笑顔に隠された二面性



「え、何? 馬鹿なこと言ってんじゃないよ。突然すぎるだろ。あー、うん。分かった。仕方ないなぁ。」

 シャワーを浴び終わり、リビングへ戻ると珍しく和が大きな声で電話している。彼がこんな声を出すのは、きっと相葉くんだろう。心を許した人には遠慮しない、それが二宮和也だ。

「はぁ。ったく。何であぁ段取り悪いかね。」

 わざとらしく溜息をつく和を横目で見て、くすっと笑う。ほっとけないって顔にかいてあるよ。

「笑ったな。」

 口を尖らせた和が冷蔵庫へ行き、ビールを手にする。よく見るとそれはノンアルコールのもので、明日が休みの彼にしては珍しい。そんなことを考えていると、彼は左手に持ったオレンジジュースを、私に投げて寄こした。

「今日はビール飲まないの?」
「飲みたいけど、飲めないの! 明日野球の試合やるんだって。」

「あぁ。相葉くんの?」
「もう少し早く日程組んで欲しいわ。全く。」

「でも楽しみなんでしょ?」
「だって俺がいないとダメだって相葉さんが言うから。」

 文句を言いながらも、きっと内心はワクワクしてる。和の中の野球少年が疼いているんだろう。微笑ましい思いで見ていると、ずいっと顔を覗き込まれた。

「あいも明日休みでしょ。応援に来てよ。」

 こうやって甘えてくる和は、いつもより数倍幼く見える。永遠の17歳も強ち間違いじゃないなんて、惚れた弱みだろうか。

「それはいいけど……ご迷惑じゃないかな。」
「大丈夫。俺、今から相葉さんに連絡するから。」

 そう言うと、素早い動きでスマホを手に取る。

「あ、明日5時半に相葉さんが迎えにくるらしいから、今日はもう寝なよ。」

 言い残すと、電話を手に相葉くんと話始めた。いつになくはしゃいでいる様子の和が可笑しくて、私は先に寝室へ戻った。


 そして次の日。
 まだ薄暗い早朝、目覚まし時計の音に寝ぼけながらベッドに座る。今日の仕事は何だっけと、回らない頭で考えると腰に回された腕。

「……はよ。」

 掠れ声の和はまだ目も開いていない。でも、いつもならもう一度布団に引きずり込もうとするはずなのに、今日はそれがない。

「起きなきゃ。……野球。」

 その声に昨日のやり取りが蘇る。そうだ。私も準備しなくっちゃ。固まった体を伸びで解し、お互いに準備を始めた。


 そして始まった草野球。時刻は7時半。ただ今、5回表、相葉くんチームの攻撃だ。
 相葉くんは約束通りに5時半に迎えに来てくれた。朝から爽やかな笑顔を引き連れて。

「ニノ、あい、おはよう!」

 直視するには眩しすぎる笑顔は、今日の野球を楽しみにしていたことを表していて、思わず私もつられてしまった。

 プレイボールが6時。何でこんなに朝早いのかと不思議に思っていると、応援に来た家族の方に、終わった後も休日を有効に過ごすためと教えていただいた。

「こんなこと言っていいのか分かりませんけど……。」

 仲良くなった同じチームのご家族の方に、小声で話しかけられる。

「二宮さんって、日中外に出られるんですね。」

 その感想に、思わず吹き出してしまう。全く悪気が無く、素直にそう思われたことが伝わってきた。

「確かに。色も真っ白ですしね。でも、野球は好きなんだと思います。」

 ゲームが大好きと公言し、休みの日は一日家で過ごすと話すことが多いため、そういうイメージがあるのだと思う。
 それでも、子どもみたいな顔をしてボールを追いかけている和を見ると、小さい頃はこうやって外で遊んでたんだろうなぁって微笑ましくなる。

 私の視線の先を追ったのか、その方もグランドに目を遣る。太陽の下で見る和の笑顔は、いつもより少し眩しくて私は目を細めた。
 腰のことを考えると、本当は無理して欲しくない。でも、あんな嬉しそうな顔されたらしょうがないかって思っちゃうよ。初めて見る野球少年の姿を、私は目に焼き付けた。


