26
影
解剖結果は、結論から言えば他殺。
発見時に傷は見つけられなかったけど、正確にはそうじゃなかったらしい。
「両足の甲に注射針の跡が複数あり、か。気付かなかったな。」
資料に添えられている写真には、キリノさんの足の甲が写っている。
そこには注射の跡らしき小さな黒ずみがあった。
「傷はコレだけか。」
「そのようですね。」
「なら……死因がヤバいな。」
近藤さんが眉を寄せる。
「一応は"失血死"になってるが……明らかに異常だ。」
キリノさんの死因は失血死。
体にあるべき量の血液がなかった。
人に流れる血量が1とすれば、生きるのに必要な量はその1/2以上。1/2を下回れば死亡する。
キリノさんの場合、体に残っていた血液は1/4程度だった。
外傷は注射の跡だけなのに。
「何者かが注射針で抜いた…ってことでしょうか。」
「だろうな。」
「一体何のために…。」
理解できない。
近藤さんも神妙な様子で息をつく。
「腕から取ってないのも気になる。血を抜くと言ったら普通は腕だろう?」
「普通なんて通用しねェよ、近藤さん。こんなことする奴は、まともじゃねェんだから。」
「気味の悪い事件になってきましたね…。」
おそらく犯人はキリノさんに対する憎しみが理由じゃない。
憎ければ、遺体はもっと損傷しているはずだ。
「さすがに人として度を越してるぞ…。」
「人道外れた趣向の持ち主ってとこだろうさ。」
犯人の目的が満たされない限り、必ず次の被害者は出る。
「…そう言えばよ、」
資料を捲りながら、土方さんが口を開くいた。
「前に河原に上がった遺体あったよな。栗子の同級生っていう。」
「ああ…あれも普通じゃなかったな。」
何者かに小腸を抜き取られ遺棄された、被害者の女性。
「状態は違うが、あれも今回の件同様に行方不明からの遺棄だ。もしかしたら…」
「関連してる、と見ていいんですかね。」
「ないとは言いきれんだろ。異常性だけを見れば同じ部類の人間だし。」
「妙な奴が出てきちまったもんだな。」
「「「はぁ……。」」」
自ずと三人同時に溜め息がこぼれた。
「とりあえず今しばらくは街の警戒も継続ってことか?トシ。」
「ああ。加えて近藤さんは他に行方不明者がいないか、とっつぁんに確認してくれ。」
「わかった。」
「紅涙は俺と過去の事件も含めて、もう一度洗い出す。」
「わかりました。」
「…よし、」
資料をまとめ、土方さんが立ち上がる。
「じゃあ俺はここまでの話を総悟と坂田に下ろしてくるから。」
「え、あっそれなら私も行きますよ。手分けすれば早く済みますし。」
「そうか。じゃあ紅涙は――」
「坂田さんに伝えてきますね。」
「……坂田?」
明らかに不機嫌そうな顔つきをする。
「なんで坂田の方に行くんだよ。」
「なんでって…坂田さんと土方さんは水と油ですから。」
“余計な接触で爆発されても困るので”
土方さんは目を瞬かせ、「しねェよ」と鼻で笑った。
「アイツはともかく、俺は大人だ。相手にしねェ。」
うーん…そうは言っても、
何だかんだでいつも着火させられちゃってるんだけどなぁ…。
「だがまァ考えは分かった。向こうはお前に任せることにする。」
「へ…、は…はい。」
意外だ…。
行かせてくれないのかと思った。
「だがいいか、」
土方さんは私にビシッと人さし指を差し、
「俺は水だ。不純物を多いに含んで害を成すような汚ったねェ油が坂田。」
間違えるなと言う。
…ふふ。
そういうところを心配してるんですけどね。
私は小さく笑って、「心得ておきます」と頷いた。
「というかトシ、電話すれば済むんじゃないか?」
「いや、特異な状況だから写真を見せて話したいんだ。どうせアイツら想像できねェだろうから。」
「フッ、相変わらず生真面目だな。だがあまり堅く生きるなよ?寿命を縮めるぞ。」
「ほっとけ。…おい山崎!」
廊下に向かって声を上げる。
「っうあ、はい!」
遠くで山崎さんの返事が聞こえ、慌てた様子で駆けて来た。
「な、なんでしょう副長!」
「これ、コピーしてもう1部作ってくれ。」
「わかりました!」
ダダッと駆けて行く。
「紅涙、山崎から受け取った資料を坂田に渡せ。」
「わかりました。」
「用心しろよ。いつ何が起きるか分からねェから。」
「はい。」
その後、
私は山崎さんから受け取った資料のコピーを手に外へ出た。
「ええっと、確かこの辺りのはず…。」
こちらが出している指示通りに巡回していれば、この時間に万事屋一行がいるのは大江戸駅周辺。
「お疲れー、早雨。」
「お疲れ様でーす。」
近辺のルートを巡回する隊士は容易に見つかった。
が、万事屋一行の姿はない。
「この辺で坂田さん見てませんか?」
「万事屋?見てねェな〜。」
「どこに行ったんだろ…。」
まさか……サボってる?
