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口は災いの元


被害者の臓器が1つ…足りない?

「それはどういう意味だよ、とっつぁん。」
「そのまんまだ。中を開けたら、あるはずのものがなかったんだとよ。」
「な…何が?」
「小腸。」
「「っ!」」
「おそらくその時に出来たであろう傷口が腹部にあったらしい。長さにして20cm、綺麗とは言えねェが縫合までされてるんだとよ。」

そんな…

「何考えてんだよ…。」
「愉快犯か気味悪ィ趣向の持ち主ってとこだろうなァ。」
「ひでェ…。」

障子の向こうで交わされる会話に、私も言葉を失っていた。

河原で見た彼女に何があったんだろう。
どんな経緯を経ると、こんな事態になるんだろう。

彼女が望んだことじゃないなら……許せない。

「この手の野郎は一件で終わらねェ傾向にある。本庁からも各署に通達を出して警戒させるつもりだ。ンが、」

紙のような音と共に、松平長官の声が続く。

「お前らには、同時期に行方不明者届が出されたコイツを優先的に捜し出してもらう。いいな?」
「ゆ、優先的にって…」
「……、」
「なんだトシィ、その顔は。不満なら不満だって言いやがれィ。」
「不満だ。」
「あァん!?」
「トトトトシ!」
「なんだよ、とっつぁんが言えっつったんだろ。」

ライターを擦る音が聞こえる。
この音はたぶん、土方さんのマヨライターだ。

ふぅと吐き出す息の後、

「俺達は今ある事件を放ったらかしにすることなんてしねェよ。」

土方さんがそう言った。
松平長官が鼻で笑う。

「"しない"じゃねェ、しろって言ってんの俺は。それとも何か、警察庁長官の命令に逆らうってか?」
「命令には従う。だがこれまでの捜査も引き続き行うつもりだ。」

土方さん…。

「両立?小せェ事件も捜査を継続するってか。」
「ああ。」
「ト、トシ…それはさすがにキツイ。今でも手がいっぱいなのに…」
「近藤さんは心配すんな。俺がどうにかする。」

……キツイには変わりないんだ。
土方さんが『自分でどうにかする』と口にする時は、大体、苦境に立たされた時。

私が…、
私がもっといい策を立てられれば…。

「どうもお前の独走発言は周りを奮い立たせるみてェだなァ〜。狙ってんのか?」
「違ェよ。俺は本気で――」
「おォい、そこの盗み聞きしてる奴。いい加減、入ってきなさァい。」
「!」

もっもももしかして私のこと!?

「トシの発言でいよいよ気が隠せなくなってるぞォ〜。」
「っ……」
「初めからバレてないと思ってるなら、それはオジサンをちと馬鹿にし過ぎだなァ?紅涙ちゃん。」
「!!」

だ、ダメだ!
名前まで挙げられたら出て行くしか…
いや、ここで出なければ実は居なかったで通せるんじゃ…?

「紅涙、もういい。入ってこい。」

土方さんの声がする。
私は恐怖で早まる鼓動を押さえ、「失礼します…」と入室した。

「次期参謀が忍者ごっこか。」
「いえっ、…あ…は、はい。」

どう返事をすればいいか分からず、肯定と否定をする。
すると土方さんが「俺の指示だ」と松平長官に言った。

「俺が廊下で聞いておくように言ったんだ。紅涙が入っていい分かんねェ内容だったから。」
「何だそれ。『だから紅涙ちゃんに怒らないでやってくれ』って言いてェのか?」
「…ああ。コイツが悪いんじゃない。」
「悪いも何も怒るとは言ってねェだろうが。なァ?紅涙ちゃん。」

