19
告白
土方さんから、ルウさんが告白したことを聞いた。
「それで…彼女にはどう返事を?」
「……。」
知りたがる私を、土方さんは黙り見る。
黒い瞳と意味深な沈黙に、息が詰まりそうだった。
やっぱり、受け入れたの?
ずっとルウさんを護ろうとしてるし…。
「……。」
「……あの、答えは…?」
「……。」
煙草を咥える。
吸って、白い煙を吐いて、また口を閉ざした。
「……、…。」
焦れったい。
だけど、本当は答えを聞きたくない自分もいる。
それでも今ここで返事を聞かなければ、私は変に期待し続けてしまう。
土方さんは仕事を理由に拒んだんじゃないか、
実は他に想いを寄せている人がいて、誰かの名前を挙げたんじゃないか。
もしそれがもし私だったら……なんて。
バカみたいな期待を薄く持ち続けてしまう。
だから、
割り切るためにも、ちゃんと聞かなきゃならない。
「……はァ。」
「?」
土方さんが溜め息を吐く。
遠い目をして、自分の吐き出した煙を黙り見ていた。
「…あの、土方さん?」
「言わねェ。」
「えっ」
「プライバシーに関わる重大な情報だ。どうしてもって言うなら、交換条件で教えてやる。」
こ、交換条件?
「…条件は?」
「俺の返事を教える前に、お前の理由を話すこと。」
『紅涙はなんでそこまで俺を気に掛けるんだ?』
「っ、だからそれは」
「言えないならいい。」
「えっ、ちょ…、……。」
「……。」
じっと私を見る。
「どうする?」
…聞きたい。
けど条件を呑むことは、告白することと同じ。
私は簡単に流されて告白できる立場にない。
だから何か他に…
他に上手く聞き出す方法は……あ、そうだ。
「…わ、わかりました。じゃあ当ててください。」
「当てる?誰が条件に条件出せって言った?」
「私だってプライバシーに関わる重大な情報です。簡単には…教えられません。」
「……わァったよ。どう当てりゃいいんだ。」
「初めの1文字目を言うので…考えてもらえれば。」
「はいはい。」
呆れた様子で煙草の火を消す。
「で?初めの文字は。」
「…『わ』、です。」
『私は土方さんのことが好きだから』
答えに嘘はない。
でも、はじめの言葉が"私"なんて思わないはず。
これでしばらく時間稼ぎして、新たな条件を出せば、土方さんの答えを先に聞ける。
うん、なかなか良い作戦……
「おい、紅涙。その『わ』が『私は』の『わ』だったら承知しねェからな。」
「!?」
もうバレた!
「だっ、だけど文法上、主語は必要で……」
「うるせェよ!とっとと要点を言え!」
「で、でもっ」
「おーい!!そこの真選組の人〜!」
「あァ?誰だ、邪魔しやがる野郎は。」
「…土方さん、一般市民ですよ。口を謹んで。」
駆け寄ってくる男性を見ながら、土方さんが舌打ちする。
男性は足を絡ませながら必死に走り、私達の前に辿り着いた。
「あっ、あっちでいきなり人が斬られたんだ!来てくれ!」
「「!」」
まさか…
「辻斬りか!?」
まさか、まさか…。
辻斬りなら、これまでの仮説が崩れてしまう。
ルウさんの疑いが晴れてしまう。
『晴れてしまう』?
