23


その人らしさ



土方さんはマヨネーズで真っ白にした料理皿を前に、私を見る。

「マヨネーズが切れた。持って来い。」

……。

「あの、土方さん。」
「なんだ。」
「今、結構深刻な事態だったんですけど、それを承知で…?」
「承知で。カッターの件は気にするな。」

気にするなって……。

「もう少しで口の中を切るところだったんですよ!?」
「あんな食い方するからだろ。」
「だって土方さんが食べるって言うから!」
「なんで俺が食べたいっつったらお前が食うことになるんだ?」
「そりゃあっ……、……。」

口ごもる。
土方さんは空になったマヨネーズを机にトンッと叩きつけた。

「黙り込む暇あるなら俺のマヨネーズ持って来い。」

なんなんだ、この人は!

「わかりましたよ!」

フンッと音がしそうな勢いで顔を背け、立ち上がった。
土方さんは私の背中に、「食堂の冷蔵庫に5本あるはずだから」と告げる。

「全部持ってこいよ。」

どんだけ使う気!?
小言を言いたくなったけど、私はそのまま振り返らずに広間を出た。

廊下を歩いていると、お手洗いに立っていた隊士とすれ違う。

「よ!参謀もトイレ?」
「…マヨネーズです。」
「トイレでマヨネーズ!?」
「そんなわけないじゃないですか!土方さんからマヨネーズを頼まれたんですよ。」
「ああ、いつもの小姓役な。参謀になっても変わんねぇな!」

ギャハハと笑いながら去っていく彼は、おそらくほろ酔い気分だ。

「飲みすぎないでくださいよ!」

声を掛ければ、ひらりと手を挙げる。
これは早めにお開きにしないと、酒で潰れる人が発生し兼ねない…。

「みんなが息抜き出来てるのは良いことだけど……はぁ。」

食堂に入り、電気をつける。
調理場の奥にある冷蔵庫を開けた。

「うわ…。」

本当にマヨネーズが5つ並んでいる。

「これ全部持って来いって…全部使う気なのかな。」

想像してみる。
……うん、使いそう。

「その前に、普通私に頼む?」

今日の主役ですよ?
それに、あんなことがあった後なんだから。

「偶然の事故じゃなかったら、きっとこういうタイミングも狙うよね。」

私なら狙う。
一人になったところを背中からグサッと。

「グサッ……」
「何が臭いんだ?」
「!?」

ビクッと身体が揺れた。

「おー、すげェビビり様。」

背後でクツクツと笑う声が聞こえる。
私は恥ずかしさと不満を顔に浮かべ、振り返った。

「土方さん!驚かせないでくださいよ!!」
「お前が勝手に驚いたんだろ。紅涙、水入れてくれ。」
「なっ……自分でっ」
「みーず。」

話しながら煙草に火をつける。
やけにワガママな態度に溜め息を吐きつつ、私はグラスに水を入れた。

「……どうぞ。」
「サンキュ。」

灰皿を引き寄せ、煙草を置く。
いやいや、

「と言うか!」
「なんだよ急にデカい声で。」
「なんでここにいるんですか!来るなら自分でマヨネーズを取りに来れば良かったのに!」
「文句は近藤さんに言ってくれ。」

水を一気に飲み干し、「あー…」と言って机に突っ伏した。
少し気怠そうに見える。

「…どうかしたんですか?」
「ん、……れた。」
「え?」

突っ伏したまま話すせいで、話が聞き取れない。

「なんですか?」
「……さい。」
「さい?」
「うるさい。」
「……え」

土方さんは私のいない方へ顔を向ける。
私は土方さんの黒い後頭部を見ながら顔を引きつらせた。

「う、うるさいって…」
「…盛られた。」
「?」
「近藤さんにコップ、すり替えられて。」
「え!?」
「一気飲みしたら…酒で……」

ああ…だからこんな態度だったのか。
お酒弱いからなぁ、土方さんは。

「大丈夫ですか?」
「ん……ん」

『ううん』?
否定!?