声のトーンに怒気はない。
ただ、色付き眼鏡の下から突き刺さるような視線を感じる。

「……っ、」

私はまた、はいともいいえとも言えず、「すみませんでした…」と謝った。

「…トシィ、お前のそういう勝手な見解が周りを騒がせるんだ。」
「……。」
「くれぐれも、これ以上俺をイラつかせるな。いいな?」

松平長官が席を立つ。
近藤さんは「とっつぁん!」と慌てた様子で後を追い、部屋を出て行った。

ど、どうしよう…、
なんだかすごく悪い空気に……

「ったくよォ、」

土方さんが疲れた様子で溜め息を吐く。

「あの人は娘が絡むと暴君っぷりに磨きがかかって仕方ねェな。」

現状に焦る様子もなく、松平長官が置いていった書類を手元に寄せた。

「あ…あの、土方さん、」
「ん?」

何食わぬ顔で煙草に火を点ける。
私は頭を下げ「すみませんでした」と、ここに来て何度目かの謝罪を口にした。

「私の不手際で、松平長官の機嫌が悪くなって…。」
「不手際じゃねェよ。とっつぁんのああいう態度はいつものことだ、気にすんな。」
「だけど、少なからず余計に目を付けられてしまうことに…。」
「変わんねェよ。あの人は元からあんな言い方をする。俺達は普段通りに行動すりゃいい。」
「近藤さんはかなり焦った様子でしたよ…?」
「そう振る舞うと、とっつぁんが落ち着くんだよ。」

鼻で吐き捨てるように笑う。

「いつもは俺がフォロー役だが、とっつぁんやお上と上手い事やれるのは近藤さんなんだ。」
“どうしても俺は突っかかっちまってな”

はぁ、とまた息を吐く。

「そんな具合だから、何も気に病むことはない。」
「…ありがとうございます。」
「何の礼だ?」
「私を慰めてくれたフォロ方さんへのお礼です。」
「ヘッ、言いやがる。」

土方さんは自分の斜め前を煙草で差し、「座れ」と言った。

「さっきまでの話は漏れなく聞いてたか?」
「はい。河原で引き上げられた女性と松平長官の娘が同級生、ですよね。」
「そこは大して重要じゃねェから。もっと大事な方の話。」
「同時期に江戸で行方不明者届が出された人がいるっていう…。」
「そう。その行方不明者が、ここに書かれてる男だ。」

机の上にスッと書類を滑らせて見せる。
そこには顔写真と、生年月日や住所、経歴などが書かれていた。

「爽やかイケメンって感じですね。」
「まァ健康そうではあるな。」

28歳、独身。
名前は『キリノ アオ』。

勤めている会社に出勤せず、連絡を取れなかったことから、翌日警察に相談。
その流れで行方不明者届を出すことになったらしい。

体格は筋肉質ではないが、決して細すぎもせず。
写真には、こちらに笑顔を向けて写っていた。

「なんというか…」

あくまでも印象でしかないけど、

「行方不明なんて言葉と結びつかない人ですね。」

周りを心配させるようなことをしそうにない。

「自分から進んで行方をくらましたとは限らねェからな。」
「土方さんはどんな理由があると思います?」
「そうだな…俺は」
「あ〜疲れた疲れた!」

近藤さんが部屋に戻ってきた。

「まったく、とっつぁんの横暴っぷりには参るよ。」

二度目のフレーズに思わず笑う。
土方さんも小さく笑った。

「え、何?なんか変なこと言った?」
「いや、さっき俺も全く同じことを言ったんだ。」
「ボヤきたくもなるよな!いつも急に来て仕事を置いていくんだから。」

「やれやれ」と肩をすくめて首を振る。

「で、どうするつもりなんだ、トシ。捜査の件は。」
「やるよ。聞き込みや捜索に重きを置く行動だから、そこまで人手も必要としねェし。」
「つまり…土方さんが率先して捜索に当たるということですか?」
「ああ、そのつもりだ。もちろん今まで通り見回りにも出るから心配すんな。」

大丈夫…なのかな。
手薄になることよりも、土方さんの体調が心配だ。
日頃から忙しいのには慣れてるだろうけど、さすがに、さばく件数が多すぎる。

出来る範囲で仕事を分散していかないと、いつか身体が……

「その行方不明者の件についてだがな、」

土方さんは行方不明者の書類を引き寄せ、煙草の火を消した。

「とっつぁんは関連性がないと言ってたが、お前らはこの2件をどう思う?」
「…関連があるとすれば、どちらの可能性もあるかと思います。」
「『どちらの可能性も』ってのは?」
「1件目の犯人かもしれませんし、今まさに被害者となっているかもしれないと。」
「あ。じゃあさ、1件目の彼女と無理心中っていう可能性もあるんじゃないか?ちょっと変わった無理心中。」
「小腸を取り出すなんてどんな無理心中だよ…、でもまァゼロじゃねェか。」

