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面倒事


「何偉そうに言ってんだテメェはァァァ!!」
「ほんっとうにすみません!!」

当事者の坂田さんではなく、隣に座る新八君が謝った。
坂田さんは土方さんに殴られた頬を擦り、不貞腐れた顔をする。

「いってェなァ。警察官が一般市民を殴るとか処分ものじゃねェの?」
「あいにく、警察官として殴ってねェよ。」

土方さんが拳を握りしめたまま私に振り返る。

「紅涙の分も殴ってやるからな。」
「え!?いっいえ、私は今ので満足しました!」
「紅涙ちゃん…、俺が殴られて満足とか結構言うね。」
「何言ってるんですか、坂田さん。それくらいのことをしたんですよ?」
“いくら頼ってきた人のためでも、節度ある行動をお願いします”

さすがに呆れ顔で言うと、
ここへ来て初めて坂田さんが真剣な顔つきになった。

「…そうだよな、」

座り直し、ペコッと頭を下げる。

「悪かった。もう二度とこんなことはしねェよ。」
「次はねェぞ。」
「ああ。紅涙ちゃんに誓う。」
「信じてます、坂田さん。」
「おう。」

交わる視線に、もう大丈夫だと思えた。
坂田さんは困ったように笑い、懐を探る。

「じゃあとりあえず連絡先だけ教えとくから。」
「あァ?万事屋の番号なら知ってる。」
「違ェよ、お前らの相手の番号。今夜会う時に不便だろ?うまく会えないかもしんねェし。」
「え!?」
「バッ…会わねェよ!」
「会うんだよ!約束したし!!」
「知るか!お前が断れ!!」
「無理に決まってんだろ!?紅涙ちゃんの相手は塞ぎ込んでんだぞ!?」
「うっ…。」

そ、そうだった…。
坂田さんが私の名前を使って出会い系サイトで連絡を取った人は、恋人を忘れられずに塞ぎ込んでいる人。

無下に扱って、
「もっと悪化した」なんて言われたら…どう責任を取らされるか分からない。

「わかりました、…会います。」
「紅涙!?」
「さっすが紅涙ちゃん!」
「だけど会っても、『今後は連絡を取れない』ってお断りしますよ?」
「うん、それは全然オッケー。優しく丁重にお断りしてやってください。」

携帯を取り出す。
アドレス帳を開こうとした私の手を、土方さんは止めるように握りしめた。

「やっぱ納得いかねェ。なんで紅涙を他の男と会わさなきゃならねェんだよ。」

土方さん…。

「他の野郎に会わせるくらいなら、俺が会う。」
「はァ?だからそれじゃあダメなんだって。わっかんねェ奴だな。」

坂田さんが苛立った様子で頭を掻く。

「お前にはお前の相手がいるの!お前はそっちに会わなきゃいけねェの!」
「会わねェ。その女の連絡先をよこせ。女は塞ぎ込んでもねェんだから断る。」
「ひっでェ男。そういう態度を取ると、土方個人のせいで真選組のイメージも落ちるんだぞ?」
「っ…、……いい。イメージくらい、その先の行動で払拭してやる。」
「んな強がり言っちゃって――」
「紅涙に何かあるかもしれないくらいなら、どんなことでも…俺が受けてやる。」
「お前…」

なんで…そこまで…?

「いいのか?土方。」
「ああ。」

勘違い……しちゃうじゃん。

「…わァったよ。お前がそこまで言うなら――」
「私が行きます。」
「…?」

自分に出来ることなのに、
わざわざ土方さんに手間を掛けさせるわけにはいかない。

「これくらいの問題、円満に解決してみせますから。」
「だが…」
「大丈夫、私は近藤さんや土方さんが認めてくれた真選組の参謀ですよ?」
「それとこれとは話が…」
「え、なに、紅涙ちゃん。いつから参謀になったの?」

坂田さんが目を丸くする。
私は「正式には来月からです」と苦笑して、土方さんを見た。

「土方さんは土方さんのお相手に会ってください。」
「……。」
「……。」
「あー…あのさ、ちょっといい?」

顔を引きつらせ、坂田さんが小さく手を上げる。

「何か難しい話になってるみたいだけど、ただ会うだけだからね?相手は極悪犯でもスナイパーでもない、ただの一般市民だからね?」
「んなことは分かってる。それでも…、…一人で何かをさせるのは好きじゃねェんだよ。」
「そりゃまた随分と甘やかしてるねェ〜、鬼の副長が。」
「なんとでも言え。」