私、なんて考えを――
「紅涙!ボサっとするな、行くぞ!」
「は、はい!」
男性と共に現場へ向かう。
そこには既に人だかりが出来ていた。
「真選組です!道を開けてください!」
人を掻き分けて進むと、中心に若い男性が倒れている。
傍には中年の女性がいて、彼の肩を押さえていた。
「しっかり…!」
被害者の上半身を覆う着衣は赤黒く染まり、地面に小さな血溜まりを作っている。
「息は!?」
「ありますけど、大量出血と痛みから意識を失っています。」
ひとまず一命を取り留めていることに、ホッと胸を撫で下ろす。
辺りを見回すが、犯人らしき怪しい人物は既にいなかった。
「早く輸血しないと…。」
そう話す女性の着物は、被害者の出血で赤く染まっている。
「失礼ですがアナタは?」
「看護師です。偶然通りがかって処置を。」
「そうでしたか、ありがとうございます。救急車は呼ばれましたか?」
「はい、先ほど他の方が呼んでくださいました。」
「傷の深さは分かるか?」
看護師の女性が首を横に振る。
「でも出血量を考えると、動脈に達しているかもしれません。」
「そうなったら神経に触ってる可能性があるな。」
「ええ…、後遺症が残らなければいいけれど。」
「…紅涙、さっきの通報者から聴取を取れ。俺は他に目撃者がいないか探す。」
「わかりました。」
私は先ほど知らせてくれた男性に、犯行当時の状況を聞いた。
被害者を襲ったのは、黒い笠をかぶった黒い着物の男。
被害者は声を掛けられた様子で立ち止まり、数秒のうちに斬りつけられたと言う。
「辻斬り…。」
状況を聞く限り、一件目の辻斬り被害と酷似している。
そして容姿においては、私が襲われた時ともよく似ていた。
けど、黒い笠をかぶった黒い着物の『男』。
「…犯人は男で間違いないんですか?」
性別をはっきり告げられたのは、初めてだ。
「間違いありません。私は整骨院をしているので、体格の見極めには自信があるんです。」
「そうですか…、……。」
これでまた一つ、ルウさんの疑いがゼロに近付く。
「他に何か気付いた点はありますか?」
「うーん…特にありませんね。」
「ではもし何か思い出されたことがあれば、真選組までご連絡ください。」
男性に名刺を渡し、聴取を終えた。
「犯人は男…。」
じゃあ私が襲われた時の違和感はなんだったの?
坂田さんの目撃情報だって…。
…暗がりだし、似ていた程度だったのかな。
「…いや、」
まだ分からない。
さっきの整体師は、性別を骨格から判断したに過ぎにない。
もしかしたらということもある。
私は沖田さんに、『屯所にルウさんがいるか確認してほしい』とメールを送った。
返事はすぐに来る。
『今朝からずっと食堂にいやすぜ』
「……、」
辻斬りは……ルウさんじゃない。
「どうだった?」
土方さんが歩み寄る。
「こっちで目撃者を数人見つけたが、どいつもこいつも犯人は――」
「『男だった』、ですか?」
「お、おお。」
私の言葉に土方さんが目を丸くする。
「まァしっかり顔を見たわけじゃないようだがな。」
それでも同じ証言が多いなら、辻斬りは極めて男である確率が高い。
「……。」
「どうした?」
「…私が聴取した人も、男だと話していました。他の特徴も、一件目の辻斬りと非常に似ています。」
「同一犯とみて間違いねェな。」
「……。」
「…不服か?」
試すような言葉に、私は静かに首を振った。
「不服なんて…思ってません。ただ…」
「『ただ』?」
「疑いを向けてしまったことに…申し訳なく思っています。」
目を伏せる。
土方さんは鼻で笑った。
「俺に謝ってどうすんだよ。謝らなきゃならねェ奴は他にいるだろ?」
「……。」
「一旦、戻るぞ。」
救急車には看護師の女性が付き添ってくれるということで、私達は巡回をそこそこに屯所へ戻った。
戻るなり、近藤さんが駆け寄ってくる。
「やっぱりキリノだったのか!?」
「…ああ。」
土方さんは溜め息を吐きながら靴を脱いだ。
「トシ、俺達はどうすりゃ良かったんだろうか…。」
「やれることは全てやったさ。あれ以上は…出来なかった。」
"仕方がなかった"とは言えない。
