カレット
ろく
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『それじゃあ、来週の三時だな。頼んだぞ』

相沢の言葉を頭の中で繰り返す、浴槽の中。
一週間後。一週間後には古賀と向かい合わなければならない。仕事と割りきって、いつも通りの営業をしなければならない。
――大丈夫だ、俺なら出来る。
出来なければならない。
古賀が何を思って櫻井を指名したのかはわからないが、櫻井はただ仕事をするだけだ。それだけでいい。


――『櫻井』


櫻井、と頭の中で櫻井を呼んだのは、大学時代の友人であった。

大学に入って一年も経たない、半年ほど。秋の学祭も終わり、賑やかな空気も落ち着いた頃だった。

「櫻井」

教室で声を上げ、いたいた、と寄ってくる友人・塩谷(しおたに)に目を向ける。塩谷は櫻井の知らない二人組の男女を連れていた。

「はよ、櫻井」
「おはよう」
「こっち高校ん時の友達。滝ちゃんと、」

滝(たき)というらしい女子が「よろしくー」と笑う。派手寄りの、塩谷が好きそうなタイプだった。
それから、と塩谷。

「こっち、古賀」
「どーも」

ニ、と笑って言った古賀に、櫻井は好感を覚えた。精悍な顔つきが人好きのする笑顔でより魅力的に映る。二人に「よろしく」と返し、櫻井も笑った。
櫻井の隣には古賀が座って、その隣に滝、塩谷となった。見れば塩谷は早速滝と楽しそうに話をしている。その様子に、塩谷は滝が好きなのだろうとなんとなく思った。
「なあ」と古賀に声を掛けられる。

「櫻井、でいいの?」
「ああ」

そこから講義が始まるまで、古賀とずっと話していた。櫻井は文学部に所属していたが、古賀は商学部だと言った。久しぶりに学内で塩谷と会ったので聴講しに来たのだと言う。古賀がまじまじと櫻井を眺めて言った。

「文学部で一番のイケメンてマジなんだな」
「なんだそれ」
「はは、いや、塩谷が言ってたから。あと女子とかからもちょくちょく聞くし」

噂に偽りなしだったな、と間近で見る古賀の笑顔は、やはり魅力的だった。
それでもこの時は、まだ恋愛感情まで抱いていなかった。
気が合うことはすぐにわかって、仲良くなるのに時間はかからなかった。話も合い、お互い様々なジャンルの話をした。古賀は一人でも文学部の授業を聴講しに来るようになり、塩谷や他の友人も交えて、遊びに行くようにもなった。

「櫻井、今度考古博物館行こうぜ。みんな興味ねえから行かないって言うんだよ」
「いいな、行こう。興味あるよ」
「やっぱ櫻井とは気が合うなあ」



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