24
似て非なる者達
今、私の全神経は右頬にあった。
だって…頬に土方さんの手が触れている。
「遅くなって悪かったな。」
「遅く…?」
「はじめからお前の言うことを信じてれば、ここまで長引かせずに済んだ。俺が信じなかったばかりに…」
「いいんですよ、それは。」
「?」
土方さんが小首を傾げる。
「確かに、聞く耳を持ってもらえなかったことは逮捕が遅れる原因の一つになったと思います。でも…」
でも客観的に見れば、それもまた必要な時間だった。
「仲間の意見だからと言って、話を鵜呑みにしないのは土方さんの良いところです。」
「紅涙…、」
「私達の考え方が同じじゃないから、真選組のバランスは保たれてるんですよ。」
まぁ無事にルウさんが確保された今があるから、そう思えるのかもしれないけど。
「……そうか。」
土方さんはフッと笑い、目を伏せて頷いた。
「やっぱりお前を参謀にして間違いなかった。」
「ふふ。まだ参謀らしい活躍はしてませんけどね。」
「いや、紅涙が傍にいるだけで心強い。」
おもむろに、土方さんの手が私の髪を撫でる。
こめかみ辺りの髪に触れ、
「これからも俺の傍で支えてくれ。」
優しく耳の後ろへと流した。
その動作は鳥肌が立ちそうなほど甘く…
「え…あ……あの……」
思わず固まる。
こんなこと、今まで一度もない。
頬に触れられたことすら、今日が初めてなくらいなんだから。
「紅涙……」
艶のある声音に鼓動が早くなった。
こ、この状況、まさか…
「土方…さん……」
まさか土方さんも私のことを……!?
「…ん?」
待て待て、落ち着け自分。
「なんだ、どうした?」
「い、え…あの……」
そう言えばさっき、土方さんはお酒を飲んでいる。
つまりこの状況……
「もしかして…酔ってます?」
お酒のせいじゃない?
近藤さんに盛られたという、コップ一杯の酒。
饒舌にルウさんを追い詰めることは出来ても、気が抜けた今となって酔いが回ってきたのだろう。
「もう……、驚かせないでくださいよ。」
「何の話だ。」
「ここへ来る前、近藤さんにお酒を盛られたんですよね?酔ってるんでしょう?今。」
土方さんは少し黙って、
「ああ、…あの話か。」
合点がいったという様子で頷く。
鼻先で小さく笑い、「紅涙、」と私を見た。
「ありゃ嘘だ。」
「え?」
「俺は酒なんて飲んでない。だから欠片も酔ってない。」
「……へ!?」
「全部アイツをけしかけるための芝居だったんだよ。」
けしかける?
「ど、どういう意味ですか…?」
「つまりだな、」
土方さんの話によると……
私が食堂へ向かった後、すぐにルウさんは土方さんの隣を陣取ったらしい。
そんな彼女を見て、今自分が食堂へ行けば必ず密かに後を追い、様子を伺いにくるだろうと予測。
「俺達が親しくする姿を目にした時、アイツがどんな態度を取るか本性が見れると踏んだんだ。」
「そのために酔ったふりを…?」
「ああ。もし襲うとしたら、シラフの俺がいると阻まれちまうからな。」
「ですね…。」
「なおかつ直前まで犯行に気付かない状況も必要だった。」
『お前が座る向きも重要だったんだぞ?』と、土方さんは煙草に火をつける。
「じゃあ偶然うまく座ったからルウさんは」
「んなわけねェだろ。出入口を背にして座るのも計算通り。」
「計算通りって……」
「紅涙の行動も読んでたってことだ。」
す、すごい…。
ルウさんの行動だけじゃなく、私の行動まで予想して練られていたなんて。
でも私があの場所に座ったのって、土方さんの寝顔を見たかったからなんだけど……
え。
「あの、土方さん。…質問が。」
「なんだ?」
「私の行動も読んでたって…その、どう読んでたんですか?」
「ほぼそのままだな。寝てる俺を何かしら襲う。」
襲う!?
「総悟みてェな歪んだ出世欲か、別から来るもんかは知らねェが。」
ふぅと煙を吐き、細めた目で私を見た。
「どっちだ?」
「どどどっちとは……」
「なんで俺にあんなことしたんだよ。」
『あんなこと』って……。
「っお、覚えてません。」
としか言い様がない。
土方さんは「へー」と薄っぺらい返事をした。
「なら何したか言ってやる。思い出せ。」
「えっ」
「いいか?お前はスヤスヤ眠る俺に、こう顔を近づけてだな…」
「わっわかりました!」
近づこうとしてきた土方さんの胸を押す。
「思い出しました…、自分のしたこと。」
「で?どっちなんだ。」
片眉を上げる。
答えを待つ視線が痛い。
「べ、別から来るもの…です。」
「具体的に。」
「うっ…、……。」
「まだ隠すつもりか?そこまで言ったんなら言えよ。」
土方さんはフッと笑い、灰皿に煙草を叩いた。
「『言え』と言われましても……」
口ごもる。
だって、言うこと=告白だ。
言っていいの?
