16


衝突



ひとまず屯所に戻ろう。
行方不明者の捜索資料を作りながら、どうルウさんのことを報告するか考えよう。

そう思っていた私に、

「紅涙、見ろよこの煎餅!」

土方さんが珍しく興奮気味に話しかけてきた。
目を輝かせ、先程までとはまるで違う雰囲気。

「ど…どうしました?」
「これ、お前が言ってた煎餅だろ!?」
「え…あ、そうですね。行こうとしていたお煎餅屋さんの物ですよ。」
「もし今日買ってたらダブるとこだったよな!あぶねェあぶねェ。」

そう言って、嬉しそうに煎餅袋を見る。
土方さんの想いの先にルウさんが見え隠れする度、複雑な気持ちが押し寄せた。

「ん?どうした、紅涙。」
「い……いえ…。」
「?」
「ちょいといいですかィ。」

沖田さんが割って入る。

「俺と紅涙は先に帰りやすんで、土方さんは病院にでも行って見舞って来てくだせェ。じゃ。」
「はァ!?ちょっ待てよ、俺も帰るから。紅涙と仕事も残ってるし。」
「え、私と…?」

一緒にしなきゃいけない仕事なんてある…?

「ほら、明日の朝礼で配る資料。これから作るんだろ?」

ああ……、

「あれは私が作ってから持って行きますので。」
「俺の部屋で作ればいいだろ。その方がこっちも早く把握できるし、何かと手伝える。」
「で、でも…」
「"誰にでも出来る仕事まで背負い込むな"、そう言ったのはお前じゃなかったっけ?」


『土方さんが誰にでも出来る仕事まで背負い込む必要はないんですよ。周りを使ってください』


「あれをそのまま、今のお前に返すわ。」

…確かに、私が言った。

「よく覚えてますね。」
「あんな風に口出しするのはお前くらいだからな。」
「ふふっ…、それは失礼しました。」

皆で出来ることは皆でする。
一人で抱え込まないでほしいと言ったのは私。

「沖田さん、すみません。話は明日にでも。」
「…わかりやした。」
「帰るぞ。」

土方さんが歩き始める。
同じく歩こうとすると、後ろから手を引かれた。

「例の件、確認取れやしたぜ。」
「!」


『…足跡、取りに行かせやすか?あの女が買いに来たかどうか』


私が頼んでいたことだ。

「どうでした?」
「18時半頃に来たそうで。ただ、閉店時間には帰ったって言ってやした。」
「閉店時間は…」
「19時。今から2時間半も前でさァ。」
「!!」

つまり先ほど彼女が言ったことが本当なら、
煎餅屋を出た後、2時間半も夜道をさ迷い歩いていたことになる。

そんなこと、ありえる?

「臭いますねィ。」
「……そうですね。」

さすがに、疑うしかない。

「おい何やってんだ、置いて行くぞ。」

少し先で土方さんが私達を呼ぶ。

「…行きましょうか。」
「紅涙、他にやることがあったら俺に言いなせェ。詳しくは分かりやせんが、協力する。」

沖田さん…。

「ありがとうございます。」

すごく心強い。
でも今は焦る必要がない。

疑いのかかる彼女は病院。
何かしようにも動けない。

まずは目先の仕事を済ませよう。
私は屯所へ戻った後、自室に装備品を置いて副長室へ向かった。



「失礼します。」

部屋に入ってまず目に付いたのは、お茶。
既に机の上に2つ用意されている。

「さて、食うか。」
「え?」
「煎餅だよ、せんべい。」

土方さんが早々と貰ったばかりのマヨ煎餅を開封する。

いや、え…?

「あの、仕事は?」
「あとでいい。」
「えっ、でも…遅くなっちゃいますよ?」

時刻は22時を回ったところ。
今から取り掛かっても、終えるのは早くて深夜0時頃だろう。

せめてその合間の休憩に食べれば……あ、そっか。

「じゃ、じゃあ私は先に資料を作っちゃいますね。」

元々は私の仕事だから、土方さんがすることはないんだ。
筆記用具を広げると、

「だから後にしろっつってんだろ。」

私の筆記用具を横へ寄せる。
やっぱり一緒に食べる流れなんですね…。

「お前をここで仕事させるのは、コレが理由でもあるんだからな。」

『コレ』って…

「煎餅…?」
「ああ。お前と食う約束だったから。」

そう…だっけ?

