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喪失と創造
レイリさんは志義さんの息子じゃない…?
「アレが勝手に言ってるだけですよ。」
…どういうこと?
「僕は父親だと思っていない。親らしいことをしてもらった記憶だって一度もない。」
「だからアレは父親ではありません」と言う。
土方さんは呆れた様子でハッと笑い捨てた。
「親に甘えて暮らしてるような奴がよく言う。」
「ただ単に使えるものは何でも使う主義なだけですよ。」
「ならお前の言う"親らしいこと"って何だよ。」
「何かあった時に子供を優先する、子供が助けを求めている時は突き放さずに力になることです。」
レイリさんは悩む間もなく返答する。
「なのにアイツは考えもせず突き放して……っ」
「?」
突然グッと拳を握り、
「僕の案すら耳に入れなかったッ…!」
沸き立つように憤り始めた。
頭を抱えるように自分の髪を掴むと、
「アイツのせいだッ!」
奇声に近い叫び声を上げる。
「何もかもアイツのせいなんだ!!」
髪をむしり取ってしまいそうだ。
ここまでの憎しみ…一体何が?
「…なるほどな。」
土方さんは妙に納得した様子で頷き、煙草をひと吸いする。
「だからお前は親父を憎んでるのか。」
「"親父"じゃない!たとえ今さらアレが父親づらしても、過ぎた時間は取り戻せないんだ!」
レイリさんは感情を振り切らせたまま、土方さんに言葉をぶつけた。
「僕が用意した物も使わず、アイツはただ否定ばかりして…っ!」
『用意した物』?
「使っていれば少しは可能性が残っていたかもしれないのにっ!!」
またギュッと髪を握り締める。
「…レイリ、」
「うるさいッッ!!」
土方さんの声に首を振り、肩で息をする。
けれど数度荒い呼吸をすると、
「……はぁ、…失礼しました。」
突如、怒りが冷めた。
額を手で押さえ、深い溜め息を吐く。
「とにかく…アレに父親なんて言葉は使わないでください。気が狂いそうだ。」
「……、」
"自制心が強い"という言葉では片付けられない変わりように言葉を失う。
極端な二面性に思わず眉が寄せた。
しかし私とは違い、土方さんは片眉を上げて鼻で笑う。
「過ぎた時間、か。」
火のついたまだ長い煙草を床に捨てる。
土方さんはここへ土足で上がり込んでいたので、平然と靴で煙草を踏みつけ、火を消した。
「ガキだな、お前。」
煙草を部屋の隅へ蹴る。
「…ガキ、ですか。」
転がっていった煙草を見て、レイリさんが顔を上げた。
表情は特段変わらない。
「まァあなたよりはガキでしょう。」
「そういう意味じゃねェ。いつまでも過去を振りかざすなっつってんだ。」
「…まだ過去じゃありませんよ。あれから3ヶ月しか経ってない。」
「3ヶ月だろうが昨日だろうか、過ぎた時間は全部過去だろうが。」
「……。」
口をつぐむ。
「…僕の気持ちが分からない人にはそう見えても仕方ありません。」
「誰が見ても同じだ。望み通りに行かなかったことをいつまでもグズグズ言ってるガキに見える。」
「ッだったら!」
再びレイリさんが声を荒らげる。
「だったらあなたも同じ目に遭えばッ……、…。」
「なんだよ。」
「……いえ、そんなことをしても意味はないなと思いまして。」
“あなたに悲壮感を与えても、あまりメリットは感じません”
カッと沸騰し、一瞬で冷える。
これまでの過去が彼をそう造り上げたのだろうけど、極端すぎて不気味だ。
「レイリ、世の中にはどうしようもないことがある。今のお前なら分かるだろ?」
「…分かりません。アイツからどの程度聞いたのか知りませんが、僕なら初めから諦めたりしなかった。」
“突き放さずに出来うる限りのことをして形にしようとした”
体の横で拳を握り、
「今の僕みたいに。」
力強くそう言う。
土方さんは再び口を閉じ、新しい煙草に火をつけた。
押されたというよりは、手に負えないというように見える。
「勿体ねェな。ちったァ頭があるのによ。」
「…土方は僕を更生させるよう頼まれて来たんですか?だから一人でここへ?」
