13
辻斬り犯
「おい。」
「「!」」
振り返るよりも早く、耳の傍でヒュッと音が鳴る。
見れば、沖田さんが抜刀し、対象に切っ先を向けていた。
…が、
「ぅおいィィ!」
沖田さんの刃の先に立っていたのは、
「あっぶねェな!何すんだよテメェは!!」
「坂田さん…?」
万事屋の坂田さんだった。
「ど、どうしてここに?」
「見回り頼んだのお前!」
…あ、そうでした。
「旦那ァ、俺達の背後に立つと死にやすぜ。」
「なにスナイパーみたいなこと言っちゃってんの!?警察が簡単に人殺し発言するんじゃねェよ!」
「どうも失礼しやした。」
沖田さんが刀をしまう。
坂田さんは「もうほんと疲れるわ」と銀色の髪をガシガシ掻いた。
「あのなァ、ちょっと道聞く一般市民も居るんだぞ?そんなことしてどうするわけ。いちいち抜刀すんの?キミは。」
「安心してくだせェ。人の色を見て刀を抜いてるんで。」
「なんだそれ!つまりは俺の色に文句つけてんのかァ!?」
「あ、あの、」
「すいやせんでした旦那。濁ったセメントみたいな色だったもんで、つい不審者かと。」
「謝る気あるゥ〜!?」
「ちょっ、ちょっと静かに!」
人差し指を出してシーっと言うと、坂田さんが「なんで」と問う。
「つーか、紅涙が一番うるせェけどな。」
「ですねィ。」
「……。」
…もう。
沖田さんといい坂田さんといい、どうしていくつもの緊張感を越えてきた人達は分からないの?
「あまりうるさくしてると、この辺りに潜んでるかもしれない犯人に逃げられちゃいますよ。」
「いんのか?例の切りつけ犯。」
『切りつけ犯』
その生ぬるい響きに、ふと気付いた。
「そう言えば沖田さん、坂田さんに事件の経緯を伝えている人は…」
「いやせんね。」
しまった…、すっかり抜けていた。
「え、なに?なんか進展してんの?」
「進展と言うか…、…色々と事件が増えてまして。」
「増える?」
坂田さんに切りつけ犯の後を説明する。
新たに発生した髪切りの2件、
坂田さんが見つけた河川敷の遺体と関連する行方不明事件の件。
そしてついさっき起きた、辻斬りの件のこと。
「また随分と一度に引き寄せちまったもんだなァ。」
「そうなんですよ…。」
苦笑いしか返せない。
「旦那はこの辺りで不審な輩を見てやせんか?」
「いや?特に見てねェよ。どっちかっつーと暇で仕方ねェ感じ。」
「わかりまさァ、俺も夕方までは暇で仕方なかったんで。というか、」
沖田さんが辺りを見回す。
「チャイナ娘とメガネは一緒じゃねェんですか?」
「ああ、新八は買い出し。」
「買い出し?」
「晩飯食ってねェから、軽く何か食いたくてよ。」
「そうでしたか、ご苦労様です。じゃあ神楽ちゃんは…」
「アイツは別ルートを歩かせてんだ。こんな感じだから3人一緒にいても無駄だろ?」
わぁ…、
そういう気転、今すごく有り難いですよ坂田さん。
「さすがです、街の警備をより厳重にするために率先して行動して頂けるとは…。」
「え?『街の警備』?『厳重』?」
「やっぱり坂田さんは江戸想いの素晴らしい万事屋さんなんですね!」
「お、おう!だろ?これ以上、事件を増やすわけにはいかねェからな!」
「ご協力ありがとうございます。」
「ま、まァ礼を言われるほどのことでもねェよ?」
坂田さんは軽く数回頷きながら「けどまァなんだな」と続ける。
「どうしてもって言うなら、目に見えるもんで返してもらっても構わねェけど。」
「目に見えるもの?」
「アレだよアレ。諭吉とか、ビッとするコインとか。」
「旦那、コインの方は目に見えるもんじゃありやせんぜ。」
「っせーな!金になりゃなんでもいいんだよ!」
も〜、ちょっと褒めたらコレなんだから。
そもそもどうして巡回することになったか忘れてるんじゃない?
