素直になれる場所
「お待たせしました」
待ち合わせ場所にたどり着いてディレクターさんに声をかけた。今日は翔くんが司会をしている番組で、私が夜会を開くことになっている。
「おはようございます。高橋さん、いつもこんな風に一人で行動するんですか?」
「おはようございます。そうですね。一人だったり二人だったり。普通に街を歩きますよ」
目的地へと歩きながら質問に答える。東京の人は結構芸能人慣れしているせいか、見つかってもそれほど騒がず、そっとしておいてくれることが多い。
「私服って、今日みたいな感じですか?」
聞かれて自分の服を見直す。白シャツにスキニーデニム、ぺたんこのムートンブーツを合わせ、色彩豊かなオルテガ柄のロングカーディガンを羽織っている。
「え、変ですか?」
「いや、よくお似合いですよ。芸能人はセンスがいいなと思って。櫻井さん以外」
いつも翔くんの夜会に同行しているディレクターさんだからか、容赦のない言葉に笑ってしまう。
「翔くん、いつも迷彩着てるわけじゃないですよ。普通にオシャレだと思うけどなぁ」
そんな会話をしていたらはじめの目的地へ到着した。
「ここは?」
「ダンススタジオです」
「よく来るんですか?」
「時間がある時は来ますね。ひたすら踊るのが、ストレス発散になるんですよ」
「そうなんですね。じゃあ、今日は踊る高橋さんが見られると」
「むしろ踊ってるところばっかりで、面白くないかも」
テレビ的に大丈夫なのだろうかと思いながらも、更衣室の手前でディレクターさんと別れて手早く着替えを済ませる。水筒とタオルを持って更衣室を出て、ディレクターさんと共にレッスン場へ向かった。
始めに入念にストレッチをする。じっとりと汗ばむくらい行うことで、怪我をする可能性を低くできるからだ。それにゆっくりと体を動かすことで、いつもと違う箇所があるかどうかのチェックも行える。
そして音楽と共に動き出す。音に体を任せるように軽く。そして次第に速くなるリズムに負けないよう。激しくなる動きにだけ気を取られず、指先まで意識する。
たっぷり一時間は踊ったところで、今日はカメラが回っていたことを思い出した。
「すみません! 夜会の件、すっかり忘れてました」
汗を拭きながら慌ててディレクターさんの元へ駆け寄る。側で声をかけると、ハッとしたように返事が返ってきた。
「いや、本気でみとれてました。高橋さん、すっごく優雅に踊るんですね。何時間でも見てられそう」
手放しで褒められて、顔が赤くなるのが分かった。ウォーミングアップを始めた頃はカメラを意識してたのに、踊り始めると夢中になってしまった。メンバーからもダンスをしている時は、声が届かないといつも嘆かれている。
「すみません。踊りに没頭する癖があって」
「いいもの見られたので、気にしないでください。むしろありがとうございました」
お互いに頭を下げ合う状況が可笑しくなって、同時に吹き出す。
「着替えてきますね。相葉くんと違って、付いて来ちゃダメですよ」
「さすがに、女性の着替えまでは追跡しません」
そんな会話をしながら更衣室前で再び別れる。時刻は午後七時半。夜会開始は八時だからちょうどいいかな、なんて考えながらシャワーを浴びて荷物をまとめた。
「いよいよ夜会ですか」
「夜会ですね」
タクシーに乗って夜会会場へ向かう。着いたのはメイン通りから一本路地に入った居酒屋さん。デビュー直後からお世話になっているお店だ。ここは魚介類が美味しくて個室もあるので有り難い。
「こんばんは」
風情のある暖簾をかき分けて店内に入ると、「いらっしゃい」と女将さんの威勢の良い声が迎えてくれた。
「あぁ、あいちゃん。相変わらず綺麗な顔して。いつものところに用意しといたよ」
チャキチャキとドリンクを作っていた女将さんが、顔だけこっちに向けて案内してくれる。サバサバとしたところが大好きでついつい通っちゃうんだ。
「ありがとう。じゃ、お邪魔しまーす」
勝手知ったる我が家のように、曲がりくねった通路を進む。突き当たりの部屋に入ると、見慣れた猫背が目に入った。
