セフレだと思い込んでいる彼女はストーカーのことを話せない 2/3


次の日。
今日は華の金曜日ということで同期に飲みに誘われた。鬱屈した事件がこうも連続で起きてしまったので(言わずもがな一件目は彼氏の浮気、二件目はストーカーの件である。気が重い。)パーッと飲みに行きたい気持ちは私にもあった。誘ってくれた山下……田中…………鈴木………やばい。名前が思い出せない。同期とはいえ途中で移動になった彼と話すのは本当に久しぶりで、思わず名前をド忘れしてしまった。やばい。社会人としてもそうだけど、友人的に苗字忘れるとか結構やばい。

冷や汗を流しながら今更名前なんて聞けねえよ〜ハハハと笑いながら彼の名前を呼ばないように会話を重ねる。どこの居酒屋とかそれよりもあなたの名前を教えて。君の名は……!

「じゃあ駅前の居酒屋でいいかな!」

「あっ、はい。いいと思います」

思わず事務的な返しをしてしまって、それを同期の彼に笑われる。

「なんだその言い方!じゃあ行くぞ!今日は華金だし、飲むぞ〜!」

「……そうだね!飲もう!」

二日酔いとか終電の心配とかをちょっと考えたが、面倒になって考えないことにした。もう知らん!!この一週間とちょっと、私は頑張った!!なのでご褒美があってもいいはず!今日はこの田中だか鈴木だかわからない彼と思う存分飲むぞ!!
ちなみに、名前を忘れているとはいえ彼とはそれなりに接点もあり、何度か務め始めの頃飲みにもご飯にも行っているのであまり警戒はしていない。あと彼にはかんわい〜〜〜〜〜人事課の婚約者がいる。彼女を差し置いて私とどう、とは考えられないしそれ以前に彼らカップルはめちゃくちゃにラブラブだ。私が、少しだけその関係を羨ましい、と思ってしまうくらいには。

な〜〜〜んて今日はネガティブモードはしまうしまう!

会社のロビーの入口で足を止めた私に、不思議そうに振り向くなんとか君がこちらを見ている。もう名前がわかる気がしないのでなんとかくん呼びで固定だ、すまんな。
なんとか君が私を呼びかける声が聞こえたので私は少し慌てながら足早にそちらに向かった。







「えええ!?ストーカーに遭ってる!?」

二人が対面的に座るには丁度いい空間の広さ。簡易的に仕切られた個室で、私となんとかくんは小皿にもられた枝豆を箸でつついていた。

テーブルには冷奴と焼き鳥、揚げ餅、枝豆、ハイボールと生ビールと言った居酒屋には定番のメニューがそれぞれ置かれている。ん?揚げ餅は定番メニューではない?とかそんなのは聞こえない。揚げ餅めっちゃ美味いんだよ好きなんですよ美味しいんです。
やつのカロリーは好きじゃないけどな!ちなみに最近のチェーン店の居酒屋料理って美味しいんだね!?居酒屋の料理=レンジでチン、まずい!なイメージが失礼ながら私にはあったんだけど、先日足を伸ばしてチェーン店に行った際、その料理が思ったよりも美味しくなっていてびっくりした。

特にこの揚げ餠がたまらない。カロリー的にはまっっったく可愛くないんだけども、これがめちゃめちゃ美味しい。食べた瞬間にじゅわっと餅から溢れる油が口内に溢れてきて、香ばしい醤油がそれの味付けをする。砂糖の甘みと醤油のしょっぱさの絡み合ったソースが餅に付け込まれていて、噛む事に至福感が口を満たした。ほの甘い餅は柔らかく、甘くてそしてじゅわりと熱くて今まさに揚げてきましたという感じだ。一言で言うとめっっっちゃ美味しい。テイクアウト出来ないかな。
そう思いながら枝豆を口に放り込んでいれば、同期の口から零れた心配そうな声。

