22


境い目



昇進祝いまで、あと2時間。
ひとまず自室に戻ったけど、大してすることもない。

眠気もすっかりなくなってしまった。

「んー、だからと言って巡回に出るのも…。」

何かあったら最後まで対応できない微妙な時間。

「どうしよう…」

部屋を見回す。
机にでも向かおうかと思った時、

「紅涙、いやすか?」

障子の向こうで沖田さんの声がした。
「いますよ」と返事をすれば、障子がスッと開く。

「どうかしました?」
「参謀昇進、おめでとうごぜェます。」
「えっ、あ…、ありがとうございます。」
「1番ですかィ?」
「1番?」
「紅涙にお祝い言った人間、俺が初めですかィ?」
「あ、いえ。さっき隊士に言ってもらいましたよ。」
「チッ。んだよ、殺す。」

殺すって…。

「そうだ。」

私は鏡台の前に置いていたヘアピンを手に取り、沖田さんに渡した。

「これ、ありがとうございました。」
「ああ…成果は?」
「全くです。全然吐いてくれなくて。」

苦笑すると、「でしょうねィ」と鼻で笑う。

「こんなところまで入ってくるような根性ある犯罪者が、そう易々と跡は残しやせんよ。」
「あれだけ話した人だから期待したんですけど…」
「まァめげずに続けなせェ。いつかは何か得られるかもしれやせん。」
“とりあえず録った分は保存しておきまさァ”

話しながら、沖田さんがヘアピンを操作する。
けれど「あれ?」と首を傾げた。

「電源が入らねェ。こんなに早く充電が切れるはずないのに。」
「あ……。」

思い当たる原因がある。

「何。」
「その…私、止め方を忘れて、ずっとつけっぱなしにしてたんです。そのせいで切れちゃった…かな?」
「かな?じゃなくて、そのせいでさァ。」

呆れた様子で溜め息を吐き、沖田さんは改めてボイスレコーダーの止め方を教えてくれた。

「今回は大したもんがないから良かったものの、ちゃんと止めないと綺麗さっぱり消えちまいますぜ。」
「心得ておきます…。」
「じゃあ宴会が始まるまでには返しやすんで。」

軽く手を挙げ、沖田さんは立ち去る。

「そっか、昇進祝いの時にも付けておいた方がいいんだ。」

忘れないようにしないと。

…しかしそれから2時間経ってもヘアピンが手元に戻ってくることはなく。
それどころか、沖田さんが来ることすらなかった。

「もしかして私…壊してる?」

嫌な予感が頭をよぎる。

「ちょ、ちょっと見に行こうかな。」

部屋を出ようとした時、「紅涙」と呼ばれた。
この声は土方さんだ。

「はい?」
「何してんだ、宴会の準備は出来てるぞ。」
「あっ」

そうだ、2時間後に集合だった!

「今行きます!」

慌てて広間へ向かう。
どうりで沖田さんも来ないはずだ。
充電しないといけない時間もあるだろうし、はなから宴会の席で直接渡すつもりで――

「って、……あれ?」

いない。

「おっ!やっと主役の登場だぞ!」

待ちかねた様子の隊士達が私の顔を見てワッと盛り上がった。

「おめでとう早雨!」
「なんで先に昇進してんだコノヤロー!」
「参謀になっても敬語とか使ってやんねーからなぁ!」

彼らなりに愛ある祝福に感謝しつつ、広間の奥へと足を進める。
奥には近藤さんや土方さんが座っていた。

「遅くなってすみません。」
「いやいや、主役は遅れてこそ盛り上がるってもんだ。」
「お前の席はココ。」

土方さんが自分の隣に置いた座布団を叩く。
局長、副長と続いて並ぶ席は、まさに参謀席。

「なんか…恐縮です。」
「じきに慣れる。」

目の前の机には、溢れんばかりの料理。
隊士達が座る長机にも、たくさんの料理が並んでいた。

「こんなに早く準備してもらって…」
「女中の総力を上げて取り組んだそうだよ。彼女達にも参加してもらうよう声を掛けたんだが、構わないか?」
「はい、もちろんです。それよりも……」

私は改めて辺りを見回す。

「沖田さんはどこに?」
「あとで来るってよ。なんか妙に機嫌悪くてな。」
「え…」

やっぱりか…。

「お前が原因なのか?」
「たぶん…そうだと思います。」
「何したんだよ。」
「貴重な品を壊してしまったかと……。」
「貴重な品って?」
「その、あまり人には言い難い物でして……。」
「……なんだよ、気になるじゃねーか。」

