12
停滞
一体何事!?
土方さんに何を報告するつもり!?
想像してみても、嫌な予感しか巡らない。
とにかく副長室へ向おう。
「そんなに急ぐと転びやすぜ。」
「沖田さん!?」
着いてきてたんだ!
「急いで行かなくても、どうせすぐに戻ってきまさァ。」
“また街へ出るはずですぜ”
沖田さんがそう言うと、
『緊急配備しろ!』
離れた場所から土方さんの怒鳴る声が聞こえた。
同時に『は、はひ!』と裏返った声も聞こえ、ドタドタと足音が近づいてくる。
「ほらねィ。」
フフンと沖田さんが鼻を鳴らす。
そうこうしている間に、先程の隊士二人が駆けてきた。
「お前のせいで怒られたじゃねぇか!」
「す、すまん…!」
「あのっ!」
「「!?」」
「びっくりさせんなよ、早雨!」
駆ける二人の前に立ち、私は行く手を遮った。
もちろん事情を聞くために。
「何があったんですか?」
「辻斬りだ。うまい具合に手薄なとこをやられた。」
「!!被害者は…」
「詳しいことは副長に聞け!俺達は急いでんだ、じゃあな!」
「悪いな、早雨。」
一人が申し訳なさそうに手刀をし、再び駆け出していく。
「辻斬り……」
「こりゃァ面倒な方に話が進んできやしたね。」
「……。」
やっぱり…同一犯なのかな。
だとしたら、犯罪を食い止められない私達の責任になる。
…いや、
未然に防げていないだけでも、十分に責任があるけど…。
「……が俺の……になる。」
「?」
隣で沖田さんが何かを呟く。
「なんですか?」
「紅涙が俺のことを好きになる。」
「っ、はい!?」
なに!?何の話!?
「紅涙が俺のことを好きになる。」
「ちょっ、何なんですか?いきなり…」
「紅涙が俺のことを好きになる。紅涙が俺のことを好きになる。」
真顔でこちらを見つめ、何度も呟く。
「紅涙が俺のことを――」
「も、もういいですから!」
こわいこわい!
「いやァ、さっき口に出したら願いが叶ったんで、今のうち言っておこうと思いやして。」
…なにそれ。
この状況で落ち込みもせず、ましてや緊張感すらないなんて……、……もう。
「不吉なんでやめてください。」
「ひでェや紅涙、俺の想いを不吉扱いするなんて傷つきま――」
「お前ら、いいところに!」
走ってきた土方さんの声が、沖田さんの言葉を掻き消した。
「…出やがった、お邪魔虫。」
「?なんだ、総悟。」
「なーんにも。」
いかにも『つまらない』といった顔つきで、「何のご用で?」と問う。
「今から街に出るぞ。お前らも刀を持って来い。」
そう話す土方さんは既に帯刀している。
「被害者はもうホトケさんですかィ?」
「ちょっ、沖田さん!」
「辻斬りですぜ。どうなっててもおかしくありやせん。」
「っ……」
「なんだ、知ってるのか?」
土方さんが不思議そうな顔をする。
私は「いえ」と首を振った。
「ついさっき少し聞きまして…。」
「そうか。」
「で、土方さん。辻斬りの被害者は?」
「無事だ。武術家だったらしくてな。自分で追い返したんだとよ。」
えっ、
「辻斬りを…追い返す?」
それって……
「随分と技量のねェ辻斬りですねィ。」
「だよな。おおよそ、実力以上だったんだろ。対象者を見誤ったってとこだ。」
通常、辻斬りに手を染める者は、刀の試し切りや腕試しとされている。
殺せるかどうか…なんて、あやふやな状態で相手を襲うことはない。
「本当に辻斬り…なんでしょうか。」
「辻斬りだ。斬りかかる前に、『腕に覚えはあるか』と聞かれている。『ある』って答えたら斬られてるしな。」
「被害者も帯刀を?」
「いや、丸腰。」
「そりゃまたおかしな犯人だこって。」
確かに。
腕試しなら、帯刀している相手を対象にする。
刀の切れ味を知りたい者なら、丸腰相手へ『腕に覚えはあるか』と聞く意味がない。
「…襲い方はどうあれ、動機は殺人犯と変わりないことは確かですね。」
「ああ。未遂に終わっていることを考えると、おそらく次こそは遂げようとする。」
「どのみち、このご時世に辻斬りまがいたァよほど刀狂いした人間に違いありやせんぜ。犯人の身なりは?」
「黒っぽい着物で、目深に黒い笠をかぶってたんだとよ。」
…あれ?