「んなわけねェだろ。犯罪者を更生させるのは俺達の役目じゃない。」
「ならどうしてこんな場所へ一人で来たんですか。何があるか分からないでしょう?」
「何があってもお前みたいな野郎には俺一人で十分だ。」
「それに」と、土方さんは白い煙を吐きながら、
「テメェの大事なもんはテメェの手で護りたい性分なんでな。」
私を見て、フッと僅かに微笑む。
今にも駆け寄りたい気持ちになった。
「土方さん…っ」
「よかったですね、紅涙さん。彼は僕が思っていた通りの人間です。」
「っ、」
「…あァ?」
「あなたがもし『更生させる』なんて言い出したらどうしようかと思いましたよ。ああよかった。」
意味深な笑みを浮かべ、
「話を戻しましょう、土方。」
レイリさんは私に繋がる液体の袋をタプタプと揺らした。
「僕に服従してくれますか?それとも紅涙さんを見殺しにしますか。」
なんでもないことのように話す。
「僕に従ってくれるなら彼女の命は保証します。今日だけに限らず、この先もずっと。」
「…信じられるわけねェだろ。」
「いやいや、彼女はあなたを動かす餌として重要な存在。絶対を約束しますよ。現に、ほら。」
傍にあったスーパーの袋を足で蹴る。
彼が部屋へ入ってきた時に持っていた、あのスーパーの袋だ。
蹴ると中から飲み物やパンが出てきた。
「これは紅涙さんの食料です。与える前にあなたが来たので、与えずじまいになりましたけど。」
「どうだかな。あとから何とでも言える。」
「信じませんか?なら…そうだな、あなた達が見つけた遺体を思い出してくださいよ。」
「遺体?」
「河原とゴミ箱から見つけた遺体。あの二人に酷い拘束痕なんてなかったでしょう?」
確かに…。
河原で見つけた女性も、ゴミ箱の中で見つかったキリノさんにも目立つ拘束痕はなかった。
「それはつまり、僕が彼らを大切に扱っていた証拠にはなりませんか?」
『大切に』
その言葉に想像力が掻き立てられる。
胸に気持ちの悪い風が吹いた。
「…全くなかったわけじゃねェだろうが。」
土方さんは険しい顔つきで再び煙草を捨てる。
「女の方には両足首に拘束痕が残っていた。キリノにしても、両手首に痕跡があったと結果は出ている。」
「そりゃあ必要最低限の拘束はしますよ?完全な自由は与えられませんし。」
「なら今の紅涙に対する拘束も必要最低限だってのか?」
床に捨てた煙草を踏みつけ、また違う方向へ煙草を蹴り飛ばす。
レイリさんはそれを目で追いながら、「…ええ、」と返事をした。
「紅涙さんは警察ですから。足を縛ってないだけマシだと思ってもらいたいです。というか、」
土方さんの足元を指さす。
「先程から何本も捨てていますが、ここは部屋の中ですよ?」
「知ってる。お前の親父が買い上げた部屋だってことも知ってる。」
「買い上げた部屋だから何をしてもいいと?ハハッ、やはり躾には骨が折れそうな人だな。」
「躾?誰に。」
「あなたに。僕が。だって服従してくれるんでしょう?」
「……。」
土方さんが黙り見る。
レイリさんは片眉を上げて、
「まさか『ならない』とでも思ってます?」
おどけた様子で話した。
「まだ紅涙さんを助けられると夢見てるんですね。」
「…夢じゃねェ。紅涙は助ける。」
「助けたところで生きられませんよ。この物質は世に出回ってません。」
「余計なもん付けやがって…。」
壁に掛けられている液体を睨みつける。
これさえなければ、土方さんはきっと私を容易に助け出せた。
これさえ、なければ。
「紅涙さんにも話しましたが、僕はここへ人を殺すために連れて来てるわけじゃありません。あくまで協力してもらうためです。」
レイリさんが壁から液体袋を取り外す。
「でもあなたが手に入らないとなると、残念ですが紅涙さんは廃棄処分。」
液体袋の上を親指と人差し指でつまみ、ぷらぷらと揺らす。
「そして僕はまた街で素材集めを始めることになります。」
「奴隷集めの間違いだろ。」
「違いますよ。奴隷はその人そのものを使いますが、僕はその人のパーツが使いたいだけ。」
…え?
