14
違和感
ちょっと…待ってよ。
「私を襲った辻斬りが……ルウさん?」
まさか…
まさかまさか。
「あああありえませんよ!」
いくら闘い慣れた坂田さんでも、
いくら私より優れた動体視力を持っていたとしても、
「あのルウさんが辻斬りなんて…、…絶対ありえません!」
彼女がそんなことをする人だとは、とても思えない。
「なんだ、妙に肩持つじゃねーか。会ったことあんのか?土方の女に。」
『土方の女』
「…一度だけ。」
「一度ォ?それだけで随分いい印象なんだな。」
「雰囲気や立ち振る舞いが柔らかい人だったんです。だから…とてもルウさんがやったとは――」
「あのなァ紅涙。」
坂田さんが気怠そうに右耳へ小指を入れる。
「女っつーのは何かと着飾ってるもんなの。何枚も分厚〜い皮かぶって己を偽ってるもんなの。」
「い、偽ってるだなんてそんな…」
「偽ってるだろ、少なからずルウは。」
え、
「何か知ってるんですか?彼女のこと。」
「いや、知らね。」
「だが考えてもみろ」と続ける。
「あの女は出会い系サイトで土方と出会ったんだぞ?それも向こうから接触してきてる。」
…そうだった、
ルウさんは出会い系サイトで土方さんを見つけてる。
「つーことはだ。ルウは土方を気に入ってる、気に入られたいと思ってる。そうだろ?」
「そう…ですね。」
「パッと見は分からなくても、モノにするためならどんなことでもする腐った女かもしれねェ。」
「ちょ、ちょっと坂田さん!それはさすがに失礼ですよ。」
「かもしれねェって話だ。」
「ま、」と小指に息を吐きかけ、
「俺くらいになるとどんな綺麗な女でも見抜けるけど、アイツはモテない男だからな。」
“何せルウからしか申請が来ないくらいだし〜?”
ニタニタと小馬鹿にした様子で笑う。
その話も不思議だった。
あんな好条件の土方さんに、誰も言い寄って来ないなんてありえる?
なりすましだと思って警戒したのかな…。
「と言うか、お前は辻斬りの刃を受けた時に何か感じなかったのか?違和感とか。」
「……、…感じました。」
「!…ンだよ、そういうことなら早く言え。」
犯人が私に襲いかかってきた時、
『死に晒せェ!!』
張り上げた声と、
『バカな女』
上擦ったあの声が…、…女かもしれないと思った。
だけどそれがルウさんかどうかまでは分からない。
「女性かもしれないと思いましたけど…『かも』ですし。」
「狙いは紅涙だって言うんだから、なおさらルウで間違いねェよ。」
…そこも納得いかない。
「どうして私を狙うんですか?」
彼女は既に望む場所にいる。
土方さんのプライベートを…あんなにも独り占めしてるのに。
「お前は土方に最も近い女だ。どう見ても憎きライバルでしかねェだろ。」
「でっでもルウさんの方が圧倒的に有利なんですよ?今の状況を考えると、私をライバル視する必要なんて全然――」
「やっぱり紅涙は土方が好きなのか。」
「っ!?」
なに!?
なんで急に私の話に!?
「今言っただろ。『ルウの方が圧倒的に有利』って。」
「あ…!」
「それってつまり、そういうことだよな?」
し…しまった…!
「いい今のはどうかご内密に…!」
「え〜、俺ちょっと自信ねェかも。最近巡回で忙しいから頭とか回ってねェし。」
…絶対ウソだ。
「充分に冴えてますよね…。」
「いやいや全く。だから馬の前にぶら下げるニンジンみたいなのがあれば黙っておけると思うな♪」
「…そのルンルンの語尾上がりに金銭的要求を感じます。」
「それは紅涙の受け取り方次第だろっ♪」
「……」
「♪♪」
「……はぁ、」
負けた。
「わかりました。後日、謝礼を用意します。」
「よし!」
ガッツポーズする姿に溜め息を吐く。
そこでふと思った。
…あれ?
