隣人
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就業時刻をすぎた頃。今日は大きなコンペを勝ち、村上部長は終始ご機嫌だったから残業はなしだ。会社からの帰り道、夕食を済ませて忠義と手を繋ぎながら駅までの道を歩いていると、忠義が繋いでいる手を大きく振った。
「錦戸さん...やっけ?」
『えっ?』
「ほら、喫煙所で」
『あぁ、うん』
「心配やなー」
『何が?』
「んー?イケメンやったし。名前が錦戸さんのこと好きになっちゃったりしたら困るなーって」
『...どうしたの?珍しいね。そんなこと言うの』
「俺そんな自信満々ちゃうよ?」
『社内1のモテ男が?』
「あんなイケメン名前取られるかもってちょっと思った」
『...ないよ、私には忠義が居るもん』
「ならいいんやけど」
忠義の家は私の家の真逆だから、駅で別れた。電車をおりて改札を潜り、すぐのコンビニに立ち寄った。家の冷蔵庫が空っぽだったのを思い出して、ビールと小腹を満たすだけのつまみを籠に入れる。今日はいい仕事をしたし、ちょっと高いのにしよう。
「あ、」
『亮...』
「名前も八萬駅やったん?」
『亮も?』
「うん。送ってく」
たまたま自宅の方向が同じらしいので並んで歩く。外で亮に会うのは6年ぶりで、ちらっと横を向けばオフィスカジュアルな服装に、学生の頃とは違う大人を感じた。会社で見ているはずなのにドキドキしたのはここが外であること、そして夜というシチュエーションがそうさせたのかもしれない。
『送ってくれてありがとう。うち、ここ』
「え?」
『ん?』
「俺ん家もここやねんけど」
『えっ嘘、』
「506」
『...うち505』
驚いて目が合う。偶然すぎる事がなんだかおかしくて笑った。そんなことがあるのか。6年前に別れた元彼と、同じマンションに住んでるなんて。しかも、お隣さんだったなんて。オートロックをくぐり、エレベーターに乗り込んだ。
『まさか隣だとは思わなかった』
「引っ越してきた時、挨拶行ったんやけど居らんかったしな」
『そうだったんだ』
エレベーターをおりて一番奥が506でその手前が505。自分の部屋の前で足を止めた。
「ホンマに隣や」
『もしかして、渋谷先輩に紹介してもらった?』
「おん、あの人確信犯やな」
『じゃあまた明日。おやすみなさい』
「おやすみ」
ヒールを脱いで、リビングに続く廊下を抜けた。忙しさに社内を走り回った今日は、ヒールを履いていた脚に重みを感じていた。部屋着に着替えて買ったビールとつまみをリビングのテーブルに広げ、ソファーに凭れてプルタブをあけた。