じっと見てくる土方さんに苦笑する。
そこへタイミング良く女中達が部屋へ入ってきた。

「紅涙ちゃん、昇進おめでとう!」
「大したものは作れなかったけど、たくさん作ったからモリモリ食べてちょうだいね!」

部屋の入口付近から元気良く声を掛けられる。
私も「ありがとうございます!」と声を張り上げて返事すれば、土方さんが「もっと近くで話せよ」と笑った。

「ケーキはルウちゃんが綺麗に作ってくれたんだよ!」
「この子、ほんと上手いもんだわぁ!」

感心する女中の声に、一足遅れたルウさんが謙虚な様子で入ってきた。手には大きな2段のケーキがある。

「おおっ、すげー!」
「ほんとにフミモチさんが作ったのか!?」

ルウさんは手短に相槌を返し、私の前までやってきた。

「紅涙さん、昇進おめでとうございます。」
「…ありがとうございます。」

よいしょ、と私の前にケーキを置く。

「こりゃスゴい!まるで売り物みたいじゃないか!」

近藤さんが目を輝かせる。
土方さんも納得した。
確かに……すごく上手。

「よし、やっぱりまずはケーキ入刀だよな!」
「結婚式じゃねェんだから、とりあえず紅涙のお言葉だろ?」
「うっ……」

そうだよね…。
あまり好きじゃないんだけどなぁ…。

「ほら立てよ。」
「紅涙君!マイクマイク!」

そう言われて近藤さんの愛刀を渡される。

「マ、マイク?」
「どうやってマイクにすんだよ。」
「これをこう刃先を下にしてだな、柄の部分をマイクに見立てて喋るんだ。これぞ虎徹の夜の顔!虎徹inスタンドマイクstyle!!」
「知るか!」

土方さんが虎徹を後ろへ投げ捨てる。

「ああっ、俺の虎徹〜!!」
「紅涙、挨拶しろ。」
「は、はい。」

結局、何も持たずに私はその場に立って頭を下げた。

「えっと…、今日は急な予定にも関わらず、こんなに素晴らしい会を開いて頂きありがとうございます。」
「堅苦しいぞ〜!」

ヤジに笑いが重なる。
私も小さく笑い、「ですね」と言った。

「こうやって参謀に任命してもらえたのは、皆さんとの毎日があってのことです。」
「いいぞ早雨ー!」
「俺達に感謝しろー!」
「給料上げろー!休み増やせー!」
「おい誰だ、関係ないヤジ飛ばしてるヤツは。」

土方さんの眉がピクリと動く。

「と、とにかく本当にありがとうございました。それと、これからも変わらずよろしくお願いします。」
「ほんとに“変わらず”だからなー!」
「特別扱いしねーからなー!」
「死ね土方ー。」
「おいコラァ!!今言ったヤツ出てこい!」

あれ?今のって……。
部屋を見回す。
入り口付近で沖田さんを見つけた。

「沖田さん来てたんだ!」
「なんでそんな遠いとこに座ってんだよ、お前の席はこっち。」
「お構いなく。俺ァここで大人しくしてまさァ。邪魔したくねーんで。」
「「?」」

土方さんと顔を見合わせ、首を傾げる。

「潮らしいのは良いことだが不気味だな。」
「私に怒ってるというより、単に元気がなさそうですね。」

どうしたんだろ…。
ヘアピンが壊れたせい?
もうこの様子だと、ボイスレコーダーは貸してくれないだろうな…。

「話は俺があとで聞いておく。お前は先に乾杯しろ。」
「あ…そうですね。すみません皆さん、お待たせしました。グラスをお持ちください。」

隊士達が嬉々としてグラスを手に取る。

「ではここにいる非番の方々も緊急時に備え、飲酒は極力控えるように!かんぱーい!」
「「か、かんぱーい」」
「飲みづらい乾杯しやがって!」
「すみません、でも事実なので。忘れず楽しんでくださいねー。」
「きっちりしてんなー。」

笑いながら、隊士達は互いのグラスに酌を始める。
近藤さんも長机に移動し、隊士の輪に入った。
土方さんは席を立つと沖田さんの元へ向かう。

って、

「おいおい。」

一人ぼっちじゃん、私。
そもそも自分の席にいるのが間違いなの?主役だけど。

こんな場所で飲んだことがないせいで、勝手が今ひとつ分からない。
せめて私も沖田さんの様子を見に行こうか。
原因は分からないけど、きっと私に関係が――

「紅涙さん。」
「!」

いつの間にか、傍にルウさんが立っていた。

「っ、は…はい。なんですか?」
「ケーキ、喜んで頂けましたか?」
「え……ええ、すごいですね。本当に上手で…驚きました。」
「味にも自信があるんですよ。今切りますから、食べてみてください。」

