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互いの相手


「それじゃあ近藤さん、こんな時に悪ィけど…」

陽が落ちる頃、私と土方さんは局長室に顔を出した。
部屋で刀を研いでいた近藤さんは、やんわりと微笑んで首を振る。

「こっちは心配ない。気をつけてな。」
「はい、行ってきます。」
「行ってくる。」
「…だがアレだなァ、」

近藤さんが刀を置き、私達に目を細める。

「こうして並んだ二人を見ると…随分とまた印象が違うもんだな。」

それもそのはずだ。
今の私達は普段着。
隊服のまま会いに行くわけにはいかないので、私は着物、土方さんは着流しに身を包んでいる。

「まるで恋人同士じゃないか。」

にんまりと顔をほころばせる近藤さんに、私はつい……

「こっこっ恋人!?」
「「!」」

過剰に反応してしまった。

「う…、す、すみません。」
「いや…、」

声も大きかったので、近藤さんと土方さんの驚く様子がひしひしと伝わる。

…気まずい。
子供じゃないんだから、もっと自然に受け流したかったのに…。

「…じゃあまァ行ってくるわ。」
「あ、ああ。くれぐれも先方に失礼のないようにな。」
「わかってる。」

土方さんが局長室の障子を閉める。
そこに、

「どこへ行くんでさァ。」

沖田さんが声を掛けてきた。

「面倒な奴に見つかったな…。」

土方さんが目頭を押さえる。

私達が人と会う件を知っているのは、近藤さんだけ。
真選組自体に関係のない話だろうと、公にはしなかった。

すぐに帰ってくるつもりだし、これからどうにかなるわけでもない。

「どこに行くんですかィ?」

先程よりやや大きな声で沖田さんが問いかける。

「野暮用だ。」
「普段着の二人が野暮用?怪しいったらねェや。」

むしろ、怪しいことなら良かったんですけどね…。

「万事屋さんに少し巻き込まれて、トラブル処理に行ってくるんですよ。」
「そんな格好でですかィ?」
「はい。隊服だと…おかしいので。」
「状況が分かりやせん。詳しく話してくだせェ。」
「えっと…話すと長くなるので、また帰った時にでも――」
「長ェ話は好きでさァ。」

えー…。

「お前は好きでも俺達は急いでんだよ。行くぞ、紅涙。」

返答に悩む私の手を土方さんが掴んだ。

「えっあの…」

私の左手首を握り、引っ張るようにして歩き出す。
沖田さんのムッとする様子が窺えた。

「まだ話は終わってやせんぜ。」

私の右手でパシッと小さな音が鳴る。
見れば、沖田さんが強く握り締めていた。

「えっ…」
「ちゃんと話してくれるまで行かせやせん。」

左手を掴む土方さんと、右手を掴む沖田さん。
私を挟んで、二人が睨み合う。

「放せ、総悟。」
「嫌でさァ。」
「……。」
「……。」

な…なにこの状況!
嫌じゃないけど……、…ちょっと困る、かも。

「何やってるんだお前達は。」
「近藤さん…!」

スッと局長室の障子が開き、近藤さんが顔を覗かせる。
私は救いの手と言わんばかしに見つめた。

「トシと紅涙ちゃんはそろそろ出ないと遅れるんじゃないのか?」
「総悟がワガママ言って紅涙を放さねェんだよ。」
「土方さんが変な独占欲を見せて紅涙を放さねェんでさァ。」
「モテモテだな、紅涙君。」
「もうっ、からかわないで助けてください!」

おいしいシチュエーションだけど、今はそれどころじゃない。
近藤さんは「悪い悪い」と笑いながら、沖田さんの肩に手を置いた。

「二人のトラブルは俺が話してやるよ。」
「…いりやせん。紅涙の口から聞きたいんで。」
「総悟。」
「……、………わかりやした。」

ものすごく不服そうに私と土方さんを睨み、沖田さんが手を放す。
近藤さんは困ったような顔をして、笑って言った。

「あとは俺が引き継ぐよ。行っておいで。」
「悪いな。」
「すみません、行ってきます。」


土方さんと二人で屯所を出て、大通りを歩く。
駅はこの先だ。

「じゃあ…この辺りで。」

私の待ち合わせ場所は東側、土方さんの待ち合わせ場所は西側。

どこまでも一緒に歩けるわけじゃない。
なのに、

「『この辺りで』って何がだ?」

土方さんが首を傾げる。

「え、あの…この辺りで別れないと、お互い遠回りになりますから。」
「ああ、そうだったな。お前が行く東側はこの角を曲がるのか。」
「はい。」
「そうか…、…よし。」

