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増える糸


翌日、
朝礼で隊士全員に市中見回りの強化が伝えられた。

複雑な巡回になるため、経路図を配る。
いつもと違う内容に困惑する隊士は大勢いた。

「副長、分かりにくいっすよー。」
「いつも通りの方が集中できそうなんすけど〜。」

好き勝手な言葉が胸に刺さる。
皆は私が考えた警備体制だと知らない。

巡回経路、戻した方がいい?
…土方さんはいつもこんな気持ちになってるのかな。

「お前らは道を覚えるのが面倒なだけだろォが。文句言う暇あるなら地図見てろ。」

土方さんが淡々と説明を始める。
それでも隊士の「覚えられる気がしねェよ…」という小声は至る所から聞こえていた。

どうしよう…、
やっぱり見直そうかな。
夕方までに考え直せば、夜の見回りには間に合うはずだから…

「っあの」
「紅涙君、」

前に座っている近藤さんが、私に首を振った。

「大丈夫、コイツらの愚痴はいつものことだから。」
「だけどっ…」
「大丈夫。」

どっしりと構える姿勢に、

「……、…はい。」

少しだけ、肩の力が抜けた。

「なんだかんだ文句は言っても、やる時はやる奴だから。心配ないよ。」
「…すみません。」

私…もっと仲間を信じなきゃ。
近藤さんみたいに、土方さんみたいに、
ブレずに真っ直ぐ進めるような人にならなきゃ…。



「ちょっといいか、紅涙。」

朝礼後、土方さんが余った資料を片手に私を呼び止めた。

…あ、
先にお礼を言っておかないと。

「ありがとうございました、土方さん。」
「何が?」
「ややこしいって不評な巡回経路の説明…。」
「狙い通りじゃねェか。わざと、ややこしくしたんだから。」

フンッと鼻で笑う。
確かに…

「そうですよね。」

土方さんの言う通りだ。
分かり易い経路に作り直しでもしたら、本来の目的を失う。
流されがちになる思考は、私の悪いところだ。

「その『ややこしすぎる順路』についてなんだがな、」

土方さんが資料に目を落とした。

「念には念を入れて、もう少し警戒を強めた経路も考えておいた方がいいと思うんだが…どうだ?」

ん…そっか。

「この策自体を考えたのは、まだ切りつけ事件の前ですもんね。とは言っても……」
「今の人数じゃ厳しいか。」
「はい…。」

これ以上経路を複雑にすると、警戒に穴が出る。
穴を防ぐには、人数で埋めるしかない。

「人員だけは簡単に増やせるもんじゃねェからなー…。」
「休みなく働かせるわけにもいきませんしね…。」

どうしたものかと二人で頭を唸り、資料を見る。
そこへ、

「すいまっせーん。」

玄関の方から声が聞こえた。

「あのマヌケな呼び声は…」

土方さんが顔を引きつらせる。

「ごめんくださーい。」
「ごめんくさい、ここくさいアルー。」

「アイツら…」
「珍しいですね。」

あまり好んでここへ来ない人達の声だ。

「どうせ、ろくな用じゃねェよ。」

わずらわしそうな土方さんと共に玄関へ向かった。
そこには予想通りの人達が立っている。

「あっ土方さんと紅涙さん!丁度良かっ――」
「帰れ。」
「えェェ!?せめて、何しに来たかくらい聞きません!?」
「聞きたくねェ。こちとら忙しいんだ、万事屋に構ってる暇なんてねェんだよ。」

土方さんが、しっしと手で払う。
私はそれに苦笑いして、傍に立っている坂田さんを見た。

が、

「……、」
「?」

目が合わない。
おまけに妙に静かだ。

「…坂田さん?」
「え?ああうん、はい、何?」
「……。」

あやしい。

「今日は何のご用でいらしたんですか?」
「おい紅涙、聞くなよ。」
「早めに聞いておいた方がいい気がするんです。…なんとなく。」

坂田さんが絵に描いたようにギクりと顔を歪ませた。

「さ、察しがいいねェ〜、さすが真選組の紅一点!」
「何のご用でいらっしゃったんですか?」
「え……えっとォー…、ちょっと長くなるんだけどォー。」
「……わかりました、では私の部屋で伺います。」
「待て、俺の部屋でいい。」

土方さんが坂田さん達を見て、屯所の中をアゴでさした。

「あがれ。」
「お邪魔しまーす…。」
「お邪魔くさいアル〜。」
「おいチャイナ!さっきからクセェクセェうるさいんだよ!」
「ホントのことネ。男にまみれた玄関がイイ匂いなわけないアル。」
「勝手な偏見持ってんじゃねェよ!うちは紅涙もいるし、まめにファブってるから臭わねェの!」
「臭うアル〜、とっても臭うアル〜。」
「おまっ、アルアルしつけェよ!何年江戸にいるんだ、アグネスか!」

ギャーギャーと騒がしく部屋へ向かう土方さん達に付いて行こうとした時、

「あの、紅涙さん。」

後ろで新八君が呼び留めた。
振り返ると、スッと紙袋を差し出される。

「これ、つまらないものですが…」

え、手土産の…お菓子?
万事屋が手土産?