「その格好の犯人、前にもいたような……」
「ああ。例の指フェチ犯だ。」
「!」
偶然?
それとも…
「同一人物…?」
「とは限りやせんぜ。全身黒づくめの服装なんて犯人によくある格好でさァ。」
「だがもし同一犯だとしたら、男を対象にした理由が見当つかねェ。」
「はじめから、私達が思っている目的と違った意味で行動していた…とか?」
「違った意味?」
「指が好きなんじゃなくて、手練れかどうか確かめていた…とか。」
「「……。」」
難しい顔をする二人に、私は慌てて両手を左右に振った。
「あ、ありませんよね!華奢な女性ばかり狙ってましたし。」
「ないとは言えねェが…」
「あの時の犯人は女の指を標的にしていたってことは間違いないでしょうねィ。」
偶然の一致…か。
どちらにせよ、
「……早く、捕まえないと。」
この事件も、これまでの事件も。
「俺と紅涙の飯を邪魔しやがった罪は重いですぜ。土方さんごと斬り刻んでやりまさァ。」
「なんで俺までェェ!?」
私達は一体、何人の犯罪者を追っているんだろう。
犯人のことがこんなにも分からないなんてこと……、……今までなかったのに。
すごく、焦る。
「行くぞお前ら!挙動不審な奴には全員声掛けろ!蟻の子一匹逃すんじゃねェ!!」
「「おォォ!!」」
屯所で休んでいた隊士まで駆り出し、私達は夜の街へ出た。
現在警戒している隊はそのままに、二人一組で分散的に追加配備する。
「なめられたもんですねィ。これだけやってても、穴を突かれるとは。」
今や江戸は、どこを見ても必ず隊士の姿が目に入るくらい真選組を張り巡らせている。
「今夜で尻尾を掴みましょう。被害のあった場所はどこですか?」
「あそこの橋だ。歓楽街と住宅街の境目に掛かる、夢覚(ムセ)橋。」
「では橋から歓楽街側を土方さんと沖田さんでお願いします。私は住宅街の方を見回りますので。」
1本でも警戒ルートを増やしたい。
「…ダメだ。」
土方さんがピシャリと言い捨てた。
「お前は総悟と回れ。」
「ですが、歓楽街を一人で歩くのは…」
「俺を誰だと思ってんだ?」
鼻で小さく笑い、土方さんは煙草に火を点ける。
「俺に言わせりゃお前の方がよっぽど危ねェよ。」
「心配ありません。こちら側は万事屋さんが巡回している時間ですし――」
「あてにするな。アイツらのことはオマケ程度に考えとけ。」
「っ、…すみません。」
確かに、坂田さん達は真選組じゃない。
頼り過ぎるのは甘えになる。
沖田さんも、うんうんと頷いた。
「そうですぜ、紅涙。万事屋はどうあれ、土方さんがやられちまった方が一石十二鳥なんだから。」
「あァ!?つか、何羽掴む気だよ!」
「12。土方さんが死んだら『副長の座が空く』で1、『俺が副長になる』で2、『紅涙のメンタルが弱る』で3、『紅涙を俺が支える』で4、『紅涙と結婚する』で5……」
「だァァ!もういい!時間がもったいねェ!」
土方さんは点けたばかりの煙草を消し、「とにかく」と言った。
「俺は行くからな。紅涙、お前が総悟の面倒みろ。」
「ええ!?ちょっ、土方さん!」
「何かあったら連絡しろ。じゃあな。」
ひらひらと後ろ手を振り、土方さんは明るいネオンの方へと歩いて行ってしまった。
「それじゃあ紅涙、行きやしょうか。」
「で、でも土方さんが…」
「放っておきなせェ。そう簡単にくたばる野郎じゃありやせんよ。」
