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告白




土方さんから、ルウさんが告白したことを聞いた。

「それで…彼女にはどう返事を?」
「……。」

知りたがる私を、土方さんは黙り見る。
黒い瞳と意味深な沈黙に、息が詰まりそうだった。

やっぱり、受け入れたの?
ずっとルウさんを護ろうとしてるし…。

「……。」
「……あの、答えは…?」
「……。」

煙草を咥える。
吸って、白い煙を吐いて、また口を閉ざした。

「……、…。」

焦れったい。
だけど、本当は答えを聞きたくない自分もいる。

それでも今ここで返事を聞かなければ、私は変に期待し続けてしまう。

土方さんは仕事を理由に拒んだんじゃないか、
実は他に想いを寄せている人がいて、誰かの名前を挙げたんじゃないか。

もしそれがもし私だったら……なんて。
バカみたいな期待を薄く持ち続けてしまう。

だから、
割り切るためにも、ちゃんと聞かなきゃならない。

「……はァ。」
「?」

土方さんが溜め息を吐く。
遠い目をして、自分の吐き出した煙を黙り見ていた。

「…あの、土方さん?」
「言わねェ。」
「えっ」
「プライバシーに関わる重大な情報だ。どうしてもって言うなら、交換条件で教えてやる。」

こ、交換条件?

「…条件は?」
「俺の返事を教える前に、お前の理由を話すこと。」


『紅涙はなんでそこまで俺を気に掛けるんだ?』


「っ、だからそれは」
「言えないならいい。」
「えっ、ちょ…、……。」
「……。」

じっと私を見る。

「どうする?」

…聞きたい。
けど条件を呑むことは、告白することと同じ。
私は簡単に流されて告白できる立場にない。

だから何か他に…
他に上手く聞き出す方法は……あ、そうだ。

「…わ、わかりました。じゃあ当ててください。」
「当てる?誰が条件に条件出せって言った?」
「私だってプライバシーに関わる重大な情報です。簡単には…教えられません。」
「……わァったよ。どう当てりゃいいんだ。」
「初めの1文字目を言うので…考えてもらえれば。」
「はいはい。」

呆れた様子で煙草の火を消す。

「で?初めの文字は。」
「…『わ』、です。」

『私は土方さんのことが好きだから』

答えに嘘はない。
でも、はじめの言葉が"私"なんて思わないはず。
これでしばらく時間稼ぎして、新たな条件を出せば、土方さんの答えを先に聞ける。

うん、なかなか良い作戦……

「おい、紅涙。その『わ』が『私は』の『わ』だったら承知しねェからな。」
「!?」

もうバレた!

「だっ、だけど文法上、主語は必要で……」
「うるせェよ!とっとと要点を言え!」
「で、でもっ」

「おーい!!そこの真選組の人〜!」

「あァ?誰だ、邪魔しやがる野郎は。」
「…土方さん、一般市民ですよ。口を謹んで。」

駆け寄ってくる男性を見ながら、土方さんが舌打ちする。
男性は足を絡ませながら必死に走り、私達の前に辿り着いた。

「あっ、あっちでいきなり人が斬られたんだ!来てくれ!」
「「!」」

まさか…

「辻斬りか!?」

まさか、まさか…。
辻斬りなら、これまでの仮説が崩れてしまう。
ルウさんの疑いが晴れてしまう。

『晴れてしまう』?
私、なんて考えを――

「紅涙!ボサっとするな、行くぞ!」
「は、はい!」


男性と共に現場へ向かう。
そこには既に人だかりが出来ていた。

「真選組です!道を開けてください!」

人を掻き分けて進むと、中心に若い男性が倒れている。
傍には中年の女性がいて、彼の肩を押さえていた。

「しっかり…!」

被害者の上半身を覆う着衣は赤黒く染まり、地面に小さな血溜まりを作っている。

「息は!?」
「ありますけど、大量出血と痛みから意識を失っています。」

ひとまず一命を取り留めていることに、ホッと胸を撫で下ろす。
辺りを見回すが、犯人らしき怪しい人物は既にいなかった。

「早く輸血しないと…。」

そう話す女性の着物は、被害者の出血で赤く染まっている。

「失礼ですがアナタは?」
「看護師です。偶然通りがかって処置を。」
「そうでしたか、ありがとうございます。救急車は呼ばれましたか?」
「はい、先ほど他の方が呼んでくださいました。」
「傷の深さは分かるか?」

