28
望みなし
レイリさんの狙いは私じゃなかった。
「土方さんをどうするつもりですか!?」
私の傍に携帯があったのは、助けを求めさせるため。
土方さんをここへ誘い出すための罠。
「どうもしませんよ。というのはさすがに嘘ですが。」
レイリさんが窓のカーテンを開ける。
既に陽は沈み、群青色の空が広がっていた。
「僕は親友が欲しいだけです。」
またよく分からないことを話す。
「…親友って、どういうものを差すんですか。」
「普通ですよ?僕という存在を尊重し、何からも助け、守ってくれる頼もしい人間のことです。」
それが親友?信じられない。
相手に自分の要求を飲ませてるだけじゃないか。
「そんなの親友じゃありません。」
「なら僕が欲しいのは何と言うんですか?」
「……、」
何って……。
「紅涙さんがすぐに答えられないのは、間違ってないからですよ、僕の話が。」
違う、間違ってる。
「…使用人、じゃないですか。」
「求めているのは親友じゃなく使用人だと?」
私の答えに、うーん、と不満げに口を歪める。
「それはどうですかね。うちにも使用人はいましたが、彼らは仕事として従事していましたし。」
ああいうのは求めてないんですよ、と首を左右に振った。
「僕は相手に心の根の部分から敬ってもらいたい。そうじゃないと、身を呈して守ってもらえないでしょう?」
レイリさんは薄らと微笑み、
「そうだな、例えるなら……」
私をアゴで差す。
「あなたが土方から与えられているのと同等の居場所が欲しい。」
「え…」
「ああご安心を。あなた方は恋人同士だと理解してますよ。」
「っ、」
どこまで…。
「僕は彼の愛や体が欲しいわけじゃない。土方という力が欲しいんです。」
そう話すと、再び窓の外へ目を向ける。
しかしフッと笑い、すぐにカーテンを閉めた。
「彼を手に入れるために、紅涙さんが鍵として必要なんです。」
私が鍵…。
「無駄ですよ。」
「はい?」
「私を使って土方さんを脅そうと考えているなら、無駄です。」
「ふむ、それはなぜでしょう。」
「土方さんは優先すべき順を理解してます。必ず身内の保護より犯人確保を優先しますよ。」
それが警察だ。
私達は誰もがそういう心構えで常にいる。
捨てるべき時に捨てる順を心得ている。
…だけどそれ以前に、
「そもそも一人で乗り込んでくること自体ありえないですけどね。」
この人の計画は短絡的だ。
「レイリさん、あなたは真選組に逮捕されて終わりです。」
「……。」
「こんな馬鹿なことはやめて、今すぐ私を解放――」
「分かってませんね、紅涙さん。」
やれやれといった様子で顔を振る。
「"土方"という存在がどれほど脆く危ういか、あなたはまるで分かってない。」
ズボンのポケットからスマホを取り出した。
「あの強さは自己犠牲から成り立ってるんですよ?守るもののためなら、きっと彼は何でもする。」
……。
「寵愛を受ける紅涙さんがまるで分かってないなんて、土方も可哀想な人だな。」
……わかってる。
私だって、そのくらいは予想してる。
でも、
でもそうさせるわけにはいかないから。
私のために土方さんが犠牲になるなんてことがあっては……
――ピンポーン
「!」
二人だけの空間にインターホンの音が割って入った。
レイリさんはスマホを見て笑う。
「こんなに早く着くとは思いませんでした。」
…え?