「もう一杯お水飲みますか!?」
「……。」
「土方さん!?」

反対側に回り込む。
気持ち悪くて青ざめているのかと思いきや、スヤスヤと寝息を立てていた。

「なんだ……よかった。」

眠れるなら大丈夫だよね。

「すぅ……、」
「……。」

…にしても、まさか寝顔を見れるとは。

「ここ最近の疲れが出てるんだろうな……。」

眉間には、まだ僅かな皺が残っている。
私は小さく笑い、隣の席に座った。

「しばらく見張っておきますから、ゆっくり眠っていいですよ。」

何か掛ける物を持ってこようか。
いや、掛ける時に起こしてしまうかもしれない。
このまま静かにしててあげよう。

「……綺麗な顔。」

長いまつ毛に、切れ長の目。
鼻筋の通った形のいい鼻に、程よい分厚さの唇。

「……写メ撮りたいな。」
「ん……、」
「!!」

土方さんの眉間に皺が寄る。
無意識に近付いていた身体を離した。

あ、あぶない……。

けれど土方さんはまたすぐに寝息を立て始める。
私はホッと胸を撫で下ろし、懲りずに寝顔を見た。

「……すぅ、………」

時折、僅かに唇が動く。
なんというか、それが愛おしい。

「無防備だなぁ……。」

寝ているから当たり前なんだけど。
こういう時にキスしたくなる人の気持ちがすごく分かった。

「……してもいいかな。」

いやダメだよね。
でも頬にチュッとするくらいならバレない?
いやいや、バレるとかバレないとかの問題じゃないでしょ。

「ち、近付いてみるだけなら……いいかな。」

こんな機会、きっと二度とない。
だって土方さんはルウさんの彼氏。
どんなに最低なことをした彼女でも、土方さんが嫌わない限りお淑やかな女性で…

私が入る余地なんてない、恋人同士。

「……何やってんだろ、私。」

こんなことしちゃダメじゃん……。
しても、虚しい。

身を離す。
その時、土方さんがパチりと目を開けた。

「え…」

目が合う。

「紅涙、後ろ。」
「…え?」

え、ちょっ……え、後ろ?
振り返るよりも先に、土方さんが私の腰をグッと抱き寄せた。

「ええ!?」

なんで!?
パニックに陥る私をよそに、土方さんは傍にあった灰皿をフリスビーのようにして投げる。

つまり私の後方で、

――ガシャン!!

灰皿は大きな物音を立てた。
けれど同時に、小さな「キャッ」という声も聞こえる。

まさか…、

「俺がいるにも関わらず、事を成し遂げようとするとは……」

まさかまさか…、

「テメェちょっと真選組を舐めすぎだろ。」

私は土方さんの胸を押し、振り返った。
そこには、

「ルウ…さん、」

右手を擦るルウさんが立っている。
彼女の足元には包丁が転がっていた。

「私を……刺すつもりで?」

いつの間に食堂へ入ってきてたんだろう。
いつからここにいたんだろう。

「そうですよ、嘘つき紅涙さん。」
「嘘つき?」
「私言いましたよね。十四郎さんとの邪魔をしなければ、あなたに手を出さないって。」


『安心してください。十四郎さんと私の邪魔をしなければ、これ以上何かするつもりはありません』
“誰も傷つけないし、紅涙さんにも手を出さない”


「でも邪魔をした。約束を破ったあなたが悪いんです。」
「っ…、」

未遂だけど、駆り立てたのは私…。

「私を犯罪者にするのは、いつも紅涙さんですよ。」
「……、」
「責任取って消えてください。」
「笑わせんな。」

土方さんが席を立つ。

「黙って聞いてりゃあ、なに自分のこと棚に上げて話してんだテメェは。」
「と、十四郎さん…」
「約束破ったからって刺していいわけねェだろーが。」
“そもそも約束自体が狂ってんだよ”

土方さんは私の腕を掴み、後ろへ下げた。
事の他、現状を冷静に対応する様子に少し驚く。

自分の信じる彼女がやっぱり犯罪者だったなんて真実、どうしてこうもすんなりと受け入れられるんだろう。

「先に紅涙に仕掛けたのはテメェだ。」
「『テメェ』だなんて……名前で呼んでください、十四郎さん。」
「うるせェよ。さっきの件、早めに吐いておけ。」
「一体何の話か私にはさっぱり……」
「知らぬ存ぜぬでやり過ごせると思うなよ。カッターを仕掛けたのはお前しかいねェんだから。」
「…どうして?他にも出来る人はたくさんいます。」

ルウさんはキュッと口を結んで、力強い眼差しを向ける。

「私はずっとケーキの傍にいたわけじゃありません。だから他の女中が刃を混入させたに決まって――」
「お前しかいねェんだよ、知らないのは。」

『知らない』?

