25
僅かな明
「あ、う、お、お疲れ様です…沖田さん。」
わざとらしく声を上げながら歩いてくる沖田さんに、私はあえて自分から接触した。
探られる前に手を打つ。
「こ、こんなところで何してるんですか?」
「それはこっちのセリフでさァ。例の女は連行されたって聞きやしたぜ。」
「え、ええ…おかげさまで。」
「宴会場に戻らず何してたんでさァ。」
「そ、それは……その…」
「『その』?」
じっと見つめられ、
「うっ…」
つい視線をそらしてしまった。
そこを、
「アイツの取り調べについて話してたんだよ。」
土方さんがフォローする。
沖田さんの目が鋭く光った。
「へー、土方さんもご一緒で。」
「当たり前だろ。この策に絡んでるんだから。」
「なるほど。じゃあ二人は"取り調べしない"取り調べについて策を練ってたと。」
…え?
「どういうことです?」
「俺達は当事者だ。アイツを取り調べることは出来ない。」
「あ……」
「紅涙と土方さんだけじゃありやせんぜ。俺達も出来ない。つまり、」
沖田さんは鼻先で笑う。
「アンタ達二人は、ここで仲良く意味のねェ話をしてたって言い張ってるわけでさァ。」
“それも土方さんは意味がないことを知っていながら”
や、やばい。
この人、一体どこまで分かってて……
「…意味はあるだろ。俺達も洗いざらい吐かせるために何か考えておくべきだ。」
「さすがは土方さん。もっともらしい理由を作るのがお上手で。」
「あ、あの」
「総悟ほどじゃねーよ。ネチネチネチネチ言いやがって。まるで姑だな。」
「なら土方さんは、嫁が姑問題を相談しても『ほっとけよ』なんて言って煙にまこうとする鈍感な旦那でさァ。」
「回りくどいわ!」
「あああの!もう戻りませんか!?」
二人が同時に私を見る。
「早く戻らないと、皆も心配してると思いますよ。」
「それを紅涙が言いやすか。」
「うっ……すみません。」
沖田さんは気怠そうに溜め息を吐き、「わかった」と頷いた。
「戻りやしょう。」
それを見た土方さんがフンッと笑う。
「相変わらず紅涙には頭が上がらねェな。」
「……、」
沖田さんは静かに土方さんを睨み、私を見た。
尖った視線の中に濁りのない瞳があって、ドキッとする。
「俺が紅涙に従順なのは当然ですぜ。」
従順かどうかは微妙だけど…。
「なんたって紅涙は俺の――」
「お、沖田さん…!?」
『好き人だから』
そう告げられると悟って焦った。
「紅涙は俺の、俺達の参謀なんですから。」
“従わないわけにはいきやせんよ”
え…、
「だろィ?紅涙。」
沖田さん……。
この人はいつの間に進んでいたんだろう。
いつも…いつも私が考えている時間よりも先にいる。
「ありがとう…ございます。」
私への想いを、越えてくれて。
私のことを、参謀だと認めてくれて。
「言葉のわりに随分と辛気臭ェ声ですね。」
「…尊敬が混じってるからですよ。」
「総悟にか?」
土方さんがギョッとした顔をする。
私は苦笑して頷いた。
「沖田さんはすごいです。私も負けないように頑張らないと。」
「紅涙は今のままで十分だと思いやすぜ。」
「いえ、まだまだ知らないこともありましたから。」
「知らないこと?」
土方さんと沖田さんが不思議そうな顔をする。
「なんだよ、それ。」
「んー…、真選組にカッターを持ち込んではいけないこととか?」
「カッター?」
沖田さんがさらに首を傾げた。
土方さんは煙草に火をつけ、「ああ、あれな」と言う。
「カッターって、あのカッターですかィ?」
「そうだ。」
「私知らなかったんです、持ち込み禁止だって。もう一度局中法度を読み返さないといけませんね。」
「……。」
沖田さんは少し黙って、
「何ですかィそりゃ。」
怪訝な顔をした。
「今ひとつ話が見えねェんですが。」
「え…だから屯所内へのカッターの持ち込みは局中法度で禁止されてるんですよね?1本もないって土方さんが――」
「あるに決まってんだろ。」
「え!?」
しれっと告げる土方さんに口が開く。
「うっ嘘だったんですか!?」
「ああでも言わないと認めそうになかったからな。」
「な…、…なんだぁぁ。」
そういうことだったのか…、よかった。
大量にある局中法度を読み返すのって大変なんだよね。
「まァ何にせよ、結果が残って良かったよ。」
灰皿に煙草の灰を落とす。
歪んだ灰皿が、先程の光景を思い起こさせた。
「なんだか嵐のような一時でしたね。」
「長引いたわりに、あっさり片付いたがな。」
『片付いた』…か。
「うちが担当から外れてラッキーですぜ。これまでの全件を立証しなきゃならねェのは骨が折れる。」
切りつけ、髪切り、辻斬り。
