」

髪を切られた!?

「誰にですか!?」
「それが分かんないらしくて…」
「いつ切られたんだ!?」
「い、いや…それも分かんないみたいで…っていうかアイツに聞いてくださいよ。」

親指で後ろをクイクイと指す。
被害者であろう男性は、未だ急ぐ様子はなく、まったりと歩いていた。

「アイツなんであんなボーっと歩いてんだ?被害者のくせに落ち着きすぎだろ。」
「土方さん、言葉遣い。」
「ああ悪ィ。だがいくらなんでも事件に巻き込まれたようには――」
「いや、それがっすね、」

顔を引きつらせた男性が、まったり歩く彼を見ながら「アイツ…」と言う。

「たぶん事件だと思ってないんですよ。」
「どういう意味だ?」
「前からこんなもんだった気がするって言ってるんです。でも絶対違うんすよ。」
“俺、美容師だから髪とか超見てるんで分かるんです”

彼が話すには、
男性の後頭部に髪を切られた跡があるそうだ。

男性の髪の長さは土方さんくらい。
その頭頂部から首筋に流れる、ひと掬い程度の髪をバッサリ切られているという。

「警察に行く気もなくて。無理やり俺が連れて行こうと思ってたところに、お二人を見つけたって感じです。」
「そうでしたか…。」
「アイツにアンタみたいな友人がいて良かったな。」
「あ、いや…ありがとうごさいます。」

土方さんの言葉に、美容師の彼が恥ずかしそうに頭を下げる。

「とりあえず確認してみねェとな。」
「ですね。」

私と土方さんは、相変わらずまったり足を進める男性に歩み寄った。
男性は「ご苦労様ですー」と、やんわり微笑む。

「もしかしてアイツからもう聞きました?」
「ああ。確認させてもらうぞ。」
「あ、はーい。」

クルッと後ろを向く。
確かに一部の髪だけ、周りの長さと不揃いだ。

「これは…」
「切られてるな。」
「え、マジですかー?」
「マジだ。何か覚えてねェのか?切られた時のこと。」
「いや、なんにも。つうか、切られてたことすら分かってませんでしたし。あはは。」
「「…。」」

なるほど、中身もまったりしてるんだ。
これは手掛かりになることを聞き出せるか微妙かも。

「とりあえず、今から屯所の方で聴取を取らせてもらいま――」
「あーすみません。これから俺、コイツと昼飯行くんで。」
「…ああ?」
「バカッ、俺は待ってるから先行って来い!」
「でもな〜」
「マトモないい友達じゃねェか、飯は後にしろ。」
「鬼っすねー。ウワサって本当なんだ、あはは。」
「……。」

土方さんの右眉がピクピクと痙攣する。
キレる前兆だ。
もしかしたら屯所で聴取する方が危険かもしれない…。

「わ、わかりました。ではここで済ませましょう。」
「おい、紅涙。」
「いいんですか〜?暇が出来たら屯所に行きますけどー。」
「いえ、お越しいただくのは思い出したことがあった時で結構です。ね、土方さん。」

『そうじゃないと何も聞き出せなくなりますよ』
目で訴える。
土方さんは眉を寄せ、浅く二度頷いた。

「では少しだけお話伺いますね。」
「あ、はーい。」
「いつ髪を切られたか覚えてますか?」
「覚えてないでーす。」
「昨日は電車を使われましたか?」
「朝出勤する時に使いましたー。」
「アンタが出勤した後の行動を教えてくれ。」
「出勤してー、仕事してー、仕事終わってー、コイツと酒飲んで帰りました。」
「あ、ちなみに俺と酒飲んでる時は切られたような跡なかったっす。」

じゃあ切られたのはお酒を飲んだ後の帰り道ってことかな…。

「帰りは電車に乗ってねェのか?」
「乗ってないでーす。俺、基本的に混んでる場所が苦手なんで。」
“だから構内のベンチで空くのを待ってましたー”

え…?

「駅には居たんですか?」
「いましたー。」
「コイツ、俺の電話で起きたらしいんすよ。よく財布スられなかったなって話して。」
「寝てたのか?」
「寝てましたー。その後トイレ行きたくなって、またホームに戻るのが面倒になったからタクシーで帰ったんですよねー。」

流れから見ると、駅で被害を受けたと考えるのが妥当だ。

「寝てる間の犯行か…。」
「そのようですね。」
「そう言えば、昨日の夜は駅に真選組の人がいっぱいいました。何かあったんですかー?」
「え、ええまぁ。」

この人、本当に自分のことは大した事件だと思ってないんだな…。

「あなたは何時くらいから駅にいたんですか?」
「えーっと〜…20時前にタクシー乗ったから、19時くらいかな。」
「早ェな。仕事終わりに飲みに行ったんじゃなかったのか?」
「行きましたよー。うちの会社、昨日は16時終業の日だったんで。」
「美容師のアンタは?」
「俺は半休の日で、昼から休みでした。」

犯行時間は19時から20時前。
通話履歴を確認させてもらうと、19時42分から5分弱の通話となっている。

…って、ちょっと待って。

「土方さん、これもしかして防犯カメラに…」
「かもな。」

昨日私と沖田さんが確認した時間は、17時から18時半の分。
おまけに被害者が利用したホームと駅の通路、出入り口の録画くらいしか見ていない。

「あの、ホームに戻るのが面倒になってタクシーで帰ったんですよね?」
「そうですよー。」
「じゃあそれまでどの辺りのベンチに座っていたんですか?」
「んー、そう言われても…7番ホームの端の方ってことくらいしか。あそこ、人通りが少なくていいんですよ〜。」
「7番…。」
「昨日とは違うのか?」
「はい。」