――ピンポーン、ピンポーン
インターホンの間隔が短くなる。
せわしいほど鳴る音に、
「…出ないんですか。」
レイリさんを見た。
「出ますよ?けどその前に。」
私にスマホを向ける。
「見えますか?これ。」
そこには玄関前の画像が映し出されていた。
その映像に目を見開く。
「土方さんっ…!」
苛立ちながら扉が開くのを待つのは、土方さんだ。
「お一人でいらっしゃったようですね、彼。」
可笑しそうにクツクツ笑い、スマホを操作する。
ディスプレイに口元を近づけると、
「鍵は開けましたので、どうぞお入りください。」
「っ、ダメッ」
すぐさまバンッと扉の開く音が聞こえた。
『どこだ紅涙!』
壁の向こうで土方さんの声がする。
レイリさんは薄ら笑みを浮かべて、「ここですよ!」と声を上げた。
「ダメッ、来ないで!」
来てはいけない。
『紅涙か!?』
「来ないでください!」
『はァ?何言って…』
「私は大丈夫ですからっ」
必死に話す私をレイリさんはニタニタした顔で見ている。
これも予想通りなのだろう。
私が来るなと言うほど土方さんは来る。
土方さんがそういう人だと知っている。
だとしても、私は来ないでとしか言えない。
だって、
「犯人の狙いは土方さんだったんです!」
土方さんを目的としているんだから。
『俺が狙い?』
「そうです、だからここに来ちゃっ…」
『上等じゃねーか。』
声が近くなった。
『俺が狙いだって言うんなら、』
もう、すぐそこにいる。
もう…この部屋の前に……
――ガチャッ
「紅涙を解放できるはずだよなァ?レイリ。」
土方さんが扉を開けた。
「土方さん…。」
「……、」
私を見て眉を寄せる。
「何やってんだ、お前は。」
「すみません…。」
「ったく、」
溜め息を吐く。
「まァ…生きてて良かったよ。」
「今は、ですよ。」
「レイリ……。」
睨みつける。
土方さんの視線は、怒りで鋭さを増していた。
けれどレイリさんは欠片も気にしない。
「嬉しいなぁ、もう僕の名前を2度も呼んでくれた。」
「テメェ…こんなことしてどうなるか――」
「おおっと。」
歩み出そうとした土方さんに、片手を上げて制止する。
「気軽に近付かないでもらますか?少し問題が生じますので。」
「知るか。」
「あなたの問題じゃありません。彼女に関わる問題ですよ。」
「……。」
土方さんが苦い顔をして足を止める。
「…紅涙の腕にあるもんは何だ。説明しろ。」
「ああ、アレですか?」
二人の視線が私の左腕に集中する。
私自身も知らない、このチューブで繋がれた液体に。
「あなたに医学の知識は?」
「あるわけねェだろ。」
「なら簡潔にお話ししましょう。紅涙さんが摂取しているこの内容物。」
壁に吊られた袋を触る。
中で透明の液体が波打った。
「これは摂取したが最後、途切れてしまうと心臓が止まる代物です。」
「「!」」
何…それ…、
「液体自体が有毒な物というわけではなく、血液に異常を来たすもの。」
“この中の成分が血液と融合して、これナシじゃ上手く循環しなくなるんです”
そんな物が…私に?
『途切れてしまうと』って――
「私は一生…これを……?」
「そうですよ。」
ニッコリ笑う。
「嘘……でしょ?」
「いいえ。これは事実であり、現実です。」
「そんな……」
心臓が冷えるように、胸の奥でヒュッと縮こまった。
「すごい物質ですよね。偶然の産物とは言え、なかなかアイツも役に立つと僕も思いました。」
「……、」
もう…元の生活には戻れない。
「アイツって誰だ。」
「そんなことより紅涙さんに声を掛けてあげた方がいいんじゃないですか?」
私はこの液体がなければ生きられない。
「彼女の顔、真っ青ですから。」
死ぬまで、ここを出られない。
「紅涙…、」
……いや、違う。
ここには土方さんがいる。
「紅涙さん。そこまで悲観しなくても、あなたのために一生液体を作り続けて、僕が忘れず交換してあげます。」
この人は土方さんに逮捕される。
私がここに拘束され続けることはない。
逮捕されれば事態は変わる。
液体について聞き出し、外部の人間に作り出してもらうことも出来る。
終わりじゃない。
諦めたりしない。
ただ…私の腕にはチューブが繋がり続けるだけだ。
「……。」
真選組の皆は優しくて理解もあるから、
きっと私がこんな体になっても、一緒に働かせてくれることだろう。
今まで通りにいかないところは手を貸り、皆で補ってくれることだろう。