大胆な近藤さんの案に顔を引きつらせ、土方さんは険しい表情で眉間を押さえた。

「捜すとなれば、まず身辺調査からだよな。」
「聞き込みなら巡回の者を使いましょう。基本が2人行動なので、1人を聞き込みに当てても警備は維持できます。」
「いや、これ以上隊士の負担を増やしたくない。俺だけでどうにかなるうちは、俺だけでどうにかする。」
「土方さん…」
「…トシ、それは認められない。」

珍しく、近藤さんが厳しい顔つきで首を振った。

「隊士を使え。一人で聞き込みしても、集められる情報量なんて知れてるぞ。」
「的を射た動きをすりゃ一人でも有益な情報は得られるさ。数打ちゃ当たるとは限らねェよ。」
「俺達のやり方を忘れたのか?どんなことも皆でやってきただろ。」
「それほど大袈裟にする話じゃねェからだよ。俺がヤバくなった時に他の隊士を使う、それでいいだろ?」
「よくありません!」
「「!」」

私の声は思っていたよりも大きく、わりと強い口調となって部屋へ響いた。
土方さんと近藤さんが少し驚いた様子で目を丸くしている。

「あ…す、すみません…。でもわかってください。土方さんが隊士を心配するように、私と近藤さんも土方さんのことを心配してるんです。」

ハッとしたような顔をして、土方さんが少しうつむく。
近藤さんは、うんうんと腕組みして頷いた。

「紅涙ちゃんの言う通りだ。万が一お前が倒れたら、俺達は路頭に迷っちまう。」
「……、」
「土方さんが誰にでも出来る仕事まで背負い込む必要はないんですよ。周りを使ってください。」
「だが…」

眉をひそめ、言葉を濁す。
なかなか揺るがない態度に、分担させることが土方さんにとって良い事なのか分からなくなってきた。

周りを使わないのは、真に隊士を気遣ってなのか、
それとも仕事を任せたくない、自分でしたいという性分のせいなのか…。

近藤さんを見る。
すると私に優しく微笑み、

「ま〜ァ?」

とアゴをさすった。

「トシが『死ぬほど忙しいのが好き』っていう隠れドMなら、俺達もその趣向を尊重するけどな!」
「隠れドMって…」
「だよなァ?紅涙ちゃん。」

先程とは違う笑みを浮かべ、その奥で何かを訴える。
私は小さく笑い、「そうですね」と頷いた。

「そういうことであれば、私も土方さんにお任せします。」
「……フッ、ったく。」

鼻先で笑い、書類をまとめる。

「わァったよ、隊士にも協力してもらう。」

よかった…!

「よし!じゃあ明日の巡回から、1人を聞き込みに当てるぞ。隊士への説明は明日の朝礼で。いいな?」
「ああ。俺から話す。」
「今日中に配布資料を作成しておきます。」
「なら資料が出来上がり次第に届けてくれ。先に確認しておきたい。」
「わかりました。」

近藤さんは、うんうんと頷き、

「では解散!」

声を張り上げた。
さながら広間で使うような大きな声に、ビクリと肩が揺れる。

「うるせっ!」
「わ、悪い。つい、連携する姿勢に嬉しくなって…。」
“こういう場合、忙しい時ほど燃えるもんだろ?”

恥ずかしそうに頬を掻く。
土方さんは「かもな」と苦笑して、私と共に局長室を後にした。


その廊下を2、3歩進んだ時、

「…紅涙、」

土方さんがポツリと私を呼んだ。

「なんですか?」
「さっきは…、……さっきは、ありがとな。」
「?」
「俺の存在が、俺だけの物じゃねェって言われたみたいで…なんかちょっと…悪い気はしなかった。」