そう言えばこの人、
「坂田さん、」
「なに?」
「なんで辻斬り犯の狙いが私だったって知ってるんですか?」
確かに犯人の目的は、私が江戸から消えることだった。
けどそれを告げられた時、坂田さんはこの場にいなかった…はず。
「見てたんだよ。」
「え?」
「お前が犯人と対峙してる時、助けに行った方がいいのかな〜って悩みながら遠巻きに見てた。」
み、『見てた』って…
「だったらもっと早く助けてくださいよ!」
「真選組が堂々と言うことじゃねーだろうが!」
「うぐっ」
ごもっとも…。
「フッ、今のも俺の勝ちだな。」
坂田さんが満足げに鼻を鳴らす。
でもまぁ…
あの場にいたのが真選組メンバーじゃなくて良かったかも。
「…坂田さん、私が刀を食い込ませた件はここだけの話にしてくださいね。」
「なんで?」
「取り逃した結果よりも大きな失態だったので。」
初歩の初歩。
あれは刀を扱う者として、ありえないミスだった。
「じゃあまたニンジン増やして貰わねェと♪」
「…わかりました。わかりましたから、もうそのルンルン口調はやめてください。」
「なんでだよ。可愛いだろ?俺のこの愛くるしい甘え顔。」
「ウザいです。」
「!!」
坂田さんに口止め料を払う方がマシだよね。
もし沖田さんだったら、きっといつまでもネチネチと話のネタに――
「ありゃ、旦那?」
声に振り返る。
そこには、腰の刀に手を添えた沖田さんが立っていた。
「おおお沖田さん!」
「?…なに動揺してんでさァ。」
「沖田〜、遅かったじゃねーか。」
「どうして旦那がここに?」
「ちょっと紅涙に用を思い出してな。」
わ、私!?
まさかさっきのことを…っ
「安心しろ、ニンジンはしっかり貰うから。」
「何の話ですかィ?」
「こっちの話。」
その言葉に少しホッとする。
けど言われれば確かに、坂田さんはどうしてここにいたんだろう…。
「紅涙、」
「はい。」
「…悪いな。」
「え、」
え、ちょっと!やっぱりこの人、言う気じゃ――
「さっきの千円貸してくれねェ?」
「……へ?」
「いやァ大江戸マートのツケを忘れててよ。今日までだったのに持ち合わせがねェから貸して欲しいんだわ。」
な、なんだ…
というか、コンビニでツケ…。
「どんなカツカツ生活してんですかィ。」
「金は持ってたよ?持ってたけど財布忘れたの。」
「へいへい。」
「違ェから!ほんとにあるから!この前の報酬があるから!!」
「そういうことにしておきまさァ。」
「あ、ああそう。そんな言い方するわけね。なら、こっちも言わせてもらうからな!」
坂田さんがビシッと沖田さんを指さす。
「沖田!お前、ここに来た時ちょっと息切れてただろ。」
「は、はァ!?べっ、べつに切れてなんて…」
「心配して走ってきたから息切れてたんだろ〜?過保護の沖田く〜ん。」
「ちっ、違っ…切れてねェし!」
「いやそこは『切れてないっすよ』だから。ったく、分かってねェなァ〜。」
“そういうとこがヒーローになるタイミングを逃すんだよ”
フフンと鼻を鳴らす坂田さんに、沖田さんが「ヒーロー…」と悔しそうに呟く。
私は話が見えず首を傾げると、胸ポケットで携帯が震えた。
取り出し、ディスプレイを見る。
土方さんだ。
「お疲れ様です、早雨です。」
『お疲れ。夢覚橋周辺の警備は強化した。そっちに変わりはないか?』
「はい。今ちょうど沖田さんとも合流したところです。」
『そうか。ならこっちに戻って来い』
「わかりました。では失礼しま――」
『あー待て』
「はい?」
『お前、怪我はしてねェんだな?』
「はい、してません。」
『そうか。……じゃあ後でな』
電話を切る。
切る直前の沈黙が気になった。
やっぱり、怪我をしてでも捕縛するべきだったかもしれない…。
「誰からでさァ。」
「土方さんです。夢覚橋周辺の警備を強化したって。」
「警備強化?何かあったんですかィ?」
「あ…」
そうだ、連絡入ってないんだ。
私は沖田さんに辻斬りの報告をした。
沖田さんはすごく驚いた様子だったけど、怪我がないことを知ると、「だから言ったのに」と呆れ顔になる。
きっと土方さんに報告しても、同じ顔をするんだろうな…。
そう思っていたけど、実際は少し違った。
「紅涙…、」
夢覚橋の前で合流した時、土方さんは煙草片手に私を見て目を細める。
頭の上から足の先まで視線を巡らすと、「はァ…」と肩を揺らして私の頭にポンと手を乗せた。
「よく無事だったな。」
弱く笑って、
「お前に怪我がなくて良かった。」
そんな優しい言葉をかけてくれた。
嬉しかった。
身体の真ん中が締め付けられるような気がした。
でも、なんと返事すればいいのか分からなかった。
『ありがとうございます』は、心配させた身でおかしい。
『すみませんでした』は、心配した土方さんに失礼な気がする。
なら…、ここは素直に。
「私も…」
「?」
「私も、また土方さんに会えて良かったです。」
「紅涙…」
土方さんが目を丸くする。
間違った…?
これも変だった!?