「あい、お疲れ」
ゲーム機から顔を上げた和が、ニコッと笑って出迎えてくれる。カーディガンを脱いで隣に座った。
「みんなはまだ?」
「相葉さんと潤くんはもう着くって。リーダーは、ちょっと遅れるらしいよ。」
「そっか。翔くんは、行けたら行くって言ってたけどどうかな」
話しながら今日のおすすめと書かれた紙を見る。ぶり大根の文字に心が躍った。柔らかくなるまでことこと煮た大根に味が染みて、口の中でじゅわっと広がるんだろう。想像しただけで幸せになる味だ。
「すっげぇ腹減った顔してる」
和に頬をつんつんと触られて我に返った。
「何頼もうか考えてたら、お腹すいてきちゃった」
「ここにいるだけでいい匂いしてくるもんね」
「ねぇ、今日お酒飲んで良い?」
「えー、酒かぁ。カメラ回ってるんでしょ?」
「そうなんだけど……。みんなで飲むの久しぶりだからちょっとだけいいでしょ?」
両手を合わせて上目遣いでお願いする。和が私のこの顔に弱いこと知ってて使ってごめんね。ホントにちょっとだけにするから。
「うっ。……はぁ、仕方ない。俺がストップかけたらやめてね。酔ったあい可愛いから見せたくないんだけどな……」
和から許可を貰った私は、嬉しさの余り最後まで言葉を聞かずにメニュー表をめくる。美味しそうなお酒の数々に頬が緩むのが分かった。
「お疲れー」
引き戸をガラガラと開けて入ってきたのは翔くん。来られないかもとか言ってたけど、なんとかなったんだ。
「翔さん、時間できたの?」
「うん。打ち合わせ、速攻で終わらせてきた」
和の向かいに座った翔くんに、ディレクターさんが話しかける。
「櫻井さん、何で来るんですか! 今、お二人がイチャイチャしてるとこ撮ってたのに!!」
「え? 俺来ちゃダメだったの?」
「二宮さんと高橋さんのツーショットとか、滅多にテレビで撮れないでしょ。あー、せっかくの機会が……」
嘆くディレクターさんを笑いながら指差した翔くんが、私たちに問いかける。
「だって。あんたたち、何してたのよ」
「別に……。お酒飲んでいいか聞いただけ」
「あいに上目遣いでお願いされた」
「あー、そりゃダメだわ。確かに貴重映像だ。ディレクターさん、その映像使っちゃダメだよ」
真剣な顔になった翔くんがディレクターさんと話し合いを始めると、再び引き戸が開けられた。
「ごめんごめん。遅れちゃった」
「セーフでしょ?」
「入り口でバッタリ会ってさ」
一気に増えた人数に、部屋の温度が上がる気がした。いつもよりリラックスした表情のメンバーに、私も嬉しくなる。
「あい、場所交代」
和に腕を引っ張られ、一番奥へと追いやられる。左利きの彼は大人数で食事するとき、一番奥を好む。食べる際、腕が当たらないから気を遣わなくていいという理由だ。でも、今回のようにお酒を飲む場では必ず私を端へ追いやる。酔うと眠くなっちゃうから、壁にもたれられるようにっていう理由かなと、勝手に推測している。
「あー、せっかくあいの隣に座ろうと思ったのに」
私と入れ替わった和の隣に座った智くんがブツブツ呟く。
「座らせるわけないじゃん」
「リーダー、これで何敗目?」
「……51連敗」
「ひゃはは! よく覚えてんね」
「諦めない智くんもだけど、絶対隙を見せないニノもすげぇな」
「俺が譲るわけないでしょ」
喋り続けるみんなを余所に、潤くんが飲み物の注文を取ってくれる。こういう場で仕切るのは、大体彼だ。みんな仲良く注文した生ビールがテーブルに揃った午後八時十四分。私たちの夜会がスタートした。
「で、あいは今日どこ行ったの?」
「えっと待ち合わせが遅かったから、ダンススタジオ行っただけ」
「ってことは踊ったの?」
「うん。途中からカメラ回ってるの忘れて、申し訳ないことしちゃったよ」
「いい画撮れたでしょ?」とディレクターさんに問いかける潤くんと、「俺も見たかった」と不平を零す智くん。酔いも回ってきたのか、少し舌っ足らずになっているのが楽しい。次は何を注文しようかなとアルコールのページを開いていると、横から伸びてきた手に取り上げられて代わりにソフトドリンクメニューを持たされた。