ルウさんが犯した罪は多い。
けれど、
「本当に全てが彼女の犯行だったんでしょうか…。」
まだ引っ掛かる。
「私達は被害者から、『犯人は男』だという証言を得ていますし。」
「変装でもしてたんじゃねェんですかィ?」
「それが声も男だったとか…。」
「まァ人によっては女の声も男に聞こえやすし。」
「うーん……」
如何にも女性特有の高さがあるルウさんの声。
それを男性の声に聞き間違えるとは……思えない。
「お前が言いたいことは分かる。だがここで俺達が考えても答えの出る話じゃないだろ。」
「…そうですね。」
「心配しなくても、これからの取り調べで全て判明するさ。」
「女だろうと手ぬるいもんじゃありやせんからね。」
そうだよね…、
ここから先は彼女の巧みな嘘でも通用しない。
「広間に戻るぞ。」
これまでの事件は解明する。
ようやく。
「はい。」
……そう思っていたけど、やっぱり簡単には進まなかった。
翌日の夕方。
司法解剖の結果を持って来た松平長官が、局長室に入って早々言い放つ。
「あ〜の女はダメだ。」
その場にいた近藤さん、土方さん、沖田さん、私も含めた全員が『ああ…』と苦笑いを浮かべた。
松平長官はうんざりした様子で資料を机に投げる。
「何を基準にしてんのか、これまで起こした事件の半分も認めやしねェよ。」
「え…半分?」
「辻斬りにおいては紅涙ちゃんの一件だけだぞ。」
「「「!」」」
思っていた数よりも圧倒的に少ない。
『男だった』という証言が辻斬りだったこともあり、一部は認めないんじゃないかと想定していたけど…
まさか私の一件しか認めないとは。
その上、他の犯行も半分以下…。
「彼女が認めた犯行は何だったんですか?」
「おう待てよ。さっきメールで送らせたから……ああ、あった。」
松平長官は、懐から取り出した携帯を見ながら読み上げる。
「まず一件目。夜間の住宅街にて女性2人のバッグや衣服を切りつけた疑い。」
あの夜だ。
被害者2人は過去に別件で被害を訴えていた女性達。
土方さんが家まで送り届けたことがあって、覚えてたんだよね。
「二件目ェ。辻斬りを模倣して巡回中の紅涙ちゃんを襲撃した疑い。」
覚えてる。
覚えてるけど……
「模倣、というのは?」
「ちまたで騒いでた辻斬りの格好を真似て、そいつの犯行に仕向けようと企んだそうだ。」
“ニュースで姿形の特徴は伝えてあったからな”
ちょっと…待って。
「彼女は他に何人襲ったんですか?」
「あれェ?オジサン言わなかったっけ、紅涙ちゃんだけだって。」
「私…だけ?」
私以外の辻斬りは、全て別人ってこと?
じゃあ今もまだ街には凶悪犯が……!?
「ちょっくら行ってきまさァ。」
沖田さんが立ち上がる。
「どうした、総悟。」
「こうしてる間にも、街で真犯人が好き勝手暴れるかもしれねェんで巡回に行ってきやす。」
「沖田さん…!」
「紅涙は安心して策を練りなせェ。まァそれまでに俺がしょっぴいてるかもしれやせんが。」
じゃ、と言って局長室を出ていく。
それを見た松平長官が、感心した様子で声を出した。
「あのガキ、やけに真面目じゃねーか。」
「紅涙が参謀になったからな。」
「ほォ〜。もうあの生意気坊主を手懐けたか。」
「あ、いえ…手懐けたというか……はい。」
説明するのも変な話だから、結局頷く。
松平長官はフンと満足そうに鼻で笑い、再びルウさんの犯行を読み上げた。
「三件目ェ。自分が作ったケーキへ異物混入して提供した疑い。」
「紅涙君に切り分けた昨夜のケーキか。」
「俺達の前では中々認めなかったが、やっぱりアイツの仕業だったってことだな。」
「お前らァ〜、これについて厳重注意しておく点がある。」
「えっ…」
僅かな緊張が走った。
「何か悪いことした…?俺達。」
近藤さんが顔色を窺う。
松平長官は煙草に火をつけ、険しい顔で告げた。
「昇進祝いするんなら、次からはオジサンも呼びなさァ〜い。」
「うっ、」
「ああ…なんだ、そういうこと。」
「『なんだ』とはなんだ近藤ォ。それにトシィ〜、『うっ』てのは聞き捨てならねェなァ。」
「いいいや、『う』じゃなくて『ん』だ。返事したんだよ、返事。」
「フンッ、ならばよーし。以上だ。」
パタンと携帯を閉じる。
『以上だ』って……
「おわり…ですか?」
「ちょ、え!?あの子が認めた事件ってそれだけ!?」
「だから半分もないって言ったろーが。」
「他に髪切りとかもあったはずだ。あれについては何か話してなかったのか?」
「ないな。あの女は今読み上げた犯行のみを認めて、他は全部否認してる。」
「そんな……」
街を騒がせたほとんどの事件が、まだ見ぬ犯人の行い…?
