20
悪魔の人
「実は私、アナタが捜している犯人です。」
あまりにも普通に話すものだから、一瞬、言われた意味を理解できなかった。
「どういう…ことですか?」
「わかりません?私の言い方が悪かったのかしら。それとも……」
ルウさんの微笑む口元はさらに孤を描き、
「紅涙さんが、やっぱりバカな女だからでしょうか。」
気味の悪い笑みを私に向けた。
『バカな女』
「あ…アナタ……」
やっぱり…
「やっぱりあの時、私を襲った…」
「そうです。えーっと、『辻斬り』?ですよね。」
ニコッと笑う。
「あと、なんでしたっけ。切りつけ犯?とか仰ってましたよね。あれも私です。」
「……、」
どうして…
「どうしてそんな顔して…言えるんですか…?」
罪悪感が欠片も窺えない。
悪いことをしたと思ってないの?
「自分が何をしたか…わかってるんですか?」
「もちろんです。きちんと目的があってしたことですもの。」
「目的…?」
「ええ。私、十四郎さんに色目を使う人はみーんな消してしまいたいんです。」
フフッと笑う。
「あ、でも本当に消すつもりだったのは紅涙さんだけですよ?他の皆は、ただの脅しのつもりでしたから。」
なに…この人……。
「意外でも何でもないでしょう?だって紅涙さんは、あの夜からずっと私を疑ってましたし。」
やわらかな物腰で、微笑みを携えたまま話す。
「その割に、なかなか捕まえに来ませんでしたけどね。」
っ…、
「…こんなことして、許されると思ってるんですか。」
「思っていません。だから二人だけの秘密にしてください。」
「なっ……」
何言ってるの…?
どういうつもり?
自分が殺そうとした相手に…、
罪人を取り締まる真選組の私に、黙っていろと?
「黙ってるわけないじゃないですか!」
「私、今は紅涙さんを消すつもりありませんよ。」
それが何…?
「バカにしないでください。」
「あら、怖い顔。だけど紅涙さんが言ったところで、一体どのくらいの人が信じてくれるんでしょうね。」
縁側に放り投げた足をプラプラと揺らす。
「だって証拠がないんですもの。せめて見た目が悪人ならまだしも、こんな私ですし。」
自分を指さし、にっこりと微笑んで見せる。
「きっと紅涙さんが私に嫉妬してるんだって思われて終わりですよ。」
「っ…そんなこと――」
「やってみます?またひとつ信用が失われるだけでしょうけど。」
なんなのよ…、
「安心してください。十四郎さんと私の邪魔をしなければ、これ以上何かするつもりはありません。」
“誰も傷つけないし、紅涙さんにも手を出さない”
一体…なんなのよ。
「これで紅涙さんも幸せ、私も幸せ。でしょう?」
っ…!
「人の命を天秤に掛けて…っ、何様のつもりですか!!」
堪えていた怒りが突き抜けるのを感じた。
「自分の欲望を叶えるために誰かを傷つけるなんてっ」
「紅涙さん、声の大きさ。気を付けた方がいいんじゃないですか?」
「構いません!誰かに聞いてもらえば、どちらが悪いか分かる話です!!」
「そうですか?紅涙さんが一方的に怒鳴って、か弱い私が泣いていたら…悪いのはどちらに見えるのかしら。」
「くっ…、」
苦虫を噛み潰したような顔とは、このことだ。
今まさに、私はそんな表情で彼女を睨みつけている。
「紅涙さん、私を犯罪者として突き出したいなら、先に証拠を掴んできた方がいいですよ。」
この、ニコニコと微笑む醜い彼女を。
「……なぜ…話したんですか。」
「何をです?」
「自分が犯人であること、どうして私に話したんですか。」
「それはもちろん、疑いを持ち続けてもらうためです。」
『疑いを持ち続けてもらう』?
