カレット
さん
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「わあ」

包みの中から現れたのは手帳が二冊とボールペンが二本。物のよさは値段で決まるわけではないが、どちらも一人前の営業マンが持つに相応しい物を選んだつもりである。朝比奈は櫻井が予想していた以上に顔を綻ばせた。

「いただいていいんですか?」
「もらってくれないと立場がないな」
「すごく嬉しいです、ありがとうございます。ちょうど手帳も埋まっちゃって……早速次の営業から持ち歩きます」
「ありがとう」

人に喜ばれるというのはいいものである。櫻井は大事そうに中身を戻してわざわざ丁寧に包み直す朝比奈に少し笑ってしまい、「笑わないでください」と本日二度目の指摘を受けた。笑いの余韻を残して時計を見れば、五時。

「のんびりし過ぎたな、そろそろ戻ろう。今日はアレもあることだし」
「そうですね」

エンジンをかけ、車を出す。
アレ、とは。



「カンパーイ!!」

その日の夜。
武井と三国の声を合図に、ワイワイと盛り上がりを見せる六花営業所社員たちは、営業所近くの居酒屋の一角を貸し切り、新入社員歓迎会という名の単なる飲み会を決行していた。

「無礼講だ! さあ飲め朝比奈、ガンガン飲んでやれ」
「ありがとうございます」

三国に並々と酒を注がれ笑う朝比奈。三国の他にも武井や、その他社員たちに新人らしく囲まれ絡まれ盛り上がっている。櫻井は少し離れた場所でその様子を微笑ましく思いながらゆっくりと飲んでいた。

「櫻井」
「ん? ああ、湖山」

隣に座ったのは同い年で二班に所属する湖山(こやま)だった。この営業所では櫻井にとって唯一の同期である。元々は別の営業所にいたのだが、三年前に六花に異動してきた。仕事ができないというわけではなく、むしろ逆で、異動は上の交渉で決まったことだと聞いている。
それこそ新人時代は研修を共にし、当初から仲も良かったため、同期がいなかった六花に湖山がやって来たのは嬉しかった記憶がある。

「今日は大変だったと聞いたが」
「散々だよ、正直もう勘弁してもらいたい」
「契約を取ったなら、また行かないといけないんじゃないか」
「そうなんだよな……いいのか悪いのか」

苦笑すれば、まあ飲めと湖山に酌をされる。ありがたく頂戴して、櫻井は湖山に訊ねた。

「湖山は? 最近どうなんだ、二班は好調みたいだけど」
「特に問題ない」
「さすが」

入社時から変わらずクールな湖山に笑い、焼き鳥を頬張る。そこへ事務の中江(なかえ)と倉石(くらいし)がやって来た。

「イケメンが二人固まって何話してるのかしら〜?」
「私たちも混ぜてくださいよー」
「仕事の話ですよ。どうぞ」

櫻井は笑って場所を開け、二人のグラスに酒を注ぐ。倉石が頬に手をあてた。

「やーん櫻井さんにお酌してもらっちゃった〜」
「あら声が変わってるわよ倉石さん」
「地声ですよう! それよりこんな時くらいお仕事の話じゃなくて違うこと話しましょーよ、恋バナとか恋バナとか」

きゃっきゃとはしゃぐ倉石は櫻井たちより一つ下で、酒の力もあるのだろうがテンションが高い。対する中江は家庭もある事務のベテランで、元々落ち着いた性格もあって倉石を子どもを見る目で見守っている。湖山はというと特に何も気にせず静かに飲んでおり、必然的に倉石からターゲットにされた櫻井は「いや」と間を取った。

「俺は全然ネタないよ」
「またー! 櫻井さんホンットに彼女いないんですか!? 絶対モテるじゃないですか!」
「モテないって、機会もないし」
「え〜なんで〜! 湖山さんは?」

話を振られた湖山はゆっくりと瞬きをし、

「秘密」

と微かに笑った。倉石が酒のせいではなく赤くなり、中江が焼き鳥の串を落とす。櫻井でさえ一瞬固まってしまった。ぎゃあぎゃあと騒ぐ倉石を中江が宥める横で櫻井は苦笑する。

「……お前そんなだったか?」
「こうしておけばどうにかなると妹に教わった」
「はは、なるほど」


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