「えー、お酒もう終わり?」
「三杯飲んだでしょ。それ以上はダメ」
「和の意地悪」
口を尖らせて反抗すると、「そんな顔するなんて、お酒は余計禁止」と困った顔をされた。和にそう言われたら仕方ない。じゃあいつものオレンジジュースにしようっと。
「お二人はいつもこんな感じなんですか?」
ディレクターさんの質問に、みんなが一斉にカメラへ顔を向けた。
「こんな感じって……こんな?」
私の方を指差して翔くんが聞き返す。翔くん、人を指差しちゃダメだよ。
「えぇ。テレビの中のお二人とイメージが違うんですけど」
「あぁ。テレビでは、二人ともあんまりデレないからね」
「楽屋ではいっつもこんな感じですよ。今日は酒が入ってるから余計かな」
「そっか。俺らは見慣れてるけど、世間の人達には新鮮かもね」
「この二人、結婚してしばらく経つのにまだ新婚みたいにイチャイチャするんですよ」
「出たよ、リーダーの愚痴! 新婚みたいにって、いっつも言ってるよね」
「だってさ、俺だって可愛いあいみたいのに、ニノが邪魔するんだもん」
「見せてたまるかっての」
言った和に肩を引き寄せられる。カメラが回っているところでは滅多にしない行動に、心臓が高まるのを感じる。同時に触れる温もりが心地良くて、閉じそうになる瞼をなんとか押し上げた。
「おっと、ニノも酔ってきたな。これはそろそろお開きにしないと」
「あいも、さっき和呼びしちゃってたからね」
「だね。これ以上はちびっこに見せられない」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。でも、お開きには賛成。コレ、もう連れて帰らないとダメだわ」
親指で私を指した和が同意する。たくさん体を動かした後のお酒で、いつもより酔いが回っているのかもしれない。なんだか少しふわふわする。
「じゃ、締めますか」
「それでは、今日は夜会へ来ていただきありがとうございました! また明日会いましょう!」
テンション高く宣言する。「あい酔ってるな」とか「そういや明日六人の収録か」なんて声を聞きながら、和と手を繋いで部屋を出る。カメラを回すディレクターさんに手を振ってお店を後にした。
タクシーに乗り込んで椅子に深く腰掛ける。隣に座る和に引き寄せられ、彼の肩に頭を預けた。
「帰って飲み直していい?」
上から落ちてくる声にうとうとしかけた意識を覚醒させる。
「いいよ。珍しいね。お店で飲んだ後にまた飲むなんて」
「心配で飲んだ気しなかった」
「え? 私、そんなに酔っぱらってる?」
「いや、普段とそれほど変わらないけど、カメラ回ってるのに可愛い顔するから」
拗ねたように小さな声で言う和が可愛くて、手を取って指を絡めた。
「心配かけてごめんね」
絡めた指を顔の前まで持ち上げて頬に当てる。二人の体温が溶けあう感覚が心地良い。
「……やっぱり飲むのやめた」
息を呑んだ和が私の耳元で囁いた。
「お酒じゃなくてあいを堪能することにする」
色気たっぷりの言葉に、ただでさえ熱い体がさらに高まる。返事の代わりに、繋いだ手を強く握りかえした。
私が素直になれる場所
共に並び立つメンバーの側
そしてどうしようもない愛しさをくれる、あなたの隣
(ディレクターさん、今日の映像、編集したら見せてね)
(翔くん、頼むよ。流せないの多そうだし)
(だよね。全国放送したらあいの色気に卒倒する人出ちゃうかもしんない。笑)
(何よりニノが許さないでしょ)
(だな。笑 しっかりチェックさせてもらいます!)
(ノーカット版、ちょうだいね)
(相葉ちゃん、ナイス!)
(それはいい。永久保存版だな。みんないるでしょ?)
(もちろん。五枚頼んだ)
(五枚……? あぁニノの分か)
(いるでしょ?)
(確実に請求されるね)
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