「探してんのか?見つけたら連絡してやるよ。」
「お願いします。」
隊士達と分かれ、辺りを見渡した。
どこから探そうか…。
思案し始めてすぐ、いい方法が閃いた。
「あ、電話で聞けばいいんだ。」
話は会ってからするとして、居場所だけでも電話で聞き出せばいい。
「も〜、なんで早く気付かなかったんだろ。」
懐から携帯を取り出した。
アドレス帳から坂田さんの名前を探し、ダイヤルする。
――プルルル、プルルル…
出ない。
何かあったのかな?
…あれ、いや…ちょっと待てよ。
「そう言えば坂田さん、スマホを返したって…言ってなかったっけ?」
元は携帯すら持っていない人だ。
おそらく私が登録している番号はスマホのもの。
つまり今ダイヤルしてる相手は坂田さんじゃなく、別の…
「もしや、早雨さんですか?」
「?」
耳に携帯を当てたまま振り返る。
そこにはスーツ姿の初老の男性が立っていた。
「えっと…」
「真選組の早雨さんで間違いないでしょうか。」
「あ……はい、そうです…けど。」
携帯を閉じる。
背の高い男性は、髪に白いものが混じる初老。
気難しそうな雰囲気を漂わせていたが、「ああよかった」とやわらかに微笑んだ表情を見て印象が変わった。
「早雨さん、その節はお世話になりました。」
「へ?え…、ええっと?」
「申し遅れました。私、志義 三郎(しぎ みぶろう)と申します。」
「志義…さん?」
聞いたことがない。
過去の事件で関係したのかな…。
「志義 怜悧(れいり)の父です。」
「!レイリって…」
「はい。あなたが万事屋さんから紹介された、あのレイリの父親です。その証拠に、」
男性が懐からスマホを取り出す。
一度ディスプレイに目を落とし、私にスマホを見せた。
「今あなたが掛けている電話番号を持っています。」
ディスプレイには私の着信履歴が表示されていた。
…そうか、
坂田さんが返したスマホ=レイリさんの父親が所有するスマホだ。
「早雨さんのことは坂田さんから伺っております。どうも複雑な話になっていたようで、ご迷惑を…」
「い、いえ…悪いのは坂田さんですし、私は大して何もしてませんから。」
「いやいや、あなたとの話があってからレイリは外へ出るようになったんですよ。」
“これまで何を言っても部屋を出ませんでしたから…”
志義さんは困ったように笑って目を伏せた。
本来なら嬉しそうにしてもいいものだけど、どうも喜びより疲労が強い。
「お忙しいんですか?お仕事。」
「え?」
「あ…すみません、お疲れのご様子だったので。」
「ははは、これはお恥ずかしい。レイリが家を出た後は、家事をしなくて済む分、随分と楽にはなったんですが…。」
そう言えば"一人暮らしを始める"って、坂田さんも言ってたな…。
というか、志義さんって独り身?
『レイリが家を出て家事をしなくて済む』って…そういうことだよね。
「レイリの一人暮らしで全て元に戻ると思っていたのは、少しばかり計算違いでした。」
「計算違い?」
「やはり心の傷は簡単には治らないようで…。外傷なら私でも治せますが、見えない傷はお手上げです。」
ああ…
「今も傷心されてるんですか。」
「ええ…まぁ。」
「失恋なら必ず時間が解決してくれますよ。志義さんはあまり無理をなさらず、ご自愛ください。」
「……、」
「……志義さん?」
「…………早雨さん、」
真剣な顔で私を見て、おもむろに膝を折る。
何をするのかと見ていると、志義さんはその場に膝をつき、土下座した。
「え!?あ、あのっ」
「あなたにお願いがあります。」
「ええ!?いやっ、その」
「聞いていただけませんか。」
「ちょ、っ、志義さん!?」
慌てて屈み、頭を下げる志義さんの肩を掴む。
「頭を上げてください!」
「お願いします。」
「わ、わかりました!わかりましたから頭を!」
ゆっくりと顔を上げる。
「申し訳ない…、早雨さん。」
謝罪する志義さんの声が、他のヒソヒソ声に埋もれる。
辺りを見れば、いつの間にやら注目の的になっていた。
「…場所を変えましょう。」
二人でその場を離れ、人通りの少ない路地へ移動した。
志義さんのスーツは土下座のせいで汚れており、パッと見でも違和感を覚える。
「先にこの汚れを取りましょうか。」
「いえ、構いません。それよりもお願いの件ですが。」
「……、…はい。」
余程の頼みなのだろう。
私は恐さも抱きつつ、志義さんの真剣な瞳を見据えた。
「どのような内容ですか?」
「……レイリに、会ってやってくれませんか。」
「レイリさんに?」
「息子があなたを必要としています。息子に…レイリに会ってやってください。」
立ったまま、頭を下げる。
正直、困惑した。
「必要としてるって…どうして?」
「早雨さんに会って、話したいそうなんです。」
「話したい?…私と?なんで……」
「推測するに、早雨さんがレイリと話した最後の人だからです。」
え?