看護師の女性が首を横に振る。

「でも出血量を考えると、動脈に達しているかもしれません。」
「そうなったら神経に触ってる可能性があるな。」
「ええ…、後遺症が残らなければいいけれど。」
「…紅涙、さっきの通報者から聴取を取れ。俺は他に目撃者がいないか探す。」
「わかりました。」

私は先ほど知らせてくれた男性に、犯行当時の状況を聞いた。

被害者を襲ったのは、黒い笠をかぶった黒い着物の男。
被害者は声を掛けられた様子で立ち止まり、数秒のうちに斬りつけられたと言う。

「辻斬り…。」

状況を聞く限り、一件目の辻斬り被害と酷似している。
そして容姿においては、私が襲われた時ともよく似ていた。

けど、黒い笠をかぶった黒い着物の『男』。

「…犯人は男で間違いないんですか?」

性別をはっきり告げられたのは、初めてだ。

「間違いありません。私は整骨院をしているので、体格の見極めには自信があるんです。」
「そうですか…、……。」

これでまた一つ、ルウさんの疑いがゼロに近付く。

「他に何か気付いた点はありますか?」
「うーん…特にありませんね。」
「ではもし何か思い出されたことがあれば、真選組までご連絡ください。」

男性に名刺を渡し、聴取を終えた。

「犯人は男…。」

じゃあ私が襲われた時の違和感はなんだったの?
坂田さんの目撃情報だって…。
…暗がりだし、似ていた程度だったのかな。

「…いや、」

まだ分からない。
さっきの整体師は、性別を骨格から判断したに過ぎにない。

もしかしたらということもある。

私は沖田さんに、『屯所にルウさんがいるか確認してほしい』とメールを送った。

返事はすぐに来る。

『今朝からずっと食堂にいやすぜ』

「……、」

辻斬りは……ルウさんじゃない。

「どうだった?」

土方さんが歩み寄る。

「こっちで目撃者を数人見つけたが、どいつもこいつも犯人は――」
「『男だった』、ですか?」
「お、おお。」

私の言葉に土方さんが目を丸くする。

「まァしっかり顔を見たわけじゃないようだがな。」

それでも同じ証言が多いなら、辻斬りは極めて男である確率が高い。

「……。」
「どうした?」
「…私が聴取した人も、男だと話していました。他の特徴も、一件目の辻斬りと非常に似ています。」
「同一犯とみて間違いねェな。」
「……。」
「…不服か?」

