27


真実の部屋




「……ん、……。」

頭が痛い。
ゆっくりと視界がひらけて、はじめて今まで目を閉じていたことに気付いた。

まず視界に入ったのは自分の膝。
どうやら見知らぬ部屋の角で壁に背を預け、絨毯の上に座り込んで眠っていたらしい。

「…どこ?ここ。」

声が掠れている。
なんだか体調が悪いようにも思う。
頭を押さえようとして、もっとおかしなことに気付いた。

「……何、これ。」

右手首に拘束具が付いている。
拘束具には鎖が繋がっていて、床に打ち込まれた金具と連結されていた。

おそらく左手も同じ。
そう予想しながら確認して、心臓が跳ねた。

「……、」

左手首には拘束具の他にチューブが繋がっている。
肘の内側から伸びるそれは、壁に引っ掛けられた液体を静かに流している。

いや、流し込んでいる。
私の身体に。
何か分からない液体を。

「っ…!!」

途端に怖くなった。
そして一気に頭が覚醒する。

そうだ、私は誰かに首を絞められて意識を失ったんだ。
ここはきっと犯人のアジトで、何のためか私は連れ去られたんだ。

目的は?
液体の中身は?
私は何のためにここにいる?

「っ、」

帰りたい。
ここから出たい。
今すぐ、


『紅涙』


今すぐ、土方さんの元に帰りたい!

どうにか右腕だけでも抜けないか引っ張る。
しかし鎖が切れるわけもなく、床と接触してカチャカチャと音を鳴らすだけ。

左腕は下手に動かせない。
抜ければどうなるか、自分の経験から予測できなかった。

ならば液体を繋げたまま脱出する。
今生きているんだから、すぐに抜かなくても死なないはずだ。

「足は自由…、」

不思議なことに、両足とも拘束具はない。

「じゃあ右手さえ自由になれば…っ」

脱出の可能性に光が差すような気がした。
極力左手を動かさないよう意識して、私は右足で傍の壁を蹴り、腕を上へ引っ張る。

「ッ、いっ…、」

拘束具が手首に食い込んで痛い。
引っ張り続けると手が赤黒く色を変えていった。

「くっ…、……ッ、ダメだ…。」

やっぱり外れない。
脱力すれば床に鎖がぶつかり、またカチャカチャと金属音を立てる。

けれど、

――カタッ

お尻の方で違う音も聞こえた。
何かこう、プラスチックのように軽い音。

「何…?」

首を捻る。
私の携帯だ。

「うそっ…やった!」

連絡できる!
私はお尻を動かし、携帯を足の方へ滑らせた。
さらに足を動かして、掴めそうな右手まで移動させる。

「あと……ちょっと…っ、取れた!」

拘束された右手で携帯を操作し、ダイヤルする。
もちろん相手は土方さんだ。

「っ、しまった、耳が届かない…!」

体を傾けようにも、左手の拘束が電話の邪魔をする。
可能な限り身体を曲げ、出来る限り携帯に顔を近づけた。

『もしもし?』
「土方さん…!たす――」

『たすけてください』
そう言いかけて、口を閉じる。

「…すみませんでした。」
『なんだよ、どうした?』
「私…、ミスっちゃいました。」
『はァ!?』
「気がつくと知らない部屋で拘束されていて」
『おまっ…何やってんだよ!場所は!?』
「わかりません。窓が1つあるんですけど、カーテンが…。」
『…ったく。つーか、なんで今電話できてるんだよ。犯人は――る?』

土方さんの声が聞き取れない。
声量が大きくなったり小さくなったりするから、たぶん動きながら話しているせいだ。

「携帯が傍に落ちてたんです。犯人については…何も分かり――」

そこまで言った時、直前の記憶がフラッシュバックする。


『…約束は、果たしたぞ』


「志義さん……」
『なんだって?』
「志義さんが何か知っているかもしれません。」
『誰だそれ。』
「詳しくは坂田さんに聞いてください。万事屋の依頼者で医者の方なんですけど、たぶん他にも何か情報を」

