セフレだと思い込んでる彼女と、愛を伝えているつもりの彼 2/3

「はー、しかしまじでセフレだったとは。」

前々から薄々感じていたことではある。彼との約束事、そのいち。関係を公表しないでほしい。そのに。外で会っても極力話しかけないでほしい。そのさん。キスマークはつけないでくれ。そのよん。写真は撮ることが出来ない。そのご。あまり会えないと思う。どれをとっても怪しさ満点だしこれで疑うなという方が難しい。そして今日、決定打ともいえるパツキンチャンネエ(めっちゃ美人でボッキュッボン。峰不二子かな?)との逢瀬場面を見てしまった私に突きつけられたのは、やっぱりお前セフレだってよお疲れ様!という現実のみ。分かってはいたがこれはなかなか……。納得したし、理解もした。駄々をこねて泣くつもりなんてないし彼に問いただすつもりももちろんない。
しかし、なぁ……。

「うぇえん…幸せな結婚がしたかったにまさかそんな男にひっかかるなんて……。私は絶対にないと思ってたのにまさか……そんな……」

学生時代。
変な男にひっかかる女の話はよく聞いた。それこそドラマの定番だ。浮気男を嫌いになれない女。遊ばれてると知っても健気に彼を待ち続ける女。ちなみに後者は高確率で「お前重い」と彼に捨てられていた。そこで気づく。

「待って……今の状況めっちゃ後者…………」

瞬間的に脳裏を駆け巡るのは私に別れを告げる彼の姿!
『少し重いんですよね、あなたの気持ち。悪いんですけど別れてくれます?』
CVはもちろん彼で音声が読み上げられる。なんてリアル。やばい。近い打ちに捨てられるかもしれない。多分彼には、キープの女などそれこそ沢山いるだろう。今日見た彼女のように美人でスタイル抜群で、まさに男好きする女性が、沢山。そんな中たいした取り柄のない私がキープに選ばれたのは多分、アレだろう。口直しみたいな……。流石に自分を蛆呼ばわりしたくはないが日本のことわざには蓼食う虫も好き好きという言葉がある。つまりそういうことだ。

「やばい……捨てられる……」

今は、私という今までにない“普通、一般、なんの取り柄もない凡人”というものを楽しんでいるんだろう。彼なりに。ということは、飽きられたら捨てられる……!!
悔しいことに私は彼の顔がはちゃめちゃに好きだし性格も好きだし存在が好きなので別れたくない。遊ばれてるとわかっても好きだ。なんなら遊ばれるほどの価値があってよかったと段々思えてきた。彼ほどの顔面の持ち主ならよりどりみどりだろうに、その中私を選んだのだ。これはもはや当たりくじと言っていいのでは……?
撤回しよう。最初、私は彼を盲目的に愛していないと言ったな。あれは嘘だ。
私は盲目的に彼を愛しています!!!

さて、結論が出たところでまず何からしようか。
捨てられないように自分磨きする?
却下。今更私が自分磨きしたところでたかが知れているし、元の素材がいいお姉さま方には到底叶うとは思えない。では他に何をするか。
私の取り柄を活かして何かする………?いや、私の取り柄なんて、というか特技なんて、千と千○の神隠しに出てくるカエルのセリフ「センを出せ!」くらいしか浮かばない。それで何するっていうんだ。却下。
ウンウン悩んでも結局結果は出ず、ひとまず今日は街を練り歩こうと決めた。つまり気分転換だ。狭い空間にいれば自然と考えは狭まってしまう。大空の下を歩いて視野を広げよう!
どうすれば安室さんに捨てられずに済むか。逃げの一手をキメるなら連絡を取らないことだが、そうすると次エンカウントした時に別れを告げられる可能性もあるしなんなら自然消滅したと思われかねない。逃げて破局を迎えるのは勘弁だ。どうせなら出来ることやって、やり尽くした上で振られたい。

「捨てられない方法、捨てられない方法ねぇ……。男心って難しいわ……」

玄関のマットに座って今日はシューズをはこうとシューズを取り出す。白のお気に入りのシューズだ。今日はおそらくあちこち歩き倒すから足を痛めそうなヒールやサンダルは履かない。安室さんと会うこともないだろうしお洒落する必要だってない。
気持ち強めにきゅっ、と靴紐を結ぶ。簡単には解けないようにと意識していたから、私は気づかなかった。
今さっき会うことはねえだろ〜とタカをくくっていた相手と今まさに会うことになるなんて。

「へぇ……捨てられないように?誰にですか?」

「そりゃもちろん彼ピッピのーーーーー……………は!?!?」

普通に返事をしてしまってからいや今の声誰だよ!と顔を上げた。しかし聞き覚えしかない声に顔を上げる前からもう気づいていた。相手が誰かなんて。
勢いよく顔を上げた私の前には、少しだけ息を乱して珍しくスーツ姿の安室さんがいた。やだ、超色っぽい。

「お、おかえりなさい………」

顔をひきつらせていう私に、安室さんの瞳が鋭く光る。やばい超怖い。今までにないくらい険しい顔をした安室さんが静かに私の行く手を阻んでいる。ちなみにここは私の家で安室さんには合鍵も渡している。おっ?セフレ程度の女から合鍵なんてもらうか??そしたら安室さん何個合鍵持ってるん??管理とか大丈夫?鍵間違えない?と一瞬現実逃避気味に思ったがこの完璧超人の安室さんだ。管理できているのだろう。器用かよ。
しかし…………やばい………やらかしてしまった。うっかり今、彼ピッピ(仮)の浮気に気づいてますと遠回しに言ってしまったようなもんだ。いや、この際「浮気してる。というよりそもそもお前はキープだ」と言われた方がいいのかもしれない。そしたら私だってもっと気楽に、気楽にーーーーん?私何言ってるんだ?だいぶ混乱を極めすぎてて何を言っているかわからない。私、落ち着けビークール。
靴紐に未だに手をかけたままの私がメデューサに石にされたのごとく硬直していれば、安室さんが玄関の横の壁に肩をついた。海外式の壁ドンだ……!なんてテンションが上がったけど少しだ。少し。
それ以前に壁ドンをする顔じゃない。やばい。表情が死んでる。というか、無い。お亡くなりになってる。