不利な状況を望む意図が分からない。
そんな私の心を読むように、ルウさんは「だって、」と笑った。
「いつ犯行に及ぶか分からない状態なら、屯所から出そうなんて思わないでしょう?」
“そういう人が1人でもいないと、私はここに居続けられませんから”
どこまでも歪んだ考えに絶句する。
「まぁ万が一、皆さんが紅涙さんの言葉を信じたとしても、私を追い出すことは出来ないでしょうね。」
「……どうして。」
「街を騒がせた犯人が、屯所で寝食を共にしていたんですよ?江戸の住人が知ったら、どう思うか。」
…彼女を、ここへ入れるんじゃなかった。
「きっと心象はよくありませんよね?」
怪しくても、違う管轄でも、ほかの手を考えれば良かった。
「十四郎さんや近藤さんの信頼は薄れ、面目丸潰れになって、ゆくゆくは潰れるんじゃないですか?真選組。」
「っ…、」
巻き戻せるものなら、巻き戻したい。
彼女の目に土方さんが初めて映った日まで、さかのぼりたい。
「私の真実を知ったところで、どのみち、ここから誰も私を追い出すことなんて出来ないんですよ。」
“だから紅涙さんに出来ることも、何もないんです”
握り締めた拳が怒りで震える。
もう一方の手で押さえておかないと、彼女を引っぱたいてしまいそうだった。
そんな私をルウさんはフフッと笑う。
「これでお話は以上です。」
立ち上がり、着物を払う。
「では引き続きよろしくお願いしますね、紅涙さん。」
やんわりと頭を下げ、私に背を向けた。
何食わぬ顔で廊下を歩いて行く。
「っ…、……悔しい、」
悔しい悔しい悔しい。
悔しくてたまらない。
でも、今は立ち去る背中を引き留める術がない。
「……何か、考えないと。」
たとえ彼女が言ったように、
このことが露見して、真選組の信頼を落とすことになっても、私は必ず暴く。
あんな人を野放しに出来ない。
土方さんの傍で、笑って過ごさせたりしない。
必ず、ルウさんの犯罪を裏付ける手段を見つけてみせる。
翌日、
「紅涙、見舞いに行くぞ。」
土方さんと私は、昨日の被害者と会うことになった。
昨夜のうちに意識を取り戻し、容態が安定したらしい。
一方、遺体で見つかった行方不明者のキリノさんは、司法解剖へ回されたままだ。
「キリノさんの解剖結果は…?」
「まだ来てねェよ。もしかすると来ねェかもな。」
「え、教えてもらえないんですか?」
「とっつぁん次第。」
土方さんは肩をすくめ、
「もう俺達に関わらせないつもりなら、連絡は来ねェだろうよ。」
そう言った。
「そんな…。」
「気にすんな。俺達には未解決事件が山積みだ、元の仕事をこなせばいい。」
松平長官の険しい顔が頭に浮かぶ。
あの顔で私達が怒鳴られることは…本当に、もう……
「行くぞ。」
「…はい。」
病院へ向かう。
被害者は病室のベッドに横たわり、私達に頭を下げた。
「怪我の具合はどうですか?」
「リハビリをすれば、普通に動かせるようになるって言われました。」
「神経は傷ついてなかったんだな。」
「はい。刃が骨に対して斜めに入っていたそうで、なんとか。」
苦笑いして、「助かりました」と言う。
「それに、もし誰の救助もなく出血が酷いままだったら、死んでたかもしれないって言われて…。」
「的確な処置のおかげだな。」
「助けてくださったのは看護師の女性だそうですよ。」
「連絡先って分かりますか?」
「ええ、後日お伝えします。まずは治療に専念してください。」
「はい、ありがとうございます。」
そう話す彼の血色は良く、快復も早いように見えた。
無事で良かった…。
土方さんを見ると、同じような顔をしていた。
「早速で悪いんだが、襲われた時の状況を聞いてもいいか?」
「あ…そう、ですよね。」
「すみません。早期逮捕のためにも、ご協力お願いします。」
「はい、…あの時は確か――」
私はメモを取り出し、彼の話すことを書き取る。
あの日、
街を歩いていた彼は、後ろから「おい」と声を掛けられたそうだ。
黒い笠を目深にかぶった様子が怪しくて、「何か」と言葉短かに返すと、「腕に自信はあるか」と問われたと言う。
彼は何の話かと思ったものの、
相手の腰に刀を見つけ、そういう意味だと判断して「子どもの頃に少しだけ」と応えたらしい。
すると「丁度いい」と言われ、気がつくと斬られていたと。
「……。」
辻斬りはルウさんだ。
彼女が、そう自供している。
なのに事件当時の状況として、彼を襲うことは不可能。
自供しているのに、現状と辻褄が合わないなんて…どういうこと?