試すような言葉に、私は静かに首を振った。

「不服なんて…思ってません。ただ…」
「『ただ』?」
「疑いを向けてしまったことに…申し訳なく思っています。」

目を伏せる。
土方さんは鼻で笑った。

「俺に謝ってどうすんだよ。謝らなきゃならねェ奴は他にいるだろ?」
「……。」
「一旦、戻るぞ。」

救急車には看護師の女性が付き添ってくれるということで、私達は巡回をそこそこに屯所へ戻った。


戻るなり、近藤さんが駆け寄ってくる。

「やっぱりキリノだったのか!?」
「…ああ。」

土方さんは溜め息を吐きながら靴を脱いだ。

「トシ、俺達はどうすりゃ良かったんだろうか…。」
「やれることは全てやったさ。あれ以上は…出来なかった。」

"仕方がなかった"とは言えない。
被害者がいる以上、見つけられなかった責任は私達にある。

でも、限界だってある。

「まだ近藤さんのところに連絡は入ってねェのか?」
「まだだ…。じきに来るだろうがな。」

二人が深刻な顔で溜め息を吐く。

「誰からの連絡ですか?」
「「とっつぁん。」」
「ああ…。」

私も何とも言えない顔になった。

「やっぱ今日来ると思う?とっつぁん。」
「来ますね。」
「絶対来るな。」
「やだな〜。もうアレだよ、絶対玄関のドアすげェ音立てて閉めるよあの人!」

近藤さんは自分を抱き締めて、「あれ怖いんだよな〜」と話す。

隊士にお触れを出しておこうかとか、
せめていつもより掃除しておこうとか、
松平長官の毛を逆撫でることがないような対策を考えた。

けれど、その日。
松平長官は来なかった。

それどころか電話もない。

「ヤベェな…。」
「…相当だな。」

局長室で、二人がまた深刻な溜め息を吐く。
私一人、首を傾げた。

「怒られなかったわけですし、良かったんじゃないんですか?」
「いや、違ェな。」
「怒られるうちは、まだいいんだよ。…もちろん怒られたくないことに変わりはないんだけど。」

二人が言うには、
怒るということは、私達に期待している証だという。

つまり怒らないのは、私達に呆れ果てて見放した証。
真選組の存続を検討されている証。

「そんな…、」
「まさかのタイミングで辻斬りも出没しちまったからなァ…。」
「そっちは問題視してねェだろ。とっつぁんが『捨て置け』っつった件だし。」
“まァ被害者が死んでたら死んでたで、怒りに輪をかけてるんだろうけどな”

は〜あ、と二人が溜め息を声に出す。

「なんか俺…、今、無性にお妙さんに会いたい。」
「今に限らず"いつも"だろ。」
「今は特になの!特別会いたいの!あるだろ?トシも誰かに癒されたい時。」
「……バカ言うな。」

土方さんは灰皿を引き寄せ、「そんな時はねェよ」と言いながら煙草を取り出した。

「はい、嘘〜。煙草で気分転換しようとしてるのがその証拠です〜。」
「口寂しくなっただけだ。意味なんてねェよ。」
「いや違うな。長い付き合いの俺には分かる。トシの行動パターンが手に取るように分かる!」
「よく言うぜ。」
「…あの、」

私は二人の会話に、割って入った。

「時間も時間ですし、そろそろ部屋に戻りますね。」
「……。」

黙り見る土方さんの視線が刺さる。
近藤さんは時計を見た後、ハッとした様子で「ああすまない」と言った。

「もう22時か。今日は朝から大変だったな、ゆっくりお休み。」
「はい…お休みなさい。」

頭を下げ、立ち上がる。
そんな私をずっと黙り見ていた土方さんが、出る間際で声を掛けてきた。

「酒でも呑むか?」
「!」

土方さんなりの気遣い。
でも、

「…今日はやめておきます。」

私は断った。

「そうか。」
「……失礼します。」

部屋を出る。
少し歩くと、局長室から話し声が漏れ聞こえてきた。

「珍しいな、トシから酒を誘うなんて。それも断られて…プププ。」
「っせーな。いちいち掘り返すなよ。」
「酒なら俺が付き合ってやるぞ?」
「いらねェよ。べつに呑みたかったわけじゃねーし。」

胸が小さく締め付けられる。
だけど、お酒の気分ではなかった。

「はぁ…。」

立て続けに起こる事件。
何一つ解決しない事件。
そして私を襲った人物すら、分からなくなってしまった現実。

「男…か。」

夜風に当たりたくて、自室前の縁側に腰かけた。
僅かな風が吹くと、庭の葉が音を立てて揺れる。

その音に引っ張られるように、目を閉じた。
自然と二度目の溜め息が出る。

「どうせなら…正々堂々と来てほしい…。」

真っ黒な視界に、あの時の光景が浮かぶ。

黒っぽい笠に、黒っぽい着物。
『バカな女』と言い、小刀を振りかざす……うん?

「…小刀?」

目を開ける。

思い起こせば、今朝の辻斬りの得物は刀。
一件目も刀だったが、私の時は小刀だった。

逆なら、まだ分かる。
憎い相手に対して、殺傷能力の高い武器を選ぶのは当然の心理だ。

なのに…どうして私に小刀を?
もしかして、

「違う人…?」

犯人は、二人いる?