「なんだよ、食いたくねェのか。」
「いえ、食べたいですけど…時間が。」
「時間なんてもんは、ないと思わなけりゃいくらでもあるんだよ。なんなら朝まで付き合うから心配するな。」
「ええ!?」

驚く私をよそに、土方さんは袋から煎餅を取り出した。

「とにかく俺はコレを紅涙と食べてェんだよ。」

そう言いながらバリッと噛む。

私と…食べたい、か。

おそらく、その言葉に他意はない。
けれども私は、いつも深く…深く考えてしまう。

「…どうして、私と食べたいんですか?」

ほんの少し、期待してしまう。

「さァな。……フッ、なんでだろうな。思えば、ご当地のマヨの時もそうだったか。」

土方さんは自嘲するように笑って、

「俺、お前をマヨラーにしてェのかもな。」

そんなことを言った。

「私をマヨラーに?」
「紅涙がそうなったら、いつも『うまい』って分かち合えるだろ?そっちの方がいい。」

…でも、そういう人をもう見つけたじゃないか。

「ルウさんが…いるのに?」
「アイツは屯所にいねェから。」
「……。」

やっぱり、その程度だよね。

「うん、うまい。」

私は、ルウさんがいない時間を埋める程度の存在。
…仕方ない。


『十四郎さんに会えて良かった』
『ルウ…、……』


……土方さんが幸せなら、それでいい。

でももし、そんな彼女が犯人で、
何もなかったような顔をして笑っているのなら――

「……土方さん、」
「ん?」
「……、……お話しが……あります。」

私は、それを許さない。

「なんだよ、改まって。」
「…さっき私が辻斬りに遭った時、坂田さんも居合わせたって話しましたよね。」
「ああ。」

…坂田さん、
私、アナタの助けがなくても言えたかもしれません。

今の私は思った以上に黒く、鋭い気持ちを抱えている。

「実はあの時、坂田さんが犯人の顔を目撃していたんです。」
「なに!?」

土方さんが『信じられない』といった顔をする。

「なんで早く言わねェんだ!」
「…言うべきか、悩んでました。私が見たわけじゃなく、確信も得ていない内容でしたので。」
「バカ…っ、」

眉を寄せ、眉間をつまむ。

「今さら何言ってんだよ、捜査はそこから始めるもんだろうが。」
「……すみません。」
「まァまだ言うほど時間が経ってねェのは救いだな…。」

お茶をひとくち飲み、「で?」と言いながら煙草を取り出す。

「どんな顔だったって言ってるんだ。」
「……、……私達の、知ってる人です。」
「っ!?……誰だよ。」

私はその問いかけに、大して間を開けず答えた。

「……ルウさんです。」
「ッはァ!?」

むせそうな様子で土方さんが声を上げる。

「ルウって…あのルウか?」
「はい。」
「…………、」

唖然とした顔のまま、言葉を失う。
その目線は少しずつ下がり、

「ハッ、……バカバカしい。」

鼻で笑うと、煙草に火をつけた。

「信じられませんよね。」
「ああ。」
「私も信じられませんでした。でも…少なからず犯人は女性だと思います。」
「何を根拠に。」
「襲い掛かってきた際に聞いた声です。あと、力。」

今から思えば、身長も……彼女に似ている。

「…仮に女だとして、なんでそこでルウになるんだよ。」
「坂田さんの目撃情報と、私自身も拭いきれない違和感です。」
「違和感?」
「……どうして彼女はあんな時間に、あんな場所にいたのか。」
「だからそれは俺に煎餅を――」
「都合が良すぎるんですよ。」

私は地図を机に広げた。

「この煎餅屋の閉店時間は19時。私達がルウさんと会ったのは21時半。」

地図に丸を付ける。
2つの丸は、決して遠くない。
しかし、

「ここが屯所です。」

屯所までは距離がある。
何せ現場の住宅街とは歓楽街を挟んで真反対だ。

「煎餅屋は住宅街側にあるので、そこから屯所を目指すなら、歓楽街の方へ歩かなければなりません。」
「そうだな。」
「でも彼女は住宅街から出なかった。」
「…迷ってたからだろ。」
「暗い夜道を2時間半もですか?せめてコンビニで道を聞こうとしません?」

住宅街にはコンビニがある。
新八君が坂田さんにフルーツサンドを買ってきた、あのコンビニだ。

「私なら夜も遅いですし、本当に辿り着きたい場所があるなら誰かに聞きます。」
「…お前なら、な。」

……。

「じゃあルウさんが『犯人が驚いて落とした』という黒い笠。あれも不思議じゃありませんか?」
「どこが。」
「驚いた程度で笠なんて落ちませんよ。」
「そんなの分かんねェだろ。たまたま紐が切れたのかもしれねェ。」