「何…が?」
「局中法度 第84条。屯所内に刀、包丁以外の刃物を持ち込むべからず。」
「!!」
「え!?」

ルウさんも驚いたけど、私も驚いた。
無意識に声が漏れた私を、土方さんが横目でチラりと見る。

「うちにカッターなんてものは一本たりともねェんだよ。」

彼女に言いつつ、私にも言っているように見えた。

「それを知らないのはテメェだけ。」
「っ……、」
「仮にお前が入れてないとしても、ここで包丁を持って立っていた事実は言い逃れ出来ねェ。」

土方さんが外堀を埋めていく。

「とっとと白状しろ。」

しかしルウさんはまだ首を振った。

「でも…ケーキには何もしてません。」
「その答えに嘘はないんだな?」

真っ直ぐに睨まれ、ルウさんは目を伏せて頷く。

「私じゃありません。」

さすがに凄いと思った。
普通なら折れる。
それでも折れないのは、本当にやってないから…?

「そうか。」

土方さんが煙草を咥える。
火をつけ、呆れたように溜め息を吐いた。

「一瞬でも、お前みたいな奴を同じマヨラーだと思っていた自分が情けねェよ。」

土方さんが軽く右手を上げる。

「もういい。連行しろ。」
「え?連行って……」

途端、ドタドタと複数の隊士が食堂に入ってきた。

「土方さん、これは…?」
「アイツを捕まえるための作戦。」
「え!?」

ルウさんは隊士に腕を取られ、「触らないで!」と暴れる。

「い、いつからこんな策が…。」
「お前が総悟にボイスレコーダー借りた時。あの後、総悟が俺のとこに来たんだよ。」


『やっこさんを捕まえるのに本気出すみたいですぜ、紅涙』
『…そろそろ白黒はっきりしなきゃならねェな』
『結局のところ、土方さんはどっち側なんですかィ?』
『どっちでもねェよ。俺が信じるのは、この目で見たものだけだ』
『だったらもし紅涙の間違いを目にしても、冤罪をかけた者として罰する覚悟が?』
『……あるに決まってんだろ』
『なるほど、確かに中立でさァ』
『見れる機会さえありゃ万事解決する。ただそこが中々ないせいで……』


「そういう時に、運良く紅涙の昇進祝いの話が湧いてな。お前には悪いが利用させてもらうことにした。」

…知らなかった。
策が練られていたこともだけど、
土方さん達がちゃんとルウさんを被疑者として考えててくれたなんて、知らなかった。

私だけが動いているんだと思っていた。
もうみんなルウさんのいる生活が当たり前で、疑いすら忘れてしまったんだと思っていた。

ちゃんと考えててくれたなんて……嬉しい。

「ありがとうございます、土方さん。」
「いや、礼なら総悟に言ってくれ。俺には言われる資格がない。」

「痛い!放してってば!」

悲鳴に近い声が響き、二人で見る。
ルウさんは身をもじりながらも、こちらをギッと睨みつけた。

「なんで!?なんでみんな私に味方してくれないの!?なんで紅涙さんを選ぶの!?」

身体を折り曲げて、体の底から叫ぶ。

「私の方が料理も出来るし、見た目にだって自信がある!完璧な私なのに、どうしてダメなの!?」

必死な彼女の言葉に、腹は立たなかった。
どちらかと言うと痛々しくて、悲しい。

だけど、

「あなたは手に入れてたじゃないですか。」

ルウさんは間違っている。

「私なんて存在は、恋人のあなたに比べれば取るに足らないものです。意識する必要なんてない。」
“なのにどうして自分の手で壊すようなことをするんですか?”

せっかく想い合っているのに…
こんなの、土方さんを裏切る行為でしかない。

「……紅涙、」

土方さんが怪訝な顔つきで私を見る。

「お前、なんの話をしてんだ?」
「なんのって…土方さんとルウさんの話ですけど。」
「……恋人ってのは?」
「土方さんとルウさんのこと…、……え?」

もしかして、

「付き合ってない…ですか?」

ルウさんを見て、土方さんに視線を戻す。
土方さんは眉間を押さえて、「当たり前だろーが」と言った。

「なんでそんな話になるんだよ。」
「ルウさんから聞いたんです。告白した時に、土方さんからも想いを告げられたって。」


『土方さんは…いえ、十四郎さんは、私に『俺も好きだ』と返してくださいました』


「あれは嘘だった…てことですか?ルウさん。」
「…そうですよ。」
「……、」
「自分を殺そうとした人間の話を鵜呑みにするなんて、頭のネジが足りないんじゃないですか?」
「……。」