それでもいずれ、必ず私は目をそらせなくなる。
やっぱり皆に負担をかけて、迷惑をかけ続ける毎日に。
そうしていつか、自らの意思で真選組を辞めることになるのだろう。
「っ…。」
こうなった今、何を悔やんでも遅い。
だけど、今日だけはやり直したい。
この先の幸せを犠牲にしてもいいから……
戻りたい。
「…紅涙、心配すんな。すぐに助けてやる。」
土方さんの声が遠くに聞こえた。
こちらへ来ようとしたのだろう、レイリさんが「近付かないで」と止める。
「そこから一歩でも近づけば、僕がチューブを切ってしまいますよ?」
懐から細い刃物を取り出し、チューブに当てる。
医療器具のメスだ。
ああ…そうか、
切られてしまえば終わりだ。
レイリさんが逮捕される前に切ってしまえば、私は助かりようがない。
なら…私がここから生きて出るのはすごく難しくなる。
「…目的は何だ。」
唸るように低い声が地を這った。
「僕の目的は親友…じゃないんでしたっけ、紅涙さん。」
向けられた視線に顔を背ける。
それを見たレイリさんが小馬鹿にしたように笑った。
「フフッ、拗ねちゃいましたね。」
憎い。
そんな思いしか湧かない。
「僕はね、心から服従する存在が欲しいんですよ。」
「…なんだそれ。」
「僕を敬い、意のままにどんな敵からも守ってくれる存在が欲しいんです。だから、」
メスを指先で弄びながら、
「あなたを待っていました。」
ニタりと笑む。
「…俺が服従するって言ってんのか?」
「ええ、そうです。」
「……へぇ。」
迷いないレイリさんの返事に、土方さんが浅く頷いた。
「面白ェじゃねーか。根拠のないバカな自信は嫌いじゃない。」
「根拠ならありますよ。ただあなたを手に入れるまで、随分と遠回りしてしまいましたが。」
「何人も捕まえて殺してきたのは俺を呼ぶためだったのか?」
「まさか。あなたは彼女一人で十分おびき出せます。」
そう話しながら私を見る。
「というか、」と、また土方さんに視線を戻した。
「紅涙さんにも言いましたが、僕は殺してませんから。あの二人が勝手に死んだだけ。」
“まぁ一人は以前の目的による協力者でしたけど”
『以前の目的』。
私と話していた時もそうだけど、この人はいくつか目的を更新させている。
「いつか僕も恨まれた誰かに殺されちゃうのかな〜。」
土方さんを手に入れる目的が今の目的なら、それ以前の目的は…?
「殺し屋が来たらどうしよ〜。怖いなぁ〜、……なんて。」
一人ケラケラと笑い、土方さんを見る。
「あなたが居れば無用の心配ですよね。文武両道のあなたに勝る人はそういない。」
「買いかぶり過ぎだ。」
「そんなことありませんよ。実際こんなにも早くここへ辿り着いたじゃないですか。」
「……。」
口を閉じる。
私の携帯から位置情報を得たと悟られないため…かと思ったけど、
「紅涙さんは知らないでしょうが、このマンションは52階建てなんですよ。」
そういう程度の話ではないらしい。
「200以上ある部屋の中から、僕がいる部屋を即座に見つけ出す頭脳。これを優秀と言わずに何と言いますか?」
確かに…。
GPSで知れるのは建物の位置だけ。
どうやって部屋を割り出したんだろう…。
「…簡単なことだ。頭脳なんて必要ない。」
「というのは?」
「俺は探してない。」
「え?」
レイリさんがキョトンとする。
土方さんは細く溜め息を吐き、ポケットに手を入れた。
その動作が彼には新鮮だったらしく、
「っ!?」
何をされるのかと身構える。
けれど単に煙草を取り出しただけだと知り、はぁ、と肩の力を抜いた。
「この部屋は俺が探し出したわけじゃねェ。お前の父親がゲロッただけだ。」
「!」
志義さんが…。
「身柄は既に預かってる。」
「……。」
「お前もとっとと降伏しろ、レイリ。」
レイリさんの顔から初めて緩さが消えた。
少しの間沈黙して、無表情のまま、
「……フンッ、」
鼻先で笑う。
「相変わらずグズなんだよ、アイツは。」
「お前の父親だろうが。そんな言い方すんな。」
「父親?誰がですか。」
「とぼけんじゃねェよ、志義 三郎だ。」
「僕に父親なんていませんよ。」
な…、
「何言ってるんですか?レイリさんは志義さんの息子で…」
「違います。」
「で、でも志義さんはあなたのことを」
「勝手に言ってるだけです。」
え…?
一体…どういうこと?
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