土方さんは軽く頷き、

「行くぞ。」

東側の道を歩き始める。

「ちょ、ちょっと?土方さんは曲がっちゃダメですよ。」
「別にこっちからでも西側に行けねェことはない。」
「でっでも…、」

もしかして…送ってくれる気?
嬉しいけど、一緒に行けば土方さんは絶対に遅刻だ。

「遅くなるといけませんから、土方さんはちゃんとした道で向かって…」

――ピピピピ…

着信音?

「俺だな。」

土方さんが携帯を取り出し、ディスプレイを見る。
途端に眉をひそめた。

「どうしました?」
「相手の女だ。」
「えっ」
「……、」

ほんの一瞬だけ間を空け、

「…はい。」

土方さんが電話に出る。

「…ええ。……そうですか、わかりました。…向かいます。」

電話を切り、煙草に火を点けた。

「早く着いたんだってよ。」
「そうでしたか…。じゃあ…早く行かないと。」
「ああ。…、」
「……、…。」

なんだろ、この空気。
私から行きづらいのは当然だけど、土方さんが立ち去りづらい理由は…?

「ったく、ほんと面倒だな…。」

…ただ単に、女の人と会うのが面倒なだけか。

「それじゃあ土方さん、くれぐれも円満に。」
「紅涙もな。」

軽く手を上げ、土方さんが背を向ける。
それを見て、私も背を向けた。

足を踏み出すその時、

「変だと思ったら連絡しろよ。」

声が聞こえ、振り返る。
土方さんがこちらを見ていた。

「どんな輩か…わかんねェんだからな。」

不安げな表情は、さながら心配性の親。

「…ふふ、」
「なに笑ってんだ。」
「いえ、気をつけます。」
「おう。…じゃあな。」

背を向けると、今度こそ歩き出した。
私は細く息を吐き、気持ちを前向きに変える。

「…よし、行こう。」

私の相手から連絡はまだない。
ひとまず、待ち合わせ場所のお店に向かった。



「…え、ここ?」

辿り着いたお店は、
思っていた数倍、気品のある外観だった。

さすがは医者の息子。選ぶ店も格上だ。

「中で待ちづらいなぁ…。」

この手の店は慣れていない。
先に入っても、周りの視線が気になって息苦しくなりそうだ。

「ここで待っていよう。」

もうすぐ約束の18時。
きっとすぐに来る。

…そう思っていたのに、

「ちょっと…なんで?」

時間を過ぎても、来る気配がない。
辺りはすっかり暗くなり、風も冷たさが増してきた。

「寒っ…。」

携帯を取り出し、ディスプレイを確認する。
やっぱり連絡はない。

「遅くなるメールすら送ってこないなんて…。」

ガッカリな人。
何があっても関係を切ってやる。

…まぁ、元から断るつもりでいたけど。
こうなったらもう会ってすぐに言っちゃおうかな。

そんなことを考えていると、

――ピピピ、ピピピ…

着信音が鳴った。
見れば、『レイリさん』と表示されている。

「え、いきなり電話!?ちょ、え、ちょっ…」

動揺して悩む。
けれど、どうせ断るんだからと、潔く応答ボタンを押した。

「も…もしもし。」
『あ、はじめまして。紅涙さんですか?』
「は、はい…そうですけど……はじめまして。」
『はじめまして。』

声の感じは普通だ。
土方さんほど低くないし、沖田さんのような軽さもない。

それに、坂田さんが言っていた通り、
塞ぎ込んでいる雰囲気も、全く感じ取れなかった。

『遅れてすみません。今も待って頂いてますよね。』

当たり前でしょ?と顔を引きつらせながら、「ええまぁ」と返事をする。

『実は僕、今夜予定が出来てしまいまして、』
「…え?」
『行けなくなりました。すみません。』

すみませんって…。
いや、べつに私は会いたいわけじゃなかったけど。

『それではまた次の機会に――』
「あっあの!」
『はい?』

言うなら今だ。

「私っ、……あ。」

話し出してから気付いた。
円満に関係を切る理由…考えてない!