「…犯人の顔は見ましたか?」
「ええ、まぁ口元くらいですけど。無精髭が生えてましたよ。」
「「!」」
これは…初めての証言だ。
「声の感じはどうだった?女に聞こえなかったか?」
「女?いやいや、完全に男でしたよ。なにせ髭が生えてたし。」
「それがなかったらどうですか?女性の声にも聞こえませんでしたか?」
「聞こえませんね。あれは男です。」
「……、」
「え、女なんすか?犯人。」
「気にすんな。…紅涙、メモ。」
手が止まっている私に、土方さんが書くように促す。
「…はい、すみません。」
「なんか俺、変なこと言ってます?」
「いえ…、貴重な情報をありがとうございます。」
私はメモに、『無精髭の男』と記述した。
…わからない。
彼女の自供の信ぴょう性が薄くなるのを感じる。
本当は…辻斬りじゃないのかもしれない。
ならなぜ犯人のフリをする?
まさか、犯人のふりをしていれば屯所に居れるから…。
いや、まだ辻斬りと無関係にするのは早い。
もしかすると私を襲った時はルウさんで、他は別の……
「…あ、」
わかったかも。
「なんだ、紅涙。」
「い、いえ何も。」
ルウさんは別の誰かを使って、事件を起こさせてるんだ。
自分は対象とする者、つまりは私だけを狙い、
もう一人の協力者の男性は、撹乱目的で街の人達を狙う。
そうすることで捜査の初動を遅らせ、軽く巻き込まれながらも土方さんと接触する機会を増やしていく……。
うん…ありえる。
でもやっぱり証拠がない。
本人に聞いてみようか。
あんな風に打ち明ける人なら、案外話すかもしれない。
そのためには、まず準備をしないと……。
屯所に戻った後、私は沖田さんの部屋へ向かった。
「どうしやした?」
「少し借りたい物がありまして…。」
「借りたい物?なんでさァ。」
「…ボイスレコーダー、持ってませんか?」
沖田さんが目を瞬かせる。
そして黙って引き出しの方へ向かうと、両手いっぱいの何かを私の前に置いた。
「こ、これは?」
「お望みのもんですぜ。」
「え、全部?」
「全部。」
信じられない…。
ペンや腕時計、ワイヤレスイヤホンなど、どれもボイスレコーダーには見えない物ばかりだ。
「全然わかりませんね…。」
「俺ァこっそり録る方しか持ってないんで。」
そう言って、腕時計を手に取った。
「もちろん、合法の範囲ですぜ。」
「どういう時に使うんですか?」
「そりゃァ…ねェ?」
ニヤっとした目つきに、思わず顔が引きつった。
とぼけてるだけだろうけど、なんだか聞くのが怖い…。
「紅涙にはコレがいいんじゃありやせんか?」
ガサガサと漁り、沖田さんは小さな物を手に取った。
至ってシンプルな黒いヘアピンだ。
「えっ、これもボイスレコーダーなんですか?」
「滅多に出回らないレア物でさァ。小型で機能が限られるとは言え、最大2時間の収録が可能。」
ヘアピンの側面にある小さなボタンを見せる。
「ここを1回押せば1時間、2回押せば2時間録音。ちなみに止めるのはココ。」
「なるほど…。」
「耳の近くに付けて髪で隠せば、怪しまれることもねェかと思いやすぜ。どうする?」
私に差し出す。
当初思っていたよりも、うんといい代物だ。断る理由がない。
「お借りします。」
沖田さんの手にあるヘアピンを受け取った。
「2時間以上の録音は上書きされやすんで、注意してくだせェ。」
“残したい物があれば俺のところへ”
私は頷き、早速付けてみた。
開きは少し硬いものの、普通のヘアピンと変わらない。
「これなら絶対に気付かれませんね。」
「おそらくは。まァ相手が喋らねェと始まりやせんがね。」
「そうですよね…。」
「あの女に仕掛けるんですかィ?」
「はい。でも仕掛けると言うか、直接ぶつかるって感じですけど。」
苦笑する私に、沖田さんはフッと笑い、
「そりゃァどんなもんが残るか楽しみでさァ。」
ゴロンと横になった。
アイマスクを手に取り、額に置く。
「いいですかィ、紅涙。一つの罠にチャンスは一度。くれぐれも逃さねェよう気を付けなせェ。」
…そうだよね。
一度の接触で聞き出してしまわないと、次からはどんどん難しくなる。
失敗は、許されないんだ。
「…ルウさん。」
廊下を歩く後ろ姿に、声を掛ける。
「はい。なんですか、紅涙さん。」
振り返った彼女の顔は、
他の隊士に向けるものと同じ、優しい微笑みを浮かべたものだった。
「私にご用でも?」
「…話があります。」
「え?」
さぁ、
「場所を変えましょう。」
始めようか。
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