キスなんてただの束縛
title by 確かに恋だった
普段はできるだけ負の感情は見せないようにしている。だってマイナス感情なんて見ていて楽しいものじゃない。加えて、俺を取り巻く環境もそうさせる。この仕事をしていると、周りに与える影響は少なくない。良くも悪くも。特に負の感情は増幅すると思っている俺は、できるだけ隠す術を覚えたのだ。
「あー、もう」
そんな俺が苛々する気持ちを抑えきれない。きっかけは簡単。あいのキスシーンだ。
知ってたよ。今撮ってるドラマでキスシーンがあるの。今までだって何度もあった。もっと際どいシーンだって。その時はこんなに苛つかなかった。そもそもラブシーンがある度に嫉妬していたら芸能人同士なんて結婚できない。俺が感情を爆発させそうなったのには訳がある。
「今日の撮影、凄かったね」
「主演の二人、ホントの恋人同士みたいだった!」
あいが同じ局でドラマの撮影をしているのは把握済み。だからエキストラの人が廊下でこんな話をしていてもおかしくない。撮影に参加していた人がこう感じるなんて、いいものが撮れたに違いない。
その時の俺は、まだそれくらいに思っていた。あいと相手の方の演技が素晴らしかった。いいことじゃないか。
「なんかあの二人が一緒にいると華があるわ」
「並んでるとうっとりしちゃう」
スタイリストさんたちがこそこそ言っていても、気にしない。主演の二人が一緒にいることは珍しくない。しかも絵になるなんてドラマ的には有り難いことこの上ない。
「アイツら、何であんなに仲いいんだ?」
「あぁやってるとお似合いよね」
でも、共演者の方々がこうやって話しているのはさすがに気になった。一体二人で何やってんのさ。自分でも無意識のうちに覗き込んだスタジオ。そこには、相手役の俳優さんと顔を近づけて笑い合うあいの姿。
頭をハンマーで殴られた気がした。彼女は女優だ。その演技力は、本気で挑まないと呑まれてしまう。だからカメラの前であいがあんな顔をしていても俺は驚かない。でも、今はカメラは回っていないはず。それなのに彼女があんな柔らかい、満ち足りたような笑顔を浮かべるなんて。
どんなことを言われても湧き起こらなかった嫉妬心が、簡単に渦巻くのが分かった。何で俺以外の前であんな顔を見せるのか。思うのはそれだけで、足早にその場を離れる。
「元さん、俺、帰っていい?」
後の仕事は簡単なスケジュール調整だったはず。それならば電話でできないこともない。少しでも早く一人になりたい。
「分かった。帰ってゲームでもして落ち着くんだな。くれぐれも当たるなよ」
苦笑しながら忠告してきた元さん。悪いけど、素直にきける自信がない。だからこそ俺には時間が必要だ。
「じゃ、また明日」
元さんの言葉には答えず、俺は早々に立ち去った。
「ただいまー」
日付が変わろうとしていた頃、あいが帰ってきた。「疲れたー」と言いながらふにゃりと笑う。鞄を置いてソファーに座った彼女の腕を掴む。
「あの顔、何?」
少しは冷静になったつもりだったのに、喉から出たのは途轍もなく鋭い声。
「……和、今日現場見てたでしょ?」
俺の問いかけには答えず、質問で返される。俺の目を見ないあいに、苛立ちが募った。
「だから何? 俺には見られたくないことでもあったの?」
いつもなら絶対出ないような言葉が次々口から零れる。こんなこと言いたいわけじゃないのに。
「どうしたの? そんなことあるわけないじゃない」
心配そうに顔を覗き込むあいを腕の中に閉じ込めて、きつく抱きしめる。
「じゃあ、何であの時目を逸らしたの?」
そう。相手役の俳優さんと柔らかい笑顔で話した後、あいは俺の方を見た。それは瞬きするような時間だったけれど、確かに俺たちの目は合ったんだ。でも、彼女は目を大きく見開いた後、気まずそうに目を逸らした。
俺にだけ見せる表情を他の人に向けたことだって、もちろん腹立たしい。けど、何より俺を見て逸らされた目が悲しかった。
「和……」
何か言いたそうに腕の中であいがもぞもぞ動いた。
「うるさい」
言い訳があるならすればいい。でも、それより先にあいを感じたくて、荒々しく唇を奪った。噛みつくような口付けは漏れる吐息すらも呑み込む。これは俺の欲を満たすためだけの自分本位な口付けだ。あいの気持ちを考えていないキスなんて、ただの束縛にしか過ぎない。
それでもやめられなくて、何度も角度を変えて吸い付いた。隠れている舌を引っ張り出して絡める。俺から目を逸らさないで。
どれくらい時間が経ったか分からないくらい、俺たちは唇を重ねていた。それでもまだ満足できなくて離れられない俺の胸を、あいが軽く押した。
「弁解くらいさせてよ」
肩で息をしながら俺を睨み付ける。
「聞こうか」
だから俺も、濡れた唇を袖で拭って、挑発的に答えた。
「和と目が合う直前、相手の方にからかわれたの」
「何を」
あんな滅多に見せない顔して、どんな話をしてたんだか。
「……現場まで秘かに見に来るなんて、愛されてるねって」
気恥ずかしそうに一気に言い切るあい。その言葉に呆然とする俺。
「そんな話の後、和のこと見つけたから恥ずかしくて」
どんどん小さくなる彼女の声とは対照的に、少しずつクリアになる俺の思考回路。
「……目、逸らしちゃった」
ってことは何だ? あいがあんな顔をしたのは、俺の話題が出たから? あの俳優さんと話してたからじゃなくて、俺のことを思い浮かべたからなのか?
「あい」
抱きしめて許しを請う。
「ごめん」
勝手に勘違いして、一人で深みにはまって。俺ってかっこわるい。
「求めてくれてありがとう」
眉を下げて仕方ないなぁって顔で俺を見る。そうやって君が甘やかすから、俺がつけ上がるんだ。そんな顔は俺にだけ向けられると思っていい?
あいの頬に手を添え見つめ合う。少しずつ近づく距離にも視線は離さない。目で、手で、そして唇で感じればいい。俺が君をこんなに大切なこと。君だけが俺の感情をこれほど振り回すのだから。
ゆっくり目を閉じ口付ける。そう。キスなんてただの束縛。
それは甘く緩く君を縛り付ける。
(ニノ、昨日凄かったらしいじゃん)
(えー、何のこと? 何のこと?)
(元さんが、「ニノが切れた」って言ってたぜ)
(へぇー、珍しい。あぁ、昨日キスシーンか)
(何で翔ちゃんがあいのスケジュール知ってんの!?)
(基本じゃね? 明日は空港でキスシーンだろ)
(リーダーまで!?)
(んふふ。嫉妬するニノちゃん、かわいー)
(……覚えてろよ)
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