21
策と策
「場所を変えるって…どうして?」
ルウさんが私に小首を傾げる。
その手には、取り込んだばかりの洗濯物が抱えられていた。
「アナタに話があるからです。」
「話ならここで――」
「私は構いませんよ?」
彼女の声を遮り、私は耳に髪を掛ける。
と言っても"掛けるふり"で、実際は沖田さんに借りたヘアピン型のボイスレコーダーをオンにしただけ。
「ここで話しますか?それとも場所を変えます?」
「……、」
ルウさんの口元が、少しつまらなさそうに歪む。
「お話って…何ですか。」
だから。
「ここで話すとアナタが困ることです。」
「私が…困ることって…、……。」
視線を揺らし、不安げな顔をする。
どうせこれも作戦。
心の中では身の振りを考えながら、笑ってるんだ。
無駄なことをするんだな、って。
「私の部屋なら邪魔は入りませんよ。行きましょう。」
足を踏み出そうとすると、
「あっ、あの…、まだ仕事がありますので……。」
そんなことを言った。
洗濯物をギュッと抱える。
「…仕事?」
笑わせないで。
そんなの、アナタの仕事じゃない。
アナタは純粋な真選組の人間じゃないんだから。
「いいから来てください。」
彼女の手を取り、引っ張る。
すると、
「痛いっ!」
ルウさんは突然大きな声を上げ、洗濯物を落とした。
廊下に衣類が散乱する。
「っ…な、何なんですか?」
思わず彼女の手を離し、顔を見た。
この程度、痛いわけがない。
なのに、そこまで大きな声を出すなんてどういうつもり?
「ん?どうかしたのか」
「!」
後ろの方で声がする。
近藤さんだ。
「なんだか『痛い』と聞こえたような気がしたんだが…」
徐々に近付いてくる。
振り返るのをためらった。
「っ…」
悪いことなんてしてないのに。
なんでこんな後ろめたい気持ちにならなきゃいけないの?
「局長さん…、」
私の目の前でルウさんが弱々しい声を出す。
彼女は私と目が合うと、口元を僅かに歪ませフッと微笑んだ。
その笑みが言う。
『ざまぁみろ』と。
「くっ……、」
「紅涙君?」
…なるほど、
なかなか移動しなかったのは、誰かが通るまでの時間稼ぎだっのか。
ほんと……嫌な人。
「…お疲れ様です、近藤さん。」
私は腹をくくり、振り返って頭を下げた。
彼女は一体どんな告げ口をするつもりなんだろう。
「何かあったのか?」
「いえ…、その……」
口ごもる私を、
「?」
近藤さんが不思議そうに見る。
…ここは変に誤魔化さない方がいい。
ルウさんが何か言っても、私さえブレなければ――
「局長さん、」
…きた。
「私が原因なんです。」
え?
「少し、指を挟んでしまいまして…。」
思いもしない穏やかな言葉。
「指を…?」
近藤さんがルウさんの手元に目を落とす。
「そうなんです、この洗濯カゴで。それを紅涙さんが心配してくれて…。」
話しながら私を見た。
求められている態度が目に見える。
こじらせないためにも…今は乗るしかない。
「…そうです。」
自然と薄い溜め息が混じった。
助け舟を出されたみたいで、気分が悪い。
「で、指の方は大丈夫だったのか?」
「大丈夫です、お騒がせしてすみませんでした。」
苦笑を浮かべ、洗濯物を拾う。
私も拾うのを手伝うと、ルウさんがコソッと話し掛けてきた。
「紅涙さんに貸し1ですね。」
「…この程度で借りたとは思ってません。」
「あら…、…そうですか。」
洗濯物を手にした彼女が、私より先に身体を起こす。
すると近藤さんが「ああそうだった」と何かを思い出した。
「紅涙君、さっきとっつぁんから電話があったよ。」
「え!?」
「しっかりお叱りを受けた。『ぬるい捜査してるからだろうが!』ってな。」
肩をすくめ、「いつも通りだったよ」と笑う。
「じゃあ…私達に呆れてたわけじゃ……?」
「ああ。忙しくて連絡できなかっただけなんだって。」
「なんだ…、」
よかった…!
