10


優先すべき順


死体を見つけたという河原には、真選組の隊士2人と万事屋の3人が待っていた。

「おう、来た来た。」

私達を見つけた坂田さんが気怠そうに歩いてくる。

「どうよ、俺達の手柄。」
「誰が死体見つけろなんて言った?この忙しい時に手間を増やしやがって。」
「なんだよ、見つけちゃマズかったのか?」
「い、いえ!マズくないですよ、重大な事件かもしれませんし。」

土方さんは坂田さんを前にすると、何かにつけ遠慮がなくなる。
私は慌ててフォローを入れ、土方さんの背中を押した。

「とりあえず遺体の確認に行きましょう。」
「あ〜それやっといた。」
「え?」
「『やっといた』って何をだ。」
「確認っつーの?アイツら、段取り分かってねェみたいだったからよ。」

坂田さんが親指で後方にいる隊士2人を指す。
隊士2人はまだ私達が来たことに気付いていないらしく、神楽ちゃんや新八君と楽しそうに話していた。

「あの二人、調べる前に遺体を運ぼうとしたんだぜ?触んなって止めたの俺だから。」
「アイツら…!」
「ま、まぁまぁ土方さん。えっと…坂田さん、お手数おかけしました。」
「ほんとほんと〜。超お手数かけられてる〜。」

坂田さんの声に、土方さんの眉がピクッと動く。

「まさか俺達が昼夜の見回りに加え、真選組の教育までさせられるとは思ってなかったわ〜。」
「あ、あの坂田さん、もうその辺りで…。」
「いやちゃんと言わせてもらうよ?だってさすがに、ここまでしたら金銭的な対価が発生してもおかし――」
「おかしいよな?坂田。」

土方さんは意味深な笑みを浮かべ、坂田さんの肩にポンと手を置いた。

「忘れたのか?お前はこんな程度じゃ済まねェことをしたんだぞ。」
「うぐっ、」
「俺と紅涙が声を挙げりゃァ『万事屋銀ちゃん』なんて看板、簡単に吹き飛ぶだろうよ。」
「き、汚ェェ!この人、警察のくせに天秤かけるんですけどォォ!!」
「警察だからお前に救いの手を差し伸べてやれたんだろォが。」

「感謝しろ」と言い、土方さんは坂田さんの肩から手を離した。
坂田さんは見るからに悔しそうな顔をする。

「くそォ!紅涙ちゃんの名前だけ使っときゃ良かった!」
「ええ!?」
「お前、ほんと腐ってんな。」

煙草に火を点け、「で?」と問う。

「参考までに聞いてやるよ。お前が確認した遺体の状況。」
「へっ。別に言う義理なんて…」
「万事屋の跡地は何を建てるとするかなァ。」
「……所持品なし、目立った外傷なし。小さな擦り傷と打ち身があるから、今朝どこかで川に落ちて流れてきたってとこ。」
「なるほど。ご苦労さん。」

誤って転落したか、自殺、それとも他殺か。
この状況だと全ての可能性がある。

「紅涙、司法解剖に回すぞ。連絡しろ。」
「はい。」
「坂田、お前らは巡回に戻れ。」

アゴで住宅街の方を指す。
坂田さんは何かを言おうとしたが、「しゃァねェ」と頭を掻きながら去って行った。

それを見て、新八君と神楽ちゃんが駆け寄ってくる。
ようやく隊士2人も私達に気付き、悲壮感を漂わせながら猛ダッシュしてきた。

「「副長ォ!お疲れ様です!!」」
「お疲れ様ですじゃねェよ!なにボケっと突っ立ってんだ!!」
「いや、俺達が動く前に万事屋が動くもんで…」
「動き方が間違ってんだよ!お前ら一体何年隊士やってんだコラァァ!!」
「「すみませんでしたァァ!!」」

