18
その中に
ルウさんは自己紹介から隊士の心を掴んだ。
見た目も雰囲気も話し方も、何もかもが『良い』らしい。
食堂で仕事をすれば彼女の前には列ができ、
庭で洗濯物を干せば、外で素振りをする隊士が増える。
廊下を歩けば何人もの隊士から声を掛けられ、なかなか先へ進まず仕事にならない。
「なァなァ、フミモチさんって家どの辺?」
「えっ、あのごめんなさい、私…」
「兄妹とかいる?お姉さんとか?」
「い、いえ、ひとりっ子なので……」
あのモテ具合には少し同情した。
けれどきちんと仕事に向き合えなくなったのは、私も同じ。
「おい早雨、お前もあんな柔らかい雰囲気を出せるようにならねーとな!」
「……。」
バシッと笑いながら肩を叩かれる。
…そう。
何かにつけ、私は彼女と比べられる機会が増えた。
「…結構です。柔らかさなんて求めてませんので。」
「んなことねェだろ〜。お前にもプライベートはあるんだしさ〜。」
「そうだぞ早雨、柔らか〜い雰囲気で好きな男を癒してやらねーと。」
好きな男!?
「なっ、なんで急にそんなっ、は、そ、そんな人っ、いないし!」
「コイツわかりやすっ!」
「誰だよ〜、隊士〜?」
「だっだから違っ」
「早雨さん、少しいいですか?」
可愛いらしい声に振り返る。
なんと言うか、彼女が発する声には淡いピンク色が見えるようなきがした。
「どうかしました?」
「はい、あの…」
ルウさんは頬を緩め、
「十四郎さんのお部屋はどちらですか?これを…お持ちしたくて。」
畳んだ白シャツを見せる。
ジャケットの中に着用するものだ。
「これ、十四郎さんの香りがするんですよ。洗っても取れないんですね、煙草の匂いって。」
『十四郎さん』
「……あの、」
「はい?」
「働いている時は、『土方さん』とか『副長』とか…そういう呼び方をした方がいいと思いますよ。」
「えっ……」
ルウさんは眉を八の字にして、傷ついたような顔をする。
まるで私が小煩い女みたいで…少し言葉を続けづらい。
「その…他の隊士は土方さんとルウさんの関係を知りませんし、アナタは…女中なので。」
「あ…っご、ごめんなさい。私…気付かなくて…。気を付けます。」
頭を下げる。
なぜか私も「こちらこそすみません」と謝ってしまった。
それを見て彼女がおかしそうに笑う。
「早雨さんって、面白い人ですね。」
ど、どこが?
今のどの辺が?
「これからは紅涙さんって呼んでもいいですか?」
「あ…はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
ルウさんが嬉しそうに笑う。
その時、フッと頭によぎった。
――この人は犯人じゃないかもしれない
元も子もない言葉だ。
でも、そんな疑念すら消してしまいそうな空気を彼女は持っている。
「じゃあ…私はこれで。」
あまり近付きすぎるのは良くない。
土方さんみたいに、冷静な判断が出来なくなる。
距離感に気を付けないと――
「あっあのっ!十四…土方さんのお部屋はどちらですか?」
「あ!そうでした。すみません、忘れっぽくて。案内します。」
「ふふっ、やっぱり面白い人。」
まぁ…色々と思うところはあるけど、
ルウさんは隊士に好評で、皆のモチベーションを上げ続ける存在となった。
その結果、
巡回もより強固なものとなり、なんと2週間後には街の犯罪総数も減少。
連日の事件は未だ解決していないけど、辻斬りや髪切り犯、切りつけ犯や声掛け魔が再出没した旨の通報ない。
…とは言え、これは当然と言えば当然の結果。
なにせルウさんの外出は真選組で管理されている。
つまり屯所で働いている限り、少なからず"私を襲った"辻斬りは出没しない。
それだけでも、価値はある。