――バタンッ

「!」

部屋の外で扉の閉まる音が聞こえた。
続いて物音がし、複数の足音も聞こえる。

確実に、この部屋の向こうに人がいる。

「…土方さん、もう切ります。」
『あっ、おい!電話はこのまま繋――』

通話を切り、携帯をお尻の方へ滑らせる。
それを踏みつけて隠した。

これは私の命綱。
携帯にはGPSがある。
携帯が生きている限り、私の居場所は伝わる。

何があっても、これを取り上げられるわけにいかない。

『――に生活――――た。』

扉の向こうから声が漏れ聞こえてきた。
声の主は、

『でも――らは、家に――――だぞ。』

男。
それも、

『――はどうす――だよ。』
『う――らう。』

男は二人いて、一人の声には覚えがあった。

『そういう――だったはずだ。』

志義さんだ。
声音は落ち着いているように思う。
…つまり、彼は犯人側の人間。

「一体何があってこんなことを……」

『違う。』

もう一人の声が扉の向こうで聞こえた。

『ここは――の部屋だ。』

志義さんよりも若い。

『ないと――まる。』
『―――ないな。』

低い声で交わされる会話に、ガシャガシャと袋を触る音が混じる。

『もう帰れ。』

男の声が近付いてきた。
志義さんの声はまだ少し遠い。

『明日、――に来い。』
『……。』
『約束――だ。守れないなら――道具は――ない。』
『…明日は用事がある。』
『なら明後日でも――。とにかく来なさい。』

バタンとドアが閉まる。
話の流れから考えると、志義さんが出ていったのかもしれない。

じゃあ今扉の向こうにいるのは……

――ガチャッ

「!」

部屋の扉が開いた。
隙間からまず白いスーパーの袋が見える。
そして、ぬっと右足が入ってきた。

「……ん?」

男が言う。
私はゆっくりと視線を上げた。

「もう起きてたんですか?予定より少し早いですね。」

男は私に緩く微笑んだ。
小綺麗な身なりの反面、不揃いな髭を生やている。

「あなたは…誰?」

見覚えはない。

「一体何のつもりでこんなことをしたんですか?私にこんなことして捕まらないとでも――」
「待ってくださいよ。立て続けに聞かれても質問に答えられないじゃないですか。」

男は肩をすくめ、

「まず僕が誰かという話から。」

スーパーの袋を置いた。

「既に聞いているとは思いますが、改めて自己紹介してあげますよ。」

私の前に来て、腰を屈める。

「僕の名前は志義 怜悧(れいり)。こうして会うのははじめましてですね、紅涙さん。」
「!…あなた……」
「そう。あの時は会わずじまいですみませんでした。」

ちょ、ちょっと…待って。
どういうこと?

「どうしてあなたが…こんなことをしてるんですか?」

私はレイリさんに会うよう志義さんから頼まれていた。
会う約束をして、すぐに行く話になっていた。

なのにレイリさんは志義さんと…自分の父親と組んで私をさらったの?

「こんなことしなくても、あなたと会う話だったのにどうして――」
「だから。質問は僕が答え終わってからにしてくださいって言ってるじゃないですか。」

やんわり笑って手を伸ばし、私の頬に触れる。
ぞわっと何か見えないものが背を撫でた。

「っ、」
「触らないで、とか言っていいんですよ?萌えますから。」
「……言いません。」

睨みつける。
レイリさんは鼻先で笑って、「つれないなぁ」と言った。

「こうなると分かっていれば、あの日に是が非でも紅涙さんと会っておいたんですが、」

私の前髪をひと掬いする。

「何せどうしても手に入れたい髪があったもので。」

……髪?
髪を手に入れたいって…

頭の中で過去の事件が断片的によみがえる。

「まさか……」
「その"まさか"ですよ。」

レイリさんが髪切り犯?

「電車で…女性の髪を切ったり、」
「ええ。」
「駅のホームで、男性の髪を切ったのが……あなただって言うんですか?」
「そうです。」

この人が……?