「キリノの解剖結果は明日にでも報告できるそうだ。」
「こちらにいらっしゃるんですか?」
「どうだろうな。でもその時は参謀の意見も聞きたいから、盗み聞きなんてせずに、ちゃんと参加しろってさ。」
「うっ…。」
思わず顔が引きつる。
そんな私に、
「そう言えば気になってたんですけど…」
ルウさんが口を開いた。
「紅涙さんは真選組の参謀…なんですか?」
“他の方は『参謀』と呼ばれてないようですけど…”
純粋な質問なのか、裏があるのか。
私は彼女に「ええ」と静かに頷いた。
「翌月から参謀になります。ですので、皆さんには来月以降に認知してもらう予定で――」
「いやいや違うぞ?もう月も跨いでるし、紅涙君は既に参謀だよ。」
「あ……」
そっか…、
もうそんなに日が経ったんだ。
「紅涙さんが真選組の参謀…ですか。」
「…そうですけど。」
『それが何か?』と視線で返す。
彼女は少し黙り、「じゃあ」と言った。
「お祝いしないと!」
胸の前でパチンと手を叩く。
……はぁ?
「『お祝い』?」
「昇進ですよね?おめでたいことじゃないですか!」
嬉々として話す姿に、この人は何を考えてるんだろうと思った。
「……結構です。」
「どうしてですか?」
「まだ事件も解決できてませんし、他にも気鬱なことがありますので。」
『アナタのことですよ』と声には出さずに睨みつける。
けれどルウさんは私の視線をものともせず、「だったらなおさら!」と笑顔で続けた。
「決起するためにもお祝いしましょう!」
「必要ありません。お断りします。」
「サクッとケーキも焼きますから!」
「結構で――」
「何!?フミモチさんはケーキを焼けるのか!?」
ああ…、
近藤さんが食いついてしまった。
「はい!私、お菓子作りが得意なので、ケーキもそこそこ自信あります!」
「おおっ、それはぜひ食べたい!いや〜何年ぶりかな〜、誰かの手作りケーキなんて。」
嬉しそうにして目元を拭う近藤さんに、私は呆れて溜め息をこぼした。
「大げさですよ、近藤さん。これまでの誕生日ケーキも、ちゃんとパティシエの手作りです。」
「いやそういう手作りじゃなくて…」
「では紅涙さんの件、他の女中に伝えきます!」
「え!?ちょっ…」
ルウさんは満面の笑みを浮かべ、足早に立ち去ろうとする。
「ちょ、待っ…!」
引き留めようとすれば、
「いいじゃないか、紅涙君。」
近藤さんが穏やかに止めた。
「ここ最近の忙しさには隊士も参っていたところだ。彼女が言った通り、決起のためにも昇進祝いをしよう。」
「でもっ」
「なァに、少しくらい息抜きしても罰は当たらんさ。プチ昇進祝いだ。」
「……。」
有難いことだけど、今はあまり非日常なイベントを控えたい。
あの人に隙を見せるようなことは…したくない。
それでも、
「……わかりました。」
そんな理由を口にも出来ず、私のプチ昇進祝いは明日に執り行われることが決まった。
「はぁぁ〜…。」
自室へ戻り、横になる。
「なんか…何も出来なかったのに疲れた……。」
ルウさんから事件のことを聞き出すはずが、本題にすら入れずに終えてしまった。
私に伝えてきた時は開き直っていたように見えたから、てっきり話してくれるかと思ってたのに…。
「余計な予定まで作っちゃって…、……もう。」
自分の対応の悪さに嫌気がさす。
「レコーダーだって、せっかく良い物を沖田さんから借りたのに…。」
髪からピンを抜き取った。
内側の隅で赤いランプが点灯している。
「えっと…停止ってどこを押せばいいんだっけ?」
目視できる範囲にボタンは一つ。
長押ししてみたり、何度か押してみるけど、ピッと音が鳴るだけで赤いランプは消えない。
「確か沖田さんは……」
『ここを1回押せば1時間、2回押せば2時間録音。ちなみに止めるのはココで』
「…"ココ"ってどこ。」
声は思い出せても、映像が浮かばない。
とりあえず分かるのは、私は今数えきれない回数、録音ボタンを押してしまっているということだ。
「ど、どうしよう…。」
でも最高2時間の容量だったよね。
古い録音データは上書きされるって言ってたし、つけっぱなしでも問題ない気がする。
「まぁいっか、あとで沖田さんに聞きに行こう…、…ふぁ、」
あくびが出る。
時計を見れば16時過ぎ。
「ちょっとだけ寝ようかな…。」
眠れるうちに寝ておこう。
いつ何が起こるか分からない。
もしかしたらさっきの私の動きに警戒して、ルウさんが何か事を起こす可能性もある。
『安心してください。十四郎さんと私の邪魔をしなければ、これ以上何かするつもりはありません』
“誰も傷つけないし、紅涙さんにも手を出さない”
そう言ってたけど…、信用なんて……出来ないし。
共犯者がいるなら…街で事件を起こして……騒ぎに…するかもしれないし。
そんなことをする意図は分からないけど、…きっと……彼女に何らかのメリットが…あるに決まって………
『……、……か』
…ん?