「きみは……」

「は、はいっ」

「他に好きな男でもいるのか」

「は?」

何を言われるのだろう。まさかここで人生終了のお告げをくだされるのだろうか。待って私まだ何も行動していない。まだ何も出来ていないのに、そんな……!と息を止めて彼の続きの言葉を待っていれば、その予想を裏切るかのように彼から出てきた言葉は好きな人の有無。思わず間抜けた声が出るも、彼の声音と表情は至って真面目だ。何なら支払い請求書とか令状とか叩きつけてきそう。ほら、警察の人とか役所の人ってそんな感じの雰囲気あるじゃん。真面目というかピリピリした空気。それを今現在彼ピッピ(仮)に醸し出される私は狼狽えながらも答えを口にする。

「安室さんだけ、が好きですけど」

当然ですやろ!!!と言わんばかりにいって見せると、彼はわかりやすくほっと息をついた。その顔は幾分か安心したように見えて顔が和らいでいる。ちょろい私はそれが独占欲なのか所有欲からくるものなのか分からないけど、彼が私の心代わりをおしいと思っていることが嬉しくてじわりと歓喜が胸を占めた。めっちゃ嬉しい。やばい私めっちゃちょろい。ちょろさ検定あったら余裕で合格できる。よく見ておいてね皆さん、これが変な男にひっかかった女の末路です。学生時代、まさか私がこんな男に引っかかるとは思わなかった。人ってわからないもんだ。

「本当に?」

「本当ですよ」

「嘘じゃないんだな?」

「嘘つく必要、あります?」

むしろ付いているのは安室さんの方でしょう?とは流石に言えず口を閉ざす。靴紐を最後に確認して立ち上がると、安室さんとの距離が近くなった。相変わらず背が高いなこの人。身長差のせいで彼の胸元に目線がいく私は少し顔を上げて彼の顔を見る。そこには先程まであった焦燥は見て取れず、代わりに少し口元を緩めた安室さんと目が合った。素直に言って可愛い。

「あともう二つ」

「?」

「彼氏は、僕だけだよな?」

「…そうですね」

お前は私以外10人も20人も彼女さんがいらっしゃるんでしょうがね〜〜〜〜〜〜!!!と脳内の自分がDEAT○NOTEのリュークみたいになって顔を出す。ノーノー私は彼の全てを認めた上で付き合う。都合のいいセフレになると決めた女。これは朝出した答えだ。

「あと、さっきの捨てられるって言うのは何かな」

「ああ、」

安室さんに問われて少し口ごもる。
ここで本当のことを言ってふられるのは勘弁願いたい。私がセフレなのを知ってると知られれば彼の対応は二つにわかれるだろう。一つ目は謝って関係を解消すること。私は関係を解消したくもなければ謝罪もいらないしぎくしゃくもしたくありません。なので却下。
もう一つは都合のいい女としてこれからもよろしくするという可能性だが………果たして安室さんはどっちだ?少なくとも前者の可能性があるのなら、正直に言うのは避けたい。少し口ごもった私に、目ざとく気づいた安室さんはすかさず私の後頭部をつかみ寄せて顔を上げさせた。
強制的に視線が絡み合う。

「僕が、君を手放すとでも?」

「いえ、そういうんじゃ、」

「酷いな、君は。僕は君に、これ以上ないくらいの愛を伝えていると思うんだけど」

「はぁ……」

その愛は私以外にも伝えているんでしょ?とはやはり言えない。それよか安室さん口達者かよ好き。舌論とか得意そう。

「……分からないなら、分かってくれるまでそばに居る」

「へ?」

「物理的に一緒にいるのは無理だ。僕には仕事があるし、きみもそれは一緒。だけど……今日は午後から休みをもらった。朝までずっときみといることができる」

「い、いや安室さん、あの」

私これから出かけるんですけど。
そう言おうと開いた口は、しかし安室さんの人差し指に塞がれた。唇にちょん、と置かれた人差し指に思わず言葉を失う。そ、そういうところだぞ安室透〜〜〜〜〜〜!!!

「何も部屋にいようとは言ってないさ。きみはこれから出かけるんだろう?……俺もついていく。なんなら車も出すけど?足がある方が、きみも楽しめるんじゃないか?散策は」

「えっ、なんで散策って、」

「分かりるさ、きみのその格好を見て気づかないはずがない」

安室さんに言われてちらりと自分の姿を見下ろす。歩きやすさを重視したカジュアルな服だ。靴もシューズ。なるほど、これなら当てられてもおかしくない。何せ安室さんは私立探偵だし、気づかない方がおかしいか。

「着いてくるのはいいですけど……安室さん、お時間大丈夫なんですか?」

「さっきも言ったろ。今日はきみとの時間を満喫する。一緒にいたい、って」

「はぁ」

私が言ったのは『私にかまけて私以外の女には何もしなくていいんか?』という意味だ。安室さんのお友達(ワケあり)が何人いるかは知らないが私だけに時間を割いていいのだろうか。少し気になりながらも、しかし今からの時間私か独占できることには変わりない。彼女なのに出し抜けたとか出し抜けないとかおかしいと思うけど仕方ない。安室さんの隣にいれるだけで私は満足です。