「どうだ?ルウの様子は。」
朝礼後、土方さんが声を掛けてくる。
「…そうですね、特に何も感じませんよ。」
「紅涙を襲ったヤツは他にいるってことだな。」
「……。」
確かにルウさんは、
私に怪しい行動をするわけではないし、ひどい言動を吐くわけでもない。
だからって、
「まだ怪しんでるのか?」
「…もちろんですよ。」
手放しに認められるわけがない。
犯人を裏付ける証拠はおろか、解放する証拠すら一つもないんだから。
「これから見せてもらいます。」
この2週間は様子見。
どんな皮を被っているかは、ここからだ。
「自信がありそうだな。」
「…そうですね。坂田さんの証言もありますし。」
「……どうやって裏付けるつもりなんだ?」
「秘密です。」
「あァ?」
不満げに片眉を寄せる。
「なんで秘密なんだよ。」
「土方さんはルウさんの味方じゃないですか。言うわけありません。」
「…あのなァ、俺はお前と敵だの味方だの言い合うつもりは」
「巡回の時間なので失礼します。」
「あっ、おい!」
あまり彼女を擁護する言葉は耳に入れたくない。
そちら側に流されてしまいそうだし、
否定するようなことを言わなければいけない自分にも嫌になるから。
「…巡回ついでに、もう一度坂田さんに話を聞こうかな。」
もう忘れたって言われるかな。
そうなったら、ニンジンをぶら下げればいいか。
「…って、これも内緒にしないと。」
事情はどうあれ、警察がお金で釣るなんて響きは最悪だ。
坂田さんにはしっかり口止めを…あ、『口止め』って言い方もよくないよね。
「はぁ…。」
まだまだ見えそうにない結末に溜め息が出る。
「早く解決したいな…。」
そのためにも今は巡回、そして行方不明者の聞き込みだ。
「よし、まずはあっちの通路から始めよう。」
大通りへ出て、信号を渡る。
辺りを見回しながら歩くと、
スーパーの女性店員がゴミ袋を抱えて路地裏へ向かっていた。
あの店には他の隊士が聞き込み済みだ。
私は何気なく視界に入れつつ、足を進めた。
が、
「キャァァ!!」
「!?」
突如、女性店員が悲鳴をあげる。
「どうしました!?」
「こ、この中に人がっ…!」
そう言って、路地裏に設置してある業務用の大きなゴミ箱を指す。
ああこれは、
「確認します。」
酔っ払いかな。
こういうケースは稀にある。
狭いところが落ち着くのかは知らないが、なぜか酔うとゴミ箱に入りたがる人は多い。
「開けますよー。」
一応、中に声を掛け、大きなゴミ箱のフタを開けた。
覗き込む。
「……、」
本当だ、人がいる。
服装から見て男性…かな。
けれど体勢がおかしい。
窮屈なスペースで胸に膝をつけ、膝から下を真っ直ぐ空に向けて伸ばしている。
つまり、よほど身体が柔らかい人でない限り無理のある姿勢だ。
「お兄さん、大丈夫ですか?出られなくなりました?」
「……。」
返事がない。
中に手を伸ばして肩を叩いた。
「お兄さん、起きてくださいよ。」
「……。」
「もしもーし。」
「……。」
静かだ。
あまりにも静か。
…まさか。
男性の首筋に手を当てる。
脈が……なかった。
「…救急車と警察に連絡を。」
「えっ、あ、はっ、はい!」
女性店員が駆けて行く。
私は現場を携帯カメラで撮影し、ひとまず土方さんにメールを送った。
その後でゴミ箱を倒し、中から男性を引きずり出す。
「お、っも…!」
足は真っ直ぐに伸びきらないが、僅かに伸ばすことが出来た。
死後硬直が完全ではない証。
顎の関節は固まっている様子を見ると、死後4時間〜半日。
表情は眠るようにして目を閉じている。
「あれ?この人…、……。」
顔に覚えがあった。
どこで?
……そうだ、屯所だ。
屯所の中の……自室?じゃないな、資料……、…写真……!