こっぴどく怒られる隊士を横目に、私は引き取りの連絡を入れる。
土方さんは二人の隊士を巡回に戻した後、遺体の確認をした。

「確かに目立った外傷はねェな。」

まるで眠るように目を閉じるのは若い女性。
血の気がない白い肌に衣服を身に着けて横たわる姿は、まるで人形だ。

「水を吸った感じがありませんね…。」

皮膚に膨張はなく、表情も静か。
いくら日が経っていないとしても、このご遺体は……

「殺されてから遺棄されてるな。」
「私も思います。」

他殺と見て間違いない。

「でも外傷がないっていうのは…。」
「クスリだろ。誰かに盛られたか、服用した。もしくは見えない場所に――」
「お待たせしました!」

声に振り返る。
早くも遺体を引き取りに来た警察官が担架と共に走り寄ってきていた。

「ご遺体はこちらの女性ですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします。」

三人がかりで担架へ載せる。
私と土方さんはご遺体に手を合わせ、警察車両を見送った。

「はァ…なんだよ、もう16時じゃねェか。」

時計を見て、疲れた様子で肩を落とす。

「まァやらなきゃいけねェことは一通り済んだよな。」
「そうですね。これから行きます?お煎餅屋さん。」
「ああ。随分と遠回りになったが…」

――ピピピ、ピピピ…

携帯が鳴る。
土方さんの電話の着信音だ。

「今日はよく鳴りますね…。」
「勘弁してくれ。」

うんざりした顔でディスプレイを見る。
その顔がまた一段とうんざりした。

「マジかよ…。」
「誰からですか?」
「とっつぁん。」
「え!?」

土方さんは浅く溜め息を吐き、電話を取った。

「もしもし。…はい。」

な、なんの用事だろう。
松平長官からの電話って、嬉しい話だった試しがないんだよね…。

「え、夜?まァ…大丈夫だけど。…ああ。……わかった。」

電話を切る。
視線だけで様子を窺うと、やはり嬉しい話ではなかったようだ。

「18時にとっつぁんが来るってよ。」
「ええ!?ななな何の用ですか?」
「わかんねェ。いつもより声は真剣だったが…どうせ俺達の失態を咎めにでも来るんだろ。」
「失態?」
「ここしばらくの事件についてだ。」

私達の対応不足で、いつまでも犯人を突き止められないこと。
これだけ警戒していながらも、事件を未然に防ぐことができないこと。

「昼夜問わず街に隊士が歩き回ってるし、一般市民から『息苦しい』って苦情が入っててもおかしくねェ。」
「真選組じゃなく、わざわざ本庁に苦情を?」
「今時の輩は平気でそういうことをしちまうんだよ。」

こういう視線を向けられるのは…複雑だ。
文句を言いたくなる住民の気持ちは分かる。

でも、私たちだって必死に動いてるんだ。
どう取り組んで、どんな時間を過ごしているか、全てを分かってもらいたいとは言わないけど…

「…歯がゆいですね。」

文句を言う前に、思い返してほしい。

「俺達は過程を評価してもらえる仕事じゃねェんだ。結果が残らなきゃ無でしかない。」
「だけど……、」

せめて、想像してほしい。
知らないなら…見えないなら、
私達がどんな努力をしているか、今こうなる前にどんな時間を経てきたか。

寝転んでダラダラした結果じゃないことを、少しでも認めてほしい。

「どうした?そんな新人みてェなことを考えるなんて、お前らしくねェじゃねーか。」
「…すみません、なんだかモヤモヤして。」

最近、何かと思うところが多いせいかもしれない。
いつまでも尻尾を掴めない犯人のこととか、…土方さんとルウさんのこととか。

ちょっと疲れてるのかな…私。

「とっとと犯人捕まえて、ゆっくり煎餅でも食いてェな。」
「ふふ。土方さんは食べる側じゃなくて、あげる側じゃないんですか?」
「買うからには当然、俺も食う。安心しろ、紅涙の分も買ってやる。」
「ふふ、ありがとうございます。」
「でも今日は、」

うんと伸びをする。

「この後とっつぁんも来るし、気が削がれたから煎餅屋は延期だな。」
「そうですね。早めに帰って、色々と対策を打たないと。」
「対策?とっつぁんのか。」
「はい。何を聞かれても答えられるようにしておけば、あまり怒らせずに済みますから。」
「さすがは参謀、頼りになる。…ああそうだ、」