「こんなものまで持ってきてくださったんですか?」
「はい…、ご迷惑をお掛けしますので。」
「お掛けするって…今から?」
「今からでもありますし、既にとも言えますし…」

ちょ、ちょっと何?
思っているよりも深刻?

「本当にすみません!」

新八君は言い捨てるように走り出し、先を歩く三人に混じった。

「なんか…話を聞くのが怖いな…。」

とりあえずお茶請けにこれを頂こう。
私は食堂へ向かい、女中さんにお茶の用意をお願いした。



「…それで?長くなる話っつーのは何なんだよ。」

煙草に火を点け、ふぅと吐き出す。
坂田さんは「えっとねェー…」と視線を逸らし、手土産のお菓子を手に取った。

「ちょっ銀さん!僕達が持ってきたお菓子なのにっ」
「いい。食っていいから話せ。」
「うっ…。」

気まずそうに坂田さんがお菓子を置く。
珍しい行動を見て、私と土方さんは目を合わせて覚悟した。

これは恐ろしく迷惑な話に違いない…。

「あの…な、その…俺が引き受けた仕事があって、だな。」
「先に要点を言え。ダラダラ聞けるほど暇じゃねェんだ。」
「…わァったよ。あのな、」

坂田さんは溜め息を吐くと、大きく息を吸った。


「お前ら二人の名前、出会い系サイトで使っちゃった。」


…え、

「…ええぇ!?」
「おっおま…何やってんだよ!」
「だから謝りに来たんだって。悪かった。」
「悪かったで済むと思ってんのか!?犯罪だぞ!?」
「だからごめんてば〜。」
「軽!!怖ェわ、お前のその感覚!」

口を尖らせる坂田さんに、土方さんが目を三角にして怒鳴る。

坂田さんのしたことは犯罪だ。
警察官の名前に限らず、誰の名前であっても他人が使用することは出来ない。

「お前ら、こんなことして万事屋を続けられると思うなよ。」
「まままま待ってください!無罪放免とは言いませんから!」

傍で座っていた新八君が土下座する。

「やったのは銀さんですけど、僕達なんでもします!だからどうにか見逃してもらえませんか!?」
「バカ言ってんじゃねェよ、見逃すわけねェだろ。」
「けど万事屋がなくなると死活問題なんです!お願いします!!」

新八君の切実な願いに、土方さんが苛立った様子で煙草を燃やす。

許して…いいのかな。
私達が黙っていれば、この話は大きくならない。
けど……

あ、そうだ。

「土方さん、巡回に協力してもらえばいいんじゃないですか?」
「ばっ、いくら人手が足りねェからって…」
「します!」

新八君が勢いよく挙手した。

「なんでもします!!」
「ほら、ああ言ってますし。」
「させてください!銀さんも神楽ちゃんも僕も、なんでもしますから!」
「わァったからちょっと黙れ。…紅涙、」

煙草を揉み消し、私の耳元に顔を近づける。
土方さんが起こした風に頬を撫でられ、小さく胸が跳ねた。

「お前、本気で言ってんのか?あんな奴らを使うなんてこと…。」
「…はい、坂田さんの腕は確かですし、神楽ちゃんは沖田さんとやり合える程です。新八君もなかなかの力量ですから。」
「真面目にやるとは思えねェだろ。」
「そこはきっと大丈夫ですよ。何せ犯罪を帳消ししてほしい人達なんですし。」
“簡単に増やせる人員として申し分ありませんよ”

土方さんは不満げに口を歪ませ、「本気なんだな?」と再確認する。
私が「はい」と頷くと、「…わかった」と身体を離した。

「坂田。」
「……なに。」
「今回犯したお前の罪はなかったことにしてやる。俺と紅涙が黙ってりゃ済む話だからな。」
「ありがとうございます!!よかったですね、銀さん!!」
「ただし俺達の巡回には協力してもらうぞ。」
「…巡回って、お前らがやってる見回りのことか?」
「そうだ。」