「お金は出しませんよ。被害届なら出しますけど。」
「ぐはっ…!」
「クリティカルヒットでさァ。さすがは俺の女。」
「違いますから。」
「銀さ〜ん!」
これまた大きな声で駆けてきたのは、言わずもがな新八君だ。
「お待たせしました!ジャンプと苺牛乳、フルーツサンドです!」
「おう、お疲れ。」
「あれ?沖田さんと紅涙さんじゃないですか!お疲れ様です!」
今日はみんな随分と声が大きいな…。
「お、お疲れ様です。元気ですね…新八君。」
「いや〜コンビニでお通ちゃんの曲が流れてたから、ついテンション上がっちゃって!ああいう公共の場で流れると僕も――」
「あの、ごめんなさい。」
話を止めるのは忍びないけど、仕方ない。
「もう少し静かにしてもらっていいですか?ここ、住宅街でもありますし。」
「そうだぞー新八、静かにしろ。」
「え、あ、…すみません。」
シュンとする新八君の隣で、坂田さんがフルーツサンドを開ける。
「旦那、さすがに糖分の取り過ぎでは?」
「言ってやってください、沖田さん。この人、報酬が入ってからフルールサンドしか食べなくて……あ!」
「新八ィ、デカい声は紅涙に怒られるぞ。」
「はっ、すみません!」
「べ、べつに怒りまではしませんけど。どうかしたんですか?」
「まだこの人からお礼、言われてませんよね?」
「お礼?」
新八君は坂田さんを見て、「言わなきゃダメじゃないですか」と言う。
「俺が何を?」
「依頼の礼です。こうしてフルーツサンドを食べ続けられるのも、あの報酬のおかげなんですから。」
「ああ〜アレね。ちょっと待て。」
坂田さんは大きく口を開けると、あっという間にフルーツサンドを食べきった。
「ふぁひふぁふぉふぁ。」
「銀さん、下品です。呑み込んでから。」
「んぐ。…ありがとな、紅涙。お前、レイリに上手く断ってくれたんだな。」
え…?
一瞬、誰のことか分からなかった。
けどすぐに思い浮かぶ。
ああ…、
待ち合わせに遅刻した上に、勝手に私が失恋したみたいな流れを作った、あの失礼な男の人か。
「上手くかどうかは分かりませんけど…何か進展が?」
「依頼者から『結果に満足した』って連絡が来て、無事に依頼を完了した。」
“そして俺達の元からスマホも去って行きましたとさ…”
依頼者は確かレイリさんの父親…だったよね。
依頼内容は『話し相手になってくれる女性を探してほしい』とか何かだったような…。
「じゃあレイリさんは良い人に出会えたってことですか?」
「そういうわけじゃねェみたいだけど、よく出掛けるようになったんだってよ。近いうちに一人暮らしも始めるらしい。」
「そうでしたか。よかったですね、元気になって。」
まぁ暗い印象もなかったし、周りが何かしなくても立ち直れてたんだろうな。
「そんなわけだから…」
ゴソゴソと着物を探り、
「これで何か飲んでくれ。」
坂田さんが千円札を差し出した。
「…これは?」
「依頼が完了できた感謝の気持ち。」
「安い気持ちでさァ。」
「そんなこと言うなら130円にするからな!」
懐を探る坂田さんに「わかりましたから」と落ち着かせ、千円札を受け取る。
「これは有り難くいただきますので、ひとまず巡回を始めませんか?」
既に土方さんと別れてからかなりの時間が経っている。
早く始めないと、そろそろ経過報告の電話が掛かってきそうだ。
「今この辺りに潜伏していると思われるのは辻斬りなので、くれぐれも――」
「辻斬り!?」
新八君が驚く。
「ななななんか話が大きくなってませんか!?」
「あ、えっとー…」
「メガネ、あとで旦那に説明してもらいなせェ。」
動揺したままの新八君を申し訳なくも横目に、私は辻斬りの特徴を坂田さんに伝えた。
服装、襲い方、報告を受けた太刀筋。
あまり特定できる内容ではないけど、今私達が持つ全ての情報を話した。
「怪我しないようにだけ気を付けてください。」
「はいよ。新八、神楽の居場所わかるか?」
「たぶん四丁目辺りを歩いている頃だと思います。」
そう言えば…
「神楽ちゃんは一人なんですよね?もし辻斬りに遭遇したら危ないんじゃ…」
「アイツなら問題ねェよ。定春もいるし、むしろ犯人をオダブツしねェかが心配。」
「この忙しさを消してくれるんなら犯人の生死は問いやせんよ。」
問いますよ…。
「出来れば生きて捕縛してもらうようお願いします。」
「言っとく。じゃあな。」
坂田さん達が歩き始めるのを見届け、
「私達も行きましょうか。」
「りょーかい。」
私達もようやく巡回を始めた。
夜の住宅街は一本でも道を入れば静けさしかない。
適当な間隔で並ぶ街灯が、なんとも言えない気味の悪さをかもし出している。
いつかの、夜のように。
「潜んでいそうですね…、あそこの電柱の影とかに。」
「辻斬りはそんな変質者みてェな隠れ方しやせんよ。」
「でもいつの間にか後ろに立ってるって。」
「被害者が気配を感じ取れなかったから、いつの間にか立ってるように感じただけでさァ。」
…なるほど。
「だったら問題なく取り押さえられそうですね。」
「俺ならね。」
「うっ…、」
沖田さんの言う通り、私は腕に自信があるとは言えない技量だ。
実戦もフォロー程度の方が多いし、刀で何か手柄を挙げたこともない。
「気にすることはありやせんよ。参謀は策を考えるのが仕事、実戦向きじゃねェもんでさァ。」
「実戦で活躍する参謀もいます…。」
「よそはよそ。うちはうち。」
……。
「ま、俺達は参謀に刀を求めてないってことだけは覚えててくだせェ。」
“求めてたら、紅涙なんて参謀に抜擢されてやせんから”
…一応、慰めてくれてるんだよね?