そう言って、ルウさんがケーキを切り分け始める。

「えっあの、まだケーキは…」
「いいじゃないですか。暑さで生クリームが溶けると味も変わっちゃうんです。ひと口だけでも食べてみてくださいよ。」

どうしても食べさせたいらしく、ルウさんは切り分けたケーキを皿に載せ、ニコニコしながら私に差し出した。

「どうぞ。」
「あ、ありがとう…ございます。」

皿を受け取る。
ルウさんは私の前に腰を下ろした。

「……。」
「……、」

あとで食べるわけにはいかないらしい。
さすがに皆が食べるものに毒なんて入れてるとは思わないけど……可能性もゼロじゃない。

「早く食べてください、紅涙さん。」

にこにこ、ニコニコ。
綺麗すぎる彼女の笑顔が歪んで見える。
これは私的な感情のせいだ。

「……いただきます。」

食べよう。
食べないと解放されない。

「あ、どうぞ。」

わざわざフォークを手渡してくれる。
私はそれを受け取り、ケーキに落とした。
いや、落とそうした時に、

「待て。」

土方さんが来た。

「十四…っ、土方さん。」

頬を赤らめたルウさんが、名前を訂正して呼び直す。
土方さんの表情はよく分からない。
険しいような、無のような、なんとも言えない顔だった。

「そのケーキ、俺に食わせろ。」
「「えっ…」」

私とルウさんの声が重なる。
ただ、意味は全く違った。
私は疑問、ルウさんは小さな喜びを含んでいる。

「なんで…土方さんが先に食べるんですか。」
「食いたいから。」
「マヨネーズ入ってませんよ?…ですよね?ルウさん。」
「は、はい。入れないように…言われたので。」
「わかってる。貸せ。」

それって…自分が先に食べたいってこと?
ルウさんの手作りした物だから?
誰よりも先に、恋人の物を食べたいから?

だったら……こんなに気分が悪いものはない。

「…いえ、私がいただきます。」

絶対、先に食べてやる。

「っおい」

フォークでケーキを切り、口に入れた。

「紅涙!!」

大きな土方さんの声に、何事だ?と広間中の注目を浴びる。
私自身も驚いた。

「なっ…そ、そこまで必死にならなくても。」

たかがケーキに。

「また作ってもらえばいいじゃないですか。」
「何もないのか!?」
「え?」
「何も異変はないのか!?」

い、異変?

「おいしい…ですけど。」
「貸せ!」

土方さんが私の皿をひったくる。
フォークでケーキをザクザクと切り、息を吐いた。

「何なんですか?一体。」
「お前もつくづく幸運な奴だな。」

ケーキの中に指を入れ、私に見せる。

「これを食わねーなんてよ。」

見せられたのは、生クリームとスポンジに汚れた、一片のカッターの刃。

「っ」
「え!?」

私よりも先にルウさんが驚きの声を挙げた。
口元に手を当て、「どうしてそんな物が!?」と言う。

「ごめんなさい紅涙さん!私が作ったケーキにそんな物が入っていたなんて…っ。」

話しながら目に涙を溜め始める。

「私っ、私っ…」
「大丈夫っすよ、フミモチさん。落ち着いて。」
「フミモチさんのせいじゃねぇんだし、早雨にも怪我はなかった。気にすることねぇって。」

隊士達がルウさんを慰める。

「でも私がもっと気をつけておけば…っ!」
「……。」

私は土方さんの手にあるカッターの刃を見た。
刃の大きさは親指の爪くらい。
そもそも調理場に不釣り合いな物だ。

「本当にごめんなさいっ!」

彼女が頭を下げる。

「お前もフミモチさんに何か言ってやれよ。」
「気にしてねーだろ?」
「……。」

私は、何も言えなかった。
脳が70%…いや80%以上、彼女を疑っている。
そして、恐ろしく思っている。

「おい早雨、聞いてんのか?」
「まさかお前、わざとフミモチさんがやったと思ってるんじゃ――」
「まぁまぁ。詮索は後にしようじゃないか。」

近藤さんが座を取り持つ。

「トシの機転で事なきを得たことだし、この話は置いておこう。」
「だが局長!」
「昇進祝いは始まったばかりなんだぞ?あとでいい。」

近藤さんの言葉に、皆が口をつぐむ。
局長がそう言うなら…と、皆は席に戻った。

「フミモチさん、君も戻りなさい。」
「はい…。じゃあケーキは下げておきますね。」
「いや、ここに置いておいてくれ。」
「え、でも…」
「構わん。ケーキ自体は美味しいようだし、廃棄してしまうのは勿体ない。」
「……わかりました。」

ルウさんが苦笑して頭を下げる。
そしてもう一度私に謝罪すると、女中達が集まる席へと戻って行った。

「紅涙君、すまないね。こんなことを引き起こしてしまって。」
「いえ、近藤さんが悪いわけではありませんので…」
「そうでもないよ。少し油断していた。」

…え?

「それって……」
「紅涙。」

土方さんが口を挟む。

「マヨネーズが切れた。持って来い。」

…はい?


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