その言葉に、驚いた。

…なにを、
この人は一体、

「なにを今さらなこと言ってるんですか。」

今までそう思ってなかったの?
自分だけの身体だって?
こんなにも周りから必要とされている存在なのに、

「土方さんは真選組にとって、なくてはならない人ですよ。」

それじゃあまるで…

「副長だからだろ?分かってる。」
「そうじゃなくてっ…、」

まるで、自分のことを軽んじているような、
いつでもいなくなっていいみたいな…
自分自身に、存在意義がないような捉え方に感じる。

「真選組は土方さんがいるから真選組なんですよ?土方さんが副長だから今の真選組があるんですよ?」
「…そう…か?」
「そうですよ!…自覚、なかったんですか?」
「ない。俺じゃなくても、副長として真選組を動かせる人間なら誰でもいいだろ。」
「っ、」
「ここに俺の居場所があるのは、俺が副長だからってだけだ。」

なんて…孤独な考えだろう。

「…違いますよ、…。」

今までずっとそう思って来たのなら、
こうして仲間と過ごす日々にも、心のどこかに寂しさを抱えて生きてきたんじゃないだろうか。

ぼう然とする私に、土方さんは「変か?」と言いかける。

「変と言うか…、……、」
「普通だろ?組織っつーのは、うまく回ればそれでいい。」
「それだけじゃありません。仕事に魅力があるのもひとつですけど、人に魅力を感じて働いている人もいるんです。」
“土方さんだって、近藤さんが局長じゃなければ真選組にいないでしょう?”

もし真選組から人柄を抜き取り、ただ仕事をこなすだけの組織なら、おそらく見廻組を立ち上げた時点で潰されている。

近藤さんがいて、土方さんがいて、
ここにしかないものがあるから、こうしてまだ真選組は必要とされ続けてるんだ。

「土方さんだから、ついて行こうと思う人もいるんですよ。」
「いねェだろ。」
「いますよ!」

ここに。

「もっと、自分を大切にしてください…土方さん。」

あなたがいないと、私は…
私は参謀になった価値すら、見失ってしまいそうだから。

「いつまでもここで…、私の副長でいてください。」
「…『私の副長』?」
「あ!い、いえ、皆の!皆の副長でいてください。」

慌てて訂正すると、土方さんは肩を揺らしてクツクツと笑った。

「なんか告白されてるみてェだな。」
「!!」
「ありがとな、紅涙。大事にする。」

勘違いしそうな表現に、私は胸を押さえながら頷いた。
その時、玄関の方から…

「戻りやしたァー。」

声が聞こえた。
沖田さんが見回りから帰ってきたらしい。

「じゃあ資料頼んだぞ。」
「あ、はい。」

土方さんが立ち去る。
私も自室へ戻ろうとすると、後ろから沖田さんに呼び留められた。

「紅涙、お待たせしやした。飯に行きやしょうか。」
「え?」

言われて時計を見る。
いつの間にか、18時を回っていた。

「まさか忘れてたんですかィ?俺との約束。」
「っい、いえ、覚えてますよ。行きましょう。」

これから資料を作ろうと思ったけど…、まぁ食べ終わった後でいっか。


沖田さんと食堂に向かい、席に着く。

「巡回はどうでした?」

箸を割りながら聞くと、沖田さんは水をひと口飲んで「どうもこうも」と言った。

「ま〜ったく平和なもんですぜ。街も俺達の存在に慣れてきたって感じ。」
「連日出てますからね。このマンネリ化で、犯罪者もあぶり出せるといいんですけど。」
“警戒心が緩めば、次の犯罪が起こる前に逮捕できますから”

――…タドタ…

「?」
「でもこのままだと、こっちまでダラけちまいまさァ。ちょっとくらい斬りかかって来てもらわねェと。」
「もう、不吉なことを言わないでくださいよ。もし本当になったら、また対応が大変なことに…」

――ドダドタドタドタッ

「??」

廊下を走る複数の足音に、思わず話を止める。
食堂の入り口を、二人の隊士が必死な形相で駆けて行った。

『副長に報告したか!?』
『い、いやまだ…』
『バカヤロウ!先に電話しろって言っただろ!?早く報告してこい!!』

こ、これはまさか…

「沖田さん、」
「なんですかィ。」
「巡回は…どんな様子だったんでしたっけ?」
「平和。」

「ま、」と続け、

「俺が見回ってる時は、ですけどねィ。」

他人事と言わんばかりに、まったりと味噌汁をすすった。

「うめェ。」
「味わってる場合じゃありませんよ!」

私は箸を置き、食堂を駆け出す。
これだから、不吉なことは口にしないに限るんだ…。


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