何言って…。

「証拠品になる物ですよ?絶対に回収したいでしょうし、取り返せないなら殺しませんか?」
「俺達の足音が聞こえて逃げることを優先した、十分にありえる。」
「っ、でも」
「アイツは負傷してるんだぞ?二の腕まで斬りつけられて、どうして犯人になるんだよ。」

二の腕…、
…………待って。

「そう…ですよ、それもおかしいじゃないですか。」
「何が。」
「一件目の辻斬りがルウさんを襲っていたなら、得物は刀。」

一件目の被害者がそう証言していた。

「刀で二の腕だけを斬りつけるって、どんな状況ですか?」
「……。」

ルウさんのあの傷は、刀では無理がある。
得物の長さを考えると、脇腹や腰の辺りまで巻き込んだ傷にならなければいけないはずだ。

振りかぶられて咄嗟に自分の身を守ったなら、肘から下を負傷する。

つまり…

「二の腕だけを斬るには、そもそもの得物が刀より短くなければなりません。」
「…何が言いたい。」
「私を襲った犯人は短刀でした。もしかしたら…彼女は自分で腕を切ったんじゃないでしょうか。」

…うん、そうだ。
それならタイミング良く被害者になれた状況も説明がつく。

「ルウさんは自分が被害者になることで、加害者という枠から外れ、事件の関係者として土方さんの傍に――」
「いい加減にしろ!」
「!!」

苛立ちを含む声に、肩が縮こまる。

「勝手に決めつけんじゃねーよ。お前の見解は、ただの言いがかりに過ぎない。」
「っ…。」

…そうかもしれない。
決めつけてしまっている部分もあるかもしれない。

だけど、事実の部分もある。

「あの黒い笠を被った辻斬りがルウだって?なら、一件目はどう説明するつもりだ。一件目の辻斬りも『黒い笠』を被ってるんだぞ。」

それは…、……。

「一件目もルウがやったってことか?なら得物はどうした。今もどっかの路地裏に隠してるのか?」

土方さんが捲し立てるように私を責める。

「女に指がどうとか聞き回ってたヤツも黒い笠だったよな?それすらもルウがやったってのか。」
「そ、それは…、…また別の誰かの犯行で……」
「なんだそれ。」

呆れた様子で煙草を吸い、

「俺にすれば、お前の方がよっぽど都合良すぎるよ。」

吐き捨てるように笑った。

「どうしてそこまでルウを犯人に仕立て上げたいのか理解できねェ。」
「っ、そんなこと…、……。」

そんなことは…ないと思う。
…でも、こうして話すうちに、間違いないような気がしてきてる。

それって、私がルウさんを犯人にしたいと思っているせい…?

「そんなこと……ありませんよ。」

…いや、どうかな。
否定したものの、わからない。

「……、」

私の心の中の、"見てはいけない場所"に本音があるように思う。

「……。」
「……はァ、わかった。」

土方さんは大きく溜め息を吐き、「仮に」と言った。

「仮に紅涙を襲ったのがルウだとして、動機は何だと睨んでるんだ。」
「……土方さんです。」
「俺?」

私は頷き、

「土方さんに近付くためです。」

ハッキリと伝えた。
これには自信がある。

「彼女は土方さんの傍にいる私が邪魔なんです。だから、消したい。」
「その程度の動機でアイツが殺人を企てたってか。」

煙草をひと吸いし、ハッと笑う。

「そんなバカな話があるか。」
「動機なんてそんなものじゃないですか。土方さんも過去の事例から分かってるはずです。」
「…だからってありえねェよ、アイツは。」

…どうして、

「どうして、『ありえない』だなんて言えるんですか?」
「……。」
「どうして可能性を考えようとしないんですか?土方さんらしくありませんよ。」

この話をする前は、
ルウさんのことを伝えると、土方さんが悲しむと思っていた。
自分の大切な人に疑いが掛かり、捜査対象になることを悲しむと。

でも今の土方さんは、疑うどころか聞きもしない。
そして、

「…知ってるからだよ、アイツを。」

そんな素人みたいなことを平気で言う。
正直、…あきれた。

「…彼女の何を知ってるんですか。」

他人が他人の何を知れる?

