お化け屋敷で組んだ腕
□ side M
遊園地デート三番目。おどろおどろしい建物の前であいを待つ。気を抜けば出そうになる溜息をなんとか押し殺した。と、後ろから両目が塞がれる。背後からの刺激に弱い俺は一瞬パニックになりかけたが、柔らかな手の感触に彼女を感じ、すっと気持ちが落ち着いた。
「だーれだ?」
「下らないことしてるんじゃないよ」
目を塞ぎ手を掴んで視界を確保する。そのまま右手で引っ張り、悪戯犯を捕獲した。
「えー、私だってバレてた?」
「分かるに決まってるじゃん。俺がお前の声、聞き間違えるわけない」
自信満々で告げる。
「何よもう。俺様潤くん発動しちゃって」
盛大にふくれる彼女の頬を人差し指でつつく。ぷぅっと抜ける息が面白くて二人で笑い合った。
「その調子でお化け屋敷、制覇しちゃおっか」
上目遣いに見上げてくるあいだって恐がりのくせに。
「あいは自信あるの?」
「あるわけないじゃん。できれば入りたくないよ」
眼前にそびえ立つ陰鬱な雰囲気の建物。耳に届く重低音は、可能ならば関わりたくないサウンドだ。
「……今からでもカード書き換えない?」
「全面的に賛成する」
揃ってディレクターさんの方へ顔を向けたけれど、笑いながら大きな×を作っていた。二人で顔を見合わせて大きく溜息をつく。
「行くしかねぇか」
「どうせなら叫びまくって、逆にお化けを驚かせようよ!」
「叫ぶのは決定なんだ」
「絶対声出る自信ある」
頷きながら言うあい。ドヤ顔の彼女が可愛くて、頭を撫でた時、首元に光るネックレスが目に入った。
華奢な首元を飾るのはリーダーのプレゼント。ペンダントトップにAを持ってくる辺り、リーダーらしいよな。俺ならJを選んじゃいそうだ。でも、Aの近くでキラリと光る石にリーダーの主張が見えた気がして、心がざわめいた。
「あい、手、出して」
ちょこんと揃えて出した彼女の手の上に、小さなビンを置く。
「わぁ。香水だ! くれるの?」
彼女は普段余り香水をつけない。ふわっと香るのは甘い彼女独特の香り。その匂いはもちろん好きだけど、たまには俺の香りに染めたいって思ってしまう。
「つけてくれる?」
問いかけると、「もちろん!」と了承の返事。左手で長い髪を手早くまとめると、白いうなじが見えた。そこへ1プッシュ。少し傾いた首筋とか、髪をまとめる仕草とか。全てが艶っぽくて俺の心臓が高まる。
透明感あふれるフルーティーな香りが俺の鼻を擽る。ジャスミンの香りとホワイトムスクの奥行きで作られたミステリアスな魅力に参ってしまいそうだ。
「これでいいかなぁ」
サラッと直された髪にうなじが隠され、もっと見ていたかったのにと名残惜しく思った。
「潤くん、大丈夫? やっぱり行きたくない?」
お化け屋敷を前に尻込みしていると勘違いしたのか、あいが心配そうに尋ねてきた。
「あいが色っぽくて見とれてた」
正直に言うとどんな反応を示すのかな。
「な! 変なこと言ってないで、行くよ!!」
照れた顔を隠すように俺の腕を掴み、ズンズン進んでいくあい。怖いって事すっかり忘れちゃってるんじゃない? その慌てっぷりがおかしくて、俺は笑いをかみ殺しながら足を進めた。
「さっきの仕掛けで最後かな?」
少し掠れ気味の声で、疲れたように彼女が呟く。叫びすぎだろう。横からドンと脅かされては叫び、上から何かが落ちてきては叫び、足首を捕まれては叫んだ。そう言う俺も喉が痛いんだからお互い様なんだけど。
「いや、最後に何かあるだろ」
俺の視線の先をあいが追う。最後は真っ直ぐに伸びた一本道。10mほど先に出口の文字が微かに見える。
「……だよね。すんなりとは出してくれないよね」
肩を落とす彼女の背中を撫でて慰める。俺のシャツの裾をちょこんと掴む手が愛おしい。
「最後だからさ、一緒にがんばろっか」
暗い中、あいの目を見つめて伝える。小さく頷いた彼女は何かを決心したように頷いた。
「……ねぇ、潤くん。腕、組んでもいい?」
遠慮がちに言う彼女の腕を有無を言わさずとった。
「いいに決まってんじゃん。ちゃんとくっついとけよ」
俺の言葉に安心したのか。あいが頭を寄せてくる。ふわっと香る俺の贈った香水が、胸を締めつけた。香水のプレゼントはあなたを独占したいって知ってるかな? でも、君が俺の香りを漂わせてくれるなら、それが俺の独占欲を満たすから。
「香水にくらくらきちゃう」
微笑みかけて首筋にキスする。緩く組んだ彼女の右腕を引き寄せた。俺の香りに包まれた君を離したくない。
お化け屋敷で組んだ腕に、俺の気持ちを組み込む。
これからも共に歩いて行こう。そんな決意を込めて彼女を手繰り寄せた。
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