「あ、えっと…」
「なに、お前らデキてんの?」
「「「!」」」
坂田さんが大して興味もなさそうに、とんでもない発言をする。
「ささささ坂田さん!?」
「紅涙と俺が…デキてるだと?」
「旦那…なんてこと言ってくれちまってんでさァ。」
「そ、そうですよ!いくら空気が読めなくても、言っていいことと悪いことがあります!」
「空気読めるわ!失礼なヤツめ…。そんなこと言うなら、例の件言うからな。」
「それはダメです!」
「なんだよ、『例の件』って。」
「な、なんでもありません。」
「総悟は知ってんのか?」
「いや、なーんにも。気になりやすね。」
「忘れてください!」
興味深そうな二人の視線から目をそらし、私は坂田さんをこれでもかというほど睨みつけた。
「いやいや紅涙が悪ィんだぞ。」
「どう考えても坂田さんです!デ、デキてるとか冷やかすから!」
「んなムキになることでもねェだろ。俺はただイイ雰囲気だなと思って言っただけじゃねーか。」
「そういうのがダメなんです!土方さんにはルウ…っ、…、」
そこまで言って、喉が詰まった。
"さっきの辻斬りはルウさんかもしれない"
頭に浮かんで、拭えない。
「『土方さんには』、なんだよ。」
「土方さんには…、……、……ルウさんが…いるんですから。」
「『いる』ってなんだよ。別にそんな仲じゃねェから。」
「でも一番気が合うんだろ?その女と。」
坂田さんが言う。
土方さんは「気が合うっつーか…」と言葉を濁し、
「味の好みが一致するってくらいだ。」
遠くを見ながら煙草の煙を吐き出す。
坂田さんは「そこ結構大事だよな」と大きく頷いた。
「俺もこの甘さを分かってくれる人に出逢ったことねェもん。」
「そんなイカれた味覚と合う人なんて普通いやせんよ。」
「「イカれてねーし。」」
「……、」
…どうしよう。
ルウさんのこと、伝えた方がいいのかな。
まだ確信は得てないことだけど…。
「まァ俺は相手に同じ味覚なんて求めないけどね。」
「甘党じゃなくてもいいんですかィ?」
「いい。俺の甘党を分かってくれれば。そこに意味があんの。」
おそらく坂田さんが見たものは間違ってない。
でも間違ってなくても…、間違ってなかったとしても、言っていいの?
「土方さんはどうなんでさァ。」
「俺はー…やっぱ少しくらいマヨ好きのやつがいいな。」
「なんだよ、のろ気か?そういうツッコミ待ちはウゼェから相手しねーぞ。」
「違ェよ!そういう意味じゃなくて……」
ルウさんは土方さんがやっと見つけた拠り所。
そこを先走って壊すのは…心が痛い。
犯人がルウさんだとしても、そうじゃなくても、
辻斬りは、私が江戸から消えることを望んでいる。
簡単に考えれば、私が江戸から消えれば済むというわけで……
「紅涙?おい、大丈夫か。」
「っえ」
土方さんの声に顔を上げる。
いつの間にか、うつむいていたらしい。
「体調悪いのか?」
「あ…、…いえ。」
「先に屯所へ戻っておくか?山崎が誰か連れて戻ってもいいんだぞ。」
土方さん…、……。
「あの…、…、」
土方さんは、私の大切な人だから…
「なんだ?」
大切な人だから…、…本当のことを……。
「……さっき…、」
さっき、私を襲ったのは…、……、
「……、…すみません。」
「?」
言えない。
「さっきは取り逃してしまって、…すみませんでした。」
勇気がない。
「なんだよ、そんなことか。」
「まだ…謝ってなかったので…。」
「どーでもいい。」
私が言うことで壊してしまうと思うと、
嫌われてしまうかもしれないと思うと…言えない。
「……。」
「…紅涙?お前、やっぱり体調が――」
「――てください!!」
「「「?」」」
女性の声がした。
「おい今の…」
「事件、ですかねィ。」
「…気になるな。」
僅かに緊張が走る。
その理由は、聞こえた声に悲壮感が含まれていたせい。
「――けてください!」
これって…
「『助けてください』…?」
「どっちから聞こえる?」
「左の方から――」
「キャー!!」
「「「!?」」」
「行くぞ!」
急ぎ足で声がした方へ向かった。
向かう最中も、「誰か!」と叫ぶ声が聞こえる。
「辻斬りか!?」
土方さんが言う。
沖田さんは刀を抜き、「先に行きやすぜ」と前に出た。
「総悟!気をつけろ!」
「安心してくだせェ。働きづくめになった恨み、きっちり晴らさせてもらいまさァ。」
一人駆け出し、路地を曲がる。
すぐさま私達も後に続いた。
が、曲がった直後、
「っ、沖田さん!?」
「……、」
足を止めた沖田さんが突っ立っていて、ぶつかりそうになる。
「どうした総悟!」
「こりゃまた…」
沖田さんは前を見たまま、目を瞬かせた。
「レアな被害者が出たもんでァ。」
そう話す先にいたのは、
「あ…れは…、…。」
腕を押さえ、うずくまり、
涙に濡れた瞳でこちらを見る――
「十四郎さん…」
「ルウ!?」
ルウさんだった。
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