「アイツはお前を悪く言ったことはないし、目の敵にしてるような言動も聞いたことはない。」
「そんなの好きな人の前で言うわけないじゃないですか!」
「!」

笑わせないでよ、土方さん。

「土方さんには見えないところで、ずっと私を憎んでいたかもしれないじゃないですか。いつ追い出してやろう、いつ殺してやろうって、腹の中では――」
「やめろ!」
「っ……。」
「ルウは…そんな女じゃない。」

なに…、それ……。

「その程度の推測で勝手にアイツを作り上げるんじゃねーよ。何ひとつ知らねェ奴が語るな。」
「!」

その言葉に、ひどく傷ついた。

「……、」

きっと今どれだけ訴えても、私の声は土方さんに届かない。
それだけ、ルウさんに心を置いている。

それを目の当たりにして、ひどく傷ついた。
けれど同時に、

「…よく言えますね。」

怒りも湧く。

「何ひとつ知らないのは、土方さんの方じゃないんですか?」
「なに…?」
「マヨネーズっていう共通点だけで親近感湧いて、彼女の本質を見る前に都合よく美化してるんじゃないんですか?」
「お前…っ」
「推測だけで物を言ってるのはどっちですか!」
「……。」
「他人の心なんて、誰にも見えませんよ。」
「ッ…、」

土方さんは吸っていた煙草を捻り消し、私を睨みつけた。

「お前がそんなことを言うヤツだと思わなかった。」
「!……私のことなんて何も知らないくせに。」
「ッ、知らねェわけねーだろォが!」

ドンッと机を叩く。

「少なからず今まで同じ釜の飯食って仕事してきた仲なんだぞ!」

投げつけられる怒声に、私も声を張り上げる。

「その程度じゃないですか!私が普段どんなことを考えながら土方さんの隣にいたか知ってますか!?」
「あァ!?」
「私の気持ちをっ、私を見ようとしたことがありましたか!?」

本当の自分なんて見せたことがないのに、土方さんが知るわけない。

「私は…っ、私はいつも土方さんの隣で…、……」

一生懸命アナタを見て、気に入られたいから頑張って、
時には素直じゃなかったり、ルウさんのことをひがんだりして……

「っ……、」

偽って、とりつくろって、心地よく過ごせるように接してきた。

「…どんな人も、他人が心の中まで知ることは出来ないんです。」
「紅涙…、…。」

私の行動にはいつも土方さんが必要で、欲深く、醜い考えを持つのが…本当の私。

「知らないくせに…知ったようなこと言わないでください。」
「…なんだよ、不満だったのか。」
「不満とかじゃっ……、…もういいです。」
「何が。」
「もうそれでいいですよ。」
「なんだよそれ……。」

女と男の違いもある。
考え方も、それを軸にして歩く生き方も違うものだ。

だからその部分を責めるつもりはない。
ただ、何もしないで知ったようなことを言わないでほしい。

「…すみません、話がズレましたね。」

私は浅く溜め息を吐き、地図に目を落とした。

「やっぱり、明日の資料は自室で作ってきます。」
「…ダメだ。ここで作れ。」
「……。」

なんで?
視線で抗議する。

「このまま帰したら、気まずくなるだろ。」
「っ…、」

ごもっとも…。

「不満があるなら今のうちに言え。こんなことでこの忙しい時に仕事が回らなくなるのは困る。」

『こんなこと』って…、……じゃあ。

「彼女を被疑者として捜査させてください。」
「…どうやって?」
「それは…まだこれから考えます。」

私の答えに、土方さんは片眉を上げて「呑気だな」と言った。

「もしルウが犯人なら、泳がせておけば次の被害が出るんじゃないのか?」
「そ、そうですけど、目的は私ですし…」
「お前を誘い出すために、街で事件を起こすことも考えられるだろうが。」

…たしかに。

「でも私が餌として外に出ても市民を巻き込む可能性がありますし、かと言って彼女の自宅付近で張り込むには隣町の管轄なので…」
「……、……ふぅ。」

土方さんは新しい煙草に火をつけ、溜め息と一緒に煙を吐き出し、

「…じゃあ、」

難しい顔をして私を見た。

「アイツを屯所に住まわせろ。」

…え?

「『住まわせる』?」
「一時的にルウを屯所に住まわせて監視すればいい。そうすれば、街で起こる事件が本当にルウと関連するかどうか分かるだろ。」

そ、それはそう…ですけど……

「そんなこと…していいんですか?」

前例がない。
というか、ルウさんがここに住むなんて…。

「仕方ねェだろ。管轄の関係で何も出来ねェんだし。」

それは一応、彼女に疑いは持ってくれてたってこと?
それともルウさんを護るために…?

「どうする?」
「……、」

どちらにせよ、

「…呼びましょう、ここへ。」

ハッキリするのは間違いない。

「まァ、アイツが『いい』って言ったらの話だがな。」

断るわけない。
だって土方さんを好きなんだから、

「断りませんよ、…彼女は。」

きっと、このチャンスを生かしに来るはずだ。


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