土方さんはルウさんと付き合ってなかったし、何より捕まったんだから縛りはない気がする。
でも仕事をやりづらくなる可能性は残っている。
だから……
「……土方さん、」
「ん?」
言うなら、何か保証が欲しい。
「具体的な部分を聞いても……今まで通りに私を見てくれますか?」
「……。」
土方さんは黙り見て、
「そりゃ難しいな。」
首を振った。
「だが悪いようにはしねェよ。」
「……、」
「約束する。」
土方さんの瞳に嘘はない。
ここまで言うのなら、
「……わかりました。」
伝えよう。
何か支障が出た時は、詰め寄ってきた土方さんが悪いと言えばいい。
……なんちゃって。
「そこまで深刻な話じゃないんですけどね。」
「わかってる。」
『わかってる』?
「続けろ。」
「あ…はい。あの……私…、その……土方さんの寝顔が見たかったんです。」
「なんで?」
「き、…貴重だから。」
「聞き方が悪かったな。なんで顔を近付けた?」
「っ……」
「なんで俺にキスしようと思った?」
「っ!そ、れは……、……。」
恥ずかしすぎる…!
目を伏せ、拳を握り締めた。
「紅涙。」
「わ、わかってます。…言います。」
一度小さく息を吐き、意を決して口を開く。
「好き……、……だから、です。」
言葉の音を確かめるみたいに、
「土方さんのことが…好きだからです。」
ゆっくりと告げて、顔を上げた。
捨てきれない羞恥心が頬を熱くさせる。
それでも懸命に目だけは逸らさずにいた。
「……。」
「……。」
妙な沈黙が流れる。
土方さんは衝撃を受けたのか、目を見開いて固まっている。
これは…気まずい。
「……すみませんでした。」
だから念押ししたのに。
「なかったことにしますので、忘れてください。」
頭を下げる。
土方さんは不思議そうな顔をした。
「なに勝手に完結させてんだよ。」
「……変に気遣われるのは苦手なんです。」
「だから勝手に完結させんな。」
ガッと二の腕付近を掴まれる。
「え、」
「返事、言ってやるから。」
「や……でも」
「聞け。」
土方さんは右手に持っていた煙草を下げ、
「俺は、お前が好きだ。」
何の抵抗もなく、そう言った。
短い言葉だ。
なのに一瞬、意味を理解できなかった。
頭の中で2、3度繰り返す。
「土方さんも……私を?」
本当に?
「『も』じゃねェ。"俺は"だ。」
「?」
「お前の『好き』とは似て非なるもんなんだよ。」
似て非なる…?
「俺の場合、紅涙みたいに爽やかな気持ちじゃない。」
その言い回しに困惑した。
土方さんは煙草を口に咥え、机に腰をもたれさせる。
「俺はお前が総悟とコソコソしてたら腹立つし、隠し事してる素振りを見せられたらムカつくくらいに気になる。」
え…
「泣かせた奴がいるなら殺したいほど憎く思うし、お前が死ぬと言うなら俺が嫌なもんを滅殺してから一緒に死んでやる。」
…知らなかった。
土方さんが、
「常にきわどい気持ちと背中合わせの感情を、俺は紅涙に抱いてるんだ。」
土方さんが、こんな気持ちを持っていたなんて。
「笑えねェだろ、これで副長なんだから。」
“総悟の方が、よっぽど真っ直ぐ生きてると思うよ”
吐き捨てるように笑い、煙草を吸う。
私は呆気に取られたせいで開いていた口を閉じ、首を振った。
「私も、清くなんてありませんよ。」
「無理すんな。」
「無理とかじゃなく……さっき、自分はルウさんに似てる部分があるかもしれないって思ったんです。」
「アイツと?」
頷く。
「今になって分かった気がします、彼女のこと。」
あの人は、寂しい人だった。
「ルウさんは完璧な自分を形成するまで、きっと目に見えない努力を重ねてきたんだと思います。」
元から何でも卒なくこなすタイプじゃなくて、時間と労力が必要なタイプの人。
どこにでもいる平凡な女の子が、思い描いた幸せを叶えるために努力した。
「なのに土方さんに振り向いてもらえなくて、凄く頑張った成果すら響かなかったから…ああやって自負するしかなかった。」
知らないことを学び、出来ることをアピールして、必死に近づこうとした。
周りを蹴落としてでも、手に入れようとした。
だからこそ、叶わないと知った時に全てが壊れればいいと望んだ。
「私には偶然そばに認めてくれる人がいたけど、…もしいなかったら、彼女みたいになっていたかもしれません。」
醜い自分が心の中でチラつく。