土方さんが懐に手を入れる。
取り出したのは、今さっき入れたばかりの携帯だった。

「ルウにも断りの連絡を入れておかねェとな。」

えっ…、

「会う約束…してたんですか?」
「ああ。今日買うつもりだったから。」
「……、」

土方さんは電話を掛けて、「今日は予定が出来た」と連絡した。
おそらくルウさんは『何かあったのか』とか『いつなら会える』と聞いたんだろう。

「ちょっと事件が重なって、しばらくは時間を作れそうにねェんだ。」

最後に「悪いな」と言って、土方さんは電話を切った。

「落ち込んでたんじゃないですか…?」
「たぶんな。だが仕事だからどうしようもねェだろ。」

ルウさんのことを気に病む様子はなく、「帰るぞ」と歩き始める。
その隣を歩きながら、私は隊士で良かったと思った。

同時に、
都合よく彼女を羨む自分を浅ましくも思った。



屯所に戻った後は、松平長官の対策に取り掛かる。
事件の進捗をいかに上手く伝えるかが重要。
これまでの流れを資料にした方がいいのかなんて考え出すと、あっという間に時間が過ぎて…

「おォ〜い。来たぞ〜。」
「!」

玄関先から松平長官の声が聞こえた。

「え、ちょ、今何時!?」

時計を見る。

「じゅ、17時…。」

約束の時間は18時。
松平長官がここへ時間通りに来ることは滅多にないが、早く来ることもあまりない。

だから早く来る時は、よほど事態が深刻な証。

「ほんと…何の用で来たんだろう……って、そんなこと考えてる場合じゃない!」

広げていた資料を掻き集め、副長室へ向かう。

「すみませんっ土方さん!まだ何もまとめて…あれ?」

部屋にいない。
もう玄関へ出迎えに行ったんだ…。

「お〜う、紅涙じゃねェか。」
「!!」

掛けられた声に心臓が跳ねる。
見るからに一筋縄ではいかない風貌の男性が、私に軽く手を挙げていた。

「参謀になるんだって〜?良かったじゃねェか、オジサンも嬉しいよ。」
「あ…ありがとうございます……松平長官。」
「お祝いしなきゃな〜。よしパーッとやろう、奢ってやるよ。どうだ?今夜辺り二人きりで――」
「「セクハラ。」」

近藤さんと土方さんが松平長官を制止する。

「なんだァ?二人仲良く声なんて揃えやがって。」
「悪いな、とっつぁん。うちでは、そういうことを厳しく取り締まってるんだ。」
「ここにいる以上、とっつぁんにも守ってもらわねェと。」
「ハッ、えらく真っ当な組織になったもんだ。」

吐き捨てるように嘲笑い、松平長官は近藤さんと共に局長室へ向かう。
私は、同じく歩いて行こうとした土方さんを呼び留めて頭を下げた。

「すみません!あの、まだ色々とまとまってなくて…、」
「いい。気にすんな。何をしても怒られる時は怒られる。」
「でも…」
「とりあえず俺達で話を聞くから、お前は廊下で耳を澄ましてろ。必要があったら呼ぶ。」
「…わかりました。」

土方さんが立ち去る。
局長室の障子が閉まるのを見て、私も廊下に腰を下ろした。

「早速本題だがなァ、」

部屋の中から松平長官の声が漏れ聞こえてきた。

「ココ最近、真選組の管轄エリアで小せェ事件が立て続けに起きてるそうじゃねェか。」
“それも解決に至ってないとか”

来た…!
やっぱりその話なんだ。

「俺達も手は打ってるが、なかなか手掛かりを掴めなくて…。」
「まァどこにでも変な奴っつーのは出没するもんだからなァ。じきに治まるか、馬鹿な野郎が捕まるだろォよ。」

…あれ?

「それよりも、だ。」

怒らないの?

「さっき河原で水死体が上がったろ。」
「ああ、トシが司法解剖に回したやつ?」
「それそれェい。あの身元が判明したんだ。」
「「え」」

思わず私も声が出そうになった。

「早ェな…。」
「何か身元が分かるようなもんを持ってたのか?」
「いや持ってねェ。」
「なら、まさかもう司法解剖が…」
「んなわけねェだろ。いくらなんでも1時間そこらで終わらねェよ。」
“今、真っ只中だ”