「ちょ、ちょっと待ってください。最後に話した人って…」
「ああ…失礼しました。正しくは『まともに話した最後の人』です。」
"まとも"って…
「電話越しに会うのを断られただけですよ?」
「私ではそんな簡単な会話すら成立しないんですよ。」
志義さんが悔しそうに拳を握る。
「一人暮らしさせている部屋にも入れてもらえませんし、どこへ行ってるのか何をしてるのか、レイリの近況すら把握できていません。」
そうだったんだ…。
「そんなレイリが、早雨さんのことを心に残していたんです。あなたなら家に入れてもいいと言われたんです。」
志義さんは再び頭を下げた。
「どうか息子の力に、私の力になってください。もう私一人ではどうしようもないんです!」
「お願いします!」と必死に頭を下げ続ける。
この状況は居心地が悪くて仕方ない。
放っておけば、またすぐにでも土下座しそうだ。
「…本当に、私が力になれるんですか?」
「早雨さんでなければ、加えて真選組に勤めるあなたでなければレイリは聞く耳を持ちません。」
「……わかりました。」
「!」
志義さんの顔から悲壮感が抜ける。
「会っていただけるんですか?」
「はい、私で良ければ。」
そう言わないと話も終わらなさそうだし…、
「ありがとうございます!どうぞよろしくお願いします。」
まぁどうにかなるか。
隊士のスケジュールを調整して、二人くらい連れて行けば問題ないだろう。
「では早雨さん、早速これからお願いできますか?」
っええ!?
「い、今すぐ!?さっ、さすがにそれは」
「挨拶程度に話してもらうだけでもいいんです。まずは1日でも早く接触してもらいたくて。」
「でも……」
『一人で行くのは怖い』
一瞬、そんな言葉が頭によぎる。
けれど、
「お願いします、早雨さんの力を貸してください。」
「……。」
私は真選組の隊士であり、参謀という役職まで貰った身。
こんな相談事くらいで怖気づいている場合じゃない。
「…では屯所に連絡だけ入れておきます。」
「ありがとうございます!」
携帯を取り出し、アドレス帳から土方さんの名前を探した。
なんて言われるかな…。
『面倒事を増やしやがって』とか?
「……あ。」
こういう時、土方さん個人に電話するのって変かも。
「どうしました?」
「い、いえ…。」
屯所に連絡すればいい話なんだから、
ここで土方さんに電話したら、周りから変な目で見られるよね。
主に、沖田さんに……。
「えっと、志義さんはレイリさんとどうなるのが理想的なんですか?」
屯所の番号を探しながら、傍で待つ志義さんに問い掛ける。
「できる限り志義さんの目指す形になるよう進めた方がいいと思うんですけど。」
「ああ……そうですよね。」
直通番号ってどれだっけ?
あまり使わないからなぁ……。
「……。」
「……?…志義さん?」
顔を上げる。
志義さんは伏し目がちに口を開いた。
「私は、息子が望む形なら何でも構いません。」
「?」
『息子が望む形』?
それがダメだから私が行くんじゃないの…?
「あの――」
「ただレイリには、あなたが必要なんだそうです。」
「?どういう……」
志義さんに首を傾げる。
そのすぐ後、ほんのすぐ後に、それは起こった。
――ガッ
「っぐ、ぁ」
突然、首が圧迫される。
苦しくて首元に手をやれば、誰かの指があった。
「だ、れっ」
後ろにいる。
志義さんじゃない。
志義さんは私の前から動いてない。
「はなっ、せっ!」
「……。」
首をひねれない。
背後にいる人間が後ろから気道を絞め続ける。
黙って静かに、確実に強く。
「ぅっ、く、」
耳鳴りがしてきた。
ダメだ、このままだと……っ!
「し、っぎ、さっ」
『逃げて』と声にならない。
こんな現場に遭遇して、きっと志義さんも恐怖を覚えているはずだ。
「……、」
油断した。
いつもこう。
私はいつも肝心なところが抜けて――
「っ…」
もがいて、暴れて。
結局何にも形にならない。
「か、っ…………、…。」
一層耳鳴りが酷くなり、酸素を完全に失う。
視界が真っ白に染まると、私は呆気なく意識を手放した。
「……、」
「……。」
「…約束は、果たしたぞ。」
志義さんの声を、遠くに聞きながら。
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