懐に手を差し入れ、

「坂田、連絡先。」

土方さんは携帯を取り出した。

「どっちの連絡先?」
「……、」

私を見る。
はぁ、と息を吐き、「俺の相手」と言った。

「土方さん…。」
「信じてるからな、お前のこと。」
「…はい。」
「あのさ、何回も言うけど普通に会うだけだからな?」
「分かってる。さっさと連絡先をよこせ。」
「へいへい。」

坂田さんは懐に手を入れ、「というかさ」と私達の手元を見た。

「お前らって、まだ携帯パカパカしてんの?」
「あァ?まァ…そうだな。」

土方さんが自分の携帯電話に目を落とした。
真選組隊士に配られているのは最新式じゃない携帯だ。

「電話とメールくらいしか必要ありませんからね。」
「へぇ〜そうなんだァ〜。でもフォルムがふっるいよねェ。」

ムフムフ言いながら、坂田さんが自分の携帯を取り出す。

「え、それって最新の…」
「そ!スマートフォン。もう時代はタッチしてシュッよ。」
「銀さん、それを言うならタップですよ。タップしてフリック。」
「っせェよ新八!俺のなんだからニュアンスで分かればいいの!」
「いやそれ銀さんのものじゃありませんし。そもそも携帯すら持ってないじゃないですか。」
「だァァっ!!ほんっとうるせェわお前!」
「元は誰の物なんですか?」
「依頼者です。『通信料が発生するから使ってくれ』って渡されたんですよ。」

さすが医者…。
そこまで用意するなんて羽振りがいい。

「えーっと、じゃあお前らの相手の連絡先は〜…ああ、あった。」

私の相手は、もちろん万事屋に依頼した医者の息子。
昔の恋人を忘れられない25歳。

「こんなことに親が関わるのもどうかと思うけどな。本人も望んでねェだろうに。」
「陰で出会いをマッチングしてやるだけだしいいんじゃねェの?まァ俺なら御免被るけど。」
「あの、彼の名前はなんと読めばいいんですか?れ、れい…?」

『怜悧』
難しい漢字に首を傾げる。

「ああ、それ『れいり』。紅涙ちゃんは『レイリさん』って呼んでることになってるから。」
「あ、はい…わかりました。」
「土方の方は、“流れる”と“優しい”で『ルウ』な。」
「可愛らしい名前ですね。」
「…ああ。」

土方さんは携帯をじっと見たまま頷く。

「なに、見惚れちゃった?」

笑いを滲ませる坂田さんの声に疑問が浮かぶ。

「見惚れるって、どういうことですか?」
「土方の相手は顔写真も登録してたんだ。だからそれも添付しといた。」
「え…」

もう一度、土方さんを見る。
どう感じているのか、表情からは読み取れなかった。

「ど、どんな人…ですか?」
「ん…なんつーか……」

土方さんは小首を傾げ、

「どっかで見たことある気がする…。」

そう話し、ディスプレイを見つめ続ける。

「おや〜?もしかしてそれって運命ってヤツじゃねェの?」
「ねェよ。」

胸がザワザワする。

「み、見せてもらえますか?」
「ああ。」

知りたくないけど、気になる。
矛盾する心で、私は土方さんの携帯を覗き込んだ。

「……、」
「どうよ、紅涙ちゃん。名前だけじゃなく、顔も可愛いだろ。」

長くて艶のある黒髪。
穏やかに微笑む表情。
どことなく育ちの良さを感じる佇まい。

「なんか……」

“綺麗な人です”
そう口にする間際で、やめた。

「なんだ?」
「い…え…、…何も。」

声にしたくなかった。
綺麗な人だと口にするのは…嫌だった。

…ひがみだ。

「話は終わったアルか?」
「おう、遅くなったな…って神楽お前…」
「神楽ちゃん!?」

坂田さんと新八君が目を丸くする。
それもそのはずだ。

「ふう〜小腹が満たされたアル。」

机にあったお菓子を、いつの間にか全て平らげていた。
どうりで静かだと…。

「終わったなら帰るネ。ワタシ、もう甘いのはうんざりヨ。」
「だろうな…。」
「まァ気にすんな。元はと言えば俺達が持ってきた菓子なんだから。」
「だからこそ食わねェもんなんだよ!」
「よしお前ら、用も済んだし帰るぞ。」