「キリノさん?」
私達が探していた、行方不明者と似ている。
「嘘でしょ…」
持ち物を確認する。
懐に財布が入っていた。
お札、小銭、キャッシュカード…おそらく中身は何も取られていない。
免許証を見つけ、名前を目で追った。
『キリノ アオ』
間違いない。
証明写真と遺体を比べる。
やっぱり…キリノさんだ。
「どうして……」
見たところ痩せた感じもなく、殴られた跡や血痕もない。
「今までどこにいたんですか…、……。」
どうしてこんなところで亡くなってるの?
監禁されてなかったの?金銭や身分証を残してる理由は?
「もっと早く見つけたかったのに…。」
最悪の形だ。
ふと、松平長官の声が頭に響く。
『この行方不明者まで遺体で発見されちまうと、警察の名が地に落ちるだろ?』
『お前らの手で絶対に見つけろ。どんな事件よりも優先して捜索に当たれェい』
また期待に応えられなかった。
「…怒られる。」
私達は結果が全て。
これまでの努力も取り組みも、結果が伴わなければ価値はない。
せめて、
「せめて犯人を捕まえないと…。」
それだけでもしないと…私達は怒られるだけでは済まない。
「紅涙!」
土方さんがやってきた。
山崎さんも一緒だ。
「キリノなのか!?」
「…はい。」
二人が遺体を確認する。
「ゴミ箱の中で発見しました。」
「なんでそんなとこに……。」
「体勢が異様だったので、ゴミ箱の指紋次第では他殺かどうか判明できるかと。」
「なんというか…いろいろ最悪っすね。」
山崎さんが痛々しく顔を歪める。
思うところは皆同じだろう。
「それにしてもこの人、全く外傷がありませんよ。病死?」
首を傾げる山崎さんに、土方さんは「かもな」と返す。
「だがゴミ箱に入る理由がねェだろ。」
「酔っ払ってたんじゃないっすか?で、急性アルコール中毒になった、みたいな。」
「それはないかもしれません。嘔吐していてもおかしくない体勢だったのに…」
話しながら、3人でキリノさんを見る。
「嘔吐した跡はナシ、か。」
「はい。」
形跡はどこにもない。
「苦しんだ様子もねェよな。」
「そうですね。病死と言うより、外傷の疑いが強いかと。」
「じゃあどかに外傷があるんですかねェ…。」
…もしかして、
「『外傷がない』んじゃなくて、また縫合されてる…とか?」
「…なくはないな。」
土方さんが眉間の皺を深める。
山崎さんは「そうなると、」と険しい顔つきになった。
「ほぼ同一犯ということになりますよね。あの残忍な河原の事件と。」
「……確認してみるか。」
「え、今ですか?」
「ああ。」
土方さんがキリノさんの傍で屈んだ。
「でっ、でもあまり遺体に触れるのは…」
「上半身の服を捲って目視するだけだ。後で何か言われたら説明する。」
言うや否や、土方さんは遺体の服を捲り上げた。
胸、腹、背中、腰周りくらいなら確認できる。
「外傷は……」
「……ないっすね。」
「縫合された跡もないな。」
じゃあ違うんだ…。
「でもアレですよ。死斑が背中周りから腰に出てるんで、座ったままか寝転んだ状態で死亡してます。」
「下も見ればハッキリするな。脱がしてみるか。」
「いやそれはさすがに……」
――ピーポーピーポー
「土方さん、時間切れです。」
「チッ。」
救急車は大通りに止まり、二人の隊員が担架を押して駆けてくる。
「あれ?真選組の方が発見されたんですか。」
「はい。心肺の確認をお願いしたくて。」
「わかりました。」
隊員がキリノさんの脈と心音、呼吸を確認する。
そうしてる間にパトカーのサイレンも聞こえてきた。
「あとは向こうに引き継ぎましょうか。司法解剖に回しますし。」
「だな。山崎、あとは頼んだぞ。」
「「え!?」」
山崎さんと私の声がハモる。
土方さんは「なんだよ」と不思議そうに言った。
「山崎さんに引き継ぐっていう意味なんですか?」