返事をしながら、土方さんは新しい煙草に火を点ける。
私は朝礼で隊士に配った資料を取り出し、机へ広げて見せた。

「最近、夜間に女性を狙う不審者や切りつけ犯が出没してるんです。住宅街をくまなく警戒するには人手が足りなくて…」
「わかりました!万事屋一同、昼夜問わず不眠不休で取り組みます!!」
「い、いえ、不眠不休だと私達が罰せられるんで…。」
「とりあえず、俺達が巡回してない箇所を見回ってくれればいいから。」
“要は、ここら辺だな”

複雑な経路図の外を指で示した。

「昼間は住宅街を回ってくれ。」
「おいおい、ちょっと範囲が広くねェ?」
「なんだって?万事屋を潰してほしいって言ったのか?」
「チッ…なんでもねェよ。」
「何が『チッ』だ。使ってもらえるだけありがたいと思え。」

資料をまとめ、新八君に手渡した。

「でも…どうして私達の名前を使うことになったんですか?」
「銀さんが受けた仕事のせいですよ。変だと思ったんです、女性の知り合いなんていないのに…」
「ちょ、新八君?誤解を招くような言い方しないでくれるかな。知り合いの女なんて山ほどいますから!」
「じゃあなんでわざわざ紅涙さんを使う必要があったんですか!」
「紅涙ちゃんが一番可愛いからに決まってんだろ!俺のイチオシなの!」
「勝手に推してんじゃねェよ!紅涙はウチのもんだ!」

あ…今の、ちょっと嬉しい…。

「うわ〜イケナイんだ〜。人を物みたいに言っちゃイケナ…」
「万事屋は明日から廃業な。」
「銀さん!」
「……。」

坂田さんが口をつぐむ。
なかなか話を進めない坂田さんに変わって、新八君が事の詳細を説明してくれた。

私達の名前を使うことになったのは、医者を名乗る初老男性からの依頼がきっかけらしい。

『息子が過去の恋人を忘れられず、塞ぎ込んでいる』
『出会い系サイトに登録しているようだが、なかなか良い相手と巡り合えないみたいなので、話し相手になってくれる女性を探してほしい』

「出会い系サイトに登録するような奴のどこが塞ぎこんでんだよ。」
「いやそれは俺も思ったよ?でも依頼は依頼だし、俺達は街で協力者を募ったわけよ。」

しかし人は集まらず。
考えあぐねた結果、私の顔が頭に浮かんだそうだ。

「なるほど…それで私の名前を登録して、息子さんと接触したわけですか。」
「そういうこと。でもそこまで塞ぎ込んでる感じはしないんだよなァ。メールの文面も結構普通だし。」
「メール…、」

そっか、メールで接触するんだ。

「坂田さんが私になりきって会話してるんですか?」
「そ。すごいっしょ。」
「すごいと言うか…」
「キモいだろ。」
「おいそこ!それは人を傷つける言葉だぞ!犯罪!」
「混じりけのない犯罪を犯した奴に言われてもな。」
「うぐ…。」

再び坂田さんが口をつぐむ。

「紅涙の名前を使った目的は分かった。俺の名前は何に使ったんだ?」
「お前のはー…ほらアレだよ、」

目を逸らし、

「あー……、…面白半分?」

なんとも坂田さんらしい答えをボソッと言った。

「はァァ!?」
「どれくらい反応あんのかなァと思って。」
「『思って』じゃねェよ、バカ!」
「けどお前全然人気ねェのな!申し込んで来たの1人だけとか、まじウケるわ!」
「て…めェェっ!!」

握った拳を震わせ、土方さんが片膝を立てた。

「いい加減にしやがれ!」

マズい、手が出る…!

「落ち着いたください、土方さん!」
「これが落ち着いてられるかァァ!!」
「じゃ、じゃあ堪えてっ!」
「まァ聞けよ。」

なぜか坂田さんは片眉を上げ、笑みを見せる。

「そんなモテない君でも、俺の話術を持ってすれば会うところまでは話をつけたから。」
「…え?」

ちょ、ちょっと…、…まさか…?

土方さんを見る。
同じ部分に引っ掛かっているのか、口をポカンと開けていた。

「あの…坂田さん、」
「はいはい?」
「『会うところまで』って、もしかして…」
「おう。お前ら二人とも、互いの相手に会うことになってるぞ。」
「「!」」
「それも今夜。」
「「!!」」
「だから謝り来たんだよ。さすがに俺が会うとバレるからな。」

――ドガッ

土方さんの拳が坂田さんの頬にめり込んだ。

「いったァァ!!」

…うん、そうだよね。
私も一発くらいは…いいと思う。


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