呆れる土方さんを気にも留めず、万事屋一行が立ち上がる。
坂田さんは「いいか?」と、私達に指をさした。

「相手と会うのは18時。場所はまだ決めてねェから、アドレスが変わったとか何とか言って連絡するんだぞ。」
「なァにが『するんだぞ』だ!お前がこんなことしなけりゃ――」
「じじじゃあ僕達は巡回を始めますね!」

「失礼します!」と新八君が坂田さんの背中を押す。
神楽ちゃんは「しょっぱいのが食べたいアル」とお腹を擦り、ギャーギャーと3人は帰って行った。

「はぁ〜…、なんだか大変なことになりましたね。」

携帯を取り出し、新しくアドレス帳に加えた『レイリさん』の文字を見る。

どんな人かな…。
塞ぎ込んでるとは言え、メールからはそう感じないって言ってたよね。

「レイリさんかぁ…。」
「…怖くねェか?そいつに会うの。」
「え?」
「坂田の野郎、何を考えたのか俺達が相手と会う時間を合わせてるだろ?」
“これだと付き添いたくても付き添えねェ”

ふふ…、
まだ考えてくれてたんだ。

「平気です。」
「…少しでも変だと思ったら連絡しろよ。何かあってからじゃ遅ェんだから。」
「はい。…土方さんも。」
「俺?」
「相手の顔は分かっていても、中身までは分かりませんから。」
「ふっ、…そうだな。」

煙草に火を点け、煙を吹く。

「まァ俺がどうかなることはねェよ。」
「油断は禁物ですよ。何かあってからでは遅いんですから。」
「だな。」

眩しそうに目を細める。

「お互い、うまい具合に関係を絶たねェと。」
「はい。」

おかしな話だ。
私達に関係のないところで築かれた縁を、私達の手で切らなきゃいけないなんて。

「…坂田さん、どこまで考えてたんでしょうね。」
「どこまでって?」
「自分がなりすまして、ちゃんと依頼を完了できる予定だったのかなぁと思いまして。」
“こうやって私達に引き継ぐところも計画のうちだったりして”

ああ見えて坂田さんは頭がキレる。
私達は知らぬ間に策にハメられていた、なんて可能性も否定できない。

「だとしたら、昼夜の巡回ぐらいじゃ割が合わねェな。」
「万事屋も大変ですね。色んな要望に応えて大変…。」
「出来ないなら断りゃいい話だ。どうせ今回の件も金が良かったから無理やり都合つけたんだろうよ。」

吐き捨てるように鼻で笑い、携帯を開く。

「ほんと、面倒なことをしてくれやがった。」

相手の方には、申し訳ないとしか言い様がない。

「とりあえず、今夜の待ち合わせ場所を決めなきゃなんねェんだっけ?」
「そうですね。でもその前に、相手にアドレスが変わったって伝えないと。」
「ああそうだった…。えーっと、じゃあまずなんて送ればいいんだ?」

極端に他人行儀だと不審に思われる。
親しすぎるのも問題だ。

私達は当たり障りない文章を考え、向こうの様子を窺うことにした。

アドレスが変わったこと、
今日18時の待ち合わせ場所のこと。

「これでいいか?」
「いいと思います。私も変な文になってませんか?」
「ああ。問題ねェだろ。」

二人で確認し合って、二人同時にメールを送信する。
お互い、相手からの返信は早かった。

「土方さんはどこになりました?」
「大江戸駅の西側にある店の前。紅涙は?」
「私は駅の東側のお店です。…正反対ですね。」
「じゃあ東側に出来るか聞いてみる。」
「え!?いっ、いいですよ!」

操作しようとした手を慌てて止める。
なんとなく、私がレイリさんと会っているところを土方さんに見られたくなかった。

当然、土方さんがルウさんと会っているところも…見たくないけど。

「長居するつもりはありませんし、場所なんてどこでもいいじゃないですか。」
「…それもそうだな。」

手早く終わらせよう。
一度だけ会って、
塞ぎ込む彼の心が出来るだけ荒れないようにして断り、帰ればいい。

……あれ?
そう考えると…

「土方さんの相手って、塞ぎ込んだりしてませんよね。」
「ああ。何も聞いてねェけど。」
「だったら、メールで事情を話せば分かってもらえたかもしれませんね。」
「!……。」

土方さんはハッとした様子で目を見開き、おもむろに携帯を握った。

「何するんですか?」
「…今から断る。」
「だっ、ダメですよ!それは失礼すぎますから。」

結局、
私達は18時に互いの相手と待ち合わせ場所で会うことになった。

もちろん、断る前提で。


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