「なんとか勝てて良かったね。」
「5-4とかぎりぎりすぎるでしょ。」

 整列を終えて帰って来た和と相葉くんに、タオルとスポーツドリンクを渡す。小さくありがとうと言って、二人はそれを口にした。

「今回はちゃんとヒット打てたし、オーナーとしてちゃんと活躍できたわ。」
「俺はピッチャーも頑張ったよ。MVPもんだって。」

 言い合う二人は、まるで中学校の部活仲間のよう。軽妙なやり取りに、自然と頬が緩む。

「二人とも見せ場があって、格好良かったよ。」

 私の言葉に二人は目を合わせると、また言い合いを始める。

「でしょでしょ。いやー、今日の俺、格好良かっただろうなぁ。」
「あいは俺の嫁だぞ。お前のこと見てるわけないじゃん。」

「いや、あいはそんな贔屓しませんー。」
「絶対俺のことしか見てないね。」

 小学生のようなやり取りに吹き出す。さっきは中学生だったのに、どんどん幼くなってるよ。

「二宮さん、野球ホントにお好きなんですね。ちょっとイメージ変わりました。」

 そんな私に、そっと言葉をかけてくれたのは、さっき和のことを、日中外に出るのが意外だと仰ってた方。くすくすと笑いながら二人の話を聞いていたらしい。

「こういう面もあるんですよ。」

 少し戯けて答えると、そうですねと微笑みが返ってきた。お先に失礼しますと頭を下げられたので、こちらも会釈を返す。グラウンドに目を向けると、人影もまばらになり、みんな撤収し始めている。

「ニノ、あい、送るわ。」
「ありがとう。でも、この後、予定無いの?」

「帰ってもう一回寝るかな。」
「確かによく寝られそう。」

 運動した疲れが出てきたのか、少し目がとろんとしている和。これはきっと夕方まで起きないだろうな。
 相葉くんの言葉に甘えて帰宅すると、和はすぐさまシャワーを浴びた。そしてフラフラとベッドへよじ登り、コテンと寝てしまう。予想通りの行動に小さな声で笑いながら、私もその隣に潜り込んだ。


 少し汗ばんだことに不快感を感じ、寝返りを打つ。瞼に感じる明るさに、状況把握ができなくて目をこじ開けた。

「起きた? よく寝てたね。」

 声のする方に視線をやると、右肘をついて私を覗き込んでいる和。そうだ。野球の試合後、眠さの余り寝ちゃったんだ。
 時刻を見ると、午前11時。外はいい天気で、こんな時間に昼寝をするなんてめったに無い。麗らかな日射しが新たな眠気を誘う。

「ちょっとあい、起きてよ。マッサージして。」

 微睡みかけた頭が、その言葉で覚醒する。マッサージって、久しぶりの野球でやっぱり疲れたのかな。
 俯せに寝転がる和の上に軽くまたがり、両手を使って腰をほぐす。力を入れすぎないように、小指以外の4本を使って細かく揉んでいく。時々あー、とか、うーとか言葉にならない声が出ているということは、きっと気持ちいいんだろう

「ねぇねぇ、あい。」

 両側の筋肉を解し終えると、和が顔だけ横に向けてニヤリと笑った。

「元気になっちゃった。」

 その顔は明らかに何かを期待していて、真っ昼間だというのにそういうことを言う和に呆れてしまう。

「バカ。腰痛いんでしょ。」

「だから、今日はあいが動いて。」

 言うや否や腰を掴まれ持ち上げられた。その隙にくるりと向きを変え、仰向けになる和。

「俺、今日頑張ったじゃん。MVP貰っていいくらい。だからご褒美ちょうだい。」

 そうやって笑う和は、太陽の下で見たものとは真逆の黒い笑み。本当に同一人物なのだろうかと、疑いたくなるほどだ。呆気にとられている間に服が取り払われる。

「うん。いい眺め。」

 舌なめずりする和に、いいように翻弄され、美味しく食べられた。


 あなたの笑顔に隠された二面性。私はいつだって、それに踊らされる。


(この間、野球したんだよ。朝6時プレイボール)
(それ、凄いね。ニノも?)
(そう。相葉さんに迎えに来て貰ってね)
(ニノがそんな朝早く屋外にいるって、レアなんじゃない?)
(俺と一緒で家好きだもんな)
(確かに、朝より夜が似合いそう。笑)
(翔くん、分かってくれる!?)
(ニノ……あんまりあいをいじめるんじゃないよ)
(んふふふ)

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