「あ〜いや待てよ。」
顎を擦り、「そう言えばまだあったなァ」と松平長官が思い起こしながら話す。
「辻斬りに斬られてないのに斬られたって言ったとかァ〜…」
「ああ、虚偽申告か。」
「あとウェブサイトの〜…パッシングしたとか?」
「パッシング?」
「とっつぁん、パッシングってのは車の話だろ。」
「じゃあハイキングだ。」
「歩いてどうすんだよ。」
「なんだったかなァ〜。ハ…ハァ〜……、…おう、ハッキングだ。」
「「「ハッキング!?」」」
驚きに3人の声が揃う。
「そ、それ間違ってない?分かってると思うけど、ハッキングってウェブサイトをどうのこうのすることだよ?」
「馬鹿にすんじゃねーよ、ハッキングで間違いない。」
そんなことまでルウさんが…?
「これについては完全に自供だったなァ。なにせノーマークの件だったからよ。」
「具体的には何したって言ってるんだ。」
「詳しくはよく分からんが、トシ。お前が出会い系サイトに登録してたんだって?」
「「「!!」」」
「それを見つけた女が、自分以外の人間からリクエスト出来ないよう細工してたんだとよ。」
そう言えば坂田さんが……
『けどお前全然人気ねェのな!申し込んで来たの1人だけとか、まじウケるわ!』
このせいだったんだ!
「しかしまさか女に困ってたとは。次からまずオジサンに相談しなさい。いくらでも紹介してやるからよ。」
「いや、これには色々事情があってな…。」
「事情?なんだ。」
「その…まァ……なんつーか、よ。」
土方さんが言葉を濁す。
坂田さんを庇うために…ではなく、坂田さんを巡回に使っていることまで知れたら面倒事になるからだ。
「何ゴニョニョ言ってんだ、はっきり言いやがれィ。」
「だから…だな、つまり……」
「あのっ、ま、松平長官!」
「ああん?」
やや眉間に皺を寄せ、こちらを見る。
色つき眼鏡の奥から鋭い視線を感じた。
「ま、松平長官直々に、ルウさんを取り調べしたんですか?」
「いやァ?俺は立ち合っただけ。」
「そうなんですか!?彼女の特性をよくご存知なので、てっきり会話したのかと…。」
「俺くらいになると、相手の面を見りゃ大抵本質が見抜けるんだよ。」
得意げに笑う松平長官は、煙草の煙を吐きながらニヤリとする。
すっかり話題が逸れた様子に、内心でホッとした。
「お前らはあんな分かりやすい女を、どうしてここまで時間かけたのかねェ〜。」
「あの子は態度の変え具合が凄いんだよ。とっつぁんが見たのは本性だと思うが、俺達の前では恐ろしく良い子で…」
「変えるっつっても限界あるだろォが。」
「それが稀に見る変わりぶりなんだって。いまだにイイ子だと信じてる隊士がいるくらいに。」
「オイオイ、ここは見る目のねェ野郎の集りだなァ。よ〜し、今夜オジサンがお前らの目を養わせてやるから。」
「え、今夜!?でっでもまだ仕事が――」
「なんだァ近藤。俺が誘ってやってんのに断る気か。嫌だってのかァ?」
「い、嫌じゃないけど、その……」
おろおろする近藤さんの隣で、
「悪ィな、とっつぁん。」
土方さんが溜め息混じりに口を開く。
資料を手元に引き寄せ、「今度で頼むわ」と言った。
「トシィ、お前は誘ってねェから。俺ァここの隊士を誘ってるからァ〜。」
「その隊士を出せねェんだよ。アイツが他の犯行を認めない以上、巡回を減らすわけにはいかねェだろ。」
「……チッ。」
面白くないと言わんばかりに、松平長官が舌打ちする。
灰皿で煙草を揉み消すと席を立った。
「ええ!?どこ行くの、とっつぁん!」
「帰るに決まってんだろ。」
「はァ!?いやいや、司法解剖の報告は!?」
「その資料見りゃ分かる。まァ気持ち悪ィ殺され方だ。」
軽く片手を上げ、障子を開けた。
「そっちの件は俺達の方でも捜査中だから、お前らも引き続き警戒しておけ。」
じゃ、と部屋を出て行く。
障子は開け放たれたままだ。
「相変わらずの人だな…。」
「とっつぁんだからな…。」
「…閉めますね。」
松平長官が去った局長室で、
私達3人はキリノさんの司法解剖の結果に目を通した。
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