『どうしました?』
「え、えっと…」

どう言えば、これから連絡を取らないで済むんだろう…。

『実は私じゃない人が勝手にメールをしていて…』なんて真実を話しても、信じてもらえない気がする。

それどころか、
逃げたい一心の嘘だと思われて、最終的に真選組の評判も落とし兼ねない。

…こうなったら、もう一つの真実を話すしかないか。

「あの…実は私、職場での役職が上がって…これから少し忙しくなりそうなんです。」
『そうなんですか?おめでとうございます。』
「あ、ありがとうございます。だからその…あまり連絡を取れなくなるので…えっと…」

やわらく響く言葉を探す。
すると私より先に、『ちょうど良かった』と安堵する声が聞こえた。

『僕も忙しくなるので、もう連絡を取れないって話そうと思ってたんですよ。』
「え、…そう…だったんですか?」
『ええ。あーよかった。切り出しづらいなと思ってたんです。』
「そ、そうでしたか。」
『今日は本当にすみませんでした。では。』
「え、ちょっ……」 

一方的に電話が切れる。

「な、なにこの展開…。」

イラッとするような、ホッとしたような。
…まぁいいか。

「帰ろう。」

冷たくなった指先を握る。
歩き始めると、また着信音が鳴った。

「まさか…レイリさん?」

胸騒ぎで息苦しい。
携帯のディスプレイを見た。

…え?

「もしもし、沖田さん?」
『お楽しみ中のところ、すいやせん。』
「いえ、実はたった今キャンセルになったところで…」
『そうなんですかィ?なら丁度いいや。今から大江戸駅の南口に来てくだせェ。』
「南口?」

すぐそこだけど…

「何かあったんですか?」
『俺とデートでさァ。』
「え!?」
『嘘。』

な、なんだ…ビックリした。

『事件ですぜ。』
「!もしかしてまた…」
『そ。バッサリ切られてまさァ。』

バッサリ!?

『髪をねィ。』

なんだ…。…じゃない。
悪質な犯罪だ。

「わかりました、そちらに向かいます。」

南口へ移動する間、事件の概要を聞いた。

被害者は20歳、髪の長い女性。
電車から降りたところ、腕にパラパラと髪が落ちてきたらしい。

不自然な抜け毛だと思って手ぐしすると、後ろ髪が部分的に短くなっていたそうだ。

「以前と同じ、切りつけ犯の仕業でしょうか…。」
『どうでしょうねィ。あ、紅涙が見えやしたぜ。』

南口と書かれた表示板の下に、沖田さんと数名の隊士が立っている。
被害者らしき姿もあった。

「お疲れ様です!」
「なっ、え、早雨?」

隊士が私の頭の先から足の先まで見る。
着物姿に驚いているようだ。

「なんだよ、今日はオフだったのか?」
「えっと…そんな感じです。」
「オフの人間を呼びつけるとは、沖田隊長も厳しいな〜。」
「あ、いえっあの、オフというか…」
「構いやせんぜ。」

沖田さんはポケットに手を入れ、フンと鼻を鳴らした。

「そういうことにしときなせェ。」
「ありがとうございます。」
「なんすか。訳ありっすか?」
「黙って仕事しろィ。不審者を見つけるまで帰さねェからな。」
「ええ!?隊長、そりゃキツイっすよ!」
“もうここにはいねェかもしんねェのに…!”

文句を言いながらも、隊士達は駅の周辺へと散らばって行く。
聴取担当の隊士は、今もなお被害者から話を聞いていた。

「土方さんには連絡したんですか?」
「しやした。すぐに行くって。」

ということは、向こうも手早く終えたのかな?

「紅涙はキャンセルって言ってやしたが、目的も達成できなかったんですかィ?」
「いえ、それが――」

「悪い、遅くなった。」

土方さんの声が割り込んだ。

「お疲れさ……、…え……」

振り返りながら開けた口は、ぽかんと開いたままになる。

なぜなら、

「それが例の女ですかィ?」

土方さんの隣に、女性が立っていたから。

「総悟、失礼な言い方すんな。彼女はルウさんだ。」
「はじめまして。」

おしとやかに頭を下げる。
登録していた写真より何倍も…、…綺麗な人だった。

「変わった名前でさァ。」
「ふふ、よく言われます。」

口もとに手をあてて微笑む。
その様子を、妙に穏やかな表情の土方さんが見ていた。

「……、」
「紅涙?どうかしたのか?」
「……いえ、…何も。」

嫌な予感が胸をかすめる。
見て見ぬふりを続ける自信は、その時からあまりなかった。


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