でもやっぱり私は、真選組にとって頼もしい存在になりたいな。
良い結果に導くのが参謀の仕事だとしても、
皆で死線を乗り越え、戦場で共に戦う参謀になりたい。
出来ることなら、沖田さんや…土方さんの隣で。
「おっと。」
突然、沖田さんが足を止める。
「どうしました?」
「分かれ道でさァ。どっちに行きやすか?」
ああそうだった。
ここの道、二手に分かれてるんだ。
地図では少し先でまた合流してたから……
「ここは別々に行きましょう。」
「別々って…二手に分かれるんですかィ?」
「はい。どちらも刀を振り回せるほど広い道ではありませんし、辻斬りが好む場所とは思えません。」
「なら、巡回もどちらか一方でいいと思いやすが。」
「ダメです。辻斬り以外の不審者がいないとも限りません。巡回するなら、道という道を確認したいんです。」
“変質者程度なら私でも取り押さえられますから”
腰の刀を触る。
大して使えなくても、これがあるだけで怯む相手だっている。
「けどさっき『単独行動は心配だ』って言ったのは紅涙ですぜ。」
「このような場所は例外です。」
「なんとも勝手な判断でさァ。」
呆れたと言わんばかしに溜め息を吐き、沖田さんは「わかりやした」と頷いた。
「ただ、忘れないでくだせェよ。」
私の前に立ち、真剣な眼差しで口を開く。
「こうやって1人になった瞬間に狙われるのがアンタの運命。」
なっ…
「強制的にそういうフラグが立つ仕組みになってるんでさァ。」
「ふ、不吉なこと言わないでくださいよ。」
「くれぐれも気を付けなせェ。何かあったら迷わず叫べ。いいな?」
沖田さんは「じゃあ5分後に」と言い残し、向かって右側の道を歩いて行った。
「5分で合流地点まで行けたっけ…?」
距離としてはもう少しあった気がするんだけど…まぁいっか。
私は左側の道へ足を踏み出した。
1分ほど歩くと、道幅は2m弱の狭い路地となる。
バイクが通行するのもやや緊張感があるほど細く、道の両側は民家の塀が立っていて閉鎖的。
電柱も塀の中に埋まっているので、誰かが隠れられそうな場所はなく…
「うん、大丈夫そう。」
やはり辻斬りはおろか、誰かが潜むことすら出来ないよう道に思う。
出るとしたら、不審者が正面か背後から襲うくらいだ。
――ゾクッ…
…なんだろ。背中が気持ち悪い。
気にしすぎてるせいかな…。
でもこの感じ、前にもあった気がする。
後ろから誰かに見られてるような、後ろに誰かが立っているような……
――ジャリッ
「!」
ほんとに誰か……立ってる?
「……、」
……また坂田さんかな。
それとも沖田さんが驚かせるために…?
あーそれ、ありえる。
「…も、も〜。」
私は半ば笑いながら、
「驚かせようとしても無駄です……よ……。」
振り返った。
5mほど離れたそこに立っていたのは、
「……え、」
坂田さんでも沖田さんでもなく。
「…だ…誰?」
黒っぽい男物の着物を身にまとう人。
顔は黒い笠を目深にかぶっていて窺えない。
これは…これはもしかしなくても……
「辻斬――」
言い終える前に、その人影がこちらへ駆け出してきた。
「ッ!」
急ぎ抜刀し、私に振り下ろしてきた短刀を防ぐ。
って、短刀?