「どうされたんですか?」
「!」

その可愛らしい声に、心臓が跳ねた。

「ルウ…さん…、」
「お隣に座っても?」

ダメです、なんて言えるわけがない。

「…どうぞ。」

私が少し寄ると、ルウさんは隣に腰かけた。

息苦しい。
まだ座った直後なのに、私の頭はどうやって立ち去るかばかり考えていた。

するとルウさんが、庭の先を見ながら弱く笑う。

「夜風に当たりたくなる時ってありますよね。」
「…え、ええ。」
「何か悩み事ですか?」
「……まぁ…そんなところです……。」

言葉をにごす。
ルウさんは慌てた様子で「ごめんなさい」と謝った。

「私、込み入った話を聞いてしまって…」
「い、いえ…お気になさらず。」
「その…ここに来てから私も、こんな風に私縁側に座る日があるんです。」
“だから、紅涙さんも同じ理由なのかなって…”

徐々に語尾が小さくなり、
最後には、うつむきながら「ごめんなさい…」とまた謝った。

…なんだかなぁ。
こんな消え入りそうな声の彼女が辻斬りだなんて…、
私を殺そうとしているなんて…やっぱり想像つかないよね。

「…ルウさんはどうして縁側に?」
「上手くお仕事をこなせなかった時、夜の空気を吸うと…なんとなく落ち着くんです。」
「…それ分かります。しばらくすると、"明日から頑張ろう"って思えるんですよね。」
「そうなんです!」

ふわっと花が咲くように微笑む。
私は次第に、彼女を怪しんでいた自分が信じられなくなっていた。

土方さんの目に、間違いはなかった。

「……、」

胸の中で急速に罪悪感が膨らんでいく。

「…あの、ルウさん。」
「なんですか?」
「土方さんから…聞きました。告白、したんですよね。」
「!…や、やだ…、この中で起きたことは筒抜けなんですか?…恥ずかしい。」

そう言って頬に手を当てる。
隠しきれない耳が真っ赤だ。

女の私から見ても、可愛い人だと思った。

「それで、ルウさんは…」
「は、はい?」

これは反則だけど…

「ルウさんは、土方さんから何と返事を貰ったんですか?」

聞かずには、いられなかった。

「ご存知ないんですか?」
「ええ。その部分は教えてくれなくて。」
「そうでしたか…。」

ルウさんが視線を落とす。
何か考えてる素振りを見せた。

「紅涙さんは聞きたいんですよね…?」
「はい。」
「私は教えても構わないんですけど、土方さんが伏せたということは…」

顔を上げ、私を見る。

「紅涙さんのために、伏せたんじゃないですか?」

私の…ため?

「……本当に聞かれますか?」

念押しするルウさんに、迷わされる。
けれど、私は頷いた。
ここまで聞いたんだから…ハッキリ聞きたい。

「…教えてください。」

知って、割り切ろう。
割り切って、二人を応援しよう。

…ああ、なんだ私。
聞く前から、答えを悟ってる。

「……わかりました。」

ルウさんの背筋が、ほんの少し伸びた。

「土方さんは…いえ、十四郎さんは、私に『俺も好きだ』と返してくださいました。」

…やっぱり。

「そう…ですか。」

やっぱり土方さんは、ルウさんを受け入れていた。

この結末を分かっていたはずなのに、
どうして鼓動は動揺したみたいに高鳴るんだろう。

どうしてこんなにも、胸は苦しいんだろう。

割り切って、前を向かなきゃならないのに。
笑って、彼女に言わなきゃいけないのに…。

「おめでとう…ございます。」

口角を上げる。
頬の筋肉が震えた。

「応援、してますので…。」
「ありがとうございます。」

ルウさんは曇りのない微笑みを私に見せた。

これでいい。
これで…いいんだ。

「紅涙さん、」
「はい。」
「実はこの機会に、紅涙さんにお話しておきたいことがあるんです。」

え、なんだろう。
まだ何か言われるの?
まさかもう結婚とか言わないよね…?

「な、なんですか?」

恐る恐る聞く私を、ルウさんはフッと吐息で笑った。

「実は私、アナタが捜している犯人です。」


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