被害者がいる以上、見つけられなかった責任は私達にある。
でも、限界だってある。
「まだ近藤さんのところに連絡は入ってねェのか?」
「まだだ…。じきに来るだろうがな。」
二人が深刻な顔で溜め息を吐く。
「誰からの連絡ですか?」
「「とっつぁん。」」
「ああ…。」
私も何とも言えない顔になった。
「やっぱ今日来ると思う?とっつぁん。」
「来ますね。」
「絶対来るな。」
「やだな〜。もうアレだよ、絶対玄関のドアすげェ音立てて閉めるよあの人!」
近藤さんは自分を抱き締めて、「あれ怖いんだよな〜」と話す。
隊士にお触れを出しておこうかとか、
せめていつもより掃除しておこうとか、
松平長官の毛を逆撫でることがないような対策を考えた。
けれど、その日。
松平長官は来なかった。
それどころか電話もない。
「ヤベェな…。」
「…相当だな。」
局長室で、二人がまた深刻な溜め息を吐く。
私一人、首を傾げた。
「怒られなかったわけですし、良かったんじゃないんですか?」
「いや、違ェな。」
「怒られるうちは、まだいいんだよ。…もちろん怒られたくないことに変わりはないんだけど。」
二人が言うには、
怒るということは、私達に期待している証だという。
つまり怒らないのは、私達に呆れ果てて見放した証。
真選組の存続を検討されている証。
「そんな…、」
「まさかのタイミングで辻斬りも出没しちまったからなァ…。」
「そっちは問題視してねェだろ。とっつぁんが『捨て置け』っつった件だし。」
“まァ被害者が死んでたら死んでたで、怒りに輪をかけてるんだろうけどな”
は〜あ、と二人が溜め息を声に出す。
「なんか俺…、今、無性にお妙さんに会いたい。」
「今に限らず"いつも"だろ。」
「今は特になの!特別会いたいの!あるだろ?トシも誰かに癒されたい時。」
「……バカ言うな。」
土方さんは灰皿を引き寄せ、「そんな時はねェよ」と言いながら煙草を取り出した。
「はい、嘘〜。煙草で気分転換しようとしてるのがその証拠です〜。」
「口寂しくなっただけだ。意味なんてねェよ。」
「いや違うな。長い付き合いの俺には分かる。トシの行動パターンが手に取るように分かる!」
「よく言うぜ。」
「…あの、」
私は二人の会話に、割って入った。
「時間も時間ですし、そろそろ部屋に戻りますね。」
「……。」
黙り見る土方さんの視線が刺さる。
近藤さんは時計を見た後、ハッとした様子で「ああすまない」と言った。
「もう22時か。今日は朝から大変だったな、ゆっくりお休み。」
「はい…お休みなさい。」
頭を下げ、立ち上がる。
そんな私をずっと黙り見ていた土方さんが、出る間際で声を掛けてきた。
「酒でも呑むか?」
「!」
土方さんなりの気遣い。
でも、
「…今日はやめておきます。」
私は断った。
「そうか。」
「……失礼します。」
部屋を出る。
少し歩くと、局長室から話し声が漏れ聞こえてきた。
「珍しいな、トシから酒を誘うなんて。それも断られて…プププ。」
「っせーな。いちいち掘り返すなよ。」
「酒なら俺が付き合ってやるぞ?」
「いらねェよ。べつに呑みたかったわけじゃねーし。」
胸が小さく締め付けられる。
だけど、お酒の気分ではなかった。
「はぁ…。」
立て続けに起こる事件。
何一つ解決しない事件。
そして私を襲った人物すら、分からなくなってしまった現実。
「男…か。」
夜風に当たりたくて、自室前の縁側に腰かけた。
僅かな風が吹くと、庭の葉が音を立てて揺れる。
その音に引っ張られるように、目を閉じた。
自然と二度目の溜め息が出る。
「どうせなら…正々堂々と来てほしい…。」
真っ黒な視界に、あの時の光景が浮かぶ。
黒っぽい笠に、黒っぽい着物。
『バカな女』と言い、小刀を振りかざす……うん?
「…小刀?」
目を開ける。
思い起こせば、今朝の辻斬りの得物は刀。
一件目も刀だったが、私の時は小刀だった。
逆なら、まだ分かる。
憎い相手に対して、殺傷能力の高い武器を選ぶのは当然の心理だ。
なのに…どうして私に小刀を?
もしかして、
「違う人…?」
犯人は、二人いる?