「なんのために…」
「僕の目的のためです。ああ違った、僕の1つ前の目的のためです。」
「1つ前?」
「ええ、今は違いますから。今の目的には紅涙さんが必要なのでお連れしました。」
"これが1つ目の質問の答えであり、4つ目の質問の答えです"

レイリさんは淡々と答えていく。
私は答えを聞いても何一つ理解できなかった。

彼が髪を集めていた当初の目的も、
私が必要だという今の目的も、

「紅涙さんの3つ目の質問に対する答えですが、」

犯罪をおかしてまで成し遂げたいような強い思いも、

「僕はあなたに何をしても、捕まらないと思って行動しています。」

この『レイリ』という存在も。

「どちらかというと、捕まるよりも死ぬ方でしょうから。」
「…死ぬ?」
「僕の最期は殺されるか、自害するかしかありませんので。」
「……。」

どれも答えがバラバラで、どこから組み立てればいいのかすら分からない。
まるでピースを集めても1枚の絵にならないパズルのように感じた。

「ああそうだ。『死ぬ』と言えば…」

スーパーの袋を漁る。
二つ折りにした紙を取り出し、私に見せた。

「ここ、間違ってますよ。」

紙の一部を指さす。
それはキリノさんの解剖結果が記された資料で、私が坂田さんに見せるために持っていたものだった。

「僕は死体遺棄なんてしてませんから。彼に限らず、ここを出る時は皆まだ生きてましたよ。」

……なに?
この言葉の意味って…

「解放後に勝手に死んだのに僕のせいにしないでくださいね。」

この意味って……

「あなたが…キリノさんを殺した犯人、なんですか?」
「だから殺してないって言ってるじゃないですか。」

レイリさんが笑う。

「僕は彼らに協力してもらっただけです。僕の目的のために。」

……狂ってる。

「キリノさんの他にもいるんですか…?」
「いますよ、男女問わず数人。もちろん全員生きたままこの部屋を出てますけど。」

この部屋…。

「ほら、警察も動いてたじゃないですか。河原で見つかった女性。」
「!」
「小腸がなかった人、いたでしょう?」

栗子さんの…同級生。
やっぱり犯人は同一人物だったんだ。

「自分で言うのも何ですが、僕はたくさんの人に協力してもらってます。なのに、」

私の顔を覗き込む。

「警察が見つけたのはたった2人だけ。それって協力者が今も生きてる証拠でしょう?」
「……。」
「まぁ僕も普通に生きてるかまでは把握してませんけど。」

プッと噴き出して笑う。

「あなたの目的は…何なんですか。」
「それをお話しする前に、少しばかり確認させてください。」
「確認…?」
「ええ。」

頷くや否や、

――ドンッ

レイリさんが私に覆いかぶさった。
と言っても、座っている私を上から囲い込む形だ。

「な…に……?」

それでもこの近さは、さすがに気持ち悪い。

「紅涙さんがただの人間かどうか、見せてもらってもいいですか?」
「何言って……ッ!」

レイリさんの左手が私の腰元を撫でる。
スルスル下へ下へと滑らせて、お尻を軽く掴んだ。

「ッ…」
「へぇ、まだ声を上げて抵抗しないんですね。」

耐えろ。
耐えなければいけない。
喜ばせないために、先に進ませないために。
いっそ殴られるように仕向ければ…!

「…こんなことをしないと女に触る機会がないなんて、つくづく憐れな人ですね。」

私はレイリさんの目を見ながら鼻で笑い捨てた。
彼は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに薄ら笑みを浮かべる。

「これは誤算でした。あなたもなかなか興味深い。」

私から身を離し、立ち上がる。

「でも今僕が興味あるのは、」

立ち上がった彼の手に、

「あなたの体よりもコチラですので。」

私の携帯があった。

「それは…っ」
「確認させてもらいますね。」
「っ…」

見つかった。
どうにかして取り返せないと…
いや、それよりも電源を切らせないよう気を逸して時間稼ぎした方がいい?

「紅涙さん、」

レイリさんが携帯から顔を上げる。

「あなたは目覚めてから、真選組の土方に電話をしているようですが…」
「!」
「いや〜、安心しました。」

嬉しそうに笑顔を作る。

「これで、じきに助けは来るでしょうね。」

何、この人…。

「…どうして笑ってるんですか?」
「そりゃあ、紅涙さんが予定通りに動いてくれてたからです。」
「……え?」

彼の笑みが、

「あなたのおかげで、僕の新しい目的は叶いそうだ。」

何に対する笑みか悟った時、

「早く来るといいですね、土方十四郎。」
「……、」

私は自分の行いに絶望した。


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