これは期待できる。

「端ってどの辺りだ。一番端か?何かそばに目印はなかったのか。」
「んんー……あ、近くにゴミ箱がありました。」
「あなたの昨日の服装を教えてもらえますか?あと、他に何か覚えていることがあれば…」

思いの外、まったりした彼から得るものは多く。
私と土方さんは聞き取った情報を元に、早速、大江戸駅の駅長室で防犯カメラを確認した。

これで犯人の顔が割れる。
そう確信していたけど、

「え、うそ…。」

録画された映像は、なんとも言えない感じだった。

確かに証言通り、彼は7番ホームの端の方で居眠りをしている…と思われる。
と言うのも、正面のカメラと右上から映すカメラでは、彼の膝から上が見切れていた。

「惜しい…!」
「他にこのベンチが映るカメラはねェのか?」

土方さんの問いに、駅長は「遠くなら…」と言う。

「5・6番線と9・10番線のカメラであれば、隅に映ってるかもしれません。」
「用意してくれ。」

駅長は車掌を呼びつけ、防犯カメラの映像を準備する。
その間、これまでの犯行を整理した。

切りつけ事件の始まりは住宅街。
夜道で女性二人の持ち物が、おそらくは同一人物の手によって切りつけられた。

次は昨日起きた髪切り。
女性と男性が駅構内で後ろ髪を切られる事件。
付近に切り落とした髪が散乱していないことから、髪は犯人によって持ち帰られた可能性がある。

「女性がターゲットじゃなかったんですね…。」

この二つの事件が同一犯じゃないとしても、標的は女性だと思っていた。

「捜査をかく乱させるために、男に手を出したのかもしれねェがな。」
「それはリスクが高すぎませんか?安易に標的を男性に変えたら、相手に取り押さえられるかもしれません。」
「リスクなら既に前の事件で背負ってる。」
「前の事件?」
「ほら、始めの切りつけ事件。指を見せてくれって言われた被害者と同じだったって言ったろ。」
「あ…。」
「忘れてたのか?参謀。」
「す、すみません。」

完全に忘れてた。
あの部分から微妙に繋がってたんだっけ。
屯所に戻ってから、ちゃんと整理し直さなきゃな…。

「そんなに気にすんな。ひやかしただけだ。」

薄く笑い、懐に手を差し入れる。
煙草を取り出したところで、「ダメですよ」と止めた。

「ここ、駅長室だから煙草は禁止です。」
「あ…。」
「忘れてました?副長。」
「…やられた。」
「おあいこですね。」

二人で笑う。
そこへ駅長が「準備できました」と声を掛けた。

「確認すると、4台の防犯カメラが7番ホームのベンチを捉えてはいるんですが…」

モニターで映像を見る。
土方さんは眉間を寄せて目を細めた。

「どこに映ってんだ?」
「ここです。この遠くで下半身だけ映ってるのが、仰っているお客様かと。」
「え…」

こ、この映像だけ?
やっぱり腰から下しか映ってないんですけど…。

「もう少し体全体が映っているもんはねェのか?」
「残念ながら、4台ともこの程度しかなく…すみません。」
「い、いえ…あなたのせいではないので…すみません。」
「……。」
「……。」

気まずいような、申し訳ないような、居心地の悪い空気が流れる。

「にしても、絶妙な映り具合だな…。」

土方さんは顔をしかめたまま再生と一時停止を繰り返した。
どうやっても、居眠りしているであろう彼が僅かに足を動かすくらいしか分からない。

せめてもう少し分かれば…
たとえば切られた髪が膝に落ちるとか…何…か………

「あ!」
「どうした、紅涙。」
「い、今、すごいことに気付いたかもしれません。」
“少し巻き戻していいですか?”

特に代わり映えしない映像を巻き戻す。
その映像を始めから再生していくと、彼ではない部分に変化を見つけた。

「やっぱり…」
「なんだ、何を見つけたんだ。」
「ここ、彼の後ろにベンチがあるじゃないですか。その下を見ててください。」

巻き戻し、再生する。
すると姿は映っていないものの、彼の足元に薄らと影が出来た。

「!今のは…」
「この影の差し方、おそらく彼の背後に誰か立ってますよ。たぶん…」
「犯人か。」

時間にして、ほんの数秒。
決して濃くはないが、確かに地面の色が違う。

「よく見つけた。」

土方さんの手が、ぐしゃっと私の髪を撫でる。

「あ、ありがとうございます…。」

嬉しいけど照れくさい。
駅長の視線もあって余計に恥ずかしい。

「そう思って見ると、コイツの肩にも一瞬だけ影が出来てるな。」
「あ、本当ですね…。もしかしてこれが犯行時の?」
「だろうな。手元の動きが見えればいいんだが…無理か。」

服装も性別も分からない。
それでも、犯行時間は分かった。

「19時7分14秒から26秒。この間に彼の髪は切られたってことですね。」
「ああ。あくまでも影が出来た時間だから、犯行自体はもっと短いだろうがな。」

髪を掬って切るだけなら5秒もあれば十分だ。

でも…何のために?
犯人は何のために髪を狙ってるの…?

「よし、一旦戻るぞ。」

この4台の映像は残しておいてもらうよう伝え、私達は駅長室を後にした。

その帰り道、
土方さんの携帯が着信する。
ルウさんかと思ったけど、電話は隊士からだった。

「どうした。」

電話に出る。
土方さんは「あ?」とか「おお」とか言った後、「今から行く」と言って電話を切った。

「どうしたんですか?」
「万事屋が河原で死体を発見したんだとよ。」
「えっ…」
「こっちの件と関係なきゃいいが……いや、いいってこともねェのか。」
「なんだか呼び寄せますよね、この手の事件って。」
「だな。」
「「……はあ。」」

次から次へと舞い込む事件に、二人でなんとも言えない溜め息を吐いた。


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