何も返せない。
でも付き合ってないと聞いて、少し窮屈な胸の中が空いたのを感じた。

「ほう、」

土方さんは煙草を指に挟み、細く息を吐き出す。

「なら何か。テメェは平気な顔して、紅涙に嘘を信じさせてたってのか。」
「……。」
「その上で、紅涙が嘘つきだの、約束と違うだの言っ
てたわけか。」

ハッと吐き捨てるように笑い、

「性根から腐ってやがる。」

土方さんがルウさんを見た。

「そんな醜いお前の話を信じて聞いてやってた紅涙が哀れでなんねーよ。」

ルウさんは私を見て、唇を噛んだ。

「こうなったのは、全部紅涙さんのせいだもの。」
「……、」
「紅涙さんがいるから、私の想いは届かなかった。」
「そ、それは違……」
「あなたさえいなければ良かったのにっ!!」
「おい、勝手に決めつけんな。たとえ紅涙がいなくても、俺の人生にお前をいれる気なんてねェよ。」

冷めた声で土方さんが言う。

「自分に自信があるのは結構だが、そういうもんは他人から言われて初めて意味を成すもの。」
“ありもしない話に期待したいなら、せめてその歪んだ性格を叩き直してから言え”

ルウさんは強く眉を寄せ、うつむいた。
そしてポツりと呟く。

「……大嫌い。」
「!」
「もうみんな大嫌い。死んじゃえ。」
「ルウさん…」
「真選組なんて潰れちゃえばいいのよ!」

叫び終えると、今度は悔しそうに泣き始める。

「……ガキかよ。」

土方さんが呆れた。
でも…あながち間違ってないと思う。

ルウさんはすごく子どもなんだ。
お淑やかで誰にでも笑顔で接する彼女は偽りで、本当はワガママで自分勝手な女性。

好まれるためなら善悪問わず何でもして、
自分に文句をつけたり、拒むような人なら受け付けない。

「ルウさん…、」

分かりたくないのに、彼女の気持ちが少し分かる。
どことなく似ているような気がした。

醜い自分の内面に。

「まぁ落ち着きなよ、フミモチさん。そこまで落ち込まなくても、俺達の間では結構人気あったからさ。」

ルウさんの腕を拘束していた隊士が彼女を慰める。

「そーそー。可愛いし料理できるし、家庭力高いし。」
「性格を改れば、きっと一般的な幸せを手に――」
「うるさい!私は権力のある人に好かれたいの!あなた達みたいなザコに好かれても意味ないの!」
「ザ……、」
「ザコ……。」
「すげェ物言い。」

思わず土方さんが笑う。
隊士達はさすがに顔を引きつらせて言葉を失った。

「こんな女だったなんて……」
「わかったなら、ボーっとしてねェで連れて行け。」
「う、うっす。ほら行くぞ。」

ルウさんが食堂から引っ張り出される。
彼女は最後まで「痛い」とか「やめて」と抵抗した。

その顔が見切れる間際、

「紅涙さん!」

屯所中、いや外にまで漏れ聞こえそうな大声で呼ぶ。

「私、あなたのこと絶対に忘れないから!出てきたら必ず殺しに行くから!」

「覚悟して!」と叫ぶ頃には、彼女の姿はもうない。

「う、うわー……」
「もはやお前が目的になってるな。」

再び二人きりになった食堂で、土方さんは落ちていた灰皿を拾いながら笑った。

「アイツ、本当は紅涙に惚れてたんじゃねーのか?」
「やめてくださいよ、狂気的すぎます。」

でも彼女なら本当に会いに来そうだ…。

「まァ殺すなんて言ってるうちは出てこれねェさ。」
「…猫をかぶって早々に出て来たら?」
「その時はまた俺が助ける。紅涙に手を出させたりしねェよ。」
「土方さん……、」

胸が甘く痛む。
土方さんは小さく笑い、ゆっくりと手を伸ばした。
そして、

「とりあえずは、」

その手を、

「お前に怪我がなくて良かったよ。」

私の頬に添えた。


- 24 -

*前次#