「どっちも。警察に引き継ぐとしても、三人も必要ねェだろ。」
「じゃあ副長が話して引き継いでくれれば…」
「引き継ぎも出来ねェって言ってんのか?山崎。」
「できます!バッチリ引き継げます!」
山崎さんも損な役回りだなぁ…。
「私がしましょうか?」
「いえ!参謀にこの程度の仕事は似合いませんので!」
「に、似合うとか似合わないとかは…」
「巡回に行くぞ、紅涙。時間を無駄にするな。」
「あっ、はい。では山崎さん、よろしくお願いします。」
「イエッサー!」
敬礼する山崎さんに苦笑して、私は土方さんと巡回を始めた。
…というか、
「土方さんの巡回時間って、昼からじゃないんですか?」
緊急で駆けつけただけで、まだ外に出る時間じゃない。言わば今は非番だ。
「外に出たついで。気にすんな。」
「でも休める時に休まないと。」
「いいんだよ。それとも何か?俺と居たくねェから帰そうとしてんのか。」
なっ…
「何言ってるんですか。」
「この前のことがあって、俺といると息が詰まるから帰そうとしてんだろ。」
足を止め、煙草に火をつける。
横目で私を見て、フッと笑った。
「図星か。」
「…バカなこと言わないでください。あれは2週間も前の話ですよ。」
「ならなんで帰そうとするんだよ。」
「帰そうとしてるんじゃなくて、心配だから言ってるんです。いつも忙しくしてるから…」
「紅涙といいルウといい、お前らはホント心配性だな。」
……、
「ルウさんも…心配を?」
「ああ。『せめて息抜きは必要だ』とか言って、毎日いろんな茶菓子を探して持ってきやがる。」
“まァどれもウマいからいいんだけど”
そっか…、
やっぱりそういう接触があるんだ。
この2週間、私は二人のことを目に入れないよう生活していた。
こういうものは一度気になると終始気になるものだから、知らないふりが一番楽でいい。
「紅涙はなんでそこまで俺を気に掛けるんだよ。」
「な、なんでって…」
「真選組に必要だからか?前に言ってたよな。」
『土方さんは真選組にとって、なくてはならない人ですよ』
「…そうですよ。」
「そのわりにはスッキリしねェ返事だな。」
「そっ、そんなこと…ありません。」
好きだから。
好きな人だから、他の人より気に掛かる…とは言えない。
「……なァ、紅涙。」
土方さんは咥えていた煙草を指に挟み、
「お前、今何考えてんだよ。」
私の目を見て問いかけた。
その真っ直ぐな瞳に、胸がグッと押される。
「何…とは……」
「他に理由があるからスッキリしない返事してんだろ?だったらその理由、聞かせろ。」
「理由なんて……ありません。」
「……ほらな。」
再び煙草を咥える。
「お前は前に"俺は何も知ろうとしない"って言ったけど、お前こそ本心を話そうとしねェじゃねェか。」
っ…。
だって…だって言えないもの。
「ルウは言ったぞ。」
「っ!…な……なにを?」
「俺を構う理由。」
「……なんて、言いました?」
「……、……そこは別にいい。」
ふいっと顔を背ける。
全然よくない。
「教えてください。」
「人の答えなんて必要ねェだろ。」
「知りたいんです、お願いします。」
「……そういう時だけ強気になりやがって。」
土方さんは私を横目に見て、溜め息を吐いた。
「アイツ……俺のことが好きなんだってよ。」
「!」
「好きだから、俺のことが心配なんだって。」
「……、」
告白…したんだ、ルウさん。
「まァ薄々気付いてたんだがな。ハッキリ言うと思ってなかったから、驚いた。」
“アイツはそんな風に言えるようなヤツじゃないと思ってたから”
……それで…、
「それで…彼女にはどう返事を?」
「……。」
土方さんが私を見る。
鋭く黒い瞳の中に、
『十四郎さん』
彼女が見えて、胸が詰まった。
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