「…そうですね。」
『俺じゃなくても、真選組を動かせる人間なら誰でもいいだろ』
あんな気持ちを聞いた後のせいか、妙な不安が胸を占めてる。
息苦しい。
「…紅涙、」
「?」
「もし俺が…」
沖田さんは少しの間を空けて、
「もし俺が土方さんみたいに一人で行ったら、紅涙は同じような顔して心配してくれやすか?」
大きな瞳を揺らした。
「沖田さん…、」
「……。」
私は、彼が求める答えを知っている。
けれど沖田さんも、私の気持ちを知っている。
だから、
「……しますよ。」
その上で、求められている答えを告げた。
これからも変わらない、私達のために。
「単独行動は誰であれ心配です。」
「……。」
「…間違ってました?私の答え。」
「…フッ、いーや。」
沖田さんは首を振り、
「正解でさァ。」
浅く笑って、溜め息まじりにそう言った。
「やっぱ死んでくんねェかな〜土方さん。」
「沖田さん!?」
なんてことを口に……
――♪〜
静かな夜に着信音が鳴り響いた。
「俺ですねィ。」
「ちょ、切っててくださいよ!着信音。」
「なんで?」
「大事な時に音が鳴ると犯人に逃げられちゃいますから。というか早く電話に出ないと!」
「へいへい。」
肩をすくめ、沖田さんが電話に出る。
「もしもし?テメェのせいで紅涙に怒られちまったじゃねーか、電話してくんな山崎。」
どうやら山崎さんからの電話らしい。
「ああん?…犯人の詳細?」
詳細!?
「なんですか!?」
「静かにしろ、紅涙。」
「す、すみません。」
山崎さんによると、
新たな被害者の証言を得られたと言う。
襲われた時の印象として、“腕の辺りを執拗に狙う感じだった”そうだ。
肩の辺りから真っ直ぐ振り下ろすような太刀筋ばかりで妙だったと。
「腕……、」
仮に腕を落とそうとしているなら、やはり辻斬りの類かもしれない。
自分と同じ刀の使い手を消そうとする行き過ぎた心理は存在する。
指フェチ犯との関連性は…やっぱり微妙かな。
「山崎ィ、次に何か伝える時は俺のとこまで走って来なせェ。電話鳴るの迷惑。じゃあな。」
電話から戸惑う山崎さんの声が漏れ聞こえたけど、沖田さんは構わず電話を切った。
「これでもう鳴りやせんよ。」
横暴だ…。
沖田さんは得意気に鼻を鳴らし、懐に携帯をしまった。
「犯人、辻斬りの疑いが強まりましたね。」
「ですねィ。いよいよ楽しくなってきたってもんでさァ。」
腰の刀を触り、不気味に笑う。
「刀狂いした野郎なら、どんな相手でも構わず襲い掛かってきやすぜ。」
「っ、ビビらせないでくださいよ。」
「ビビッてるんですかィ?参謀が。」
「!…そ、そういうわけじゃありませんけど。」
「でもさっき『ビビらせるな』って。」
「言葉のアヤです。」
「へ〜。あ、そう〜。」
「っ、」
意地の悪い視線から目を逸らす。
「ああそうだ紅涙。被害者の証言によると、犯人はいきなり現れるって話ですぜ。」
「いきなり!?」
「気配もなく知らぬ間に背後に立っていて、『おい』って声を掛けてくるって山崎が――」
「おい。」
「「!!」」
っ、まさか!?
私が振り返るよりも早く聞こえたのは、細く鋭い、刀が風を切る音だった。
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