そう言えばどんな得物か確認してなかったな…。
「あっ諦めなさい!アナタに逃げ場はありません!」
「……」
辻斬りは後退し、距離を取る。
「このままずっと捕まらないなんて思ってませんよね。少しでも早く自首して、罪を軽くしましょう。」
「……」
捲し立てるように話す私の声を、辻斬りは大人しく聞く。
…いや、聞いているように見える。
「手にあるものを放してください。」
「……、」
短刀を握る手が僅かに緩んだように見えた。
もしかしてこの人、悪意の塊ってわけじゃないのかな…。
「…目的は何ですか?何のためにこんなことをするんです?」
「………お前。」
「!」
はじめて声を聞いた。
男にしては低くなく、女でも出せそうな声音。
確かに、これは男女の断定が出来ない。
「私が…なんですか?」
「……。」
何も話さない。
僅かな風が小さな音を立てて吹き抜ける。
え、待って。
まさか……目的が私?
「私を狙うために…辻斬りをした…ってことですか?」
「……やめろ。」
「?」
「江戸から……消えろ。」
「え…、…。」
なんで…そんなこと…。
「で…出来ません。」
「なぜ。」
なぜって…
「真選組で働いてますし、他にも色々…ここにいたい理由がありますので。」
な、なんで辻斬りにこんなことを話してるんだろう…。
動揺しているせいで、私は何の捻りもない答えを返した。
「……なら、消えろ。」
目の前の人影が短刀を握り締める。
…くる。
諦めるわけないか。
私も刀を握り直し、身体の芯で構えた。
一対一だ、大丈夫。
これくらいなら、私でも捕まえられる。
「死に晒せェ!!」
辻斬りが足を踏み出す。
上擦った声に違和感を覚えた。
この感じ、もしかすると――
…なんて考えてる場合じゃない!
逆刃で脇腹辺りを打ち付けて捕縛する?
得物は私の方が長いんだから、どう考えてもこちらが有利なはず。
…よし!
「大人しくお縄にっ――」
私は逆刃にした刀を勢いよく振りかぶった。
しかし、
――ガッ
「…えっ?」
鈍い音が鳴り、腕が引っ掛かる。
見れば私の刀が塀にめり込んでいた。
「うそっ、」
狭いことが仇になった。
目の前に黒い影が迫る。
「くっ、!」
笠の下から僅かに相手の口元が見えた。
「クク…」
気味が悪いほど歪んでいる。
歪んで、笑っている。
そして、
「バカな女。」
そう聞こえた。
この人…、やっぱり……
「はいそこまでー。」
「「!」」
突然、間延びした声が時間を止める。
辻斬り犯の動きもピタリと止まった。
私たちから少し離れた場所に立っていたのは、見覚えのある白い影だった。
「坂田さん!?」
「よう、紅涙。さすがはヒロイン、狙われてるね〜。」
鼻に小指を入れ、緊張感ない佇まいで「おいお前」と辻斬りに声を掛けた。
「挟み撃ちにされてるぞ。どうすんだ?」
「…、」
終わりだ。
「短刀、放してください。」
「……、」
肩を揺らす。
溜め息…?諦めてくれたのかな。
「さぁ、そこに置いて――」
近付こうとした瞬間、辻斬りが民家の方へ駆け出した。
「あっ!」
まだ逃げる気!?
「待ちなさい!」
辻斬りは上手い具合に塀を越え、庭の花々を踏み倒しながら走って行く。
「っ、」
い、いくらなんでもここを行くのは…!
「紅涙、あっちの方面は夢覚橋だ。土方に電話しろ。」
「っはい!」
携帯を取り出し、すぐさま土方さんに連絡を入れた。
夢覚橋周辺に隊士を固め、全員に職務質問を掛けるよう頼む。
「絶対に逃がさない…!」
どうして私を狙っていたのか、
私をあぶり出すために辻斬りなんてことをしたのか、聞かなきゃいけないことが色々ある。
「怪我はねェか?」
「はい、ありがとうございました。」
「いやそりゃいいんだけど…、…そう言えばよォ、」
坂田さんが踏み荒らされた庭の方を見ながら、
「土方って俺がセッティングした女と会った?」
唐突にそんなことを言い出った。
「…なんですか、急に。と言うか今します?その話。」
「聞くの忘れてたなーと思って。」
「……会いましたよ。同じマヨラーだったそうで、随分と仲良くされてるみたいです。」
「あー…。」
?
「なんですか?」
「俺、また仕事増やされるかも。」
「?」
言っていることを把握できず、首を傾げる。
坂田さんは頭をガシガシと掻き、
「あのさ、紅涙。正面から見たわけじゃねェし、証拠もない話なんだけど…」
私の方を見て、頬を引きつらせた。
「今、紅涙を襲ったやつ、俺が土方にセッティングした女だわ。」
……、
「…ええ!?」
- 14 -
*前次#