遠くで誰かの声が聞こえる。
『…い、……か?……ぞ』
この声、誰だっけ?
えーっと……、近藤さん?土方さん?
それとも他の……、……。
……ああダメ、頭が働かない。
まぁ私には関係ないし、ここは睡魔を優先しよう。
今夜も滞りなく過ごせるといいなぁ……
…という淡い期待は、違った形で叶わなくなった。
「おい早雨、聞いたぞ!?」
仮眠後、
若干の眠気を引きずりながら廊下を歩いていると、興奮気味な隊士から声を掛けられる。
ニヤつく顔つきから、緊急事態ではないと分かった。
「何の話ですか?」
「お前、参謀になんのか!?」
「えっ…」
なんでもう知ってるの?
「んだよ〜、やっぱ冗談だったのか〜。」
「あ、いえ…本当ですよ。参謀に…なります。」
「マジか〜!破格の出世じゃねェかよ、おめでとうさん!」
バシッと背中を叩かれる。
「あ、ありがとうございます。」
「今夜の"昇進祝い"、俺何したらいい?」
「…ええっ!?」
今夜!?
「な、なんだよ。」
「昇進祝いは明日…ですよね?」
「違ェよ、今日だよ今日。もう広間でも準備始まってんぞ。」
う、うそ…。
だって明日だって…
「でよ、早雨。何してほしい?踊るか?それとも歌う?」
「ああ…脱がないでいただければ結構です。」
「え〜。」
「プチ昇進祝いですよ?万が一に備えて飲む量も控えてください。」
「んなこと言っても、飲んだら脱ぐしかねェし。」
「じゃあお酒を禁止しましょう、参謀命令で。」
「げっ!……わかった、脱がねーよ。」
「よろしくお願いします。」
隊士は「ケッ」と吐き捨て、歩いて行く。
…って、それよりも何?今日が昇進祝い?
いつの間に変更されたの?
「起きたのか。」
声に振り返る。
土方さんだった。
「ああっ、いいところに!今、昇進祝いが今夜になったって話を聞いて…あ、その前に明日昇進祝いするって近藤さんと話してたんですけど――」
「落ち着け。知ってる。」
ぐちゃぐちゃに話す私を土方さんが小さく笑う。
「予定を変更したんだ。明日はとっつぁんが来るかもしれねェから、今夜にしようって。」
「あ…、そうだったんですか。」
なるほど。
確かに、松平長官の可能性を考えると明日より今日がいい。
「でも急遽変更になると、何かと大変なんじゃないですか?市中見回りのメンバーも調整しないといけないし…」
「んなことは主役が心配することじゃねーよ。お前は黙って祝われてろ。」
私の頭をグシャッと撫で、「2時間後に広間集合な」と言う。
「え、2時間後!?」
「ケーキが出来上がるまでそれくらい必要らしい。」
「ケーキ…」
ルウさんか。
「そんな顔すんな。」
しまった…、顔に出てたんだ。
「すみません…。」
「お前のケーキだから、ちゃんとマヨネーズ抜きにしろって伝えてある。普通に食えるはずだ。」
「……。」
そういうことは考えてなかったんだけど…。
「なんだよ、まだ文句あんのか?」
「…べつに。ありません。」
「言わねェと分からないって言ったろ、紅涙サマ?」
土方さんが片眉を上げる。
私は彼女の真実や不信感を胸いっぱいに溜めて、
「……酸っぱいイチゴは嫌です。」
違う言葉を言った。
すると、
「…………紅涙、」
土方さんが深刻な声で私を呼ぶ。
"呆れた"とか"ガキか"とか、
そんなことを言われそうで、私は視線を落としたまま「…はい」と返事する。
「…今夜の昇進祝い、」
「はい。」
「……俺は……、……。」
土方さんは難しい顔をしたまま口を閉じた。
「土方さん?」
「……いや、やっぱいい。」
「え、何――」
「じゃあ2時間後に広間。」
「ええ!?ちょっ…」
呼び止める私を、土方さんは軽く上げた右手であしらい立ち去った。
「な、何だったの…?」
こういうの、今日だけで2回目。
ルウさんといい、土方さんといい、みんな私を無視して行ってしまう。
「…好き合う者同士はどこか似てるって言うけど。」
二人が似てる…なんて、
お似合いだなんて、こんな時にまで思わせないでよ。
いずれ彼女に罪を償わせる私が、
まるで、
「悪者みたい…。」
最後は一人ぼっちになる、偽善者みたいだ。
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