「欲しいのは彼らの一部に過ぎません。」
なに…?
「1人の人間に魅力的な素材は1つしかない。なのに土方、あなたは僕が欲しい全てのパーツを兼ね揃えて――」
「ま、待ってください。」
どういうこと…?
頭が追いつかない。
「一部だけって…どういう意味ですか?」
この人は何の話をしてるの?
「あれ?話してませんでしたか。…ああそうか、詳しく言ってませんね。」
レイリさんは壁に液体の袋を戻し、「僕はね」と話し出した。
「僕はこれまで理想とする人間自体を創ろうとしてたんですよ。」
人間を……つくる?
「そのために色んなパーツが必要でしょう?だからここへ連れてきたり、外で集めたりしてたんです。」
何…言ってるの?
そんな普通の顔をして言う話?
「一応は理想とする髪や血液のサンプルは入手済みなんですよ?でも腕は何度も失敗して。」
腕……
「接合しやすい腕から始めたかったのに、皆なかなか斬らせてくれないんですよね。」
“やっぱり強い腕を欲したのが悪かったのかなー”
『…犯人の顔は見ましたか?』
『ええ、まぁ口元くらいですけど。無精髭が生えてましたよ』
被害者の証言がよぎる。
「あなた……、もしかして辻斬りの」
「辻斬りなんて意味合いはありませんでしたがね。」
腕ばかり狙っていたのは…人を創るための一つ?
「でも血液の培養や回収した髪を維持させるのはすごく難しくて、人の形を成すどころか繋がりそうな気配すらなかった。」
疲れた様子で溜め息を吐く。
「全て時間の無駄に終わってしまいました。だから、」
土方さんを指さし、
「僕は手っ取り早く達成できる方法に乗り変えたんです。」
肩をすくめる。
「まぁ人間創りは楽しいですし、再開するのは苦じゃありませんよ。」
単なるモノづくりのように、極めて普通に告げた。
「見たいですか?サンプル。まだありますよ。」
たくさんの人を傷つけたことも、殺したことも全く気にしていない。
「なんて…ことを……」
言葉を失った。
想像をはるかに超えていた。
「自分が何をしたか…わかってるんですか?」
「わかってるから行動してるんです。」
「本気でテメェの集めた掛け合わせが人とし機能すると思ってんのかよ。」
「ええ思ってます。少なからず僕は実験を続ける。あなたが手に入らなければね。」
「…とんだバカ息子だな。」
煙草に火をつける。
「お前みたいなバカの言いなりになる気がしねェよ。」
「なら紅涙さんを捨てますか。」
「……、」
土方さん…。
「ちなみに僕を捕まえた上で紅涙さんも助ける、なんてことは考えても無駄ですよ。」
「…ほう。理由を聞かせろ。」
「二兎追うものは何とやら。この物質について話す前に僕は舌を噛んで死にます。」
にっこりと土方さんに笑って見せる。
「賭けて何も手に入らない不確かな道より、確実に守れる道を選ぶべき。そう思いませんか?」
「…そうだな。」
「っダメです、土方さん!」
こんな人の言いなりにならないで。
「私のことはどうとでもなりますからっ、」
私のことなんて後回しでいい。
「私よりも…っ犯人の確保を!」
本来の使命を守ってほしい。
ようやく見つけた犯人を、
たくさんの人を傷つけた犯人を捕まえなければならない。
私一人の命より、いずれ標的になるかもしれない無数の命を救わなければならない。
「…言っただろ、紅涙。」
犠牲になった人達にとっては、逮捕することが僅かな救いとなる。
だから、
「テメェの女くらいテメェで護る。」
「土方さんッ!」
優先すべき順序を守ってほしい。
「お前を護れねェくらいなら、初めから手に入れようなんて思ってねーよ。」
まだ新しい煙草を床に捨てる。
火を消して蹴れば、部屋にはもう何本もの煙草が転がっていた。
「さぁ土方。聞かせてください、あなたの答えを。」
薄汚い笑みに、
「…レイリ、お前の住む世界は限りなく小せェ。」
土方さんは答える。
「そんな世界に護衛も何もいらねーだろうが、」
誰が見ても間違っている彼の望みに、
「紅涙のためなら、従ってやるよ。」
土方さんは、応えてしまった。
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