それはそれで驚きだ。
運び込まれた直後に司法解剖が始まることなんてほとんどない。

一体どんな理由で流れが早く――

「何してるんだい?」
「!!」

後ろから掛けられた声に肩が揺れる。
お茶出しに来た女中が、廊下に座る私を不思議そうな顔で見ていた。

「あら、こんなところで――」
『しっ静かに…!』

唇の前に人差し指を出し、必死に訴える。

『盗み聞き中です!』

人差し指を局長室の方へ指すと、女中は笑って頷いた。

『お茶はいるかい?』
『いえ、ありがとうございます』

身振り手振りで会話する。
女中はお茶出しを済ませると、私に『頑張ってね』と小声で応援して立ち去った。

部屋の中は変わらず水死体の話が続いている。

「ちょっと待ってよ、とっつぁん。じゃあ栗子ちゃんとあのご遺体は同級生ってこと?」
「そォいうこった。先月に行方不明者届が出された時から、もう泣きじゃくって大変なんてもんじゃねェよ。」

ん…?
河原で見つけた女性が、松平長官の娘と同級生?
それも先月の段階で行方不明者届を出されてたって…

「栗子が『早く解明して!』なんて泣きついてくるもんだから、パパが頑張るしかないでしょォが。」
「どうりで流れが早いと思った…。」
「あァん?何か言ったか、トシぃ。」
「い、いや、まァ早く分かって良かったな。」
「良くねェよ、死んじまってたじゃねェか。ったく…」

ライターを擦る音が聞こえる。

「こんなことならお前らも巻き込んで捜索させりゃァ良かったよ。」
「どこがやってたんだ?」
「隣町の警察。被害者の住所が隣町だからな。」
「じゃあその捜査に俺達も協力してくれって話をしにここへ?」
「違ァう。お前らには別件を捜査してもらいたい。」
「別件?」
「別の行方不明者の捜索だ。今回の被害者と同時期に、江戸で行方不明者届が提出されている。」

同時期に…行方不明者…。

「関連してるのか?」
「いや、ないと見てる。だがこの行方不明者まで遺体で発見されちまうと、警察の名が地に落ちるだろ?」
「まァな…。」
「だァかァら、だ。」

大きな、強く念押しするような声が響く。

「お前らの手で絶対に見つけろ。どんな事件よりも優先して捜索に当たれェい。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。」

近藤さんの困惑する声。

「とっつぁんも知っての通り、俺達の管轄で事件が重なってるんだ。当たるなら、他の警察部隊に依頼を…」
「俺ァお前らを見越して言ってんだぞ?」
「そ、それは嬉しいことだけど…」
「見廻組に回せないのか?」

土方さんの声に、「馬鹿言うんじゃねェよ」と松平長官が返す。

「ただの一般人にあんな奴らを使って捜させると怪しまれるだろうが。」
“お前らの方が何かと都合いいんだよ”

『何かと』
その部分には色んな意味が含まれているように思う。

「小せェ事件なんて、いくらまとめても所詮小者だ。捨て置いておけ。」
「!だ、だがとっつぁん、」
「だがも、しかしもねェ。こちとら行方不明者が死んで発見されるっつー最低な状況に陥ってんだぞ。」
“同じ被害者を二人も出すわけにはいかねェだろうが”

松平長官が言うことも分かる。
だけど、今起きている事件を全て放っておけだなんて…。

――ピピピピピッピピピピピッ

「誰だァ?電話鳴ってんぞ、早く出ろ。」
「いや、とっつぁん。」
「ああ?」
「だから、とっつぁんの電話。」
「ああ俺か。」

ガサガサと衣擦れの音が聞こえ、「あ〜もしもしィ?」と松平長官の声がした。

「おう、俺だ。…そうか、ご苦労……あァん?…おいおい、なんだそりゃ…」

少しずつ声の調子が深刻になる。
切る頃には、重い溜め息を何度もこぼしていた。

「こりゃァしばらく栗子の顔が見れねェな…。」
「事件の電話か?」
「ああ。司法解剖が終わったってよ。内容物の検査はまだ出てないが、おかしなところがあったらしい。」
「おかしなところ?」
「……被害者の…、…はァ。」

珍しく言葉を途切り、溜め息を混じらせる。
そしてまたライターを擦る音がして、煙を吹き出す吐息が聞こえた。

「被害者の…臓器が1つ足りねェんだってよ。」


- 11 -

*前次#