そういやアルコールが入って思わず開口一番に言ってしまったな。しかし、口にして誰かに話す、ということだけでも随分変わる、主に心の負担具合が。

私は枝豆を咀嚼し、ハイボールで胃に流し込んでからジョッキを置いた。

「うん、昨日追いかけられて少し焦った」

「追いかけられた!?」

「家の近くで、いきなり」

「はあ!?なんだそれ!お前それ彼氏に言ったの!?あっ、てかお前彼氏いるの!?」

「まあ、いるっちゃ、いる、けど…」

なんとか君に問いただされ少し口ごもりながら答える私に、なんとか君は空になったジョッキをダンっと勢いよく空いた。まじか、もう飲んだのか。飲むスペース早くない?いやでも彼、今日は飲むって宣言してたしな。明日彼が二日酔いになっていないことを祈ろう。
これは鬼気迫る顔でずい、と距離を詰めると、深刻な顔をしだした。

「まさか……妻帯者……」

「んなわけねえだろ!!!!!」

いくら私が節操なし………いや!浮気男に熱を上げてるとしても妻帯者に手を出すほど落ちちゃいねえ!!思わず大声で否定すればホッとしたのか、そうだよねー!と意気揚々に返してきた。そしてテーブルに設置された注文端末タブレットで生ビールをまた頼み始めるなんとかくん。まじかよお前何杯飲むんだよ。ちなみに私はまだ2杯目である。疲れていたのもあって少しふわふわしてきたところだ。

そして目の前の彼はもうお前何杯目だ???って感じである。ハイスペースにまるで水でも飲むかのように飲む彼が少し心配になる。いつもこんな飲み方をしてるんじゃないだろうな。
そこから先は、私の話から彼の話に変わり、一気に惚気話へと変わった。正直砂を吐きそうだった。思い思われっていいなぁ、と荒んだ心が更に悲鳴をあげたので誤魔化すようにグラスに口をつける。気がつけば私もめちゃくちゃに酔っ払っていた。

俺が送っていきますよ!というなんとか君のお言葉に甘え……ようかと思ったが、そもそも彼はお酒を飲んでいるし車なんて乗ってきていないし、というか乗ったら飲酒運転だしおまけにこいつ婚約者いるしそんな人間に送られるのは少し躊躇した。いらぬトラブルの種は巻きたくない。

なので、タクシーで帰るからいいよ、と言おうとしたのだが、ペース配分を間違えて飲みすぎた私を心配した彼にあっさりと押し切られた。
足元がふらついてるよ、と言われさらにストーカーの話を持ち出されれば頷くしかなかった。正直、惚れた腫れたのトラブルより不審者の方が怖い。今日は都内のホテルに泊まろうかと思っていたが、俺が送るから大丈夫です!と言われたので自宅へ帰ることに。

その頼もしさに一瞬彼氏の影が頭をよぎる。彼に頼れたら、なんて思うも、頼るわけにはいかない。だって、だってあの人は。

そこまで考えると視界が不意にぼやけ、涙が膜を貼っていることに気づいた。アルコールを飲んで涙腺が弱まっているのか、涙脆くて叶わない。
彼が読んでくれたタクシーの中、目的地につくまで少しだけ休むことにした。じゃないと吐く。やばい、乗り物酔いした。










「着いたよ」

言われて、意識が浮上する。

なんだか少しだけ懐かしい夢を見た気がする。私と安室さんがまだ、出会った頃の随分昔の記憶。その時も、こうして助手席で眠ってしまった私を彼は起こしてくれた。そして、『眠いなら日向ぼっこでもしようか』と笑ってくれた彼に、せっかく彼といるのに眠るなんてもったいないと思ったのは今も覚えている。つぅ、と涙が頬に滑り、あの時から私は大勢の中にいる一人だったのかと気づき虚しさが身を焦がす。ああ、アルコールはこれだから嫌だ。すぐに涙が出てくる。目からこぼれた一筋の涙はアルコールのせいにして、乱雑に目をこすった。

「ありがとうございました」

顔を上げて運転手さんにお金を払う。なんとか君は先に外に降りていて、助手席を開けてくれた。
とりあえず……吐かなくてよかった〜〜〜〜!!!!