「私、…ずっとルウさんが邪魔だったから。」
「紅涙…」
そう、邪魔だった。
ただそれを声にはしなかった。
自分が小さい人間に思えて、
自己中心的な考えに思えて、
みんなに、土方さんに嫌われるのが怖かったから。
「感情を隠さなかったのがルウさんで、それを隠して生きてるのが私なのかなって……思います。」
それだけの違い。
そう考えると、
「ルウさんよりも私の方が……最低な人間ですね。」
誰よりも歪んでいるのは、私。
「やめろ、そんな言い方。」
土方さんは煙草を灰皿に押し潰した。
「人は何かしら隠して生きてる。それが社会性に繋がるんだ。隠さないと協調性なんて生まれねェ。」
“ありのままの自分で生きていけるのは、ガキかバカな権力者くらいだ”
…そう、なのかな。
「たとえアイツと似た部分を感じたとしても、お前は犯罪に走るような奴と同じじゃない。」
「……、」
「あんなヤツと一緒にするな、紅涙。」
腕を引かれ、抱き締められた。
「一緒にするなら、俺にしとけ。」
「土方さん……、」
「俺達は似た者同士だ。死ねだなんだと簡単に口するガキみたい奴らを真っ直ぐに生きてると思ってたんだから。」
「ふふっ、……そうですね。」
土方さんの背中に手を回した。
ギュッと抱き締める。
嗅ぎなれた煙草の匂いに包まれて、ひどく落ち着いた。
ああ……、
私の居場所はここだ。
手に入れたかった場所は、やっぱりここだった。
心の底から、そう思った。
でも……
でももしルウさんもこうして抱き締められていたら、
「…一体、どう生きるのが正しいんでしょうね。」
似たような気持ちになっていたんだろうか。
私を殺したいほどの狂気がなければ、この居場所はルウさんのものだったんだろうか。
彼女が選択を間違えなければ、私は――。
「誰も正しい生き方なんて知らねェよ。」
土方さんの声が、土方さんの胸から聞こえる。
「みんな心のどこかで、これでいいのか疑問を抱きながら生きてる。自信がなくなって、不安になって…」
「土方さんにもそんな時があるんですか?」
「俺を何だと思ってたんだよ。」
頭の上に重みが加わる。
土方さんが顎を乗せているようだ。
「そうやって目に見えないモノに押し潰されそうになった時、寄り添える誰かがいれば、生きる意味も見い出せるようになる。」
腕を解き、私の肩を掴む。
「それが俺にとってはお前なんだ、紅涙。」
見上げた土方さんの顔は、今までに見たことがない顔つきだった。
優しいというか、
慈しんでいるというか、
好きだという気持ちが伝わる、そんな表情だった。
「土方さん…、」
想いが溢れて、声に吐息が混じる。
胸が張り裂けそうに痛かった。
「紅涙…。」
ゆっくりと近付く。
目を閉じれば、そっと唇に熱が灯った。
目を開くと、
「……ヤベェ。」
どことなく瞳を潤ませた土方さんと目が合う。
「どうしたんですか?」
「…キスの仕方、忘れた。」
頬を赤くして、そんなことを言う。
私は瞬きを2回して、小さく笑った。
「……かわいい。」
「あァ?」
「顔、真っ赤ですよ、土方さん。」
「っせェ。これは酒のせいだ。」
「あれ?さっき一滴も飲んでないって……」
「うるせェっつってんだろ!」
耳まで赤くして、かぶりつくように口付ける。
「んっ、…、は…ぁ…、っ…、……」
忘れたなんて嘘だ。
こんなにも溺れそうな、とろけてしまいそうなキスなのに。
「…っ、ぁ、」
膝が震える。
身体の中から熱い。
こんなの…はじめて。
「……なァ、紅涙。」
土方さんの手が私の腰を支える。
「この後、このまま…、…俺の部屋に――」
「あっれー?おっかしーなァ。」
「「!!」」
突然、廊下に大きな声が響いた。
「やっこさんが逮捕されたってのに、いくら経っても主役が帰ってきやせんねェ〜。」
沖田さんだ…!
「おまけに土方コノヤローの姿も見かけねェなー。まァ土方さんはそのまま消えちまって構いやせんが。」
「あの野郎…。」
「まままさか、今のを目撃してたんじゃ……!?」
「いや、アイツにそんな度胸はねェ。だが検討はついてるだろうな。」
“わざわざあんなことを言いながら近付いてくるくらいだし”
そ、そんな……っ、
一体どんな顔して会えばいいの!?
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