「どうされたんですか?」
「!」
その可愛らしい声に、心臓が跳ねた。
「ルウ…さん…、」
「お隣に座っても?」
ダメです、なんて言えるわけがない。
「…どうぞ。」
私が少し寄ると、ルウさんは隣に腰かけた。
息苦しい。
まだ座った直後なのに、私の頭はどうやって立ち去るかばかり考えていた。
するとルウさんが、庭の先を見ながら弱く笑う。
「夜風に当たりたくなる時ってありますよね。」
「…え、ええ。」
「何か悩み事ですか?」
「……まぁ…そんなところです……。」
言葉をにごす。
ルウさんは慌てた様子で「ごめんなさい」と謝った。
「私、込み入った話を聞いてしまって…」
「い、いえ…お気になさらず。」
「その…ここに来てから私も、こんな風に私縁側に座る日があるんです。」
“だから、紅涙さんも同じ理由なのかなって…”
徐々に語尾が小さくなり、
最後には、うつむきながら「ごめんなさい…」とまた謝った。
…なんだかなぁ。
こんな消え入りそうな声の彼女が辻斬りだなんて…、
私を殺そうとしているなんて…やっぱり想像つかないよね。
「…ルウさんはどうして縁側に?」
「上手くお仕事をこなせなかった時、夜の空気を吸うと…なんとなく落ち着くんです。」
「…それ分かります。しばらくすると、"明日から頑張ろう"って思えるんですよね。」
「そうなんです!」
ふわっと花が咲くように微笑む。
私は次第に、彼女を怪しんでいた自分が信じられなくなっていた。
土方さんの目に、間違いはなかった。
「……、」
胸の中で急速に罪悪感が膨らんでいく。
「…あの、ルウさん。」
「なんですか?」
「土方さんから…聞きました。告白、したんですよね。」
「!…や、やだ…、この中で起きたことは筒抜けなんですか?…恥ずかしい。」
そう言って頬に手を当てる。
隠しきれない耳が真っ赤だ。
女の私から見ても、可愛い人だと思った。
「それで、ルウさんは…」
「は、はい?」
これは反則だけど…
「ルウさんは、土方さんから何と返事を貰ったんですか?」
聞かずには、いられなかった。
「ご存知ないんですか?」
「ええ。その部分は教えてくれなくて。」
「そうでしたか…。」
ルウさんが視線を落とす。
何か考えてる素振りを見せた。
「紅涙さんは聞きたいんですよね…?」
「はい。」
「私は教えても構わないんですけど、土方さんが伏せたということは…」
顔を上げ、私を見る。
「紅涙さんのために、伏せたんじゃないですか?」
私の…ため?
「……本当に聞かれますか?」
念押しするルウさんに、迷わされる。
けれど、私は頷いた。
ここまで聞いたんだから…ハッキリ聞きたい。
「…教えてください。」
知って、割り切ろう。
割り切って、二人を応援しよう。
…ああ、なんだ私。
聞く前から、答えを悟ってる。
「……わかりました。」
ルウさんの背筋が、ほんの少し伸びた。
「土方さんは…いえ、十四郎さんは、私に『俺も好きだ』と返してくださいました。」
…やっぱり。
「そう…ですか。」
やっぱり土方さんは、ルウさんを受け入れていた。
この結末を分かっていたはずなのに、
どうして鼓動は動揺したみたいに高鳴るんだろう。
どうしてこんなにも、胸は苦しいんだろう。
割り切って、前を向かなきゃならないのに。
笑って、彼女に言わなきゃいけないのに…。
「おめでとう…ございます。」
口角を上げる。
頬の筋肉が震えた。
「応援、してますので…。」
「ありがとうございます。」
ルウさんは曇りのない微笑みを私に見せた。
これでいい。
これで…いいんだ。
「紅涙さん、」
「はい。」
「実はこの機会に、紅涙さんにお話しておきたいことがあるんです。」
え、なんだろう。
まだ何か言われるの?
まさかもう結婚とか言わないよね…?
「な、なんですか?」
恐る恐る聞く私を、ルウさんはフッと吐息で笑った。
「実は私、アナタが捜している犯人です。」
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